69 朝のひととき
スロウリダンジョン(仮)から脱した俺たちは、隊商と共に旅を続けた。
コーデリア大尉が事前に手を回して貰ったから、隊商はすんなりと国境を越え、ルイボンド邦連――正確に言えばプロイセン邦だが――の地に足を踏み入れた。
そして七日後、俺たちはプロイセン邦内の辺境町、ブライデン町に辿り着いた。
「ん……姉さん?」
目が覚めたら、木作りの天井と、姉がいた。
「はい、フィー君のお姉ちゃんだよ」
俺と目が合った途端、姉さんは微笑んで言った。
「ああ、そういえば昨夜一緒の部屋だったね……何してたの?」
「フィー君の寝顔見てたよ」
《フィレンツィア》が二人だけだった頃は宿に泊まる時いつも同じ部屋だったが、ルナちゃんが来てからは野営の時以外、男女分かれて部屋借りてた。
ルナは特に気にしていないが、さすがに子供とはいえ、異性が同室にいるとお互い不便になるから。
そしてアイナさんの加入により、俺と姉さん、アイナさんとルナという部屋割りになった。
人見知りというか軽く人間不信のルナだから最初は心配していたが、どうやらアイナさんとは早くもすでに打ち解けたようで、傍から見ると姉妹に見えなくもない。
というわけで昨夜は一ヵ月以上ぶりに姉さんと同じベッドに寝るわけだ。
「少し早いけど起きましょう」
俺の頬を撫でながら姉さんが言った。ひんやりした手が気持ちいい。
そういえばそろそろ春か。
リースと一緒にミステラに行く時はまだ冬だったか、早いものだ。
「ああ、わかった」
「水はテーブルに置いといたから」
「ありがとう姉さん、先に行って待ってくれ」
「ううん、一緒に行くわ」
姉さんが汲んだ水で顔洗い、歯磨いた後、俺たち二人は町の郊外に来ている。
野外を移動してる時は隊商の人たちと共に行動するからあまり自由時間がないが、それでも毎朝半時間くらいの稽古をしていた。そしてこうやって町に泊まる日は夜明けから二時間みっちり稽古する。
これとは別に夜にも一時間くらいの稽古がある。ルナは朝に弱いし陽光を浴びれないから、そっちに参加している。
「いつでも来ていいよフィー君」
「りょーかい。はあああ――!!!」
練習用の刃を潰した大剣を振りかぶって、姉さんに《突進》。
町の郊外とはいえ人目がないとは言えない、姉さんも屍霊化していない、
それでもナタボウじゃ姉さんにまともにダメージ入るかどうか分からないが、念のためだ。
姉さんは大剣を受け流し、ぐるっと回転して背後を取り、回し蹴りで後頭部を襲う。
前転で躱し、態勢を整いながら姉さんの追撃を捌く。
ビャクヤの尻尾を操り、《黒棘》を使わずに薙ぎ払う。
たとえ屍霊してなくても、姉さんの力は超人的、それにロザミアさんにも評価された姉さんの体術は俺だけじゃ太刀打ちできないから、こうやってビャクヤの力も借りている。
それでも普段なら苦戦して、最後は姉さんに押し切られるが、今日の姉さんは少し様子が変だった。
攻撃の手数が少なく、その代わりに回避からのカウンターが多く、そして凄まじい集中力で俺を、いや正確に言えば俺の剣の先から肩の動きを見ている。
「せいや!」
二時間丸々戦って、疲れを感じながらも戦意に高揚してる俺は大上段から振り下ろした。
その時、姉さんは変な動きを見せた。
剣筋を凝視してままじっとしてて、躱さない、その予備動作すらない。
その脳天に剣の先が届こうとする時、一瞬、姉さんの姿が霞のようにぶれて――次の瞬間、剣が姉さんの肩を捉えた。
「あたっ」
「わ、姉さん大丈夫?」
「ううん、大丈夫よ。えへへ、失敗した」
肩を摩って、お茶目にペロを出してる姉さん。
「姉さん今《絶影》使おうとした?」
「やっぱりわかる?」
「ああ、ジューオンが使ったのを見てたから」
《絶影》とは、全身のあらゆる動きに違う方向のブーストを掛けた、魔力制御とバランス感を問う、難易度も段違いの戦技。俺に戦技を教えた人から聞いた話によると、《絶影》を扱える人は国中探しても十人いるかいないかくらいだ。
「ジューオンと戦うのならやはりそれくらいしなくちゃと思って、屍霊の力を一瞬だけ開放して疑似《絶影》をやってみたの」
「一瞬だけ開放って器用だな」
「まだまだよ、結局意識が身体に追いつけなくて躱し損ねたしね」
「これからの課題だな」
「そうだね。稽古ここまでにしましょう?今日はルナちゃんたちと出かけるの」
「そういえば昨夜そんな話していたね、じゃ帰ろか」
宿に戻った俺たちは汗を流して、ついでに姉さんの髪も洗った。
姉さんの髪はそれなりに長くて解いたら腰あたりまで届けるくらい。野外ならともかく、水場が近いここなら常に綺麗にしたいのが女性として当然かもしれない。
「フィー君、髪を結うのお願い~」
「あいよ」
姉さんの髪を梳いて、いつもはポニテールだけど今日は気分でハーフアップにしようかと結び始めた。
「あら、どうしたの?」
「いや、久しぶりだから、今日は休憩だしいいかなって」
戦闘になると、姉さんは格闘主体だからポニテールのほうが動きやすいけど、今日から二日間隊商はブライデン町に逗留することになったから。
何より久しぶりに姉さんの髪を結えるだし、簡単に済ませるポニテールよりハーフアップ、それも少し手の込んだヤツのほうがほんの少し長く姉さんの髪に触れる。
そんな俺の考えを見抜いたのか、姉さんはくすりと笑いを零した。
「フィー君はこの髪型が好きなの?」
「姉さんはどんな髪型でも似合うから全部好きだよ」
「ふふふ、お上手ね、じゃお願いね」
「おまかせあれ」
姉さんの髪を整いて、俺も着替えはじめた。
すでに着替えた姉さんは食堂に朝食を取りに行って、朝食と二つのカップを載ってるトレーを手にして戻った。トレーにはパン、ベイクドビーンズ、目玉焼き、そしてもうもうと熱気が漂ってるカップからミルクの匂いをしている。
「はい、ベーコンもあるよ」
姉さんがトレーをテーブルに置いて、便利袋から何枚のベーコンを取り出した。
こういう大人数を収容する宿は大体食事が雑になりやすい。幸い俺たちが保有する食料は無駄に多いから自分でトッピングしている。
「ホットミルク?どこからそんなものが」
「食堂に朝食を取りに行ったらアイナさんも居て、魔術で温めて貰ったの」
「本当に便利だなアイナさんの魔術」
アイナさんは自分の言った通りゴーレム魔術を操る神工匠で、ルナみたいに秘魔術を駆使することはできない。
ゴーレム魔術の使い方は極めて限定で、秘魔術か神術のようにエネルギー、もしくは精神を支配するとか戦闘に役立つ呪文はほとんどないが、その代りに物質の状態と性質をいじるにおいて、右に出るものはない。
加熱金属を使ってミルクをポットごと温めてから、ポットだけの温度を下げたらホットミルクの出来上がり。
地味だが、旅する身としてはありがたい。
「それじゃ、頂きます」
『頂きます』
姉さんが《神降ろし》で俺の中に入って、二人で朝食を取り始めた。
『フィー君今日はどうする?』
「特になんもないかな、姉さんは――ルナたちと出かける?」
『今日はルナちゃんとスーちゃんとアイナさんと買い物行くわ』
「それ女子限定的な?」
『そうだよ、だからフィー君は寂しいでもついてきてはダメよ?ふふ』
姉さんはわくわくしてるようだ。
施設を出てから年の近い人がなかなかいないから、そういう一緒に遊びに行けるの友達もなかった。
まあ、スーチンとアイナさんはとても「年の近い」友達とは言えないけど。
特にアイナさんは封印されてる期間を除いても二ひゃ――おっと、女性の年齢に触れてはいけない、たとえ心の中でもだ。
「へえ、じゃ俺も適当にぶらぶらするから」
『お土産期待するからね』
「ああ、何か美味いもんあったら持ち帰る」
スーチンを初め、うちの女性陣は食べるのが好きだが、ルナ以外じゃ自分では食べれないから、持ち帰って皆で食べるほうが多い。実際に食べてるのは俺とルナだけだが、姉さんの《神降ろし》を使って皆で楽しむことができる。周りに常に誰かがいる野営ではそんなことしちゃまずいから、宿に泊める時にしかできないけど。
着替え終わって、姉さんに身だしなみチェックしてもらったら、俺たちは久しぶりに落ち着いた二人の食卓を楽しんだ。
思えば、一緒に寝るのが一ヵ月ぶりだったが、スーチンが来てからは厳密的に二人とは言えないから、二人っきりの朝は数が月ぶりになるか。
「思えば遠くへ来たもんだな」
『ふふ、フィー君今言ってみたかっただけでしょう?』
パンを齧りながらしみじみと言うと、姉さんに笑われた。
今姉さんの魂は俺の中にいるから、なんとなくお互いの考えることが分かってしまう。
「ばれたか」
『ふふ、でも本当に色々あったね』
「そうだなぁ」
セレストの町を出たから本当に色々あった。
ラカーンに来て、姉さんが死に、モモとスーチンと出会い、ロントと戦った。
リースとロザミアさんと出会い、アイン・ラッケンを殺した。
ミステラに行って、ルナと出会い、ロザミアさんが死に、ソーエンを殺した。
国を出て、アイナさんに出会った。
まるで一生分の出会いと別れを僅か数が月の間に端折ったような期間だ。
「元に戻れるのかな」
ふいに、零した一言。
『フィー君は元に戻りたい? 二人だけだった頃に』
「皆の事は好きだし、一緒に旅するのも楽しい。でもやっぱり俺は俺の願いで姉さんを蘇らせることに決めたんだから、それを果たせなくちゃ」
『そうね、私もそうだわ。でも私は今も楽しいと思うわ、だからねフィー君、急ぐ必要はないのよ?』
「ありがとう姉さん」
姉さんはすでにアンデッドである今の自分を受け入れている、でも俺はまだ姉さんをアンデッドにした自分を受け入れない。
だから願った、姉さんの蘇生を。真の意味で姉さんとずっと一緒に居たいから、姉さんを蘇らせることに決めたのは俺の願いだ。
ふっとフォー=モサのことを思い出した。
あの骸骨の創造神はそのまま愛を告げるにせず、あくまで自分のために、真の姿で愛を告げようとしている。
その意味では、俺も似たような者かもしれない。
『……好きよ、フィー君』
「ああ、俺もだよ、姉さん」
やはり俺の考えることは姉さんに筒抜けのようだ。
俺はかすかに笑い、二人分の朝食を平らげた。
「……」
食後のホットミルクを啜りながら、どちらからともなくテーブルに置いた手を繋ぐ。特に意味なんてなく、ただ眠る時に目を閉じるくらい自然に俺と姉さんはお互いの手を求め合う。
朝食の後、姉さんに見送られて、俺は宿を出た。
※次の更新は2/04(土)の17時になります。




