60 謎の敵
※今回から20時にて更新させていただきます。
「そろそろ日が落ちる、どこかで休憩を取ろう」
「そうだな」
俺たちは岩壁の斜面に空いた洞穴に入り、なんとか少し開いた場所を見つけて、テントを張った。
皆が休憩もしくは武具の手入れをしてる時、コーデリア大尉は地図を広げ、何か作業してるようだ。
「大尉、それは?」
「今日は進みながらダンジョンの道を軽く書き起こしたんだ、それを元の地図と照合して、今の位置を割り出すのだ」
「へぇ、そんなことできるのか」
「ああ、道は変わったが、峡谷の幅と深さは変わらないからな。遭難した奴等もこんな感じで大体の居場所を割り出してるけど、逃げ回ってる時は距離を覚える余裕もなかったから、結構ずれてるかもしれん」
「ところで、俺たちはその人たちを外まで護衛するのか?」
「いやさすがにこの地形で数十人を護衛するのは無理だ、移動中は奇襲されやすいしな。まず物資を送り付け、それから場所を援軍に知らせるのが大事だ」
「援軍は来るの?」
「ああ、すぐそこにルイボンド国境があるから、今頃もう軍が動き始めてると思う」
「速いね」
「ああ、プロイセン軍はルイボンド一の軍隊だからな」
コーデリア大尉はどこか自慢げに言った。
その時、
「コーデリア大尉、たしか前は南方に居たのではないか?」
ノアさんが俺たちの横に腰を下ろした。
「良く知ってるな、五年前までは南方に配置されたんだ」
「五年前のサクソン攻略戦に、参加したんだ」
それを聞いて、コーデリア大尉の顔色が変えた。
「……そうか、良く生き延びたな」
「運と、友人に恵まれてな。良いやつだった」
何故か知らないけど、ただでさえ厳つい顔してるノアさんが、額に縦じわを寄せてコーデリア大尉を見ている。大尉も全く動じずにその視線に真っすぐに挑み、二人の視線が空中に激しくぶつかり合う。
コーデリア大尉は、視線をそらずに口を開いた。
「私に復讐するために来たのか?」
「いや、俺はただ話を聞きたいだけだ」
「どういう話だ?」
「あれは元々、フォルミドとサクソンの慣例行事みたいなものだ、毎年越えるつもりもない城壁の前に威嚇してな。なのにプロイセンはお前を遣わしたんだ。そのお前が寡兵で我々を誘い出し、功を急いだアホ指揮官をまんまと嵌めて、全軍のほとんどを毒沼に追いやった。《銀の嵐》のお前にあれくらいの規模の戦争じゃ功にもならん、そこまでする必要はあるのか?」
「……戦場で人を殺すには理由が要るのかい?」
「……そうか」
ノアさんは腰を上げた。
「安心しろ、俺は復讐のために来たわけじゃない、遭難した奴等は必ず助ける」
「ありがとう、改めて礼を言う」
「必要ない、別にお前のためではない」
そう言い残して、ノアさんはこの場を離れた。最初から最後まで蚊帳の外にいる俺を残して。
俺はコーデリア大尉に疑問の視線を投げる。
「……サクソンはルイボンド邦連の邦の一つだ。五年前、フォルミドがそこに進軍して、プロイセンの援軍として遣わされた私に撃退された」
「そういうことか……」
「フォルミド侵攻軍は七割の兵力を失い、自国まで戻れたのは一割を切ったと聞いた」
「なっ」
戦争素人の俺でも、それがどれだけ凄惨の事だと分かる。
普通軍隊規模の戦闘となれば、三割を失うだけで組織的な抵抗が出来なくなり、実質全滅だと考えられる。それが七割となると、負傷者と後方支援などに構う余裕などなく、ただ己が生き延びるためだけの潰走になる。
コーデリア大尉は一体どんな手を使って、そのような地獄を作り上げたのだ。
「元々威嚇のためか大した兵力はない、恒例行事のように毎年攻めて来た侵攻軍を、罠に嵌めさせて全滅させたのだ」
「それは、どうして?」
「……言い訳になるが、私は上に嫌われてな、向こうの半分以下の兵力で迎撃して来いって言われて、そうしただけだ」
つまり死んで来いって言われたのに、大手柄を取ってきたということか。
「なんで、ノアさんに言わなかった?」
「理由はどうあれ、彼の友人を殺したのは私だ、せめてその責任を負わなければな」
やはりこの人の理屈はちょっと理解できない。
自分が死なないために殺したのなら、責任もくそもないと思うけどな。
「君もフォルミド人のようだが、私が憎いか」
「正直少しかな、でも侵攻するのはフォルミドだろう?それに、軍人が戦場で敵を殺すのを非難するのは見当違いだと思う」
「理性で感情を抑えるのか、しかし戦場を汚すようなことをして、醜い戦いをするのは理に反したことじゃないのかい?」
「うーん……」
なんだか違うのような気がするけど、言葉にできない。
そもそも綺麗な戦いだとしてもそれって何になるの?
綺麗に侵攻軍を追い払ったら、サクソンの民が、プロイセンの兵士がこんな戦争が良かった、できればもう一度やりたいなと思うの?
「それを言うなら、醜くない戦争なんてないわ」
いつの間に側に来ていた姉さんが俺に寄り掛かって腰を下ろした。
「戦争は全部醜いだと思うの」
「ふっ、軍人に言う言葉ではないな」
コーデリア大尉は口元を吊り上げて笑った、皮肉というより自虐みたいな笑い方だ。
「ごめんね、気を悪くしたら謝るわ、でもきっと一般人にとってたとえ綺麗な戦争でも絶対起こらないほうが良いと思うでしょう?だから誰が悪いというのなら戦争を起こした人が一番悪いじゃない?」
「それは私の口からはなんとも言えんな」
「そうね、国の決定を否定することになるもの。でも逆に言えば、それすらもできない、ただ命令を従う人形が、戦争を汚すなんて大それたことを考えるのも烏滸がましいじゃない?」
「ね、姉さん?」
なんで喧嘩腰なの?
しかしコーデリア大尉を見たら、特に怒る様子もなく、静かに姉さんの目を見ている。
「それにね、戦争は皆醜いっていうのは軍人には言えないけど、戦争は綺麗だと国民にも言えないじゃないかな?国民を守るために軍人が戦ってるというのに」
「それは違うぞ」
「あら、どうして?」
「国家自体が一つの軍隊だ、国の役人と組織は軍隊を支え、国民は教育を受け、いつか軍に貢献する働きをする、そしてその総てを保障してくれるのが軍だ。軍は武力を持って国を強大に導くことができるから国全体で支えるのが筋だ」
コーデリア大尉はきっぱりと言いきった。
その瞳に一片の揺るぎもない。
「そう?私たちでは軍は国を守るために存在すると認識しているのだけれど、この認識の違いはどこからきたのかしら?」
「軍人と探索者、もしくはフォルミドとプロイセンの違い、か」
コーデリア大尉はそう呟いて、腰を上げた。
「そうか、そういう考えもあるのか、教えてくれてありがとう」
そう言って、大尉はテントに戻った。
翌日、俺たちはコーデリア大尉の推測した場所を目指して峡谷を下りていく。
こっち側にいるのは確かなので石橋は無視、時に谷道を下り、時に洞穴に入る。
幸い洞穴の中にあまり入れ込んだ道はなく、ただどこに通じるかわからないから、下に降りれる洞穴を捜すには一つ一つ潰していくしかない。
そして洞穴に出没してるモンスターは外と一味違って、嫌らしい能力がなく、ただ純粋に強い。
「大型三体、来る!」
魔術師の声と共に、三体の食人戦鬼が洞窟の闇から飛び出す!
食人戦鬼とは食人鬼の上位種、食人鬼を上回る強い筋力と再生力、そして武具を巧みに操る知恵も持っている。中には戦技を使える個体もいるという。
雄叫びを上げながら、大剣と斧を振りかぶって襲ってくる食人戦鬼と、コーデリア大尉はなんと両手の戦斧で対等に打ち合いしている。
力はやや劣るが、斧捌きと戦技を駆使して、己の三倍以上の体型を持つモンスターと正面から、一歩も引かずに闘っているコーデリア大尉は自身も、まるで一つの化け物のような気迫があった。
「おりゃあああああああ!」
戦えば戦うほど、コーデリア大尉の闘志は留まるところ知らないように膨れ上がり、食人戦鬼にも負けぬような声を上げていた。
戦技《斬嵐》を放ち、旋風のように高速回転しながら、薙ぎ払いを連続で繰り出す、その斬撃の一つ一つに《強斬》にも劣らないパワーを秘めていて、しかも一回転ごと勢いが増していく。
その斬撃の暴風に、食人戦鬼はついに打ち負かされ、大剣を手放した。
次の瞬間、食人戦鬼が断末魔を上げる余裕もなく、暴風に巻き込まれて原形をとどめないほど肉片と化した。
一方、姉さんとノアさんたちも二体の食人戦鬼を片付いた。
俺たちは素早く食人戦鬼の頭蓋骨を回収して、前に進んだ。
「ここもだめか」
「まあ、これで一つ潰したと思えば」
道が行き止まりになって、俺たちは一応隠し通路がないか調べた。一通り調べて収穫なしと分かった後、直ぐ引き返した。
洞穴の分かれ道の行った先が行き止まりだった時がたまにある、そして枝道自体もそんなに多くない、スロウリダンジョン(仮)はどうやら地下空間があまり広くないようだ。
峡谷側の谷道も構造的にシンプルにならざるを得ないから、ダンジョンとしての規模は《翡翠龍の迷宮》よりかなり小さいと言えるのだろう。
その分モンスターが強いだけど。
そうやって進むこと三日、ダンジョンに入ってから四日目の午後、俺たちはようやく遭難してる小隊を見つかった。
「大尉か!?おい野郎ども、大尉が来たぞおおお!」
十数人の兵士が、行き止まりとなった洞穴の奥に、壁を背にして円陣を組んでいる。
彼らは遠くからコーデリア大尉を見て、うおおおおおおおっと鬨の声を上げる。
「馬鹿野郎ォ!モンスターを集めたいのかァ!」
それに負けないくらいの大声を出しながら、コーデリア大尉は先頭の兵士を殴り飛ばした。
まあモンスターは全部が全部で音に集まる習性じゃないし、実際戦ったら音なんて気にしていられないしな。
「大尉だ!」
「大尉が来た!」
「おいおい早いな!さすが大尉!」
「ママァ!」
ゾロゾロと集まってきた兵士たち、なんか一人だけ変な事を口走ってるけど気にしないことにした。
よく見たら、ここの兵士たちは外に駐屯してる人たちよりさらにボロボロなのに、目から闘志が消えていない、生きる希望を失っていない。人数もノアさんから聞いた小隊の人数より半分くらい減ったけど、彼らはモンスターの首を斬り落として、死体をバリアーにして急拵えの陣地を構築してた。
少ない数で、仲間がどんどんやられてしまう状況で、孤軍としてダンジョンの中で必死に戦い続ける彼を支えてきたのは、コーデリア大尉への信頼だろう。
そしてコーデリア大尉はその信頼を裏切れずに彼らを助けに来た。
ノアさんたちがその光景を遠くから眺めている。俺たちとコーデリア大尉は物資を陣地に運んで、ポーションを怪我人に配る。
その日、俺たちはここに一夜を明かした。
夜番は俺たちがやるから貴様らは休んでおけと告げられた兵士たちは、心底ホッとした表情を浮かべて、泥のように寝込んじゃった。
五日目、兵士たちに別れを告げ、俺たちは帰り道についた。
一週間の期限までは半分を切ったが、ここまでのルートはコーデリア大尉がメモしてあるから、恐らく来てる時の半分も掛からないだろう。
っと、思ったんだが。
「あれもモンスターか?」
「いや、どうだろ、見たこともないが」
「そもそも生き物か?」
「さあ……」
コーデリア大尉の質問に、俺たちは曖昧に答えるしかない。
俺たちの目の前のは、一つの影。
コーデリア大尉より頭一つ分デカイ、人間なら巨人と言えるが、モンスターとしてはむしろ小柄の黒いシルエット。
人型だが、食人鬼などと違って、筋肉も内臓もない、骸骨みたいな身体の表面が金属みたいに黒光っている。しかし骸骨と言っても、その頭部は球状で凹凸がなく、五官も見当たらない、しかもかなり大きくて、見るからバランスが悪そう。
どう見ても生物じゃない、そして何より異常なのは、彼我の距離は百メートル強、いくら起伏の激しい谷道でも既にお互い目視できる距離のはずなのに、黒い骸骨はただじっとしている。
やはり五官がないから見えないのか、しかし呪猟犬のようなモンスターは視覚がないが、その代わりに極めて優れた振動感知を持っていて、数百メートルから獲物を察知できると言われてる。この距離で複数の敵を認識できないのは生物として欠陥もいい所だ。
この不気味な敵を前にして、俺たちはこの帰り道は一筋縄ではいかないと感じた。




