78 夜魔乱舞(中)
※18時にて、79話も投稿します。
「フィー君、それより早く行こう!」
「あ、ああ、わかった。」
詮索を後にして、俺たちは今度こそ倉庫に急いだ。
そこは混乱の坩堝だった。
円陣を組んで倉庫を守ってる探索者とブライデン町の守軍に、国境のプロイセン軍が襲い掛かる。
お互い二百人ほど、数だけ見れば均勢で、こちらに探索者がいる分むしろ優勢のはず。
普通の兵士より、探索者のほうが強いのは常識である。
それは何も探索者のほうが天資に恵まれてるっていうわけではなく、ただ単に、探索者は並の兵士ではありえないほどの実戦経験を有していて、人間より遥かに強い敵との戦いを強いられているから、強くないヤツはほぼ死んでいる。
もう一つの理由は、探索者は財産と時間をほぼすべて自身の強化に費やしていた。武器や防具、魔道具、または達人の師を仰ぐ等々、それも全部過酷な戦いから生き延びたいがためだ。逆に言うと、そこまでしないといつ死んでもおかしくはない。
実際ノアさんくらいのベテラン探索者なら、並の兵士の五、六人くらい軽くあしらえるだろう。凄腕の《デトネイター》の三人なら状況が揃えば一個小隊と渡り合えるかも知れない。
実力のない、酒や女にうつつを抜かす人ほど早死する、それが探索者の掟だ。
加えて言うと、ここは市街だ、限定されて範囲での小規模の戦闘は探索者に分があると言っていいだろう。
しかし、プロイセンの国境兵は探索者とブライデン守軍の共同防線に食い込んで、いや食い破ろうとしている。
彼らのデタラメな怪力、恐れを知らない狂気が守軍の士気を低下させるには十分だ。
さらに、ようやく倒した敵の死体が「咲いて」、そこから恐ろしいアンデッドが這い出されたら、戦意を維持するのは到底無理なのだ。探索者達がいなかったら、既に崩壊していたのだろう。
死骸蒐集者の一体さえ十数人掛かってようやく倒せる敵だ、そこにサンドミイラ、ボンバーチルドレン、そして様々見たこともないアンデッドまで現れて、辛うじて戦線を持ちこたえてる探索者たちを潰しにかかる。
そしてたとえ倉庫に近付けないとしても、国境兵はアンデッドの後ろから《錬金術師の焔》を投げつけている。
《錬金術師の焔》は魔道具ではないが、錬金技術で作られた引火点が低く、粘着力も高い半液体の発火材料だ。それを投げつけられて、倉庫のあちこちが炎上している。
そんなものを大量に用意していたとは、最初から裏切る気か!
「軍人どもは鎮火に回せ!野郎どもは国境兵を押し留めろ!」
そんな中で、大声でなんとか探索者を束ねている声がした。パウロさんだ。
魔術師なのに、最前線で呪文を唱えながらグーで殴る姿がなんとも頼もしい。
俺はパウロさんを見るなり駆けつけた。
「パウロさん!」
「おお、《フィレンツィア》か!良かった、アンデッドは任せた、俺たちはこいつらを仕留める!」
「分かった!」
長話はしなかった。
異様すぎる状況だが、それについて話し合うのは混乱が治めた後でいい。
「アイナさんはゴーレムを全部出して、少しでも手が欲しい、あと自分も守って!」
「分かりました!」
「ルナは俺の後ろに、あと補助魔術お願い、攻撃魔術は民家に被害及ぶから足止めにしろ!」
「はい!」
「姉さんは適当に暴れて!」
「任せて!」
皆に指示を出して、俺は率先して混沌化した戦場に飛び込んだ。
「久々のアンデッドですよ、皆さん。さあ出でなさい――命令・見敵必殺」
アイナさんはアサシン君、イージデ君、ブレイダー君、三体とも開放した。
普通、大人数の乱戦だとゴーレムはモンスターと間違われる可能性があって、安易に出すことはできないのだが、敵は国境兵とアンデッドだと判明してるし、周りはパウロさんたちの《不滅の灯火》 のお蔭で大分明るい、これなら同士討ちの心配もないだろう。
どっしりとしたイージデ君は半人馬のように、人の上半身と馬の下半身を併せ持っている。彼は大盾と馬上槍を持ってアイナさんの守りに徹し、さらにあらゆる方向からの攻撃に対応して体を変形して、アイナさんへの攻撃を一身に受け止め、そのすべてを弾いた。
魔道ゴーレムである故魔術に滅法強い、そしてイシルディン製のボディに生半可の攻撃では通じない、さらに硬化の強化も掛かっていて、まさに全方面の鉄壁。
アサシン君は本物の蜘蛛のように建物の壁を這い回って、死角から国境兵と小型のアンデッド、例えばボンバーチルドレンを優先に狩っていく。攻撃の瞬間だけ長い足を楔に変形して、一撃必殺、一撃離脱を旨にするその姿は名前の通り暗殺者らしい。そしてイシルディン製の身体は衝撃に強く、距離を置けばボンバーチルドレンの爆発では傷一つつかない。
アイナさんの言うには、アサシン君の内部は網状になってて重量を押さえ、攻撃もしくは衝撃を受ける瞬間だけ集中させるからある程度の打たれ強さを持っている、さらには鋭利化の強化も掛かってるから、敏捷さと攻撃力を両立している。
人型のゴーレム、ブレイダー君は元々両手の蛇腹剣と頭部の火炎放射を所持し、加速の強化も掛かっていて、一対多に特化している仕様である。そしてアイナさんが彼を修復する時、二度と負けまいと関節部分を強化して、さらには《霹靂銃》の技術を使って、炎の槍を射出するようになった。乱戦において、その広域制圧力を遺憾なく発揮し、ブレイダー君は猛威を振るった。
ユニーク魔術であるゴーレム魔術は直接な攻撃と防御の手段なんて一つもない、詠唱も長くて実戦に使うのは難しい。熟練な術者なら詠唱も短くなるが、実際アイナさんほどの使い手でも、初級の防具強化を唱えるだけでルナの魔術よりやや遅れてるくらいだ。
しかしその代わりに、こうした装備の力を引き上げる術は豊富。時間、お金、素材さえ与えれば、仲間のスペックをとことんまで強化していく潜在力を秘めている。
アイナさんと三体のゴーレム、実質一人でパーティ何個分を働いてる彼女は戦線の一角をしっかりと支えている。
それでも国境兵が次々と防線を飛び越えて、瀕死の怪我を負いながらも倉庫へ《錬金術師の焔》を投げつける。
そのまま力尽きて倒れても、アンデッドを引き寄せるから質が悪い。
「させるか!」
ビャクヤの尻尾で《錬金術師の焔》を撃ち落とし、国境兵へと斬りかかる。
予想通りに防げられたが、マントから飛び出した獅子の牙がいとも容易くその頭を噛み砕いた。
人離れした怪力は確かに厄介だが、そういうモンスターだと思えば戦い方はいくらでもある。
ルナも俺の指示に従い、タイミングよく加速を唱え直して、俺たちの速度を維持し続けている。
俺たちは魔術で強化された身体で前線が撃ち漏らした国境兵を片っ端から斬れ伏す。
そして息絶えた兵士が呼び寄せたアンデッドは、
「《咲け》!」
片足が吹っ飛ばされ、死骸蒐集者が崩れ落ちた。
その巨体を素早く駆け抜け、踵を頭より高く上げて、死骸蒐集者の首にトドメのカカト落としを食らわせて一撃で破壊した。
崩れ落ちた死骸蒐集者に目もくれず、その頭部からジャンプして、空中から《飛燕》で一体のサンドミイラを両断。
小型のアンデッドはアイナさんに任せて、姉さんはデカブツを確実を仕留めていく。
「野郎ども、若モンに負けんじゃねぇぞおおお!!!」
防線の内側の敵が次々と減らされて、探索者たちも活気を取り戻し、国境兵を押し返せた。
さすがに全員熟練な探索者だけあって、異様な敵にも段々慣れてきたようで、次々と国境兵を切り倒し、やがてブライデンの守軍も戦線に加わり、一気に国境兵との戦線を押し上げた。
だが、次の瞬間、国境兵が《共喰い》を始めた。
それはもう人間の行動ではなく、獣か虫の共喰いとしか形容できない行為だった。
戦線の後方にいる兵士が、後ろから仲間を突き殺した。
仲間に殺された兵士から漏れ出した黒い霧、それを吸い込んだ。
「はああああああああああああ AAAAAAAAAAAAAAA!!!」
「プロイセンに栄光あれえええええええEEEEEEEEEE!!!」
「薄汚いブリィに死をおおおおおおOOOOOOOO!!!」
共喰いを果たして、最後まで生き残った十人の兵士が、まるで仲間の力と狂気を纏めて吸収したように、これまでよりさらに狂人じみた怪力と叫喚を発し、周りの探索者を突き飛ばした。
奇行に走り、いきなり強くなった敵だが、探索者も伊達に数々の意地悪なダンジョンで鍛え抜いたわけではない。
「祈りを捧ぐ、我らに慈しみの雨を、多数中級治癒!」
広範囲の治癒の神術が光となって降り注ぐ、
「汝、大地を吹き抜く氷の女王の酷薄を知れ、氷の竜巻!」
「汝、為すすべもなく黒い沼の使者の生贄と成れ、広域黒い触手!」
「百なる神の槍よ、我が敵を貫け、天使の槍衾!」
数々な魔術が炸裂、共喰いの国境兵を押し留めた。
丁度彼らの前に居たノアさんは槍を構え、二人纏めて貫いた。
さらなる怪力を得た共喰いの国境兵が氷と触手、様々な妨害を振り払うが、そのわずかの隙に探索者たちの完璧なる連携で一人、また一人斃されて、やがて全部死に絶えた。
「ったくイカれた連中だったな……」
「まだ安心するじゃねぇ!こいつらはアンデッドを呼ぶんだぞ!」
パウロさんに言われるまでもなく、この場で戦い抜いた全員がそのことを忘れるなどできるはずもない。
十人の《共喰い》が、環視の中で例に漏れず《咲いた》。
しかし、死体の花弁から漏れ出したのは黒い霧ではなく、黒い波だ。




