74 無極にして太極
※今日は三話連続投稿します、詳しくは活動報告を。
俺はノアさんと握手を交わした。
姉さんのほうを見ると、すでに数人のナンパ野郎を撃沈した。中には文字通りワインの樽に撃沈されたヤツもいるが、まあ問題ない。
俺たちは酒場を出た。
宿に戻って、隊商解散のことを皆に伝えようとしたところ、アイナさんが駆け寄った。
「フィレンさん、レンツィアさん、丁度いいです!」
「どうしたのアイナさん?」
「ついに完成しました!《無極の籠手》を!」
「無極の籠手?」
「あ、失礼しました、フィレンさんから預からせていただいた《巨人の籠手》のことです、それを元に大幅改良していたため、改めて《無極の籠手》と名付けました」
「ああそれか、時間掛かったな」
一から作るじゃなく、形を変えて貰うだけだからすぐできると思った。
ていうか、籠手から何か別のアクセサリーに変えてもらったはずなのに、結局籠手なのか?
「当然です、フィレンさんから初めて承りました依頼ですから、精一杯頑張りました!ご覧ください――はわ!」
「おっと」
そう言って、アイナさんが便利袋から何かを取り出そうとして、急にバランスを崩してこっちに寄り掛かった。
咄嗟の反応で俺はアイナさんを受け止めだが、
「っ!」
予想以上の重さで、片膝が地についてしまった。
アイナさんの名誉のために言っておかねばならんが、彼女は豊満ではあるが決して重いわけではない。彼女が取り出したモノが重いのだ。
そしてアイナさんは倒れた拍子でそれを手放して、ドンっと、それが地に落ちた。
「アイナさん、大丈夫?」
「ありがとうございます、ふふ、二回目ですね」
「ああ、今回は吸い取られてなくてよかった」
「はぅ、意地悪ですねフィレンさんは」
「それよりアイナさん、これは……?」
俺はアイナさんが取り出したものを見下ろした。それは変わり果てた《巨人の籠手》でした。
当然ながら、《巨人の籠手》は魔道具であり、武器ではない。
だから持ち主の動きを妨害しないようにそのサイズは小さい。手の甲から前腕の半分まで覆うだけで、どちらかというと指出しガントレットに近いの形をしていた、のはずだが。
アイナさんが改良した《巨人の籠手》改め《無極の籠手》は右腕全体を覆う、もはやフルプレートアーマーの腕部分だけを取り出してるような形でした。
燃えるような赤く染まっている籠手に、アイナさんの意匠か、白いリコリスの花の浮き彫りがある。
白い花の元を辿れば、一つ大きな《龍晶石》が埋め込んでいる。黒姫のより一回り大きく、その色は黒と白。相反なる両色が混ざり合い、お互いの尻尾を追う両色の魚のような模様をしている。
双色の龍晶石の周りに絡まる輪生のリコリスはある種の神秘なる美しさと魔力を帯びている、どうやらただの装飾ではなく、魔力の回路にもなっているようだ。
鎧って言ったらごついな感じなんだけど、洗練されたデザインからは女性らしさを感じられる。
それと、すごく重い。
少なくとも俺ではいきなり膝をつくくらい重かった。ざっと四十キロは下らないだろう。
現に地に落ちたそれは三分の一くらい埋まってる。
「はい、これが《無極の籠手》です」
「あのー、籠手ではまずいから他のアクセサリーに変えて貰うの話だったけど?」
「色々考慮して、このほうがレンツィアさんに最も適していると考えています」
「というと?」
「壊れるのを恐れて殴れないのなら、殴っても大丈夫魔道具を作ればいいと思います!」
意外と脳筋だなアイナさん。
「見てください、術式と《龍晶石》だけを残して、他は全部イシルディンで作り直しました。そして魔術と親和性の高いイシルディンだからこそ、元の術式と合わせて、変化自在と《硬化》の強化も掛けておきました。これで硬度を維持できる上で、万が一、いいえ億が一大破しても、最低限の機能をキープできる。さあレンツィアさん、着けてみてください。ん゛ん゛ん゛―――」
地面から《無極の籠手》をなんとか持ち上げたアイナさんは、よろよろでまた倒れそうだから姉さんがひょいと取り上げた。
リッチの肉体は常人より力強いのはずだが、イシルディンは鋼鉄より数倍重いから仕方ない。
「着けよっと」
「姉さん重くない?」
「あらフィー君、女の子に向けて重いなんて」
「それはいいから」
「そうだね、少しバランス感覚を調整する必要があるけど、別に問題ないよ」
「さすがだな」
「ふふ、それほどでもある」
軽々しく《無極の籠手》を装着して、さっそくジャブをシュッシュと繰り出す姉さん。
見た目はごついけど関節の部分はしっかりしてて、円滑に動けるようだ。
「動きに問題がありませんね。では説明しますね。レンツィアさんの要望通り、筋力の上昇術式を外して、その分反応速度の更なる上昇、それと戦技をより素早く発動できるようになりました」
「具体的何かできるの?」
「それは……レンツィアさんの特訓の成果に期待してください」
アイナさんは姉さんと顔を合わせて微笑んだ。
姉さんいつの間にそんなことやってたのか。
「さらに変化自在の効果として、持ち主が念じれば打撃特化フォームに変形できます。先端に集中するように心の中で命じてください、レンツィアさん」
「うーん、あ、できちゃった」
《斬り丸》の変形と同じように、腕全体を覆ってた《無極の籠手》が収束して、姉さんの拳を包み込んでデカいハンマーのような塊になった。
「はい、それが打撃フォームです。重量が末端に集中しているから並の人なら振り回されるだけですが、レンツィアさんなら大丈夫と思います、むしろ遠心力でさらなる強力な攻撃を繰り出せますのでしょう」
「そうね、これくらいなら《五月雨》も使えるかもね」
ぶんぶんと振り回りながら、さらっととんでもないことを口にする姉さん。
あのハンマーで繰り出された《五月雨》の殴打の嵐を浴びたら、人間なら一瞬で挽肉、モンスターでもただでは済まされないのだろう。
「短剣と蛇腹剣などのフォームも考慮しましたが、ここ数日レンツィアさんの戦闘スタイルを観察してやはり打撃用にしました」
「剣はあまり得意じゃないし、斬撃と刺突はもう《斬り丸》があるから丁度いいよ、ありがとうね」
「いいえ、使用者に合わせて最良ではなく最適解を出すのが職人というものです」
アイナさんはえっへんと自慢げに胸を張った。
なんか説明しているアイナさんが、今まで見た中で一番生き生きしているな。
「それとこの《龍晶石》なんですが」
「黒と白だね、《マエステラの大機関》のものかな」
「元々は全部埋め込んでいましたが、それは間違ったデザインと言わざるを得ません。この《龍晶石》は露出するほうが外の魔力を取り込んで、より循環が早くなるものですから」
「つまり?」
「出力が上昇します。それと、フィレンさんの《霹靂銃》の仕組みを研究させて頂きました。その技術を応用して、《無極の籠手》もエネルギーを放出できるようになりました。しかしエネルギーを塊にして射出なんてしたら無駄に魔力を浪費しちゃいますから、直接打ち込んで流し込む必要があります」
「あれか、《二の打ち要らず》みたいに」
《二の打ち要らず》とは衝撃と共にエネルギーを放出し、内部から揺さぶる戦技、装甲が厚いのモンスターなどには有効な技。
つまりあれと同じように、これ自体がエネルギーを撃ち込めるのか。
《霹靂銃》のゼロ距離射撃と思うとぞっとしないな。
「レンツィアさんが扱える《戦技》のことですね、使い方は同じと考えて良いですよ。それと、この《龍晶石》は珍しい属性で、正と負のエネルギー両方発生しますから、それに応じて二通りのキーワードを用意しました。正のエネルギーはアンデッドに、負のエネルギーは生物に極めて有効ですから、戦術の幅が広がると思います」
マジか、待望のアンデッドへの対策じゃないか。
これまでは死霊魔術と物理攻撃だけで、アンデッドに有効な攻撃などリースの神術しかなかったから、これはかなり助かる。
「少しだけでいいですから、魔力を流して《穿て》と口にすれば負のエネルギーを、《咲け》と言えば正のエネルギーを撃ち出せます」
「《穿て》と《咲け》ね、覚えたわ。でも、《霹靂銃》みたいに使用制限があったりする?」
「いいえ、さっきも言いました通り、エネルギーを塊にする工程がありませんから何度でも撃てます、ハーフドラゴン種のブレスも弾切れなどしないのでしょう?」
「それもそうか」
「最後はレンツィアさんから聞いて、実体のない敵に手を焼いましたのようですから、幽霊殺しの強化もつけておきました」
至りつくせりやな。
「以上が《無極の籠手》の全部です」
「あ、一つ聞きたい」
「はいフィレンさん、なんでしょう?」
「イシルディンってたしか黒い金属だよね、でもこれ赤いよ?」
「レンツィアさんの髪色に合わせるて着色しました、綺麗な赤髪ですから良く映えると思います。それと白いリコリスはエルフにとっては『穏やかな美しさ』という意味ですから、レンツィアさんにはぴったりと思います」
「ふふ、ちょっと、恥ずかしいわね」
少し俯きながら、指でリコリスの輪郭をなぞる姉さん。どうやら気に入ってるようだ。
勿論、俺も。
「……ッ、最高だアイナさん、最高だよ!」
俺は魂の底から震え上がってる。
そこに注目するとは、実にお目が高いと言わせざるを得ない。
俺も常日頃から姉さんの髪は美しいと思っていたが、それに似合うアクセサリーが中々見つからない。
そもそも戦闘中に跳ねまわるポニテールこそ姉髪(造語)の真骨頂であるはずなのに、戦闘では余計なアクセサリーが邪魔になる。かといって魔道具は実用重視で見た目イマイチなのが多い。
姉さんのスペックと戦闘スタイルに合わせて、さらに見栄えの良さも考慮してくれるとは、これが最高じゃないと誰が言えよう!いや言えまい!(反語)
「魂に賭けて言えるぜ、最高な一品だよこれ!さすが神工匠だ!」
「あ……ありがとうございます!」
アイナさんが凄い勢いで頭を下げてくれた。
あ、今泣きたいのを誤魔化してたね。
しかしそれを見逃す姉さんではなかった。
「礼を言うのは私だよ、素敵な装備ありがとうアイナさん、とっても嬉しいの」
「ありがとうございます、ぐすん、レンツィアさん」
「我慢しなくていいのよ、アイナさんここ数日ずっと頑張ったわね、全部わかるわ」
「びえぇぇぇぇん」
姉さんはアイナさんを懐に抱きしめ、優しく頭を撫でてる。
アイナさんは涙を擦りつけるように姉さんの胸に顔を埋めて、豊満な胸が歪めるくらい抱きついた。
とっても絵になる光景だ、目に焼き付きたい。




