8 実戦テスト
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路地裏に入る前に、俺はすでに生者探索の魔術を完了しており、周りに尾行者以外の人型生物がいないのを確認した。
あの謎の神殿を出る前に、フォー=モサから少し能力のことについて教えてもらった。
フォー=モサが与えた奇跡は、単なる魔術を使える能力ではない。たとえば俺の死霊秘法は、負のエネルギーを自在に操る能力である。
負のエネルギーとは正のエネルギーの逆。
正のエネルギーが生物の傷を癒し、アンデッドにダメージを与えるのと同じように、負のエネルギーはアンデッドを回復して、生物を枯らす。
そして正のエネルギーが治癒魔術の原動力と同時に、負のエネルギーは死霊魔術の源である。
そもそもフォー=モサの話によると、死霊魔術とは、死霊秘法の適合者が行使した奇跡の一部を、人間がなんとか系統化、術式化にして、一般人でも使えるようになったものにすぎない。
それと同じように、降霊術も姉さんの魂の酷使を系統化したものである。
人間の技術の進歩とは少数の天才が齎すものであり、そしてその天才とは自分の与えた奇跡であると、フォー=モサが髑髏の顔で自慢げに語った。
もちろん死霊秘法を手に入れたところで、総ての死霊魔術を行使できるようになったわけじゃない。例えば不死召喚系の魔術は理論上、ヴァンパイア、リッチといった負のエネルギーから自然発生しないアンデッドを除き、大部分のアンデッドを召喚できるのだが、俺はある程度知っているアンデッドしか呼べない。
所詮死霊秘法は動力みたいなものだ、人は足があれば歩けるけど、道の判らない場所に辿り着けないのである。
それに、死霊魔術は人間にとって忌避の対象であり、一種の異端だ。最大の敵のアンデッドにダメージを与えない上に、人間にばかり猛威を振るう魔術を修めるなど、よほどの変人か人間側の裏切り者でしかありえない。
もっとも、アンデッドの味方につく俺もある意味、人間側の裏切者になるのだろう。
さて、それはそれとして、目の前の脅威に集中するか。
「止まれ、そこのガキ」
背後からドスの効いた声が俺たちを呼び止めた。
言われた通り足を止め、ゆっくりと隙を見せないように振り返った。
路地口には四人の男女、リーダーらしき俺たちを呼び止めたのは三十代の男、金属製の胸甲を着込んで、手には剣と盾。他の人はそれぞれナイフと弓、最後方の女性は杖を持っている。
装備は粗悪だが使い込んでる痕がある。
ただのチンピラではなく、ちゃんとした探索者、それも前後衛さらに魔術師も揃ってるバランスの良いパーティだ。
こんなパーティが、なぜ新参の追い剥ぎのようなことに手を染めたのか。
疑問に思いつつ、俺は時間を稼ぐため口を開いた。
「何か用、ですか?」
「惚けるな。金と装備を置いてけ、でなければ痛い目に遭わせて貰うぞ」
意外と殺意が低い、いやむしろ見た目通りかな。そう思いながらも、俺は裏で魔術を起動した。
「あの、一つ聞いていい?」
姉さんが小さく手を上げた。
「……なんだ?」
「貴方たち、こんなことするような人じゃないわよね?」
「必要があるからやるまでだ」
「そう、じゃこっちも必要があるから反撃させてもらうわ」
話が終わる前に、俺は奪霊領域を発動した。
奪霊領域とは、広範囲内の生者から生気を奪う死霊魔術だ。
もちろんあんまり派手にやらかすと死霊魔術だとバレるから、あくまで違和感を感じさせる程度で発動した。
「っ!」「なんだ!?」「速いっ!」
向こうが一瞬注意が逸らされたうちに、レンツィアはすでに魔術師に肉薄した。
これは戦技ではなく、《瞬歩》という初動を殺して、常に相手の死角に身を置く技術。
手刀一閃。慌てて掲げた杖と肩をただの腕力で纏めて砕いた。これで暫く魔術は使えまい。
「っせぇぇあ!」
同時に、俺もリーダーらしき男に切りかかる。大きく振り上げたナタボウに戦技《強斬》を発動して、渾身の一撃を風を唸らせて叩き込んだ。
だが男はあくまで冷静に盾で受け流し、そのままシールドバッシュでぶつけてきた。
「このガキは俺が抑える、お前らは女を捕まえろ!」
「言ってくれるねぇ、ほらほらほらほら!」
俺は戦意を昂らせて、あえて何度も大上段でナタボウを振り下した。男は器用に盾を駆使して難なく捌き、片方の剣を蛇のように盾の後ろから突き出してくる。地味だが堅実で、しかもこっちの隙を鋭く突いてくる、リーダーだけあってかなりの使い手だ。
「くっ!」
「どうしたガキ、この程度か?」
近づかれたらまずいと、俺はナタボウを横薙ぎして剣を大きく弾いて後退した。
リーダーは薄い笑みを浮かべて追ってこない、言葉通りに俺を足止めして数の利で姉さんを仕留めるつもりだ。
狙い通りだ。
「次!」
「させんぞ!」
姉さんが矢を打たせまいと、次の目標を弓手にして肉薄しようとしたが、極めて低い角度からナイフの一撃が襲い掛かってくる。
前衛であるはずのナイフ男が地面すれすれのところを《突進》で高速移動し、一瞬で距離を縮めた。
姉さんとは異なる技術だが、常人の視界外からの攻撃からは練度を伺える。
もちろんそれを対応できない姉さんではないのだが、下がっていたはずの魔術師が赤い試験管を投げて、姉さんと弓手の間に爆発させた。
爆発の威力自体は大したことないが、煙幕に視界が遮られた状態では追撃ができない。
弓手への追撃を断念せざるをえない。のはずだが、
「はぁぁぁ!」
身体を逆さにして空へ飛んだ姉さんは、空中で回転しながら爆発の煙幕を飛び越える。
戦技も使わずに軽く五メートルを飛び上がった姉さんに、三人は驚愕しながら目で追う。
好機と思って弓を構えた弓手だが、空を舞う姉さんが両手を広がり、その右手が「丁度」弓手に翳した。
その手の平には、大きく見開いた、金色に輝く一つの眼球が。
その目を見た瞬間、弓手はあっけなく崩れ落ちた。
「どうしたアーチ!?」「まさかこいつ、魔術戦士!」
ナイフ男は突然の事態に反応できず、瞬く間に姉さんに手首を折られて、地面に転がされた。
その無防備な背中に、姉さんは掌底を打ち込んだ。
「せい!」
放出系戦技《二の打ち要らず》、衝撃と共にエネルギーを放出し、内部から揺さぶる戦技。元々は装甲が厚いのモンスターに使う技だが、人間相手でも効果は絶大。ナイフ男は声も上げずに意識を手放した。
「なっ!」
「どうした、あとはお前ひとりだぜ?」
あんまりにも鮮やかな行動に、リーダーが後方の異変に気付いた時には、すでに最後の魔術師が締め落とされた。
「俺を脅威だと思って牽制をしかけたのが裏目に出たね」
「フィー君、それ自慢げに言うこと?」
「うるせっ!」
作戦通りに運んで喜んでる俺に呆れた姉さん。
「それより、実験は成功だね」
「ああ、そうだな」
姉さんと頷き合って、不死召喚を解除した。
戦闘が始まる前に、俺は無詠唱でファントムを召喚した。
ファントムとは精神体のアンデッドで、その特徴はいくつかの効果を持つ魔眼である。
俺が召喚したのと同時に、姉さんは魂の酷使に介して、精神生命体であるファントムを自分の体に憑依させた。
アンデッドを憑依させるなど、下手すると身体が乗っ取られる恐れがあって、まともの降霊術師が聞いたら卒倒するだろうが、不死召喚で呼ばれたアンデッドは主に絶対服従なので問題ない。
あの時、姉さんはファントムの一部だけ肉体から浮上させて、魔眼を放った。
ファントムの魔眼の効果は睡眠、麻痺、石化と多岐にわたるが、今は相手を攻撃される寸前の記憶を失わせる睡眠の効果しか使ってない。
あの弓手、おそらく自分がなぜ倒れたのも覚えてないだろう。
俺たち姉弟はファントムの魔眼の効果をよく知っている、帰る途中でモンスター相手に散々試したし、何より生まれの村を襲ったアンデッドに混ざっていたからだ。
「……降参だ、金と俺の命の代わりに、仲間に手を出すな」
リーダーは戦いの構えを解いたが、目から戦意が消えず、あれはこっちが断ったら最後まで抵抗するつもりだ。
「人を山賊みたいに言うな、こっちは善良な市民だっつーの」
「そうだね、まずはパーティと貴方の名前を教えて?」
「《猛る者》のリーダー、ヴァイト・イニシアだ。」
一応ギルドカードを確認したが、間違いない。
ギルドカードは依頼を受ける、または完遂報告する時に提示する必要があり、ギルドのほうから検査の魔術でチェックを入れるので偽造するのは難しい。もちろん、一般人に向けて偽物を用意すれば話は別だがな。
「私たちは《フィレンツィア》、私はレンツィア・アーデル、こっちは弟のフィレン」
「で、なんでこんなことするの? 普通にダンジョンで通用する腕だろう、お前ら?」
助ける気はさらさらないけど、話を聞くのはただだ。
「仲間の一人が……金貸しに捕まれて、どうしても大金が必要なんだ」
「借金でもしたの?」
「ああ、ドラッグにハマってな」
「ドラッグか、そこまで大事なら、ハマる前にやめさせるのが仲間じゃねぇの?」
「っ! 気づかなかったんだ……!」
苦虫を噛み締めたような顔してるヴァイト。真面目そうな顔してるし、きっと誰よりも悔いてるだろう。
「ちなみにどれくらいが必要なんだ?」
「金貨千二百枚だ。」
この国の最小通貨単位は銅貨だ。銅貨十枚は銀貨に相当する、その十倍が金貨、さらに十倍が白金貨。
金貨二枚があれば、平民一人が一ヵ月暮らせる、もちろん家賃などは別。
千二百枚となれば、平民の家族が年単位で暮らせる。いくらドラッグにハマっても、よほど質の悪い高利貸しだろう。まあ、まともな金貸しなら薬中の相手なんてしないからな。
ダンジョンで奪われた分を込めても、俺と姉さんの全財産ではギリギリ足りない。そもそも強盗を助けるほど人よしじゃないので、強引に話を変えた。
「じゃドラッグについて話してくれ、元はわかるか?」
「その前に仲間たちを起こしたいんだが?」
「駄目だ。追い剥ぎを信用するわけがないだろ、縛られてないだけマシだと思ってくれ」
「……っ!」
自分より一回り以上離れてるガキに叱れて不愉快だろうが、本当ならこの場で殺されても文句言えない立場なのだ。
「わかった、ドラッグの話だな。最近裏で出回ってるハートショットっていうヤツらしい、効果は良く知らんが、ハマった人は多いと聞いている。それと……」
「なんだ?」
「あくまで噂だが、ハートショットの裏には州長が関わってる」
「州長ってラッケン州の領主のこと? なんだって州長様が売人の真似事を」
「ああ、州長は最近金遣いが荒いっていうから」
ヴァイトの話によると、ラッケン州の州長アイン・ラッケンは元々優秀な魔術師で、領主としては平凡のようだが配下に恵まれて、州政を下に任せて、たまに探索者と一緒にダンジョンに潜り込むらしい。
しかしある時期を境に、アイン・ラッケンは人前に出なくなった、それと同じ頃に、州長家が大量に高価なモンスター素材や魔道具の部品を買い込み始めた。
難病に臥せっていて、治療のために金を使い込んだのではと、巷でもっぱらの噂だ。
ちょうどこの時期、新種ドラッグが都市の裏側に流行り出した、衛兵たちが上手く流通を止めれないのもあって、州長が金策のために薬に走ったのでは、と。
噂の真偽はともかく、今の話に気になるところがあった。
「州長アイン・ラッケンの魔術師としての腕はどんな感じ?」