84 迫る危機
国境兵の襲撃を受けた夜から、三日後。
「プロイセン軍がこっちへ進軍しているだと!?」
戦争が始まって以来すっかり慣例になっているリーダーの集会中、パウロさんがいきなり叫び出した。
先行した商人から伝わってきた通信は、約一万のプロイセン軍がブライデン町へ進軍しているとの報せだった。
本来ならいくら商人でも軍の動きを簡単に摑めるわけがないが、今回の状況は少し特殊である。
プロイセン軍が道中の一つの町を潰したからだ。反乱に加担した犯人として。
そして反乱というのは、どうやらブライデン町の人が国境兵を皆殺しした事を指すらしい。
「馬鹿な!俺たちは奴等に襲われたんだぞ!」
憤る探索者たち。
加担もくそもない、そもそも反乱自体がデタラメだったからだ。
「そもそも早すぎる!あれからまだ三日なのにもう出兵しているなんて、最初からこっちをハメようとしか思えん!」
「でもなんでここなの?自国民を殺して何になる?」
「そりゃお前、ここはブライデン人の町だからな」
「現皇帝セルリン二世はよほどブライデン人がお嫌いらしいからな」
「狂ってる……ッ!」
探索者たちが口々にプロイセン邦の理不尽な行動を非難している。
国境兵を襲わせ、撃退したら今度は反乱扱い、マッチポンプにもほどがある。
しかしいくらセルリン二世を罵っても現状が変わるわけでもない、やがてその流れがブライデン人を非難し、襲撃の責任はブライデン人にありっていうことになった。
「ルイボンドの事は知らないが、セルリン二世を怒らせたのはブライデン人だろ、なんで俺たちまで巻き込まれなきゃいけねぇんだ!」
「そうだ!国境の奴等もまず町の武器庫を襲ったそうじゃないか!奴等の狙いはブライデン人だ、なんで俺たちも巻き込まれるんだよ!」
「これはプロイセンの内政だ、いっそここを離れて奴等がやりたければ好きなだけやらせろってのはどうだ?」
そうだそうだ、とブライデンを離れる事を賛同する探索者たち。
この流れはまずいな、と思う俺は姉さんの方を見た。
すると、丁度同じ考えだったのか、眉を顰めている姉さんと視線が合った。
確かに反乱云々というのは言いがかりに近い、素直に攻められるのを座して待つ必要がない。
そして俺たち隊商の探索者はブライデン町、いやルイボンドから見ても外来者で、ブライデン人排斥のいざこざに巻き込まれる謂れはない。
だがそれはあくまで昨夜までの事だ。
順序はどうあれ、国境兵が俺たちを襲ったのは事実であり、俺たちがそれを返り討ちにしたのもまた事実だ。
プロイセン軍の異様な動きから見れば、国境兵の行動は暴走ではなく、口実作りの陰謀という線が濃厚。
であれば、俺たちを潰すのもプロイセン軍の目標だと見ていいだろう。
そもそも俺たちは曲がりなりにもプロイセンの軍隊を潰した。そんな武装集団を境内に放置する国がどこにいる。
ブライデン町の人々を守るかどうかは別として、まともに情報も摑めていないうちに闇雲に動けるのはまずい。
俺が姉さんに頷いて口を開こうとした時。
「待て、ここの人たちを見捨てるというのか!」
会議が始まってからずっと黙ったままのノアさんが立ち上がった。
「俺たちがいなくなると、ここの人たちは皆殺しにされるぞ、それでもいいのか!」
「でもよぉノア、俺たちも別にここの守備隊ってわけじゃないぜ?」
「しかも向こうは一万だぞ? 俺たちがいても意味がねーんだよ!」
「それともなんだ?お前がプロイセン軍を倒してくれるとでも言うのか?」
案の定、探索者たちが口々と反論を述べた。
「だからって彼らを見捨てるわけにはいかん!」
「見捨てるって」
「俺たちはもともとここの人とは関係ねぇよ。まあ、依頼が来れば話が別だが、五千の大軍に立ち向かう依頼を誰が受けるかっつーの」
いくらノアさんが言葉を尽くしても、探索者たちにはなんの影響も与えない。
ここへ来て、ノアさんと他の探索者の意識の違いが表面化してきた。
ノアさんは言った、探索者たるものは強きをくじき弱きを助けるであるべきっと。
しかし探索者は一般的に利益のために行動している、そこに誇りも正義もない。
勿論それが悪いとは言わない、実際俺と姉さんもそうだったし。
ただそれじゃノアさんは納得できない。
そしてノアさんの理由に他の探索者たちも納得できるはずもない。平行線だ。
「待ってくれ、ブライデンを出るって言ってもどこに行こうというのだ?プロイセンを出るにもいかないし、他の町も受け入れてくれるかどうか分からないだろう?」
俺は手を上げて発言した。
「そもそも国境兵を倒したのが反乱って言うなら、俺たちはもう立派な反乱者だ、今更どこに行こうともプロイセンが俺たちを見逃すとは思えない」
「正当防衛だ、襲われて反撃しただけなのに何が悪い!」
「そんなの関係ないよ、相手は口実が欲しいだけだ。現に『反乱』と何も関わらなかった町が滅ぼされたんだから」
「それはブライデン人を駆除するためだろ?俺たちは違うんだ」
「それはどうかな、この町だって半分くらいはルイボンド人なのに切り捨てられたんだぞ? あと国境兵に放火されたルイボンド人の家もあるんだから、奴等はもう見境なしだと思うぞ」
「じゃどうしろっていうんだよ!ここで大軍が来るまで待てというのか!」
「それは……」
何せ相手は国だ。
一千人ならともかく、一万人相手にいくら探索者たちでも渡り合うのは不可能だ。ましてやこちらには荷物と駄獣を守らねばならないのだ。
プロイセン境内でプロイセン軍と対立している――いや、させられるというべきか――時点で、俺たちは半ば詰んでいる。
これくらい、ここにいる探索者たちも分かっている、だからみんな仕方なく八つ当たりしている。
その時、パウロさんの大声が響き渡った。
「静まれ!」
「今決めるのは早計だ、そもそも軍の動きと邦の意向はまだ掴めていない、商人どもの判断も必要だ、今頃あっちも大騒ぎだと思うが……とにかくお前らの意見は伝えるから今は各自行動に備えとけ」
パウロさんの一言に、結局俺たちは結論を出さないまま散会した。
宿に戻って、俺はすぐにプロイセン軍が迫ってくるとの情報を皆に伝えた、会議の流れも。
ローザはどういう反応するか読めない、もしパニックになられたらまずいと判断して隣の部屋に置いてきた。
「なるほど、つまり一万のプロイセン兵がこの町を反乱軍の拠点と見做して、すでに一つの町を潰してここに迫ってきているっと、そういうことなんですね、フィレンさん?」
俺の話が終って、アイナさんは簡単にまとめた。
「そんな、自分の国民を殺してなんて……ッ!」
大軍が迫ってくることより、町が潰されたことに怒りを覚えているルナ。領主であるリースの影響かもしれない。
小さいな拳を握って、唇を噛んで納得できない表情をしている。
スーチンは状況を良く掴めないようだが、ルナの表情から事の厳重さを察しているようで、不安げに彼女を見ている。
「まあ、そんなとこだ。今のところ探索者たちは町を出たいって人が多いが、まだ結論は出していない」
「それは、少々まずいかもしれませんね」
「というと?」
「町を出たいという人の考えは理解できます、しかし隊商の皆が町を出ても、受け入れ先がありませんし、それで見逃されるとは思えません」
俺たちと同じ結論に辿り着けたアイナさん。
「ああ、俺と姉さんもそう思う。で、まずいというのは?」
「『隊商の皆で』町を出ても、意味がありません、ということなんですよ」
「――なるほど、脱走する人が出てくるということだね」
百五十人の探索者、千を越える駄獣と荷物、そして商人たち。
たとえ町を出ても、隊商では軍隊から逃げ終えるわけがない。
しかし一人の探索者、もしくは一パーティなら話が違う。
隊商を捨てて、すでに機能してない守軍の目を盗んで脱走できれば、あとはなんとか国境を越え、自由都市群に逃げ込めばなんとかなる。
勿論それでは報酬が貰えないが、金より生き延びるほうが大事だ。
「それにしても、アイナさんは頭の回転が速いだね」
大軍が近づいてくると知っても特に動揺していないようだし、さすが戦争経験者というべきか。
家事とか壊滅的に不器用で、考え事に集中したら平地でも転ぶのに。
「いいえそんなことは。ただ、そういうことは戦ではよくありますから」
「そんなのダメなの!」
と、その時、憤慨の声を上げたルナ。
「皆が居なくなったら、誰がここの人を守るの!?」
「ルナ……」
俺と姉さんが顔を見合わせた。
俺たちはもともとこの町を守る義務はない、ブライデン町はいわばこれまで通ってきた自由都市と変わらない、旅の中継地にすぎない。
しかしここに中途半端に何日も滞在して、そして数日前の襲撃の惨状を目にして、何よりすでに一つの町が潰されたという事実が、ルナの敵愾心に点火したのだろう。
これは少し困ったかもしれない。
今すぐ町を出るのは反対だが、守るとなると話は別だ。
「ルナ――」
「フィー君」
そう考えて俺は口を開こうとしたが、姉さんに止められた。
「フィー君の言いたいことは分かる、でもね、ルナちゃんの気持ちも分かるわ」
「しかし姉さん、俺たちでは」
「ううん、違うのよフィー君。守れないのと、守る義務がないのとは違うのよ?」
思わず息を飲んだ。
そうだった。俺はいつの間に、二つの事を混同していた。
「フィー君のことだから、恐らく最初はルナちゃんと同じ、皆を守りたかったのでしょうね、でも相手は一万の大軍、逃げ場もない、私たちではどう足掻こうとも太刀打ちできないわ。しかし、それでも守る義務がないという口実に逃げ込むのはいけないわ」
いつになく厳しい姉さんの言葉に、俺はただただ恥じ入るばかりだ。
姉さんの言う通り、できることならば、俺だってブライデン町の人々を守りたい。
見ず知らずの人たちだが、コーデリア大尉の部下を助けるのと同じに、立派な男でありたい、ただそれだけ。
しかし今回ばかりは、いくら俺たちでも大軍の前では無力だ。しかも向こうも国境兵と同じで謎の力を持っているかもしれない。
守りたいと思っても守ることができない、無力感に苛まれて無意識的に逃げ込んだ、守る義務がないという口実に。
探索者だから、守備隊じゃないから、ルイボンド人じゃないから。それがどうした、
そもそも俺たちが義務で動いてるわけじゃない、モモを助けたのも、リースを助けたのも、スーチンとアイナを受け入れたのも、全部俺たちがそう願っただけだ。
義務がないから諦めるのは、自ら願うことを諦めるのと同じ。
そんなの、アンデッドとネクロマンサーになってまで自分の願いを叶いたい俺たちには似合わない。
「ありがとう、姉さん。そうだな、出来る出来ないかは別として、この町の人々を守りたい」
「ううん、フィー君ならいつか自分で気づくと思うわ」
子供を励ますように微笑んでいる姉さんに、俺は思わず苦笑いをこぼした。
「ルナもありがとうな、君のお蔭で何が正しいって気付くことができたんだ」
俺の言葉を理解しているかしてないか、ルナは首を傾げて訊いた。
「じゃ、皆で戦うの?」
「そうだな、皆に聞きたい」
立ち上がって、皆を見渡す。
「これから依頼とは関係なく、ブライデン町の人たちを助けるために行動したい。成功するかどうかは分からない、ただ危ないのは予測できる。だからもしここに居る誰かが命……存在の危険に晒されたら、ブライデン町の人を見捨ててプロイセンを出る。皆、どう思う?」
姉さんに視線を向ける。
「勿論、ずっと一緒でしょう?」
「ああ、勿論だ姉さん」
続いて、アイナさん。
「訊くまでもありませんわ、フィレンさん。私は貴方たちの力になりたいから着いてきたのですよ?」
「ありがとう、アイナさん」
そして、ルナとスーチン。
『……ルナちゃんは、助けたい?』
「うん!民を勝手に殺すなんて、だめ、絶対なの!」
『なら、私も……』
「よし、それじゃ方針決まったし、さっそく何か良い案ないか考えよう」
俺はパンっと両手を叩いて、再び腰を下ろした。




