64 アイナリンド
※2.16 友達のイアヴァスリルちゃん→イアヴァスリルちゃんに変更。
リッチとは、魔道を極める者が永久の命を求めて、儀式によって自らの魂を材料にして、命匣という魔道具を作り出して、自らアンデッドになるモノだ。
リッチは魂を命匣に宿し、命匣が滅ぼされない限り、身体は何度も蘇せる、まさに不滅な存在。そして負の力が満ち溢れてる身体は、触れるだけで命を刈り取る力がある。
元々強力な魔術師であるリッチが、その無限の時間を魔道に費やして、恐るべき魔道の力を持って世界に仇なす――というのが、物語の中のリッチである。
実際リッチはヴァンパイアと同じくらい希少で、しかも人間に興味がないのかヴァンパイアのように殺戮に興じることもない、今ではほとんど伝説の存在になっている。
エルフの、リッチ。
そんなレア満貫感半端ないのアイナさんが、しきりに俺たちに謝っている。
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!人に接するの久しぶりですからっ!」
何度も何度も頭を下げてるアイナさんを見て、最初こそ激しい剣幕を見せる姉さんもさすがに怒りが収まったか、膝の上に倒れてる俺にポーションを飲ませながらアイナさんを止めた。
「もういいですよアイナさん、さっきのは不可抗力だと理解できますから」
「本当ですか、ありがとうございます!」
「それより、アイナさんはリッチ……なんですよね?」
「はい、その……色々ありまして、でも皆さんに害を為すつもりはこれぽっちもありません!」
精一杯自己主張してるアイナさん。あまりにも激しい動きだから体の一部も自己主張している。
姉さんに膝枕されて、ぐびぐびとポーションを飲みながら、なんとなくそっちに視線を向けたら頬が姉さんに抓られた。
「それは、信じていいんですか?」
「本当です、自分を封印してもらいましたくらいですから!」
「封印?どういうことですか?」
「えっと、それは……」
アイナさんの話によると、彼女は元々白樺の森――人間で言えば国に近い集合体――の竜胆――人間で言えば家名――のエルフだった。
生まれてから魔術に長け、特に物質を生成、創造する術に興味があるのアイナさんは、古の文献から命匣というものに関する記載を見つかって、好奇心でリッチになる儀式を行い、まさか本当にリッチになっちゃったとは思わなかった、とのこと。
「……は?」
「え、えへへ」
リッチになるつもりなんてなかったのに、好奇心で儀式に手を出してしまいリッチになっちゃったとか、想像を絶するほど馬鹿げてる、というより馬鹿だ。
姉さんも呆れ果てて、空いてる口が塞がらない。
「本気ですか?ていうか正気ですか?」
「う、うぅぅ、だって本物の命匣がどんなものか一度見てみたいじゃないですか、まさか儀式が終わった途端、身体がアンデッドにされるなんて知りませんでしたよぉ」
もはや半泣きするアイナさんが胸の前に両手の人差し指をつんつんとする。子供みたいな表情と仕草がそのプロポーションとのギャップが凄い。
あいたたたた、また抓られた、姉さん今回厳しくない?
「はぁ、まあそれはいいとして、封印というのはどういうことですか?」
「えっと、リッチになった私は、色々あって森を出ることになりました。それでここの地下に工房を建てて静かに暮らして、誰とも会っていません。でもやはりとても寂しくて、どうしても人と会いたいのに、きっとどこにも私を受けいれる場所などありませんから……」
「アイナさん……」
俯いてポツポツと喋てるアイナさんに、俺たち、特にルナがひどく同情しているようだ。
「自分で命を絶つのも考えましたけど、リッチですからそれもできなくて……」
「失礼ですが、命匣が壊れたら死ぬのでは?」
いくらリッチでも命匣が壊れたら消滅するはず。俺も疑問に思ってるけど聞けなかったことを、姉さんが小さく手を上げて聞いた。
すると、アイナさんは可愛く舌をペロと出して、
「森を出てここに来る途中、無くしちゃった」
『ええーーー!!!』
姉さんとルナの叫びがハモった。
喋るのすらままにならない状態じゃなかったら俺も叫んでいたに違いない。
俺はようやく事情を理解した、この人は本物の馬鹿だ……馬鹿エルフだ……。
「待て待て、命匣というのはリッチの魂でしょう?身体から離れていいんですか?」
「違いますよ?たしかに命匣を創る時は魂の一部を消費するけど、それは永久魔術と同じように触媒として使うだけで、命匣自体が魂ってわけではありません。文献によると、命匣の効果はアンカーとして魂をこの世界に繋ぎ止めること、そして身体に負のエネルギーを呼び寄せることです。ですからたとえ命匣を手放すとしても、それが毀れない限りリッチは消滅しません」
趣味の話になると、急に生き生きとして、口数も多くなったアイナさん。
「そもそも、一体どうやって無くしてしまったのですか?」
「えっと、初めて森を出たのですから、ヒューマンの町を歩く時、ついつい目移りしちゃって、便利袋以外の荷物は全部盗まれました」
「それは……なんというか、ご愁傷様です」
この場合は人間を代表して謝ればいいのか?
「見た目は首飾りみたいですから、恐らくどこかへ売りつけてしまいましたのでしょう、一般人が命匣なんて知らないし、わざわざそれを壊す人もいません、でなければ私が今ここには居ません」
「それは、そうですが」
リッチなんて実際見たことある人いるかどうかも分からないし、一般人が命匣を見抜くなんて無理に決まっている。
貴金属じゃなければ溶かされる心配もないし、今はどこかの宝物庫に眠っているのだろう。
「ですからイアヴァスリルちゃんにお願いして、私の魂を封印して貰いましたの、これでもう誰かを脅かすことがありませんし、私も寂しくならなくて済みます」
「魂を封印する?それはエルフのユニーク魔術なんですか?」
「いいえ、イアヴァスリルちゃんは生まれてから魂に関する魔術を使えますから、エルフだから、というわけではありません」
姉さんは俺と顔合わせした。
それは明らかに姉さんの持ってる欠片《魂の酷使》の力だ。
つまりそのイアヴァスリルさんは欠片の適合者で、その後どういうわけか欠片がフォー=モサに戻ったということか。
「この魔術は私の魂の動きを完全に止めることができます、しかし誰かと接触したら解けてしまいます可能性があるからから、誰にも近寄らせないためにゴーレムを配置して、扉と棺にも厳重にしておきました、まさか解けられるとは思ってもみませんが」
あの時、姉さんはアイナさんに触れてなかったはずなんだけど、もしかしてイアヴァスリルさんと同じで《魂の酷使》を持つ姉さんが近くにいるのが原因なのかな。
「……ごめん、アイナさんを起こしてしまって悪かった。ただ、俺たちもわざとじゃないんだ、まさかダンジョンにこんな場所があるとは思ってみなかった」
そろそろ身体に力が戻り始めて、俺はまずアイナさんに謝った。
たしかに俺はアイナさんのせいで酷い目に遭ったけど、それも十分に謝られたし、そもそも不可抗力だ。
それより俺たちは知らずにとしてもアイナさんの工房に侵入して、封印を解けてしまったのだ。アイナさんから見れば完全な侵入者になるだろう。
「いいえ、私こそすみません、えっと」
「フィレン・アーデル、フィレンと呼んでくれ」
「はい、フィレンさん。さっきもダンジョンって言いましたよね?皆さんがここにいることが、ダンジョンと関わりますのですか?」
「ああ、それがな」
俺は隊商と一緒にスロウリ峡谷を越えた後、人命救助のために、ダンジョン化するスロウリダンジョン(仮)に戻り、黒いゴーレムとの戦闘で峡谷に落ち、なんとかここまで来たの経緯を話した。
「それは……ごめんなさい、フィレンさんが戦ったというゴーレム、恐らく私が作ったものです、本当に申し訳ありません。しかしあの子たちには工房内の警備を任せましたのにどうして……」
「それはたぶん、工房がダンジョンに侵食されたからじゃないかな」
「ダンジョンに侵食、というのはなんですか?」
「まあ実際見るほうが早いか」
俺は姉さんの肩を借りてよろよろと立ち上がって、アイナさんと一緒に棺の部屋から工房へ戻った。
ダンジョンに侵食されて、壁に大穴があけられて、そこから白い壁面と黒い石タイルが入れ込んでる様子を眺めているアイナさん。
「あらあら、困りましたわ。イアヴァスリルちゃんにお願いして、工房全体にも強力な断絶系魔術を施して貰いましたけど、さすがにドラゴンの前では一溜りもありませんね」
眉をひそめ、頬に手を当てて、さぞ困ったように溜息を吐いたアイナさん。
「工房が壊されたから勝手に警備の範囲を拡大、もしくはモンスターを掃討してるうちに工房を離れました、というところなんでしょうね。あら、ポートくんはまだ生きてて良かったわ。この子はね、私が眠りにつくことを決めてから作り上げたゴーレムなんです、《龍晶石》を内蔵して防衛も自己修復もできる賢い子なんですよ」
何重も魔術が掛けられてる黒い扉に近付いて見上げるアイナさん、何処となくうれしそうに見える。
「俺たちはダンジョンから脱出するために、あの扉を開ける方法を探しなければなかったのだ。勿論それで勝手にアイナさんを起こしていいとは言わない、本当に悪かった」
俺はアイナさんに頭を下げた。
「いいえ、フィレンさん。私こそ本当にすみません、ずっと一人暮らしみたいなものですから、リッチの力を抑えるの忘れてしまって……ん?」
アイナさんは言葉を途中に止まって、何かを考えるように姉さんをジッと見ている。
「そういえば、レンツィアさんも私に触れましたよね?それに棺を開けたのもレンツィアさんですし、あれはリッチの固有能力奪霊掌を倍増するように作ったのですから、普通は開けられないのはずなんですけど……」
「……」
アイナは訝し気に俺たちを見ている。
俺は姉さんと顔合わせて、コクっと頷いた。
「アイナさん、実は私もアンデッドなんです」
姉さんはアイナさんに向き直って、そう言った。
「……やはりそうなんですね、ではフィレンさんは察するに死霊魔術師なんですか?」
「ああ、姉さんをアンデッドにしたのも俺だ」
「自分の姉を、ですか。失礼ですが話を聞かせて貰えませんか?私が言うのも変なんですが、エルフはアンデッドが大嫌いなんです。場合によっては皆さんと敵対させていただきますよ」
アイナさんの表情が一変して、嫋やかな雰囲気を持つ年上の女性から、凛々しいとでも言えるほど強い意志を持つ戦士の顔になっている。
やはりエルフだけあって、長い時間を生きてきて、例え色んな馬鹿なことをやらかしたとしても、肝心な時はしっかりとしているのだろう。
俺はアイナさんに俺たちの事を話した。
スーチンとルナのことは伏せたけど、フォー=モサに出会って欠片を授かったこと、そして旅の目的も話した。証拠になるか知らないけど、姉さんも《神降ろし》を実演して欠片の力を見せた。
全て話した後、戦士の顔をしていたアイナさんの目から涙がぽろぽろ零れて、顔中涙でぐしゃぐしゃになっている。
「ぐすん、フィレンさん、レンツィアさん、ひっく、二人ともなんて可哀想なのぉ」
「落ち着いてアイナさん、ほら涙を拭いて」
「フィレンさん!」
「はい!? えええーーあれ?」
ガシっと俺の手を握ってしまうアイナさん。
一瞬またかと思ったんだが、今回は大丈夫のようだ、よかったちゃんと力を抑えてくれて。
アイナさんは俺の動揺など意に介していないようで、大声で宣言する。
「ぐずん、決めました、私が二人の力になります!」




