73 隊商の解散
※今回から少し軍事的な話に触れますが、もし何か間違いがございましたら、大目に見て下さい。
翌日、プロイセンがポーランに宣戦布告した。
プロイセンとポーランの間に、小規模の競い合いなんてのはよくあることだ。
ほぼ慣例になってるし、お互い貿易通商を拒むほど愚かじゃないから、戦争とは言っても一般人の生活は大して変わらなかった。
今までは。
しかし今回は違うと、ブライデン町の人々は分かっている。いや、分からされたというべきか。
まず、戒厳令がセルリン二世の名の元に公表された。出版、集会、創業、都市間の移動などなど、一々政府の許可が必要になってもしくは全面禁止された。町の守備隊は城門の警備を厳にして、自由に出入りできるのは物資の輸送隊と守備軍に認められた者だけとなった。
そしてブライデン町の予備役の一部も動員されて、駐兵と共に町から移動した。
プロイセンは男女問わず十四歳から三年、男なら二十歳になってからさらに三年の兵役に服する義務が課され、退役したら元の生活に戻るが、予備役として有事の際には動員されることもあった。
つまり、今が「有事の際」であることを、プロイセンは本格的にポーランと全面闘争に踏み切ったと、誰もが察した、いや、察してしまった。
こんな状況で隊商が通商を続けるのは到底無理だ。
しばらくは待機せよと、パウロさんからの知らせがあった。
勿論待機しろと言われて大人しくするわけがない、俺と姉さんは戦争の情報を少しでも摑んでおきたいからギルドと酒場に足繁く通っている。
その間に、ルナは周りのピリピリな雰囲気に影響されて落ち着かない様子、スーチンは戦争のせいで質素になった食生活に不満があるようだ、アイナさんだけがマイペースに《巨人の籠手》の改造に励んでいる。
そして七日が過ぎて、俺たちはパウロさんに呼び出された。
リーダーたちの集会ということで、ルナたちを宿に置いて俺と姉さんだけで酒場に来てみたら、そこにはパウロさん、ノアさん、あと数十人のパーティリーダーまたは副リーダーがいて、町一広いの酒場が貸し切り状態だ。
皆に軽く挨拶して、俺たちも適当に席を探して腰を下ろした。
あれから隊商の探索者たちとそれなりに打ち解けた。それでも俺たちを毛嫌う人が居るだろうが、さすがにここで騒ぐほど空気読めないリーダーはいないようだ。
そこに、俺たちはパウロさんから前線の状況を聞かされた。
「つまり、現状はプロイセンが押している、ということか?」
「全然ちげぇよ、圧倒的な勝利たぜそれが」
リーダーの一人が質問して、パウロさんに否定された。
パウロさんの話によると、プロイセン軍は宣戦布告と同時に、ポーラン南方の幾つかの村と小規模の町を襲った。
どれも大道路から離れて豊かでもなんでもない、どの国でもあるような辺境村、戦略価値もくそもない、またプロイセンからまだ近いから補給する必要もない。
そんなものが襲われると誰も予測できなかったから、宣戦の知らせがポーランの上層部に届いたころに、ポーランの最南境はすでに焦土と化した。
その理解不能な残虐さに、ポーラン軍の敵愾心が大いに盛り上がった。
続いて南方の防衛拠点に進軍したプロイセン軍を、ポーラン軍が待ち伏せして、援軍も込めて倍もある兵力で挟撃を仕掛けた。
そしてあっけなく蹴散らされた。
五千なるポーラン軍は二千のプロイセン軍に食い破られ、半数以上が命を喪った。
「待て、挟撃を仕掛けたのはポーラン軍だろ?なんで半分も逃げられねぇんだよ」
一人の探索者が全員の疑問を代弁した。
ここにいるのは皆探索者、軍人ではないのだが、それでも常識として知っている。
挟み撃ちにまで持ち込んだのなら、たとえ勝てなくともある程度の隊列を維持して撤退すればそこまでの被害は出せないはずだ。
「さあな、しかしこれはポーランからの情報だから信じていいと思うぜ」
「なんでポーランからの情報が――ああ、そういえばポーランの商人がいるな」
「そういうことだ。で、続きだが」
思わぬ大敗を食らったポーラン軍は拠点に籠り、南方の大道路を押さえる砦に籠城した。
ポーラン公国は大国だが、軍の練度において軍事国家のプロイセンに及ばないのは周知の事実だ。
それでもプロイセン邦が今まで二の足を踏んだのは、フォルミド王国の存在もあるが、何よりその経済力の差があった。
ポーランの強みは、豊かな土地と広大な領土が齎す膨大なる経済力。
いざ籠城して、戦争が長引くほど侵略軍のプロイセン軍が不利になる。
完全なる包囲網ができたら、補給路も断てるのだろうが、プロイセン軍は精強だがいかんせん数が少ない、どうしても穴が出来てしまう。そうしたら城攻めも容易ではなくなる。
そして、経済力の差があるかぎり、プロイセンには長期戦を仕掛ける資本がないのだ。
しかし、籠城した一万なるポーラン軍を、またもや二千のプロイセン軍に破られた。七日で。
「おいおい、冗談きついぜ……」
「何か新兵器でも開発したのかよ」
「まあ、軍を率いてるのはあの《銀の嵐》だからかもしれないな」
え?
「侵攻軍の将はコーデリア大尉なのか!?」
「ああ、そう聞いたぜ、もう大佐になったけどな」
「あの時こっちに来た軍人だっけ?確かに強そうだが、そんなに凄いのか?」
「プロイセンの戦争英雄らしいぜ」
正直、コーデリア大尉のことは良く知らないが、あの夜の会話からすると、フォルミド軍を必要以上に壊滅させたのを悔やんでいたから、たとえ敵国でも、民間人を無闇に殺すような人とは思えない。
何かの事情があったのかな……。
姉さんと視線を交わした。
この件はローザに知らせちゃまずいかもしれない、暫く伏せておこう。
「しかし、こうなりゃ戦争が意外に早く終わるんじゃね?万々歳じゃん」
「お前ポーラン人の前にもそんなこと言えんの?」
「実際無理だろうな、なんせポーランの領土はプロイセンの三倍もあるだから」
大陸の東部を制したポーランは領土だけならプロイセンの三倍、ルイボンド邦連から見ても二倍強はある。
だからいくらプロイセン軍が快進撃を続いても、占領地を全て治めるのは到底無理だ。
「まあ、普通に考えれば、当地の有力者を利用して、協力者もしくは傀儡政権を立ち上げて、プロイセンの代わりに統治を行うのが定番なんだけど、それも短期間じゃ終わらないだろうな」
「そもそも、戦争が始まる前に幾つかの村も潰したから、今更協力者なんて出てこないだろう」
「それもそうか、一体なんでそんなことを……頭おかしいじゃね?」
あまりにも現実味を帯びない情報に、探索者たちの驚嘆と憶測が飛び合う中、姉さんが手を上げた。
「で、それは置いといて、私たちはどうするの?」
「ああ、それが今回の本題なんだが。まず、商人たちと軍の交渉が終わった。何らかの形で支援して、その代わりに国内での安全と財産権は認めてくれた」
「でも町を出るのは無理、と?」
「いや、大規模の都市間貿易は認められないが、どこも物資が必要だからな、小規模の流通はありらしい」
「それじゃ隊商は解散、かな?」
姉さんの言葉に、探索者たちがざわめきだした。
「おいおい、それじゃ俺たちはお役御免になるじゃねぇか!?」
「残念ながらそういうことだ。が、そう悲観する必要はない」
「無茶言うな、仕事がなくなっちゃったし国に帰れないし、どうすんだこりゃ」
「隊商は解散だが、それは一斉に移動できなくなるだけだ。商人たちはもう小規模グールプで貿易を続けるのを決めて、今はグループ分けしている所だ」
「つまり俺達もグループに入って奴等を守ればいいのか?」
「そういうことだ」
なるほど、つまり貿易自体は良いけど、大人数で行動するのは目障りってわけか。
この隊商には二百人以上の探索者がついている、個人能力が並の兵士よりかなり優れている探索者たちが一つの場所に集まればもはや一つの武力だ、普通の都市では制御しきれない。
だから隊商を分散させて、それぞれ一定数の探索者を連れて別々の所に行けば、乱を起こす心配もない。
(フィー君、どう思う?)
(どうって、何を?)
姉さんが耳打ちしてきた。
(いくらグループに分けても、戦争時に他国の人を国内を自由に歩かせたら通信で各地の情勢とかダダ漏れじゃない?)
(そう言われれば……)
(なんか怪しい)
(でもこれで向こうもこっちを警戒する必要なくなったし、物資が必要なのも確かなんだろう)
(それもそうなんだけどねえ、考え過ぎたのかな)
「それでグループ分けだが、何か希望があるか?なけりゃこっちで決めるぞ」
パウロさんは手を打って注目を集めて、皆に聞いた。
それを聞いて、探索者たちがそれぞれ仲の良いパーティに声をかけはじめる。
俺達は特に希望がないから座ったままだが、向こうから声かけてくれた探索者がいた。
「よぉ、《フィレンツィア》、一緒に来るか?」
「ノアさん。こっちは構わないけど、いいのか?」
《ノアズアーク》のメンバーは俺たちのことあまり好きじゃないのでは?
「なに心配すんな、一緒に何日も戦ったんだ、お前らの実力はわかってる。なあ?」
ノアさんは仲間に振り返る、最初に俺たちに喧嘩売ってきたひょろ長い男が気まずそうに頭を掻いてる。
「ま、まあな、お前らの腕は確かだ」
「あの《銀の嵐》もしきりに褒めていたし、君たちなら峡谷に墜ちても生きられるってね」
《ノアズアーク》の魔術師さんも同意した。
「そういうことだ。しかもお前らは人数が少ない上に自前の便利袋も持っている、結構人気だぞ」
「人数が少ないと人気なの?」
「そりゃグループ分けは人数が基準だから、個人能力が強いのパーティは受けがいいに決まってるだろう?」
ノアさんはそう言ったけど、本当か?
俺は周りを見渡すと、たしかに幾人のパーティリーダーがちらちらとこっちを観察している。
「なあ、ノアのむさ苦しいところに行きたくなければ、こっちは歓迎するよ!」
「おい、抜け駆けすんな、俺たちも歓迎だぜ《フィレンツィア》よぉ!」
「レンツィアさん、こっちに来て一緒に呑もう?」
一人の女性リーダーが声かけてくれた。
すると他の人たちもこっちに近寄って、肩叩いて親しそうに話しかけてくれる人もいる。
どさくさに紛れて姉さんを口説いてるヤツらもいた、てめえ覚えてろよ。
「悪いな、ノアさんには世話になってたから、《ノアズアーク》と行くよ」
「よしそう来なくちゃ、じゃパウロに言っておく、まだ暫くよろしくな」
「こちらこそ。ところで出発はいつになる?」
「さあな、それは商人たちの都合だ、決まったら知らせるから安心しろ」
「ありがとう、じゃお願いするよ」
俺はノアさんと握手を交わした。
姉さんのほうを見ると、すでに数人のナンパ野郎を撃沈した。中には文字通りワインの樽に撃沈されたヤツもいるが、まあ問題ない。
俺たちは酒場を出た。




