65 新しい仲間
ガシっと俺の手を握ってしまうアイナさん。
一瞬またかと思ったんだが、今回は大丈夫のようだ、よかったちゃんと力を抑えてくれて。
アイナさんは俺の動揺など意に介していないようで、大声で宣言する。
「ぐずん、決めました、私が二人の力になります!」
「え、それはどういうこと?」
「二人の旅についていきます!レンツィアさんが蘇るその日まで、必ずや力になりましょう!」
「え、それは……」
勿論力になってくれるのは嬉しいが、他人を巻き込むのはちょっと気が引けるし、アイナさんは何かしでかすかわからない。
しかし俺の思惑など関係なく、アイナさんはますます燃え上がってるようだ。
「フィレンさん、レンツィアさん、こう見えても私は白樺の森一の神工匠、つまり神々の遺品を研究する資格を授けられた一人なんです、決して皆さんの足を引っ張りなどしません」
「あ、ああ、アイナさんが凄腕の魔術師なのは知っているよ」
そもそもリッチになる儀式はかなりの魔力が必要だと聞いているし、神工匠が何なのか知らないけど、あの黒いゴーレムは今まで見てきたゴーレムを軽く凌駕しているから、腕は確かだ。
そして、アイナさんは俺の言葉を同意と捉えたのか、満面の笑みでぶんぶんと俺の手を振り始めた
「本当ですか!ありがとうございます!」
「え、いやそういう」
「いいじゃないか、フィー君」
「姉さん?」
「力は越したことないのよ、それにアイナさんのような信用できる人も中々いないし」
たしかに、アイナさんの話を鵜呑みするじゃないけど、リッチなのは間違い無いようだ。
それならまず俺たちのことを漏らす心配はないし、俺たちの出会いは完全に偶然なもので、俺たちを謀るわけもなさそうだ。
俺たちと一緒に戦うのなら、これ以上の人選はないだろう。
「フィレンさん」
裾を引いて、ルナが俺の耳元に小さく囁いた。
「きっと、アイナさんも寂しいと思うの、あたしも同じだから」
「あ……」
「あたしも、皆に出会ってなかったら、きっと一人ぼっちだから」
「うん、わかったよ」
俺はアイナさんに向き直る。
「アイナさん」
「はい、なんでも言ってくださいね」
「俺たちと一緒に行動するのはかなり危険だと思うし、場合によって人を殺めることもある、正直他人を巻き込まれるのは気が引ける」
「ええ、わかってます」
「それでも、俺たちと一緒に来るか?」
「フィレンさん」
アイナさんは俺の手を握ったまま、俺の目を見つめている。
ひんやりした白い手の平が、微かに震えている。
「この姿になってから、私はずっと考えていました。この人々に害を成すしかできない身体で、なにかできることはありませんか、と。けれど、百年間考えて私は諦めました、きっと何しても心から私を受け入れようとする人はいないでしょう。いいえ、たとえいたとしても、私はその人の負担にしかなれません。それくらい、アンデッドが世界に残す爪痕が大きかったのです。ですから、今フィレンさんたちと出会うことが運命だと思います。だってドラゴンがここにダンジョンを作らなかったら、フィレンさんが落ちて来なかったら、私たちが出会うことはなかった。きっと、私はフィレンさんたちと出会うために、ここに、この時まで眠りについたのです。初対面でこんなこと言うなんてはしたないと思われるかもしれませんが、どうか、私を受け入れてくれませんか?」
涙の痕を残したまま、儚げで危うく、今にも砕け散りそうな笑みを浮かべるアイナさん。
本当にこの人はコロコロと表情が変わって、どの顔も魅力的で絵になるから卑怯だ。
俺はアイナさんの手に、自分の手を重ねた。
少し力を入れて、その小さい両手の震えを抑える様に。
「こちらこそお願いしたい、アイナさんが居てくれたら心強いよ、俺たちでよければ、これからはよろしくね」
「はい、フィレンさん!」
アイナさんはそれこそ花も恥じるほど美しく、全身から喜びを溢れだすような晴れ晴れの笑顔で頷いて、そして、
「……っ!」
ポヨヨン。
擬音が聞こえるほど素敵な感触が再び。
アイナさんは俺の手を引いて、なんと俺を胸に抱きしめた。
「これからは私がいますから、もう大丈夫のですよフィレンさん」
十分な弾力があって、しかしながら雲にでも乗ったようにフワフワと俺を包み込んでしまう女性の神秘。きっとこの世を探しても二つとない柔らかい霊峰。
霊峰なのに柔らかい、柔らかいのに霊峰。そもそも二つとないはずなのに、二つもあるじゃないか!
二律背反の重ね合いに俺は思考を放棄することを決めた。
頭上からアイナさんの手の感触を感じる。
ああ……溶けそう……幽霊じゃないけど消えてしまいそう……消えてしまいたい……ハッ、ダメだ!
「って何してんだ、アイナさん!」
「うちの弟から離れなさい!」
「お姉ちゃんを忘れちゃダメ!」
三者三様の叫びに、俺はアインさんのハニートラップから脱した。後悔はない。
これから一緒に旅をすることになったし、ルナとスーチンの事情も説明して、アイナさんに紹介した。
「ルナ・ラッケンと言います、これからよろしくお願いします、アイナリンデさん」
「よろしくお願いしますね、ルナちゃん。あ、普通に話ていいのですよ、あとアイナって呼んでくれて嬉しいです」
「えっと、わかったの、アイナさん」
ルナの同意の元に、ハーフヴァンパイアのことも説明した。
今、アイナさんとルナが握手してる。
さて、次は。
『……スーチンと言います、よろしくお願いします……』
すぅっと、ルナの身体から半透明の黒髪黒瞳の少女が出て来た。
久しぶりに姿を見せるスーチンは、相変わらず眠たそうな目をしている。
濡れ烏のような髪を足元まで伸ばし、アンティークドールのような容姿のスーチンと、碧髪で紫のドレスが良く似合うアイナさん。
二人がこうして並べると、まるで絵本の中に出てきそうな舞踏会のようだ。
「スーチンちゃんは、幽霊さんですよね?」
『……はい、幽霊は……嫌いですか?』
「ううん、森の皆は幽霊が怖いって言いましたけど、友達のイアヴァスリルちゃんは幽霊の気持ちが分かるから、ただ退治するのが嫌みたいなんです。昔よく二人でこっそりと色んな幽霊さんと話し合って、その未練を解決、もしくは退去をお願いしていましたわ」
やはり思った通り、アイナさんの友達は《魂の酷使》の欠片の適合者のようだった。
エルフということは、寿命も相当長いはず。もしかしてアイナさんが封印されてから結構長い時間を経ったのかな。
『レン姉ちゃんと……同じですね』
「ええ、ですからこれからもよろしくお願いしますね~」
『よろしく……お願いします……』
握手はできないから頭を下げあい二人。
それで、最後は。
「ふん」
「あらあら?」
アイナさんの同行に賛同したのに、なぜか機嫌悪そうに腕を組んで、そっぽをむく姉さん。
どうしてかわからない、おろおろしてるアイナさん。
「姉さんどうしたの?機嫌悪いの?」
「フィー君をたぶらかそうとしてる女と馴れ合いしたくない、つーん」
「誑かすって、別に誑かされてないよ?」
さっきまでは賛成だったのにどうしちゃったのだろう。
ていうかつーんって。
「アイナさんがパーティに入るのは賛成したけど、まさかその身体で人の弟を誘惑する人だと思ってなかったわ」
「ゆ、誘惑!?」
驚きと羞恥のあまりに自分の胸を抱きしめたアイナさん。
今振り返ったらさぞかし素晴らしい光景が俺を待っているのだろうが、この空気でそれをするほど愚かな俺ではなかった。
「姉さん、アイナさんも別にそんなつもりなかったと思うよ」
「あの、レンツィアさん、さっきのはお二人があんな辛い目に遭ってて、きっとフィレンさんもお辛いのと思って、癒そうとしたのです」
「弟を癒すのはお姉ちゃんの役目なの!アイナさん、今の発言が世の中の姉を敵に回してるのを自覚してる?」
「いや姉さんこそ何言ってんの自覚してる?」
「あら、じゃ私もフィレンさんの姉になれば問題ありませんわ」
「アイナさん!?」
びくっと沈黙する姉さん。
アイナさんはさぞ妙案だと言わんばかりに手を打つ、それがどれほど怖い事だと知らずに。
「ほら、フィレンさん、お姉ちゃんって呼んでもいいのですよ?」
「アイナさんも空気読んでくれ!……ね、姉さん……?」
「アイナさん……どうやらあなたとは一度決着しなけれいけないのようね……」
ゆっくりと言葉を刻んでいるように喋る姉さん。
怒りに震える身体から微かに黒い陽炎が漂い始め、斑のような模様も出ている。
「姉さん霧出てる!屍霊化してるから!」
「フィー君の姉はお姉ちゃん一人だけ、二人の姉は決して一つの天を戴くことはない!」
姉さんは訳の分からない言葉と共にビシっとアイナさんを指差す。
もう姉さんが言ってる事がめちゃくちゃだ。
やはりトメイト町の時のように、最近ストレス溜まってるからこうなってしまったのかな。姉さんは昔から疲れる時に一人称が「お姉ちゃん」になる癖があるのだ。
ルナとスーチンもこんな姉さん見たことないみたいで、二人そろって小さいな口を開いて呆然としている。
「姉さんやめて、ルナとスーチンも怖がってるから!」
どちらかというとポカーンとしてるけどね。
しかしこれが姉さんに効いたのか、姉さんはハッとなって、通常の状態に戻った。
やはり子供はかすがいだな、ありがとうルナ、スーチン。俺は心の中で二人に礼を言った
「姉さん落ち着いた?別に誘惑されてないから安心して」
「ううん、違うのフィー君、私は悔しいの。さっきのフィー君の顔、私でも見たことなかったのよ」
「え、そうなの?」
「ええ、そう。あんな幸せそうなフィー君見たこと……なくもないけど、今まで見た幸せのフィー君と違うのよ」
「それは当たり前だよ姉さん」
「どうして?」
「だって姉さんと一緒にいるのは最高の幸せだよ、他の幸せと違うのは当たり前じゃないか」
まあ、しいて言うなら弟の幸せと男の幸せの違いかな、勿論それを口に出すことはないが。
とりあえず、俺は姉さんの肩を抱きしめた。
「姉さんの弟は俺一人だけのように、俺の姉もずっと姉さんだけだよ」
「フィー君……」
姉さんも俺の身体に両手を回して、首元に顔を埋めた。
腕に力を入れて、姉さんを自分の中に融けこませるように抱きしめる。
姉さんもマーキングしているように、自分の身体を俺の胸元に擦りついてる。
「あの、これはどういうことなんでしょうか」
「あたしもよくわからない……フィレンさんはいつものことだけど、まさかレンツィアさんもなんて」
『……二人は……いつもラブラブですよ……?』
「そういえばたまに食事の後、二人がが膝枕してたのね……姉弟ってそういうものだと思ってたけど、あれいちゃいちゃしているのね、どうしようリースお姉ちゃんがピンチなの……」
外野が何か言ってるけど、今は姉さんを抱きしめるのが大事だ。
俺は暫く姉さんの柔らかさを堪能した。




