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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第四章 スロウリ峡谷の異変
67/229

67 生還

 

 三十メートルの垂直距離を文字通り踏破する姉さんを追って、アイナさんは蜘蛛型のゴーレム――アサシンくんに、俺はビャクヤに乗って岸壁を登る。

 見た目通りずっしりとしたビャクヤはその鎌のような爪を岩に思いっきり突き立て、自重を支えながらゆっくりだが堅実に進む。

 それに対して、人間と変わらないサイズのアサシン君も実はかなりの重さのはずだが、八本足を器用に繰り出し、すいすいと進む。


 勿論、俺たち二人は《雲梯》を使った姉さんみたいに速くない。そしてそんな俺たちを見逃すほど、スロウリダンジョン(仮)のモンスターは優しくない。

 潜んで来る二体の隠密蛸(バラノース)が、生者探索ディテクトリーヴィングに引っかかってる。


「《貫け》」


 ドカーン!

 二体の隠密蛸(バラノース)は稲妻の槍に貫かれて、あっけなく墜ちた。いつも練習してる姉さんほどの精度はないが、察知出来た以上、隠密蛸(バラノース)みたいなデカブツを当てるのは造作もない。

 一方、アイナさんのほうも一体の虚界忍び(アストラルストーカー)に襲われたが、アサシンくんが素早く足を刃に変形して、容赦なく切り刻んだ。

 さすがだな、どうやら手助けは無用のようだ。

 一分後、俺たちは無事に上の谷道に辿り着いた。


「それにしても、まさか死の谷(デスヴァリー)がダンジョンになるなんて」


 道を進みながらモンスターを撃退して、アイナさんは感慨深く言った。


「その死の谷(デスヴァリー)ってここのこと?」

「ええ、ここはアンデッドが占拠していましたから、エルフは皆そう呼んでいました」

「アンデッドなんてなかったよ?」

「あら?」


 アンデッドはどこでも湧いてくるから完全にないとは言えないけど、少なくともスロウリ峡谷はアンデッドに占拠なんてされてなかったはず。でなければ隊商(キャラバン)が通るわけない。

 それを告げたらアイナさんは吃驚してた。


「でも、ここは日夜問わず上位アンデッドが彷徨っていまして、私もリッチになってから入れましたのよ?」

「うーん、アンデッドは自然に消えることがあるし……そういえばアイナさんどれくらい封印されたの?」

「えっと、私が眠りにつくのはたしか、エルフで言えば《忘失の日》から221年の頃なんですけど」

「ごめん、エルフの紀年は良く知らない」


 ちなみにフォルミドは王によって年号が変わり、今はたしかファウル14世10年のはず。

 しかしアイナさんは俺の言葉に大いに驚いたようだ。


「そんな、《忘失の日》はヒューマンにとっても忘れられない出来事でしたのはずなのに!?」


 そう言われても知らないものは知らない、と答える前に。


「《忘失の日》、本で読んだことがあるの」

「知ってるのか、ルナ?」

「うん、エルフの《忘失の日》、人間では《離散の日》と記録されてるの。人間の国と隣接していたエルフ最大の国が滅んで、エルフと人間の交流が断った日のこと……だと思う」

「ええ、概ねその通りです」

「でもそれは……千五百年前のことなの」

「せんっ!?」


 俺は思わず声を上げた。

 つまりアイナさんは、えっと、千三百年くらい眠ってたの!?

 アイナさんを見ると、ショックを受けると思ったら妙に納得できた表情をしている。


「千五百年……そうなんですか、それならここがこんなに変わったのも頷きますね」

「でも、アイナさんの工房の中はそんなに風化してないよ?」


 姉さんがもっともな質問をした。

 たしかに見た感じでは道具など、特に本はかなり劣化しているが、千年以上を経っているとはとても思えない状態だった。


「いいえ、私の工房全体には劣化を極めて遅らせる魔術が掛かっています、にも拘わらずあの劣化の状態でしたから寧ろよほどの時間がなければ無理なのです。それに、ここもこんなにも変わってしまって」


 アイナさんが足を止めて、遠い目で峡谷を眺めている、まるで今この景色ではなく、遥か昔の何かを懐かしんでいるようだ。


「アイナさんの時代では、ここはそんなにアンデッドが多かったのか?」

「……ええ、ここは元々エルフの聖地である白樺の谷(ブルーヴァリー)、エルフ最大な国白樺の森(ブルーフォレ)の首都でもありました。ですが、二百年前……いいえ、今では千五百年前ですね。ここがアンデッド最後の軍勢に落とされて、エルフは大撤退をせざるをえなかった。あれから我々は遠い地に白樺の森(ブルーフォレ)を再建し、アンデッドの軍勢もヒューマンに駆除されたけど、土地はすでにアンデッドに汚染された。エルフどころか、いかなる生物も生きていられない、アンデッドだけが跋扈する死の谷(デスヴァリー)と化した。《亡失の日》から、エルフはレンゲツツジに彩取られ、美しく風に揺れる白樺の森を永遠に喪った。今や一部のエルフの思い出に、いいえ、さすがのエルフも千年以上は生きていられませんね、最早その景色は私の思い出の中にしか存在しません、ということになりますね」


 そう言って、アイナさんは長い睫毛を震わせ、ひとつぶ涙がこぼれ落ちた。

 その姿は、話を掛けるのも憚られるほど儚げで、触るとはらはらと消えてしまいそうだ。


「アイナさん……」

「心配しないでください、今の私にとって、この姿になっても側にいてくれる貴方達も、掛け替えのない大事な人達ですよ」


 微かな笑みを浮かべて、アイナさんは手を俺の頬に添えた。


「ふふ、フィレンさんは暖かいです、いつまでも触っていたいですね」

「こんなので良ければ、いくらでも貸し出すよ」


 俺も笑って、その手に自分の手を重ねる。


「アイナさんも言っただろ、俺たちが出会うのが運命だって、せっかく仲間になったんだから、これからは一緒に沢山の新しい景色を見に行こう」

「ええ、本当にフィレンさんと出会ってよかったと思います」


 涙を拭ってあげたら、ありもしないくすぐったさを感じてるように、アイナさんはくすくすと笑った。

 それはさっきまでの儚い表情とうって変わって、蕩けるような笑顔だった





「……アイナさんはともかく、フィレンさんって人前でよくそんなこと言えるのね」

「フィー君は元々素直な子なのよ、最近はいろいろ背負いすぎちゃってるけど。それに、私が教えたのよ、女の子にはできるだけ優しくしてってね」

「レンツィアさん的に、あれはいいの?」

「あら、別にいいわよ?」

「でもさっきはあんなに怒ったのに」

「仕方ないわ、あんなフィー君見たことないもの。ごめんね、怖かった?」

「ううん、すこし驚いただけ、レンツィアさんが怒るのを見たことなかったの」

「そうね、少し大人げなかったかもしれないわ」

「レンツィアさんもやっぱりフィレンさんのことが好きなの?」

「あら、ルナちゃんはおマセさんだね。勿論好きわよ、大事な弟だもの」

「弟だから好きなの?」

「弟じゃなくても好きだわ、ふふふ」

「だからさっき怒ったの?じゃなんで今のは良いの?」

「うーん、少し違うかな。フィー君は素敵な男の子だから、こうやって誰かに優しくするのは当然の事なんだけれど、フィー君を幸せにできるのは私だけ、っていう姉の意地があるから動揺したのかもしれないね」

「……よくわかんない」


 後ろから微かにルナと姉さんの話し声が聞こえた。

 姉さんの顔は穏やかで、ルナは首を傾げて釈然としないようだ。何を話してたのだろう。


「すみません立ち止まってしまいまして、フィレンさん、皆さん、行きましょう」

「そうだな、先を急ごう、二人もいい?」

「ええ、行きましょう」

「はい、行くの!」


 再びダンジョンを進む俺たちは、あれから丸一日を掛けて、記憶力の良いルナが道を覚えてくれたお蔭で、ようやくスロウリダンジョン(仮)を脱出した。

 隊商(キャラバン)の出発にギリギリ間に合った俺たちは、なんとスロウリダンジョン(仮)の出口にノアさんたちとコーデリア大尉と鉢合わせした。

 もしかして途中に何かあって、今になってよっやくダンジョンを脱したのかと思ったら、どうやら俺たちを探すためにもう一度ダンジョンに入ろうとしたところだ。


「うおおおおお、お前ら生きてんのか!!!」


 遠いところから俺たちを見つけ、巨躯を揺らして走り寄ったノアさん。

 一欠けらの喜びも感じられないの厳ついた顔で力いっぱい睨みつけられて、むしろ恐怖すら覚えるが、どうやら俺たちの生還に喜んでくれるようだ。


「はい、お蔭さまで」

「良かった、本当に良かったぞ!これからお前らを探しに行くってんだけど、正直川に流されてもうどこから探すか分からないところだったからな」

「俺たちを探しに?どうもありがとう」

「いやいや、本当ならすぐ峡谷を下りて探しに行きたかった、しかし我々には遭難した小隊の命が掛かってるから一度戻って場所だけをここの援軍を知らせた。すまなかった!」

「いや、ノアさんが謝るようなことなどどこにもないよ!」


 俺は慌てて頭を下げようとするノアさんを止めた。


「ところで、そっちの美人さんは?」

「え?ああ、こちらはアイナさん」

「初めまして、アインリンドと申します。ダンジョンの中に遭難してしまいまして、通り過ぎたフィレンさんたちに助かれました」

「そうか、それは災難だったな、無事でよかった」


 今のアイナさんはルナと同じで、フードを被って笹穂の耳を隠している。

 別にエルフはハーフヴァンパイアと違って迫害されることはないが、長年人間との交流を断っているエルフが実際出てしまったら、騒動が起こるのは必至。下手したら都市の有力者も出てくるかもしれないから、とりあえず隠しとこうと俺たちは決めた。

 女性がフードを被るのはよくあることだから特に不自然ではないが、耳を隠してもアイナさんは姉さんと比べても引けを取らないほど凄まじい美人であることは変わらない。

 今もノアさんの仲間たちがちらちらと見ている。

 アイナさんは見られるのが慣れないのか、それともバレてたと思ってるのか、不安そうに俺の後ろに隠れている。

 それを見て、ノアさんが頷きながらルナから姉さん、そして姉さんからアイナさんの順に見た。


「なるほど」

「なにが?」

「まあなんだ、綺麗な女性の多いパーティは気苦労することが多くなるだろうが、頑張れや」

「はぁ……」


 俺の肩を叩きながら、ノアさんがしきり頷いてる。どうやら過去何かあるようだ。

 ノアさんの手の平の重みを感じて、ようやくダンジョンから脱したのを実感して、俺はホッとした。





 でもそんなことより、十四歳でそれも平均よりもやや発育が遅れるルナを綺麗な女性と数えたノアさんに俺は心底恐怖した。




第四章はこれにて終わります。

突如に出現するダンジョンを乗り越えて、アイナリンドという心強い(?)仲間を得たフィレンたち。

しかしルイボンドの異変はまだまだ始まってばかりです。

ようやくルイボンド国境を越えたフィレンたちはこれから起こるであろう劇変をどうやって対処するのでしょう。

次章、プロイセンの夢。



※誠に申し訳ありませんが、次回から週一回更新させていただきます。次の更新は1/28(土)の17時になります。


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