77 夜魔乱舞(上)
その日の深夜、俺たちは運よく、全員起きていた。
メデューサさんは町を離れたが、どこかに休憩を取っていたはずだ。
だから探知で探して、その進行方向を割り出そうと思ってる。
最初に異状を察したのは姉さんだ。
ルナが探知の下準備をしている時、姉さんは急に立ち上がって、窓から外を眺める。
どうした、と聞こうとした瞬間、爆音が夜空を引き裂く。
「なんだ今の音は!?」
「襲撃だよ、あの方向は城門……って、倉庫もね、まずいわ」
隊商の駄獣は全部城門近くの厩舎に、そして荷物は隊商宿近くの倉庫に預かっていて、探索者とブライデンの守軍が夜番をして守っている。
この二ヵ所が襲われるってことは隊商目当てに違いない。
姉さんが喋ってる途中、他の場所からも火の舌が上がった。
爆音が連鎖してるように、次々と鳴り響く。
やがてブライデン町全体がこの異変に気づき、沸騰してる釜のように湧きあがり始めた。
あちこちから伝わってくる声は驚愕、恐怖、興奮に満ちている。
その時、通信からパウロさんの緊急連絡が入った。
『――倉庫炎上、増援求む――戦闘員以外は火消しを――残りは最寄りの城門へ――』
「姉さん、やはり城門と倉庫が襲われてるみたい!」
「どうするフィー君?」
「倉庫に行く!視界が悪いから俺が先行する、姉さんは殿をお願い!」
「了解!」「はい!」「分かりました!」
俺たちは四十秒で仕度を終え、夜の街を走り出した。
「まずいな、あちこちから戦闘の音だ……」
「それだけ敵が多いってことね」
「ッ!前方右の通りに十人ほど!」
浮遊する照明の魔道具、《不滅の灯火》 を前方に出して、俺たちは夜道を走ってる。
生者探索に数多くの反応が引っ掛かている。
今は深夜で、しかもこの騒ぎだから、普通の町人なら家の中に籠ってる。
そして探索者と兵士なら倉庫、城門のどれかに駆けつけているはず。
つまりこの数人が固まってる反応は敵の可能性が高い!
通りに飛び出したら、俺は一瞬戦うべき敵はどこかと戸惑った。
だって、そこには鎧を着た兵士が七人ほど居た。プロイセン軍のシンボルが彼らがプロイセン正規兵で、今朝援軍に来ていた国境兵だと示している。
しかし、彼らの剣の向かう先へ視線を動かすと、俺は直ぐにビャクヤを呼び出した。
「ビャクヤ!」
一陣の疾風となって、ビャクヤは先頭の四人の兵士を纏めて吹き飛ばした。
彼らが襲い掛かろうとしたのは、三人の子供だ。
「どういうことだ!あんた達は軍人なんだろう!?」
恐怖に腰を抜かしたか、子供たちは一団と抱き合って座り込んで、わなわなと震えている。
それを守るようにビャクヤが子供と国境兵の間に立ち塞がった。
俺は事情を聞こうと、兵士に近づいて話を掛けた。
「こっちは探索者だ、よければ事情を――」
「はあああああああああああアアア嗚呼アアーーー!!!」
「死ねえええエエエエ!!!」
「ハラワタをぶちまけロォォォォ」
向こうが一欠けらの躊躇もなく斬りかかった!
七人の兵士は狂人のように雄叫びを発し、しかしその剣筋は鋭く俺の要害へと殺到!
「ちっ!敵か!」
「フィー君!」「フィレンさん!」
姉さんが前に出て、《無極の籠手》を打撃フォームに変え、ジャブ二発で二人を突き飛ばし、残りの兵士の攻撃は半人馬型のゴーレム――イージデ君の大盾が受け止めた。
ジャブとはいえ、姉さんの力で突き出した金属のハンマーだ、普通の人なら気絶しなくても暫くは痛みに悶えるはず。しかし姉さんに殴られた二人は派手に吹き飛ばされたにも関わらず、まるで痛みを知らないようにすぐに立ち上がり、今度は横からルナとアイナさんを狙ってくる。
「させるか!」
勿論突っ立ったまま的になる二人ではない、俺が凶刃を迎撃に入った時、二人は呪文を唱えながらもう兵士の反対側に回った。
「汝、その両足もまた留まることないと知れ、加速!」
「秘めたる力を示せ、多数防具強化!」
多数防具強化とは身に着けてる防具の硬度を一時上げるゴーレム魔術。一流の使い手であるアイナさんが使えば、ただのマントも刀剣から身を守れるようになる。
これは事前に練習した戦術の一つで、こっちより数が勝る敵と遭遇する時、まず初撃で壊滅にならないように、後衛を含めてパーティ全体の防御と回避を引き上げるのが二人の役目。
二人とも訓練の成果がちゃんと出ているが、俺はそれに感心する暇もなく、ただ兵士の怪力に驚いてた。
大上段から切り下ろした剣を受け、あまりにも強烈な斬撃を弾くこともできなくて、そのまま鍔迫り合いに持ち込まれて、体当たりを食らった。
追撃に移る兵士の剣は、しかし姉さんに妨げられた。
「飛びなさい」
姉さんは剣を握りつぶして、回し蹴りで兵士を文字通り砲弾のように蹴り飛ばした。
凄まじい勢いで飛ばされた兵士は数人の仲間を巻き込んで、一団となって倒れ込んだ。
「君たち!今の内に逃げろ!」
俺は兵士に囲まれた三人の子供に叫んだ。
三人の中に一番年長らしい、銀髪の少女が頷いて、二人の手を引いて逃げていった。
倒れ込んだ国境兵たちがお互いの体が邪魔になって立ち上がれないうちに、ビャクヤとイージデ君は巨躯を活かせて、彼らを纏めて押し止めた。尚も抗う兵士は、しかし手足がビャクヤの前腕と尻尾、またはイージデ君の馬蹄に押さえつけられて、いくら怪力を持ってしても動けなくなった。
「皆、大丈夫か?」
俺は皆に聞いた。
「ええ、大丈夫だわ、でもこの人たちが襲撃の犯人なの?」
「なんと言いますか、異常ですね」
「ああ、異常だ。その怪力もそうだが、『光』が見えてるんだ」
俺はナタボウを強く握り直した。姉さんは目を見張った。
「まさか、欠片の適合者?」
「いやちょっと違う、光は心臓のところではなく、全身に少しだけだが紫色に光ってるんだ、それも七人とも」
欠片の適合者、たとえばアイン・ラッケンはその心臓、リースとソーエンは目のところに紫の光が見える。
それは欠片のタイプによっての違いだと思っている。実際リースとソーエンの能力は目視で発動しているから。
しかしこの七人の兵士は全身に、しかもかなり微弱で、近づけなければ見えない位微かに光ってる。
勿論そういうタイプの欠片がないとは言い切れないが、全員が似たような形式の適合者とは考えにくい。
「レンツィアさん、危ない!」
ルナの叫びと共に、足が押さえつけられた兵士はなんと自分の足を引き千切って、獣のように姉さんに噛み付こうとしている!
姉さんは難なく躱し、今度は首を掴んで壁に投げついた。
壁が凹み、並の人間なら背骨が折れてもおかしくない衝撃だが、一体どこからのタフさなんだ、それでも彼の歩みを止めることはできなかった。
見れば残りの兵士たちも意味不明な鳴き声を発しながら、ビャクヤとイージデ君の下で抗っている。
死骸蒐集者のパンチすら打ち負かしたビャクヤの力にさすがに勝てないが、爪で、歯で、全身を使って、血まみれになっても攻撃を止まない。
「姉さん、時間がない」
「わかったわ」
国境からの援軍に来ていたはずの兵士がなぜこの様になってしまったのは知らないが、もし全員が敵になったらかなりまずい事態になる。今は早く倉庫に駆けつけるべきだ。
手刀一閃、姉さんは一人兵士の首を切り飛ばした。
それと同時に、ビャクヤも数人の兵士を噛み殺した。ただの数秒間で七人の死体が出来上がった。
辛うじて見える紫の光は死体から飛び出し、ナタボウに吸い込まれた。
やはり欠片の適合者か、しかしどうも違うのような感じがする。この違和感は一体……。
だが今はそれについて思索する余裕がない。
「早く行こう、もし襲撃の犯人がこいつらだとしたらまずい」
「そうだね」
痛みと死への恐怖心がなく、気絶もしない、まともじゃない暴力性と怪力に加えて、剣筋だけは冷静。この上なく厄介な敵だ。
しかも敵は援軍に来ていたプロイセン国境軍、誰もその裏切りを予測できなかった。先手を取られた以上、早く対応しないと被害はどこまで広がる。
早く倉庫に行かないと思って、俺たちはその場を離れようとした。
だが、これが終わりではなかった。
横たわってる七人の死体がいきなり「咲いた」。
それは「咲く」としか形容のしようもない光景だ。
彼らは確実に死に絶えていた。だがその死体が血液を垂れながら、内側からまるで蕾が膨らんで花弁を咲くように開けられた。
ただし蕾の中、つまり死体の中心にあるのは臓器や血肉ではなく、黒い空洞だった。
七つの空洞から夥しい黒い霧が漏れ出して、やがて数体の異形になった。
「馬鹿な、死骸蒐集者だと!?」
そこにいるのは、一体の死骸蒐集者と一体のボンバーチルドレン、そして三体のサンドミイラだ。
普通の死体がゾンビかグールになることはよくあるが、それも死後数日後のことだ。
しかも死骸蒐集者、ボンバーチルドレンとサンドミイラは全員エーリアンだ、この世界の存在じゃない、引き寄せるにはそれなりの死体が必要なはず。死骸蒐集者が戦場でしか現れないのもそのためだ。
たった七人の死体がこんなに大量なアンデッドを呼び出すなんて、常識では決して考えられないことだ!
あまりにも異様な光景に、ただ見ているしかできなかった俺たちをよそに、七人の死体はアンデッドをこの世に連れ出す門として役目を終え、アンデッドたちに吸収された。
狭い扉から這い出た死骸蒐集者はその巨大な腕を伸ばし、早くも獲物を捜しているようだ。
「下がってルナ!」
ルナに伸ばしている腕に切りつけた。攻撃を逸らしたけど、両断にはいかなかった。
姉さんの《焔螺子》でようやく貫ける死骸蒐集者の肉体に、中途半端な攻撃じゃ通じないっていうことか。
後ろの動きが緩慢なサンドミイラも腕を動かし、次々と襲い掛かる!
だが、今最も警戒すべきなのはこいつらじゃない!
「アイナさん!そこの小さいの狙え!」
「はい!」
ブレイダ―君が蛇腹剣を伸ばして、ボンバーチルドレンを狙う。
コーデリア大尉とノアさんたち数人と渡り合えるその剣筋は、寸分の違いもなくボンバーチルドレンの首を刎ねた。
ドーン、と。
デカい爆発が夜の町に響き渡る。
ボンバーチルドレンは攻撃手段が乏しい上に動きもトロいだが、至近距離で爆発されたら《龍装鎧》越しでも致命傷になりえるから、最優先で撃破する必要があった。
一体のサンドミイラが爆発に吹き飛ばされた。しかし残りの二体はまったく動じずに重い両足を引きずって近付く、そして先頭の死骸蒐集者が拳を振りかぶって、上空から打ち下ろす!
「はああああああ!」
打撃フォームの《無極の籠手》で下から迎撃、姉さんは真っ正面から死骸蒐集者の拳を撃ち返した!
そこからさらに踏み込んで、死骸蒐集者の懐に入った姉さんは全力の右ストレートを撃ち込む!
「《咲け》!」
白い光が爆ぜ散る、ゼロ距離で爆発した正のエネルギーが死骸蒐集者の腹にデカい風穴を開けた。死骸蒐集者が崩れ落ちた。
「汝、氷の女王の息吹が万物を凍りつけるものなると知れ、氷の竜巻!」
ルナの魔力が冷気の竜巻と化して、三体のサンドミイラを巻き込んで、その足元を氷漬けにして、元々動きがトロいサンドミイラがさらに緩慢になった。俺はその隙に《突進》し、ビャクヤの背中から飛び上がって、宙返りしながら《強斬》を乗せた斬撃で一体のサンドミイラの首を切り落とした。
その間、姉さんとブレイダー君が残りの二体を仕留めた。
敵を片付いて、一息した俺たちだが、そこはさらなる異常な光景が広げられた。
死骸蒐集者とサンドミイラ、それと最初に斃したボンバーチルドレンの身体が、黒い霧になって消え去った。まるで最初からなにもなかったのように。
俺たちをそれを見て、ただ突っ立っている以外何もできなかった。
「一体何なんだこいつらは……ッ!」
俺は怒りを込めて低く吼えた。怒りで未知への恐怖を抑えるように。
「この人たちからは、微弱ですがあのレーザという人と同じような感じがしました」
「なっ」
つまりレーザもこんな化け物になってしまったのか!
てことは、こいつらがレーザと手を組んでる可能性も高いか。
いやそれとも……!
「フィー君、それより早く行こう!」
「あ、ああ、わかった。」
詮索を後にして、俺たちは今度こそ倉庫に急いだ。




