66 帰りもよいよい
外野が何か言ってるけど、今は姉さんを抱きしめるのが大事だ。
俺は暫く姉さんの柔らかさを堪能していた。
少し時間が経て、落ち着いた姉さんがアイナさんに謝った。良く状況が掴めないアイナさんだったが、快く姉さんを許してくれた。
時間が押してるし、そろそろ出発しようと俺が提案したら、アイナさんは急いで旅の準備を始めた。
「今からゴーレムたちを呼んできますから、皆さん少し待ってくださいね――集え!」
アイナさんは杖を持って呪文を唱えた。暫くしたら、二体の黒いゴーレムが壁の大穴から工房に入ってきた。
「やはり警備の範囲を拡大して、モンスターの駆除をしていたのね。おいでアサシンくん、イージデくん、一緒に行きましょう」
アサシンと呼ばれるゴーレムの躯幹は人間とさして変わらないが、蜘蛛の形をしていて、八本足で歩いてる。
対照的に、イージデと呼ばれるゴーレムは半人馬のような形をして下半身に四本の足がついて、そして文字通りに太っ腹で頭もデカい。
この二体に加え、俺たちが倒したもう一体のゴーレム――ブレイダ―くんと呼ばれているらしい――の三体は、アイナさんが丹精を込めて作り上げた得意作、《龍晶石》も入れており、他のゴーレムとは一線を画すスペックを持っている、とアイナさんが言ってた。
アイナさんがここを離れることになったし、こいつらをここに放置したら後々まずいから連れていくことにした。
二体のゴーレムはアイナさんの指示に従って、自分の体を畳んで便利袋に入った。
「ブレイダ―くんも連れていきたいですけど……」
「俺たちに倒されたけど、残骸はノアさんたちが回収してくれたはず、あとで訊いておこう」
「本当ですか!ありがとうございます!さて、あと何を持っていきましょうか……」
俺たちの旅に加わることになって、アイナさんが張り切って旅の準備をしている。
ドレスから旅装束に着替え、長年――少なくとも百年を暮らしてた工房をあちこちに歩き回って、どれを残すか悩んだ末に、ほとんどの物を連れていくことにした。
さすがにアイナさんの便利袋も数あるゴーレム、素材、本、作業道具とその他でいっぱいになって、こっちの便利袋も借り出すことになった。
幸い、ソクラテの便利袋は結構な優れもので、未だに底が見えない。
ちなみに工房の黒い扉はただの堅牢そうな扉に見えるけど、あれ自体も一つのゴーレムで、ポートさんという。
ポートさんはその大きさと形状を自由に変えて、どんな枠にもフィットする扉に変形できる、需要に応じて鉄格子や牢獄にもなれる。
戦闘はできないが、魔術による防衛と緩慢だが自己修復もこなせる自慢の一品だと、アイナさんが楽しげに紹介してくれた。
そのポートさんも、今は他のゴーレムと一緒にアイナさんの便利袋に入ってる。
アイナさんのゴーレムは《斬り丸》と似ていると思い、見せてあげたらやはり技術のルーツは同じらしい。
「これは確かに竜胆ののゴーレム魔術、変化自在ですね。フィレンさん、どこからこのような物を?」
「フォルミド王国のラカーンという都市の職人が作ってくれたんだ」
「ヒューマンの都市なんですか、エルフの技術を習得するなんてよほど優秀なお方ですね」
「それより竜胆はアイナさんの家名、みたいなものだよな、さっき神工匠ってのも言ってたけど、あれはなんだ?」
「神工匠っていうのはね、神々の遺品を研究する資格を持つ技術者のことです」
アイナさんの話によると、神々の遺品とは、遥か昔にこの世界を去った神々が残した絶大の力を持つ魔道具。
神々の遺品はその力故、個人で所有するには危険すぎるから、長い時間を渡って、今はほぼ国や教会が保有している。
エルフの国《白樺の森》も神々の遺品を保有しているらしいが、詳しくは教えてもらえない。
そして神々の遺品の原理を究明して、どうにか転用、もしくは再現できないかと研究するのが神工匠。
神工匠はエルフの中でも特に生成と創造の魔術に長けていて、一流の魔道具職人だと言われている。それに国からの信頼も厚い、だからこそこんな大任を任されている。
アイナさんの実家、竜胆は元々職人の一族で、ゴーレム魔術というユニーク魔術を代々伝わり、幾人の神工匠を生み出している、アイナさんもその一人である。
変化自在とはゴーレム魔術の一つで、使用者の意思によって瞬時に形を変える魔道具を作り出す術である。
少々劣化してるが、《斬り丸》はある程度の再現に成功していたと言えよう。
この技術は別に秘蔵というわけではないらしいが、それでも人間がエルフの技術を習得するだけで、お互いの関係を考えるとかなり稀な事例だろう。
「しかしこの術式は少し素材の硬度を損なっていますね、アダマンティウムだから良いですけれど、普通の鋼鉄でしたら使い物になりませんよ?」
「ああ、それも聞いた」
「レンツィアさんはブレイダ―くんと戦いましたよね?私の見込みだと、《斬り丸》では切断には至れませんですが、どうでしたか?」
「ええ、切れなかったよ」
「そういえばあいつらは何で出来てるの?妙に硬いだけど」
「ブレイダ―くんたちはイシルディンというミスリルから精錬された金属で作られてます、鋼より数倍重いけれど硬度に優れる素材ですよ」
ミスリルの重量が鋼鉄の半分しかないのに、精錬されたら逆に重くなるのか。
黒姫を両断した姉さんの《飛燕》も止められたし、少なくとも龍鱗よりは硬いだろう。
ていうかミスリルを精錬って、よほどの金持ちじゃないと無理だぞ……って、アイナさんまた泣いてる!?
「アイナさんどうしたの、泣いてるよ?」
「あ、あれ?」
アイナさんの灰色の目から一縷の涙が頬を伝う。
自分でも気づいてないのか、アインさんは俺のハンカチを受け取ってからようやく泣いてるのを自覚した。
「すみません、折角のアダマンティウムがそんな勿体ない使い方されたと思うと、ぐすん」
「泣くほどの事なの!?」
「アダマンティウムはその希少さ故、神に授かれた金属と言われている、ひっく、それを少しでも近づきたくてエルフたちがイシルディンの精錬に成功しましたけれど、やはりアダマンティウムに及びませんでした。言わば、アダマンティウムを再現するのがエルフ職人の悲願です、ふぇっ、ふぇーん」
言ってる内に涙が段々止まらず、しくしくと嗚咽をもらすアイナさん。
この人本当に涙もろいな。そういえば村の爺さん婆さんたちも涙もろかったし、年寄りはそういうところあるのかな。
っと、失礼なこと考えたら、アイナさんに再びガシっと手を握られて吃驚した。
「フィレンさん、レンツィアさん、それとルナちゃん!これから何か装備品が必要になる時、是非私に任せてください!必ず最上の一品を仕上げてみせます!」
何か職人のプライドに触れたのか、妙に燃え上がってるアイナさんに、俺たちは頷くことしかできなかった。
「まあそれは落ち着いてから考えよう、今はこのダンジョンから脱するのが先決だ」
「そうだね、早く隊商に戻らなくちゃ」
隊商が出発するまであと二日とちょっとだけなんだけど、急げばなんとかなるかもしれない。
幸い、このメンツに睡眠が必要なのは俺だけ、俺が我慢すれば夜も移動に費やせる、そう考えると残り時間が倍になる。
ルナは元々昼に眠くなる体質だが、この一ヵ月間で段々それがなくなり、寝たいと思えば寝れるけど特に睡眠が必要なくなった。
それだけヴァンパイアに近付いてると考えると、素直に喜べないけど。
アイナさんが旅の準備を済んだ後、俺たちは再びダンジョンに潜った。
相変わらず自然の洞窟とダンジョンの黒い石タイルが混在している道を小一時間程度に進んだら、さっきからキョロキョロと周りを見ているアイナさんがなんだか納得してるように頷いた。
「フィレンさん、このダンジョンはほぼ洞窟を元にして作られたと思います」
「ああ、俺もそう思う。外の谷の道はいろいろ改造されたんだけど、さすがに地中はあまり弄られてないようだ」
「ですから、ここからは私が案内を致しましょう」
「そうか、アイナさん元々ここに住んでたんだから詳しいのね」
「ええ、死の谷はアンデッド以外には危険すぎる場所ですから、イアヴァスリルちゃんが訪ねて来た時、迎えに行かねばなりません、それで洞窟の構造に詳しいのです」
ん?なにやら気になるワードが出てきた気がするけど、今は気にしないでおこう。
「よし、じゃ頼むよ」
「はい!」
アイナさんのナビゲートのお蔭で、俺たちはすんなりと洞窟を出て、谷道に戻った。
さらに運が良かったことに、
「あれは、俺たちが通ってきた道じゃない?」
「本当だね、まさかこんなに近いなんて」
洞窟を出て、俺はすぐに俺たちが通ってきた道を発見した。姉さんも肯定してくれたから間違いないようだ。
今俺たちが居るのは、峡谷の下段に近いところだ。
全体的に急勾配なスロウリ峡谷だが、両岸がV字をなす以上、必然的に下の道からある程度上の道が確認できる。
コーデリア大尉と一緒に来た頃、遭難してる小隊の居場所はある程度特定できてるのでここまで降りてなかった。
しかしあの時通ってきた道は今ちょうど俺たちの頭上にある、直線距離だと三十メートル弱くらいか。
だが、道が繋がっていない。
平地だと数秒で駆け抜ける距離だが、垂直方向となると十階建て、お城か物見塔くらいの高さだ。
それに今スロウリ峡谷の道はシンプルな「之」字ではなく、上下無尽、分かれ道と洞穴まであるのだ。
「こんなに近いのに、あそこまで戻るのはいつになるの……?」
ルナが溜息を吐いた。
ロープじゃそこまで届かないし、近くに見えるだけで普通に道沿いに行けば何日もかかる可能性もある。
そう、普通に行けば。
「姉さん、行ける?」
「二人までなら」
「そうか、じゃルナとアイナさん――」
「――アサシンくんは登攀が得意ですからご心配なく」
「皆何言ってるの?」
未だに状況が理解できないルナが首を傾げる。
そんなルナを愛しげに胸に抱きしめる姉さん。
「ルナちゃん、しっかり私を掴まってね」
「あ、はい、でもどうして?」
「行くよー」
「ぎゃあああああーー!」
華奢な外見とは似つかわしくない叫び声を上げながら、ルナは《雲梯》で岩壁を駆け上がる姉さんと一緒に行った。




