75 焦がれた再会
※今日は三話連続投稿します、どうぞ74話からお読みを。
姉さんはアイナさんを懐に抱きしめ、優しく頭を撫でてる。
アイナさんは涙を擦りつけるように姉さんの胸に顔を埋めて、豊満な胸が歪めるくらい抱きついた。
とっても絵になる光景だ、目に焼き付きたい。
アイナさんと一緒に部屋に戻ったら、今度はルナが駆け寄った。
「どうした、ルナ?」
「フィレンさん、レンツィアさん、フォルミドに反乱が起きてるってお姉ちゃんがっ!」
「反乱?」
ルナは毎日通信でリースと連絡を取っている。
通信は一度に大量な言葉を送れないから、大体の場合は無事を知らせるだけ、たまに長話もするらしいが内容は分からない。そういえばアイナさんが来てくれた日も結構長く話し込んでたみたいけど、何の話してたのだろう。
それはさておき、プロイセンがポーランと戦争を始まってから、リースはよほど忙しいのようで、毎日の連絡もほとんど一言で済ましている。だからここ数日、ルナがかなり心配していた。
そしてさっき、リースがようやく最近忙しくなっている理由を説明してくれた。
どうやらフォルミド南部地域の幾つかの州長家が反乱を起こしたようだ。
時期的にはプロイセンの開戦とほぼ同じで、しかもスロウリ峡谷が塞がってる以上、ルイボンドからプロイセンに行くには南部を通らなければならないから、実質フォルミドはルイボンドへ進軍する手段を失っている。
幸い、反乱の規模はさほど大きくなく、そのうち沈静化するだろうとリースが言った。
それも、俺たちのお蔭でって付け加えた。
なんでも、今回反乱を起こした州長家の後ろには、チェンジェリングが糸を引いているらしい。
チェンジェリングという種族は、人間と写し怪の末裔だ。
写し怪はモンスターだが、あらゆる生物の姿に変化する能力を持ち、人間と子をなすこともある。
そして長く血を混じることによって、写し怪ほどじゃないが、ある程度変容できる能力を持つ種族ができた、それがチェンジェリング。
ラッケン家の元家宰、リースを弑すると企んだルシウスもチェンジェリングでした。
ルシウスが亡くなった後、リースが彼がどうやってラッケン家に食い込むのかと調査したら、芋づる式で彼と繋がりがある他のチェンジェリングも見つかった。
ルシウスの仲間たちは彼と同じように、何人ものの州長の側に潜んでいて、裏で権力を広めて来た。
今すぐその正体を暴きたいが、ことが他の州長家と関わると、リースも慎重にならざるを得ない。下手したら州政干渉だから。
ミーロ教会のコネで中央の偉い人と相談して、念入りに調べた。確証を持って信用できる州長だけに情報をリークして、対応策について話し合った結論は、今すぐ摘発せず、あえて泳がせて、ゆっくりと権力の中枢から遠ざかってから逮捕する、ということだ。
そしてそれが功を奏して、今回彼らが首謀で起こした反乱はほとんどが直ぐに鎮圧された。
それでもその規模の大きさは予想外だったし、把握しきれないチェンジェリングに乗っ取られた州長家もあるから、中部地域のリースも兵を出し、南部の平定に参加したらしい。
勿論リース自身は戦場に出てなかったが、ここ数日は多忙を極めてた。
「そんなことがあったのか……」
「うん、お姉ちゃん凄く大変だったみたい」
「本当に大変そうだったな。しかしチェンジェリングか、これはプロイセンがチェンジェリング、いや奪心魔と手を組んだと考えていいのか?」
奪心魔は種族であり、厳密的にモンスターではないが、彼らの主食は人間の精神、思念、記憶。そして彼らに「食われた」人間は廃人か狂人になる。
だから大体の場合はモンスターと見做されてる。
多くのチェンジェリングは変装して人間を拐かし、奪心魔に捧げて、その代りに魔術に長けてる奪心魔に保護されている。言わば共存関係だ。
「え、どうしてなの?」
「だって、フォルミドの南部に反乱が起こって、一番得してるのがプロイセンだろ?なあ、姉さん?」
「ええ、南部が反乱を起こしたら、フォルミドはその間プロイセンとポーランの戦争に介入できないもの」
「なるほど……?」
それでもよく分からないようで首を傾げるルナ。
まあ無理もない。
奪心魔はその性質上、人間とは相容れないから、奪心魔と手を組むなんて普通は考えられないだろう。
つまり、そこまでプロイセンは追い詰められたのか。それともプロイセン自身も奪心魔とチェンジェリングに操られているなのか。
「まあ、どの道リースのお蔭で反乱は早めに終息しそうだから、そのうちにフォルミド軍が介入するかもしれないな」
「でもプロイセン軍はポーラン軍をも容易く破ったし、どうなんでしょうね」
俺と姉さんはさっきパウロさんが話してたプロイセン軍の異様な戦果を思い出して、言葉にできない不気味さを感じている。
たった二千で籠城してる一万の兵を破ったプロイセン軍、軍事には明るくないが、将の腕だけでは説明がつかないのは一目瞭然だ。
「あの、何の話ですか?」
アイナさんが聞いた。
「ああ、さっきパウロさんが話してくれたことなんだが……」
俺は今の戦況と隊商が解散して、グループに分けるのことを話した。
アイナさんたちもやはりプロイセン軍の異様さに目を見張ったが、今はそれとは他に決めなきゃならないことがある。
「で、今決めなければならないのは、俺たちはこのまま商人たちを護衛するのか?」
「どういうことですか?」
「護衛しないの?」
アイナさんとルナは一緒に聞いた。
「ああ、俺たちが隊商に参加するのは東に、スーチンの故郷を捜すためなんだろう?」
「あ、じゃ国から出られないと」
「そう、ルイボンドを出られない以上、隊商に同行する意味がなくなったってこと」
「だから隊商から離脱して、あたしたちだけで東に行くの?でもあたしたちだけじゃ国から出れるの?」
「まあ国境は封鎖されてるだろうけど、なんとかなるかもしれない」
プロイセンからポーランに行くのはルイボンド高原を下らなければならないけど、フォルミド側より通れる場所が多いと聞いてる。
勿論少人数の長旅じゃいろいろ不便だが、フォルミドを離れた頃に比べてルナも大分旅に慣れてるし、アイナさんもいるから、正直もう隊商と同行する意味があまりない。
考え込んでるルナたちに、姉さんが訊いた。
「ルナちゃんはどう思う?」
「うーん、なんか途中でほっぽり出すのはちょっと違うなーと思うの」
「アイナさんは?」
「そうですね、正直私としては他のヒューマンにあまり興味がありませんが、やはり一度知り合った人間が危険な目に遭うのは忍びません。情勢がある程度安全になるまで護衛を続けるのはどうでしょう?」
「スーチンは?」
『私は別に……急がなくてもいいのです……』
「良かった、正直俺と姉さんも一度依頼を受けた以上、中途半端なのが気が引けるからな。じゃこのまま護衛することに決まりね」
「了解です」「わかった!」『はい……』
護衛を続くことに決まってから数日、隊商が小グループに分けて移動を始めた。
勿論プロイセン軍にとっては大規模な移動は目に余るから、小出しにして少しずつブライデン町を出て行った。
その順序について商人たちは大いに揉めたと聞いているが、探索者が気にするようなことじゃない。
パウロさんと《ノアズアーク》、そして俺たちは最後のグループと一緒だから、出発はまだまだ先である。
どうせやることもないから、いつもより稽古の時間を増やして、俺たちは午後からギルドの訓練場に籠っていた。
戒厳のせいで町の郊外に行くことは禁じられている、だからあまり派手な戦闘はできない。
その代りに、戦闘に不慣れのルナとアイナさんに、戦闘の身ごなしと立ち回りを一通り覚えて貰った。
きっちり数時間の訓練の後、夕日を背負ってへとへとのルナを負んぶして、俺たちは帰り道についた。
「なんか今日、兵士さんが多いね」
俺の背に乗ってきょろきょろしてるルナが聞いた。
たしかに今日はやたらと兵士が目に付く、それもブライデンの守軍とは違って、見覚えのある鎧を着ている。
「ああ、今朝パウロさんに会って訊いたんだ、どうやら国境からの援軍らしい」
「国境……コーデリア大尉の部下の?」
「ん?ああそういえば」
考えてみれば、コーデリア大尉の部隊は元々国境とスロウリ峡谷一帯、つまりフォルミドとの通路をパトロールしていた。でもスロウリ峡谷がダンジョン化して、パトロールの必要もなくなったから、移転したのも当たり前か。鎧に見覚えがあるのもそういうことか。
それにしても、フォルミドとの道が断たれた以上、ブライデン町はただの地方都市だ、こんなところに援軍してどうするのだ。
「じゃコーデリア大尉も来ているの?ローザに教えなくちゃ」
「いや、大尉は来てないらしいよ、今朝パウロさんのところに来たのは別の人だ」
「ふーん、なんだか目が怖いね」
「そうだな……戦争だからか」
確かに、援軍に来ていた兵士たちの目付きは悪い、いや悪いというより、目が据わってる。
コーデリア大尉と一緒にダンジョンに入る前に彼らを一度遠いところから見てたが、そんな雰囲気じゃないと思う。
戦争時の軍隊ってそういうものなのか。
その時、後ろから呼び止められた。
「お久しぶりです、《フィレンツィア》の皆さん」
振り返ってみたら、そこには金髪の麗人。
メデューサさんでした。
「メデューサさん、どこに行ったの?」
「私はこれでも商人の端くれですから、勿論商売のできる所に居ましたよ」
そう言って、含みのある笑みを浮かべるメデューサさんは、前より少しだけ危険な雰囲気を漂っている。
今なら姉さんが評した「周囲を破滅させる人」がどういうことか、少し分かったかもしれない。
「それは、前に言った戦争のことと関係があるのか」
「ええ、その通りです。私が言った通り、戦争が本当に始まったのでしょう?ですから稼がせて貰いました」
「では、ここに帰ったのは?」
「それは、もう一度皆さんを誘うためです」
「前の話と同じなのか?」
「ええ、あの後、皆さんが無事にスロウリ峡谷から帰還したのを聞いて、やはり私の目に狂いはなかったと思いました。是非その力を私に貸して頂けませんか?前回と違って、私の話はもうただの大言壮語ではありません、その証拠に、ご覧ください」
メデューサさんは腰に提げてる便利袋から一つの箱を取り出した。
箱の蓋を開けたら、中には目も眩むような沢山の白金貨。
ざっと見れば千枚は下らないだろう、その便利袋と合わせて総額金貨一万以上になる。
つい先日までただの行商人だったメデューサさんが所持できるような額ではとても思えない。
大通りを歩いてる人々もいきなり現れた大金に目を剥いてるようだ。
「これだけではありません。ルイボンドが統一を遂げる暁、私は新生ルイボンドとフォルミド国の貿易全権を一任されています、もうフォルミドからの利益をブライデン人に独占させません、これからはこの私が掌握していきます。どうですかフィレンさん、それでも私の誘いを受け入れてくれませんか?」
夕日を背にして、爛々とした目で語っているメデューサさん。
手には信じたる証拠、口調は理知に満ちているが、何故か狂人と思わせるような危うさがあった。
「悪いが、その話は――」
俺が断ろうとした時、
「へー、この人たちが貴方が誘いたい探索者なのですか、メデューサさん?」
後ろから、聞き覚えのある声がした。
振り返ったら、そこには灰色の髪の優男と彼が率いる五人の探索者。
「レーザ……!?」
《ホワイトレイヴン》のリーダー、レーザだった。




