76 蘇った憎悪
※今日は三話連続投稿します、どうぞ74話からお読みを。
後ろから、聞き覚えのある声がした。
振り返ったら、そこには灰色の髪の優男と彼が率いる五人の探索者。
「レーザ……!?」
《ホワイトレイヴン》のリーダー、レーザだった。
「うん?君たちは……?」
レーザは目を細めて、俺たちの顔を値踏みするように見ている。
「レーザさん、お早いですね。紹介しよう、これが私が是非とも協力をお願いしたい探索者、フォルミドでは大活躍をなさった《フィレンツィア》です」
「フォルミドの、《フィレンツィア》……あー」
レーザはようやく俺たちを思い出したように、口元を吊り上げた。
「あの時の姉弟ですか、懐かしいですね、まさか生きてるとは思いませんでした」
「……」
「フォルミドで活躍してるっていうの本当なんですか?確かにお二人はまだ駆け出しだと記憶していますが」
「本当ですよ、ヴァンパイアを退け、ラカーン州のソラリス州長と協力して前州長の悪事を暴き、ハーフドラゴン種でネームドの《黒姫》を討伐、聖騎士と協力してゲゼル教国の幹部《圧潰の魔女》を討伐等々、今や時の人ですよ。そういえばレーザさんもフォルミド出身ですね、ご存じありませんか?」
「へー、それはそれは」
まるでファンか何かのように俺たちの経歴を諳んじるメデューサさんに対して、レーザはただ嬉しそうに笑ってる。親切とも酷薄とも取れるような笑顔だが、その目に一片の笑みもなく、ただ面白そうな獲物を捕らえる蛇のような煌きがあった。
「どうやらお二人はよほど運が良いですね。まあ、アレから生き延びてたんですから、当然かもしれませんね。しかし――」
「――レーザ、さん」
「なんでしょう?」
「《ホワイトレイヴン》の人たちは?」
レーザの後ろの五人の探索者を見る。
俺が知ってる、共に《翡翠龍の迷宮》に入った《ホワイトレイヴン》の人は、レーザを除いて一人もいない。
あいつらの顔は記憶に刻んでいる、間違えるはずがない。
もしかして、《ホワイトレイヴン》の人たちはもう――
その時、俺の思考を断ち切るように、レーザはケッと吹きだした。
「貴方たちがそれを言いますか、失礼ですが大した面の皮ですね」
「それは、どういう意味なのか?」
低い声で問いただす。こうでもしないと声が震えそうだ。
「レーザさん?《フィレンツィア》とは知り合いなんですか?」
「ええ、言ってませんでしたっけ?ボクも一時ラカーンにいましてね、それで《フィレンツィア》――あの頃はまだ二人だけですが――とコンビを組んでダンジョンに潜ったのです。そこまではいいですけど、この二人はね、よりにもよって致死性のトラップを踏んじまって、お蔭で僕の仲が全員亡くなりましたよ……!」
真っ赤な嘘をさも心から悲しんでるように、レーザは目元を抑えて大袈裟に語っていた。
アイナさんはレーザのことを知っているけど、俺たちの顔を見て静観を決めているようで、ルナはレーザのデタラメを聞いて暴れだそうとしたけど姉さんに抱きしめられた。
「そういえばあの時、あと二人居ましたね、まさかあの二人を犠牲にして生き残れたじゃありませんよね?」
俺たちと一緒に村を出た二人の事か、当時の俺と姉さんより遥かに熟練な探索者だったが、運悪く《翡翠龍の迷宮》の分断トラップで階段の下に閉じ込められて、モンスターの大群に嬲り殺された。
「なんと、そんなことが」
「ええ、メデューサさん、《フィレンツィア》は平気で人を犠牲にするような人です。恐らく彼らの活躍とやらも、誰かを陥れて、その手柄を横取りにしたのでしょう」
レーザさんその優しそうな外見に反して、辛辣に俺たちを罵倒している。
なるほど、そういう筋書きか。
予測だが、《ホワイトレイヴン》はダンジョンのドロップ品と俺たちの装備を強奪した後、仲間割れでもしたのか、それとも最初から計画の内なのか、レーザは仲間を皆殺しにした。
その後フォルミドを飛び出し、プロイセンでパーティを再結成して活動してるところを、メデューサさんに雇われたのだろう。
しかしこれらはどうでもいい。今はそんな事考える余裕がない。
俺は自分の指が震い出してるのを感じている。
あまりの喜びに。
正直、この数が月間に出来事が多すぎて、レーザへの憎悪にかまける余裕がない。
ルナにも言ったように、色々ありすぎて、怒るタイミングを失ったってのは正直の感想だ。
だが今、レーザが目の前に現れて、自分の心の奥底からごぼごぼと、憎悪が泡のように浮き上がっている。
それを実感して、喜びを感じてる自分がいる。
姉さんは今の自分を受け入れている。
俺はまだ姉さんをアンデッドにした自分を受け入れてないが、そのために姉さんの蘇生を願っている。
言わば「姉さんがアンデッドになった」件は、俺たちの中では解決に向かっているということだ。
しかし、「姉さんを死なせた」ことだけは、ずっと停滞しているままだ。
「騙された方が悪い」なんて、悪人しか得しない考え方は絶対御免だ。
騙すほうが悪いに決まっている、姉さんを死なせたのは俺の未熟だが、そのきっかけを作ったのは間違いなくレーザと《ホワイトレイヴン》だ。
「レーザさん、つまり《ホワイトレイヴン》は貴方を除いて全員亡くなったのね?」
「……聞こえませんでしたのかな?僕は言いましたよ、君たちのせいで亡くなりましたとね、それとも責任逃れするつもりなんですか?探索者、いいえ、人として最低ですね」
姉さんは俺の考えを分かってるようで、冷静にレーザに問いただした。ルナが姉さんの胸元で暴れてるが、しっかりとホールドされて声も出てない。
そうだ、ここで暴れてはだめだ。
ここは大通りだ、例えレーザたちを倒せても殺すのは無理だ。
レーザはまだ俺たちがあの頃のままだと考えている、だからわざと嘘をついて挑発してくる、メデューサさんの前で俺たちを叩きのめして実力をアピールしたいのだろう。
好都合だ。
この場で殺せなくても、レーザを逃すつもりは毛頭ない。だから下に見られるのはむしろ歓迎すべきか。
「メデューサさん、レーザさんを雇ったのね」
「ええ、《ホワイトレイヴン》とは首都セルリンで出会いまして、皆さんとても気が良い人でして私の申し出も快く受け入れてくれました。……でもどうやらフィレンさんたちとは相性が悪かったみたいですね」
「大丈夫、ここで争うつもりはないよ。では俺たちまだ用事があるので」
「逃げるつもりですか、君たちがトラップを踏んだあの時のように――」
なおも俺たちを挑発しようと前に出てるレーザを、メデューサさんは困った顔で制した。
「まあまあレーザさん、ここは私の顔を免じて。――フィレンさん、一つ忠告します」
「ん?」
「皆さんを誘うのは残念ですが諦めるしかないですね。しかしこれからブライデン町に良からぬことが起きます、皆さんのためにも早めに町を離れるのがいいでしょう。では」
そう言い残して、メデューサさんはレーザを連れてこの場を離れた。
「そこのお嬢さんたちも気をつけてください。この姉弟は平気に仲間を裏切る様な人ですよ。くれぐれもも用心することです」
さっきまで仲間の死でいかにも怒ってるように見えたレーザも、すんなりと矛先を収めて、最後にアイナさんとルナに対してこんなことを言い残して、メデューサさんに付いて行った。
まあ俺たちを叩きのめして実力を見せるのが目的だから、俺たちが彼に恐れをなして喧嘩を避けたのだから一応目的は達成したのか。
メデューサさんたちが視界から消えた後、姉さんはルナを開放した。
「フィレンさん!なんであいつらやっつけないの!?」
予想通りルナは大いに怒ってる。
顔を真っ赤にして、俺の服を引っ張って今でもレーザを成敗しに行くようだ。
ルナにとって俺たちとレーザのことは話を聞いただけなのに、こんな親身になって怒ってくれるのは少し嬉しい。
「落ち着いてルナ、ここでレーザを倒しても仕方がないよ」
「どうして?フィレンさんは怒らないの?」
「怒ってるよ、たぶんルナよりもずっとね。だから逃がすわけには行かない、ここで彼に俺たちの力を悟らせたら、きっと彼は逃げる、今度こそもう二度と見つからないかもしれない」
「でもあいつらもう行っちゃったんだよ?もう見つからないよ?」
「大丈夫、レーザがメデューサさんの私兵になるのはむしろ好都合だ。これでメデューサさんを見つかれば、レーザも見つかるということになる」
「あ、そうなんだ」
ルナはハッとなって、手を離した。
「うん、メデューサさんは商人、それも大商人になるって言ったから、探索者よりずっと見つかりやすいはず」
「だからわざと逃がしちゃったの?」
「さすがにこの場で逃がすつもりもないけどね……姉さん、追跡をお願いできる?」
「分かったわ。でも多分無駄だと思うよ?」
「どうして?」
「メデューサさんは一度この町を離れたから、恐らく今回は外から来たでしょうね。それでこの町に良からぬことが起きるって言ったから、多分もうこの町から出て行ったと思うよ」
「そうだな、そんな簡単に町を出入りすることは、軍へのパイプがあるだろうね」
案外、貿易全権を一任されたっていうのも本当かもしれない。
しかし、もし町から離れたら、俺たちで追跡するのは難しくなる。
ブライデン町はラカーンのような二重城壁はないが、それでもアンデッド対策のために城壁が町の外側をぐるっと囲んでいる。
城門にはプロイセン軍が検問しているから通行証がないと通れない。
いや姉さんだけならなんとかなるかもしれないな、城壁をそのまま登っちゃいそう。
「私たちは町を出れないものね。……いっそ私だけでヤっちゃう?」
「だめだよ姉さん、これは俺たちの仇討ちだから。とりあえずルナ、姉さんに不可視の魔術を掛けてくれる?」
「分かったの!」
不可視を掛けられて、透明になった姉さんはシュタっと一陣の風を巻き起こして、メデューサさんたちを追っていった。
三十分後、魔術が解けた姉さんが帰ってきて、俺たちを見て、首を横に振った。
「やはり駄目か」
「ええ、町を出て行ったわ。城門で援軍の隊長と親しそうに挨拶してたから、本当に軍にコネがありそうだね」
「今夜にでも探知を掛けてみるか」
とりあえずこの場で出来る事はこのくらいか。
と思ったところ、アイナさんが話しかけて来た。
「フィレンさん、今のがレーザという人なんですね、二人を陥れましたの」
「ああ、あれがレーザだよ」
「フィレンさんの話は聴いていましたが、なるほど確かに話した通りの悪人っぷりですね」
「分かるのか?」
「まるで暴虐の塊のような人です。ヒューマンの社会はよく分かりませんが、よくそういう人を受け入れてますね」
「え、そうなの?」
口調と外見だけ見れば、むしろ気の良い人だと思うが。
中身はクズ・オブ・クズだけど。
「ええ、あの人だけじゃなく、その後ろの探索者たちも、なんというかその、全部の存在に悪意をまき散らしてるような感じがします。こんな感じの人は初めて見ました」
「えっと、つまりすっごくおっかないってことなの?」
なんだか戸惑っているアイナさんに、ルナも首を傾げている。
姉さんのほうを見たけど、頭を横に振って何も感じてないようだ。
アイナさんだけそう感じてるということは、何かエルフ、もしくはリッチの特殊な感覚かな。
「恐らく、何かの危険な力に手を出してると思います、気を付けてください」
「てことはあっちもあの頃より強くなったと思って良さそうだな」
「そうだね、慎重に行こう」
と、その時に、ぐーと空腹に鳴き喚くお腹の虫の音がした。
この場に腹が空けるのは俺とルナだったから、
「ははっ、そう言えば稽古したばかりだし、俺も腹が減ったな」
「何か買って持ち帰りましょう」
とりあえず今はこれ以上やることがない、日もそろそろ落ちるし、俺たちは宿に戻った。
その日の深夜、ブライデン町が炎上した。




