63 出会い
俺は何故かフォー=モサの隠れ家を思い出した。華美さと言えばあれとは比べようもないが、どことなく雰囲気が似ている。明らかに自然の鍾乳洞じゃないが、スロウリダンジョン(仮)とも異なる作りだ。
そして、工房の向こうには白い壁と似つかわしくない黒い金属の扉があった。ゴーレムとは同じ素材らしく、見るからに頑丈そうだ。
どうやら、ここがあのゴーレムの作り手の工房らしい。
「どうしてダンジョンの中に工房があるの?」
首を傾げるルナ。
「逆くよルナちゃん、ここに工房が出来てからダンジョンが作られたの」
「あ、そうなんだ」
「ええ、ほら」
姉さんが俺たちの入ってきたところを指さす。
工房の白い壁がダンジョンの黒い石に侵食されて斑の模様になっている。
舗装された黒い道も工房の壁を突き破って中まで入っていた。
「恐らく誰かがこの洞窟に工房を建てて、後からダンジョンの回廊がここを横切ったのと思うわ、だから私たちも入れたんだわ」
「それは気の毒だな……」
苦労して地の底に作った工房が天災に壊されたみたいなものだ。
「だとしたら工房の主はどこに行ったのかな」
「モンスターに荒らされた様子もないし、ただの留守かもしれない」
「まあ、俺たちには関係ないことだ、まずどうやってここから出るか、だな」
ざっと見ればこの工房に俺たちが入ってきたところを除いたら、出入り口はこの扉しかない。
俺は扉に近づき、罠がないかと調べようとした。
「待って!」
ルナが俺は呼び止めた。
「どうした?」
「その扉には魔術の霊光が一杯あるの」
「霊光?」
「えっと、持続中の魔術は霊光という肉眼では見えない光を放つ性質があるの」
「なるほど、いっぱいあるってことは複数の魔術が掛かっているのか?」
「うん、断絶系と喚起系と生成系それぞれ二つ、あと変化系の一つが掛かってるの」
「すごいな、そこまで分かるのか?」
「オーラの色からどの系統の魔術が分かるの」
「なるほど。ん、待てよ、肉眼では見えないならどうやって色なんか分かるの?」
「普通なら魔術探知という魔術を使えば見える、でもあたしは……こんな風になってから見えるようになった」
つまり、ハーフヴァンパイアだから見えるのか。
もしかしてロントもその霊光とやらが見えるのかな
「つまり、この扉には複数の魔術が掛かってるから危険ってことかしら?」
「うん、喚起系と生成系には攻撃魔術が多いから、危ないの」
ルナの言うとおりなら触らないほうがいいか。
しかしどうしよう、魔術だったら手上げだな。
「どうにか解除できないのか」
「無理なの、かなり凄腕の魔術師みたいで霊光の強度も桁違いなんだ」
「そうか、まあどこかに解除スイッチがあるかもしれない、探してみようか」
「はい!」
俺たちは工房をくまなく捜索した。
結果から言うと、扉のスイッチは見つからなかった。
この工房もはドーム状の空間と周りの幾つかの小部屋がある。
小部屋の殆どは倉庫、書庫と作業スペース。
人間の棲み家としては食料と水の貯蔵庫がないのは腑に落ちないな、と思いつつ最後の小部屋を開けたら、想像以上の物が出て来た。
「これは、箱?」
俺たちの目の前には、一つの細長い石作りの白い箱が横たわっている。
石の箱は重厚なつくりをして、サイズも結構大きくて人間一人が簡単に入れるくらい。
白い表面にはレリーフが入ってて、これはリンドウかな、紫の花の浮彫が飾っていて、それ自体が一つの芸術品に見える。
しかしいくらこんな華美な装飾をしていても、この箱からは不気味さが滲み出ている、なぜなら。
「ううん、これは棺よ」
「ひつぎ?」
「死体を入れる容器……といえばいいのかな?」
「死体を保存するの?燃やさないの?」
「ええ、そういう人もいるだと聞いてるわ、教会に祝福された死体ならアンデッドになる心配はないらしいよ」
死体をすぐ燃やすのが常識なんだけど、稀に、貴人の死体に防腐措置を行い、ある種のシンボルとして崇めることがある。
そしてミーロ教が浸透してる人間の間、特にフォルミド国では滅多にないが、他の種族では普通に死体を棺に入れる風習があるとも聞いている。
そういえば、フォー=モサも自分の愛した女性マーズを水晶の棺に入れたな。まあ、あれはいつか復活するためだから風習とは違うか。
『……でも、この中に死体はありませんよ?』
しかし、スーチンは俺たちの予想を否定した。例の死の匂いが分かる能力か。
「とりあえず、空けてみよう?」
「そうだな、棺だったら気が引けるけど、死体がないなら何か手掛かりがあるかもしれない」
そう言って、俺は白い箱のふたに手を置いた。
次の瞬間、生命力が凄まじい勢いで吸い取られる感じがして、俺は音も上げる余裕もなく崩れ落ちた。
「フィー君!」「フィレンさん!」
ルナが慌てて俺の身体を受け止め、姉さんは俺の腕を引っ張て棺から引き離した。
「どうしたの?トラップ?」
「ッ……はぁ、はぁ……ああ、奪霊領域と同じ効果……だと思う」
指を動かすのも億劫なくらい俺は一瞬で疲れ果てている。それはまさに奪霊領域の効果だ。
しかも僅かな接触だけでこんな凄まじい影響が出るとは、かなり凄腕な死霊術師に違いない。
効果があるかどうかわからないが、俺は呪詛解除のポーションを飲んで、心なしか少し元気になってるようだ。
「で、でも死霊系魔術の霊光は出てなかったよ?」
「そうか、でも間違いなくそういう効果だから、何か霊光を誤魔化す方法はないか?」
「……あ、幻術系の中には霊光を抑える魔術があったの!」
「だとしたら扉のはブラフでこっちが本命のトラップか、いやしかし奪霊領域の殺傷能力は低いし……って姉さん!?」
「ん?」
いつの間に、姉さんが箱の蓋に手を置き、開けようとしている。
奪霊領域がアンデッドの姉さんに効くわけもなく、石棺の蓋はギギギィーーっと、まるで何百年も動くことなかったのような低い音を上げて、開けられてしまった。
まずい、いくら姉さんに奪霊領域が効かないとしても、こんな強大な死霊魔術が掛かっている棺に絶対何かやばいものが入ってるに違いない!
だが俺が止めるよりも早く、姉さんは棺を開けた。
「ッ!?」
一瞬、強風が吹き通る。
膨大な負のエネルギーが、身震いするほどの冷気と共に棺から漏れ出した。
それはまるで気が遠くなるような時間も閉じ込められたような、重さを帯びている空気が棺から溢れだして、この部屋を充満していく。
重厚な音を上げて、竜胆の花に飾られた石棺の蓋が地に落ちた。
そして、俺たちは見てしまった、石棺の中身を。
そこに居るのは、一人の美しい女性だ。
目を閉じているにも関わらず、見る人に息を飲ませるくらい整えて、たわやかな雰囲気を持つ容姿。
足元まで届きそうな、水中を漂う水草のうねりよりなお柔らかに波を打つ濡れ葉色の髪。
薄い青紫のドレスを纏い、なまめかしい白い肩を晒して、その下には艶やかな体つき、ドレスを窮屈そうに押し上げる豊かな膨らみとくびれた腰回り。
見た目からして二十代後半で、身長はやや小柄だが、それを全く感じさせない大人の色気が漂っている。
そしてなにより俺たちの目を引くのは、
「エルフ、なの?」
ルナが女性の耳元を見て、小さく呟いた。
女性の耳は、笹穂のように人間のそれより大分尖っていて、エルフであることを示している。
エルフとは、魔術との親和性が非常に高く、そして長寿な種族だ。
彼らは生まれながらの魔術師で、異なる系統の魔術を自在に操れる。
それに加え、何百年もの寿命を持っているから、エルフの中には全ての呪文を駆使できる人もいるらしい。
遥か昔では人間もエルフも分け隔てなく一つの場所に暮らしてたとの話だが、今や人間の国にエルフを見かけるなどほとんど不可能だ。
なぜなら彼らはすべて森の奥に引き籠り、人除けの結界を張って、他種族とは隔絶の生活をしている。
どうしてこうなったのかは知らないが、兎に角俺たちにとって、エルフは物語の中にしか聞いたことない、ファンタジー世界の住人だ。
それが現実になって、目の前にいる。
息が止まるような静寂の中で、俺たちはエルフの女性をただ見ている。
死霊魔術によって封じられた棺から出て来た彼女は、俺が想像してたやばいものなんかじゃないけど、ある意味想像以上の衝撃をもたらした。
やがて、彼女が深い眠りから蘇るように、目を覚ました。
長い睫で埋まってしまいそうな灰色の瞳を見開いて、何度も瞬きしてるエルフの女性。
彼女は眠りから覚めてすぐ、見ず知らずの人たちに遭遇してしまったことに驚いてるようだ。至って普通な反応だ、この場に似つかわしくないほどに。
棺の中から緩やかに身を起こしたエルフの女性。
首を傾げながら、彼女はゆっくりと俺から姉さん、そしてルナに、その潤んだ瞳を止めていた、そして、
「あの、どちら様でしょうか?」
急な来客でも親切に対応する女主人のように、にっくりと微笑んでそう聞いた。
「え、えっと……」
棺の中には危険なアンデッドかモンスターでもいるのかと身構えている俺は、その普通すぎるの反応に毒気を抜かれて、一瞬どもった。
俺たちの中で、姉さんが一番早く落ち着きを取り戻せて答えた。
「私たちは探索者パーティ《フィレンツィア》、私はレンツィア・アーデル。失礼ですがあなたは?」
「私は白樺の森の竜胆のアインリンドと申します、探索者さんがどうしてここに……?」
「ブルーフォレ……?」
「アイナと呼んでください」
「ではアイナさん、勝手な訪問申しわけないですけど、私たちはダンジョンから来ました」
「ダンジョン?」
エルフの女性――アイナさんは首を傾げ、急にハッとなって、
「あら私ったら、座ったままお客さんを出向くなんて、ごめんなさいね探索者さん……よいしょ」
確かに普通に考えれば、座ったまま客と応対する主人はいないけど、他人の家に上がって勝手に棺を開けてしまい、そこでようやく主人と出会う客もどうかと思う。
いやそもそも、家に棺なんて置くか普通。
あまりにも非常識な状況に、現実逃避気味でくだらないこと考え始めた俺をよそに、アイナさんは棺から立ち上がろうとした。
「あっ」
しかし、足に力入れないみたいでバランスを崩した。
反射的に、俺と姉さんは同時に手を差し伸べ、アイナさんを受け止めた。
ポヨヨン。
素敵な触感を味わう余裕もなく、俺は身体から生命力が急速に漏れ出してるのを感じて、再び崩れ落ちた。
「フィレんさん!」
「探索者さん?」
「フィー君!?何かしてましたかアイナさん!?」
短時間に二回も吸い取られて、口を開くすら厳しいのだが、q姉さんはそんな俺の様子を見て事情を察したか、アイナさんに詰め寄った。
「あっ」
すると、アイナさんは何か思い出したように、手を頬に当てて、困った表情をしていた。
「ごめんなさい、実は私、リッチなんです」




