80 動き出す事態
※三人称視点です。
ルイボンド邦連・プロイセン邦首都セルリン。セルリン城・謁見の間――
無骨なデザインの謁見の間にいるのは金髪の皇帝と銀髪の軍人――セルリン二世とコーデリア大佐である。
セルリン二世はいつものように赤い鎧を着込んで、玉座に端座している。
即位してから一時も鎧を外すことなく、たとえ就寝でも用を足す時でも鎧姿のままにしている、と巷が噂している。
しかし、それは噂などではなく、ただの真実だと、セルリン二世の側近が誰もが知っている。
軍事国家のトップとして、自分は民を治める君主である前に、一人の軍人であると宣言していたセルリン二世。
武装していることで、己が居る場所が全て戦場であると、自身にも臣下にも示しているのだ。
「チェルニー大佐、ポーラン征伐、大儀であった」
「勿体なきお言葉」
「そなたから見て、ポーランはどうであった?」
「土地は豊かであり、戦への備えも怠らず、兵も装備も精良であります。が、我がプロイセン軍の敵ではありません。ただ」
コーデリア大佐は珍しく言いよどんだ。
「構わん、申せ」
「はっ。ただ、あの丸薬、《黒玉膏》は一体何でしょうか、それを食した兵士はまるで殺めた人の力を吸い込めたように、際限なく強くなって行きます。それと、段々凶暴になっている気がします」
「ふむ、やはりか」
「陛下?」
「それはそなたが気にするようなことではない。それより、次の命を与えよう」
「はっ」
「そなたに一万の兵を与え、ブライデンを経由して、我がプロイセンに面従腹背している南部諸邦を制圧せよ」
「!! それは、つまり」
「ああ、我がルイボンドがついに一統の時を迎えるのだ、まずはサクソン、それからオーズリック、バードン、クロモリ、これらフォルミドとポーランの犬を排除すれば、他の邦もじき分かるのであろう、ルイボンド人を総べるべしものは誰であるとな……!」
セルリン二世が挙げていたのは、いずれもフォルミド王国やポーラン公国の息が掛かってる邦だ。
同じルイボンド邦連のメンバーでありながら、事あるごとにプロイセンへ楯突き、その発言権を削ろうとしている。
他の邦も彼らのスタンスを知って、時にプロイセン、時に彼らの味方をすることで、最終的にどっちが勝ってもいいという立場を作っている。
つまりこれらの邦を武力を持って制圧すれば、他の邦が瞬くの間にプロイセン靡くのは誰もが予測できることである。
「しかし、何故ブライデンを経由するのでしょうか?」
「ブライデン周辺のブライデン人を一人残らず粛清するためだ」
「なっ」
セルリン二世は座り直して、玉座に深く寄り掛かった。
頬杖をしている彼女の目にあるのは、極めて理知な、冷酷な煌き。
なのに口から発するのが、プロイセンの人口の一パーセント未満とはいえ、万にも及ぶ人間の屠殺である。
「どうしだ、チェルニー大佐?」
「そ、それは、何故なんですか?」
「ほう、理由を聞くのか、理由によって従うか決めるつもりかね?チェルニー家のそなたが」
「い、いいえ、決してそのような。ただし、国民を無闇に殺すのは国力を損なうことになると」
「ポーランと違って、今やサクソンどもが我が軍に対して万全な態勢を持って挑むのであろう、そなたでも一筋縄ではいかぬ。そこで、ブライデン人を使うのだ。軍に尽きるのは国民の義務だ、その命を持って我がプロイセン軍の糧となるのだ、これ以上の名誉はあるのかね?」
「つまり、《黒玉膏》を使って、国民を……!?」
ポーラン侵攻の時、プロイセンは大道を外れて、わざわざ攻略の価値のない町をいくつも滅ぼしていた。
それは《黒玉膏》を呑んだ兵士に力を溜めさせるためだ。
《黒玉膏》を呑んで人を殺せば強くなるが、あまりにも強い力に身体が適応するには少し時間が要る。
呑んですぐ戦場に出たら、力に戸惑ってる間に殺されるのがオチだ。
だから戦場に立つ前に、生贄を捧げる必要がある。
ルイボンドの邦々を制圧するため、ブライデン人を捧げよと、セルリン二世が言ったのだ。
「果たして、奴等は国民と言えるのかな」
「それはどういう……?」
「ブライデン町の一帯のブライデン人が、密かに反乱を企んでいるのだ」
「なっ」
「実に嘆かわしい、我がプロイセン軍が国家を栄光に導こうとしている時に、その恩を忘れるところが、仇で返すとは……!」
セルリン二世は力強く手すりを叩いて、腹の底から煮えたぎったような怒りを吐きだす。
女性でありながら、生来の威圧感を持って、鬼神のように怒気を現れにするセルリン二世。
空気をも揺るがす憤りを触れて、側近たちはみな萎縮する、コーデリア大佐さえも身震いするほど。
やがて、セルリン二世の怒りが収まれ、謁見の間が静寂に戻った。
コーデリア大佐が恐る恐ると口を開けた。
「それは、真なんですか?」
「ああ、すでに西の国境兵を遣わしたんだが、逆徒の奸計に陥り、一人残らず殺された。ブライデン町の人にな」
「なっ」
コーデリア大佐は言葉を失った。
プロイセンでは軍人が政を執る、軍人の発言権が極めて大きい、法を犯しても普通の裁判ではなく軍事法廷でしか裁かれない。軍人もしくは軍属の人を殺すのは重罪だ。
それに、プロイセンの国境兵は精強であり、一般人で敵うのは到底無理だ。
国境兵数百人が全滅したとなれば、反意の証の他の何もない。
それと、西の国境、つまりスロウリ峡谷をパトロールする国境兵はコーデリア大佐の元配下でもあった。
「奴等はもはや我が国民ではない!大樹に害毒を及ぼす蠹虫だ!」
「……仰る通りです」
「そなたもブライデン人だ、その心情はわからぬでもない。だが、だからこそ、そなたのためにも、その手でやる必要がある。分かるか?」
セルリン二世の口調は一転して、和らげな、諭すようなトーンになった。
「陛下……?」
「そなたの手で、始末をつけよう。それでブライデン人の罪は洗い流される。そなたが証明するのだ、ブライデン人は、誇り高きプロイセンの一員である、と」
コーデリア大佐は口を開け、茫然とセルリン二世を注視している。
本来なら無礼であるが、それを咎める人はいない。
やがて、コーデリア大佐の瞳の中に火が灯し始め、確たる意志を持つ軍人がそこにいた。
「チェルニー大佐……やってくれるよな?」
「はっ、陛下の命とあらば!」
「よろしい!伝令、コーデリア・チェルニー大佐を准将に引き上げ、五千の兵を与えよう、必ずや逆徒を撃ち滅ぼしてくれようぞ!」
「粉骨砕身に御忠勤を励みます!」
コーデリア准将が退席した後、謁見の間に残されたのはセルリン二世と側近と付き人。
否、一人の男が影から滲み出るように、謁見の間に現れた。
彼こそ、《黒玉膏》をセルリン二世に献上した者。
「ヴァンか」
「陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「《黒玉膏》とやらの副作用は、暴力性を高めることか?」
「力に溺れる者に限り、そうとも言えます。しかし陛下のように強い意志がある者ならそのようなことはありません」
「ふん。それで、ポーラン侵攻軍はどうなった?」
「予定通り、代わりの将軍が《黒玉膏》を食した兵士を率いて、ポーラン境内で暴れ回って、被害が順調に広がっています」
「ポーランの領土を治めるのは今では無理だ、それで良かろう。統一の邪魔さえしてこなければ」
「そのことなんですが、チェルニー大佐……准将で本当に宜しいのですか?ブライデン人は彼女の同胞である、それなのに」
「ふっ、ははははは……」
ヴァンの問いに対して返ってきたのは、セルリン二世の哄笑だ。
「そなたでも、チェルニーを知らぬと見た」
「ご教授を願えませんでしょうか?」
「チェルニー家はプロイセン王家の剣だ。奴等は爵位がないことに誇りを持ち、己こそがプロイセン一の忠臣であると自負している。いや、そう教え込まれているのだ。そなたのような人は分からないのであろう。金は人を動かせるが、命までは買えない。だが栄誉のため、国のためならば命をも捨てるものはいくらでもいる、同胞くらいがどうした。国境兵を犠牲にして口実を作るのがビスマルクの策だったが、本当ならそんなのなくてもコーデリア・チェルニーはやってくれるのであろう」
「それも陛下の人徳が成せる業でしょう、感服いたします」
「ふん。もう下がってよい」
「承知いたしました」
来る時と同じように、ヴァンは影に溶け込むように消え去った。
その直後、玉座の後ろの影からもう一つの人影が現れ、セルリン二世に耳打ちした。
「そうか、アンデッドを呼び込む副作用……ヴァンめ。まあ良かろう」
口元を醜く歪ませ、セルリン二世の手が一振り、人影が再び、暗闇に溶け込んだ。




