79 夜魔乱舞(下)
※今週は78、79話の連続投稿です、78話からどうぞ。
壊れた盃から溢れだす酒のように、黒い波は死体が成せた扉を経て、この世を浸食していく。
無秩序な水流と違って、黒い液体はまるで意志を持つ一つの生物のように渦巻いて、形をとって、やがて一体の巨獣となった。
四足の巨獣は一軒家よりデカい身体を持ち、全身に人間の顔を浮かべ、その口々から毒々しい緑色の液体を吐きだして、周りにまき散らしている。
「こいつは……ガーリック村の時の!?」
間違いない、その姿はガーリック村のアンデッド・パレードの時に居た、叫喚する白い霧と一緒に村を闊歩するアンデッドだ!
「そ、そんな、埋葬凶獣なんて!?」
アンデッドの巨獣を見て、アイナさんが驚嘆した。
「アイナさん、こいつを知ってるのか!?」
「ええ、優れたネクロマンサーだけ従える強力なる僕、死体を食えば食うほど際限なく強くなる恐ろしいアンデッドです!早く――」
■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!!!
アイナさんの言葉を遮って、巨獣が声にならない叫びをあげた。
恐怖ではなく、ただ重圧を与えるその音に、普通の兵士が耐えられなくなり、数人も気絶した。
アンデッドの巨獣――埋葬凶獣が前足を伸ばし、彼らを拾い上げた。
「皆さん!アレが人間を取り込む前に倒してください、手が付けなくなります!」
「了解!」「はいなの!」「わかった!」
いつも嫋やかな雰囲気を漂うアイナさんらしからぬ動揺ぶりに、俺たちは事の重大さを悟り、全員で襲い掛かった。
探索者達もやや遅れて攻撃を開始した。
「太陽を司るミーロの名の下に命じる、邪の鎖よ砕け散れ、呪詛解除!」
「汝、大地を吹き抜く氷の女王の酷薄を知れ、氷の竜巻!」
「汝、為すすべもなく黒い沼の使者の生贄と成れ、広域黒い触手!」
「汝、焚焼を受ける苦痛を知れ、上級火の爆裂!」
さっきと同じように魔術の雨が降られ、埋葬凶獣の全身を隙間なく爆撃していく。
しかし埋葬凶獣は大きく口を開いて、そこから無数のゴーストを噴出した。
人間、動物と様々な幽霊がまるで弾幕のように魔術の雨と相殺して、その威力を大きく削った。
■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!
吐きだしたゴーストを鎧のように身に纏いながら戦場を闊歩する巨獣。唸り声を上げながら前足で探索者たちを潰しに掛かる。
だがそれを受け止めた者が居た。
ビャクヤだ。
四本足で力強く踏ん張って、ビャクヤは巨大な前足を受け止めた。
『GRRRRRUUUUUUUUUUUU―――!』
「今の内に下がれ!」
前足に斬りつける。しかしナタボウはゴーストの鎧をすり抜け、ダメージを与えなかった。
やはり《幽霊殺し》の強化がないとダメか!なら――
「姉さん!」
「《咲け》!」
ビャクヤが前足を支えてるうちに、姉さんが《無極の籠手》でそれを潰した。
白い光が爆ぜるのと共に、埋葬凶獣の足から夥しい数のゴーストが断末魔を上げながら消え去った。
こいつ、体の一部はゴーストで構成されたのか、道理でナタボウで傷つけないわけだ。
■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!
足を失った埋葬凶獣はわずかよろけたけど、ゴーストがダメージを肩代わりした分だけ損害が浅かったか、巨獣は器用に立ちなおして、姉さんを避けるように巨躯らしからぬ動きで飛び上がった。
ドンっと、埋葬凶獣が近くの民家の上に着地。
民家の屋根はがギシギシと悲鳴を上げてるが、巨獣は見た目よりかなり軽いため、潰されずに済んだ。
埋葬凶獣は墨のような夜空を背に、俺たちを睥睨する。
全身に浮かび上がるゴーストが、炎上している民家に煽られて、妖しくくねくねしている。
「ちょこまかとー!」
「魔術で撃てええええ!」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!!!
探索者たちはすぐに魔術などの飛び武器を準備しようとしたが、巨獣はさらなる咆哮を発し、全身からゴーストを全方面に放射!
「駄目!避けて!」
アイナさんの警告も間に合わず、軽く数百を超える、砲弾のように放出されたゴーストが、探索者達に絡みついた。
「がああああああああああああああああ――――!!!」
「フィー君!」
呪いの塊のようなゴーストは、触れるものすべてを腐食させ、ウジ虫を生やせた。
俺の両腕は一瞬で腐肉と化して、大量なウジ虫が我が家のようにそこかしこから湧いてくる。
見た目が限りなくグロテスクなのに、腐爛しつくした肉体から枯れ墜ちた果実のような鼻に突く香りがあたりに漂っている。
遠くから、はたまた耳元から、幽霊の囁きが伝わってくる。
枯レロ、腐レ、糧トナレ――
全テ、赤ク、腐リユク――
枯レロ、腐レ、糧トナレ――
全テ、赤ク、腐リユク――
まるでこの腐蝕の呪いに賛美歌を捧げる様に、ゴースト達の合唱が耳に纏わりつく、その無数なる腕が俺を掴み取り、身体の至るところを腐食させてる。やがて腕だけじゃなく、身体にも腐食が進んでいく。
「く、っそ……!」
「フィー君!フィー君!」
「姉さん、俺に、構うな……!」
「何言ってんの!死んじゃダメだよフィー君!」
全身が腐蝕されている俺を見て、姉さんは普段からまるで想像つかぬ動揺ぶりを見せ、ボロボロとな涙を零れた。
段々動けなくなる俺は、力を振り絞って死の化粧を使って、生者だと認識されなくなることで、これ以上幽霊の干渉を防げることが出来た。
「姉さん、早くあいつを倒さないと……!」
「うん!わかったわ!」
俺の腐蝕はこれで止まったが、探索者たちはそうはいかない。悲鳴を上げながら次々と倒れて彼らに向かって、埋葬凶獣は彼らを飲み込もうと大口を開いた。
その時、曇った銀のような薄白い明るみが東から広がる。
夜明けだ。
一縷の光が、夜の幕を貫いて、埋葬凶獣に突き刺した。
■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!
さっきと同じように音にならない叫びだが、今回は咆哮ではなく、明らかな悲鳴だった。
そしてそれを呼応するようにゴーストたちの動きも止まって、腐蝕してる部分もなんと元に戻り始めた。
勿論、それに気づかぬ探索者達ではない。
「奴は光が弱点だ!やれえええ!」
「我が誓う、三千の光威を射するものなり、極大灼熱の輪」
「万なる槍よ、我が敵を貫け、天使の槍衾連発」
パウロさんの叫びに、魔術師たちが最後の気力を奮わせて、光の魔術を埋葬凶獣に見舞わせた。
光の雨にゴーストの盾が意味を成せなくて、人の顔を浮かべてその巨躯がどんどん焼かれて、やがて炎上した。
民家の上で巨大な火の玉になったアンデッドを目掛けて、姉さんが《雲梯》で民家を駆けあがった。
「よくも、私のフィー君に、手を上げたなぁぁぁァァッ!!」
眩い光が爆散。
ゴーストの鎧を失った埋葬凶獣は、姉さんの一撃に頭部がまるごと持ってかれた。
巨体はついに崩れ落ち、低い音を発して地面を震わせた。
そして太陽が現れるのに連れて、陽炎のように消え去って、一軒家を見紛うほどの埋葬凶獣が一分も経たずに霧散した。
こうして、深夜の爆発から三時間後、最後の一体のアンデッドが僅かな痕跡も残すまいと消え去った。
残されたのは半壊の倉庫と焼け落ちた民家、それと疲れ果てた守軍と探索者。
「俺たちは悪夢でも見ていたのか……?」
一人の探索者が呟いた。
それに答えるモノはいない。




