59 スロウリダンジョン(仮)
「コーデリア大尉、その依頼――」
「――《ノアズアーク》が受けよう!」
「え?」
「お?」
俺は同時に出て来たノアさんと顔を合わせて、向こうも意外そうな表情している。
コーデリア大尉は俺たちを見て、顔を綻ばせた。
「良かった、感謝する!では早速行こう!」
「えっと、俺たちは二つのパーティで、合わせて八人だけどいいのか?」
「ああ、勿論だ。何、いざという時は自腹切ればいい」
「まあそっちが良いって言うなら。こっちは少し準備が要るから、半時間後に出発でいいか?」
「構わん、では半時間後、西門の外で会おう、今我々はそこに駐屯している」
緊急依頼だけど、一応パウロさんとラシードさんを証人に見立てて、俺たちは口頭で契約を交わした。
その後、コーデリア大尉は早足で隊商宿を離れた。
俺はノアさんたちに声を掛けた。
「ノアさん、なんで参加したか聞いて良いか?」
「む、おかしいか?」
予想外の質問のみたいで、ノアさんは眉を顰めて、俺の質問の意味がよくわからないようだ。
「いやおかしいとかじゃなくて、危ないよ?」
「そんなの探索者になる前から知っている、探索者たるものは、強きをくじき弱きを助けるであるべきだ、君たちもそうだろう?」
「さあ……あまり考えたことなくて」
探索者とは何かは考えたことがない。
ただそれしかないから探索者になっただけで、恐らく多くの探索者も俺と同じのようだ。
そもそも人が探索者になる理由なんてそれこそ十人十色で、そこに同一性なんてないはずなのだが……。
「まあ今は早く準備しよう、話は後だ」
「こっちはいつでも出発できるよ、何か用意した方がいい?」
「大尉の話によると遭難の人数は多い、それに何日も戦っているからな、食料と水、あとポーションが必要だ、それも大量にな。こっちはプリーストが居るが、数が多いとカバーできない。どっちも軍に経費で落とせて貰えるはずだから心配はない、余っても腐らないしな」
「なるほど、詳しいだな」
「俺が居た所、ダンジョンに遭難しちまったアホが多いからな」
「ノアさんはフォルミド人なのか?」
「ああ、東部地域のリコ市だ、《彩羽龍の森林》っていう面倒くせえダンジョンがあってな……っと、そろそろ行くか、ポーションはこっちが用意するから、食料と水はそっちが持っていいか?たしか便利袋持ってるだろう?」
「了解、どれくらいが必要だ?」
「一個小隊だからな、三十人の二日分が要るだろう」
「分かった、じゃ後で」
「ああ、後でな」
俺たちはそれぞれ準備をした。半時間後、西門から都市を出て、すぐコーデリア大尉の部隊を見つけた。
コーデリア大尉の部隊は都市の近くに駐屯している。
恐らく軍事協定とやらのせいで、中には泊まってもらえないが、周りに留まるのは良いらしい。
兵士たちは幾つかのグループに分けて、焚け火を囲んで暖を取っている。ざっと見れば大体二百人弱で、身体に怪我を負っている人が多い、恐らくモンスターに襲われた時残した怪我だろう。
いきなりダンジョン化した峡谷でモンスターに襲われて、やっとダンジョンから脱しても都市に入れて貰えず、きっとロクな治癒も受けてないだろう。
しかし、死ぬような目を遭ったばかりの人にしては、兵士たちの目には闘志がある。彼らは大声で話し、鮮烈に笑い、鍛錬に励み、武具の手入れしてる人もいる、まるで今にも出陣しようとしてる軍隊のようだ。
「さすがコーデリアの部隊だ、練度が高い」
ノアさんが兵士たちの様子を見て、小さく呟いた。
「有名人なのか?」
「ああ、戦争英雄とも言えよう、プロイセンではたしか《銀の嵐》と呼ばれてるはずだ。……しかし惨いな」
「どういうこと?」
「プロイセンでは一個大隊の兵数が三百人のはずだが」
「てことは百人も……」
「それでも、一人として闘志を失ってる奴がいない、まったくどうなってやがる」
俺たちに気づき、一人兵士が近づいてきた。
コーデリア大尉に雇われた探索者だと言って、来意を伝えたら、兵士は真顔になって一礼した。
「貴方たちが救助を承った探索者殿でありますか、真にありがとうございます!」
「ああ、コーデリア大尉を呼んでくれないか?」
「了解であります!」
もう一度礼をして、シュッと、兵士が走り出した。
暫くしたら、コーデリア大尉が出て来た。その身には銀色のフルプレートを着込んでいて、背中には二本の戦斧を背負っている。
「待たせたな」
「こっちの準備は済んだ」
ノアさんが食料と水、あとポーションも用意したと言ったら、コーデリア大尉は喜んでいた。
「そうか、補給も用意したのか、良かった!襲われた時に輜重も失ったからな、なんとか捻出していたけどやはり足りなかったから本当に助かった、感謝する!」
「まあ、あとで経費で落として貰うぜ」
「勿論だ」
コーデリア大尉が強く頷いた。
「あの、大尉のそう格好は?」
「私も一緒に行く、腕に少し覚えがある、足手纏いにはならないさ」
「《銀の嵐》が何を言う、むしろ俺たちが足手纏いになるくらいだ」
ノアさんがそう言うと、コーデリア大尉が少し照れてるようで頭を掻いた。
「……まさかフォルミド人にまで知られているとは」
その時、さっき俺たちに声を掛けて、コーデリア大尉を呼んでくれた兵士が今いきなり大声を上げた。
「あの!大尉!」
「なんだ?」
「やはり、自分らも連れて貰えませんか!」
「何度も言っただろう、ダメだ」
「仲間たちを、この手で助けたいであります!」
「駄目だ、貴様らは少人数の、それもダンジョンでの戦闘に慣れていない、行っても無駄死になるだけだ」
「……っ!」
「文句があるなら私の拳を避けられるようになってから言え」
そう言い残して、コーデリア大尉は俺たちに振り返る。
「すまんな、言うこと聞けない部下でな。では行こうか」
「ああ……」
ノアさんは残された兵士を見て、何を考えてるのか頷いた。
そして俺たちは、《ノアズアーク》とコーデリア大尉と共に、もう一度スロウリ峡谷に入った。
スロウリ峡谷改め、スロウリダンジョン(仮)は、昔の面影ほとんど残っていなかった。
峡谷である以上、浸蝕された岩壁を「之」の字を書くように降りて、峡谷の一番狭いところに建っている橋を渡り、そこから登るのが常識だ。
しかし今は意味もなく道が上へ下へと伸びて、岩壁には洞穴もちらほら、挙句に頑丈そうな石橋も何本も建てていた。人間が何年もかけて築き上げ、何十年も通って来た道を、たったの一日で作りかえるドラゴンの力に、もはや恐怖すら湧かない、ただひたすら自分の無力さを知らされてばかりだ。
幸いというべきか、道の起伏が激しいけど、幅が五メートルから十メートルもあり、元より幅がある、しかも舗装もされていて戦いやすい。それにスロウリダンジョン(仮)はダンジョンとしての規模が比較的小さい、入りこんだ迷路もないから、探索が進みやすい。
尤も、それですらすら進めるわけもなく、どこかにトラップが潜んでないか誰も分からない。そして谷道の片側は崖であり、一瞬でも油断したら峡谷に墜ちてしまうのだ。
勿論空を飛べればそんな心配もないが、ビャクヤの翼は滑空しかできないし、飛行は術者しか飛ばせない。それに、たとえ飛べるとしても、飛行型のモンスターに集中攻撃されるだけだ、足場のない空中ではいくら凄腕の探索者でも奴等に敵わない。
「まったくドラゴンの野郎はデタラメだな、こんな峡谷あってたまるか」
「ああ、私たちはここを何度も渡っていたが、その土地勘が逆に仇となったのだ」
先頭を歩むノアさんとコーデリア大尉が愚痴する。
元々スロウリ峡谷にもモンスターが居た、しかし生物が少ないここでは魔力源も少ない、だからモンスターと言っても弱小の植物モンスター、精々山岳蛮人くらいなものだ。
しかしドラゴンの膨大な魔力のせいで、その生態が一変した。
「下から来る!」
何本もの灰色の触手が崖の下から襲ってくる!
コーデリア大尉は銀の斧を隙間なく振り回す、触手を輪切りにした。しかし触手は怯む様子もなく、さらなる猛攻を続け、やがて触手の本体――ほぼ岩壁の色と同化している巨大なタコが現れた!
「隠密蛸だ!」
隠密蛸とは、周囲の風景に溶け込むことにより、自分の身を隠す能力を持つモンスターだ。その隠密能力も危険だが、隠密蛸の最も厄介なところはその触手に絡まれたら、一切の魔術も神術も使えなくなる所だ。
「魔術師は岩壁に寄れ!」
「駄目だ、上からも!」
生者探索のお蔭で、いち早く上から襲い掛かる触手に気づき、一刀の元に斬り捨てる。
しかし脅威はそれだけではなかった。
「フィー君!はあああ!」
何もなかった空間がパクリと穴を開いて、二本の青白い腕が俺に抱きつく。が、俺に届く前に、姉さんに切り落とされた。
今のは虚界忍びだ、便利袋などの空間魔術しか干渉できない虚世界の住人であり、普段は虚世界を歩き渡り、攻撃の寸前までまったく察知出来ないモンスター。こればかりは生者探索でも探知できないから、姉さんが目敏く空間の歪みに気づいてなければ、俺は今頃虚界に引き込まれたのだろう。
このように、スロウリダンジョン(仮)のモンスターのほとんどは隠密に長けるタイプだ。
その上にどれも一芸を持って、個体能力も高いの粒揃い。これなら精強なコーデリア大尉の配下でもあんなに死傷が出たのも頷ける。
今のところトラップは少ないが、モンスターだけでもう手一杯だった。
「ここのドラゴン、絶対性格悪いでしょう」
「そういえばコーデリア大尉、ドラゴンの姿を見たか?」
姉さんの話を聞いて、俺はコーデリア大尉に聞いた。
「異変の前に、かなり遠くだが、黒い影を確認できた」
「黒いのドラゴンか、黒曜龍シリウスか?」
「でも《黒曜の井戸》はこんな感じじゃなかったわ」
「そうなんだよなぁ」
俺と姉さんは前に居たところ、セレスト町の近くにあるダンジョン《黒曜の井戸》を思い出して、ここと比べて思わず首を振った。
あれはかなり初心者に優しいダンジョンで、トラップもモンスターも殺傷能力が低く、再起不能になるリスクが低いダンジョンだった。こことはまさに正反対と言えよう。
「遠目で確認しただけだ、新しいドラゴンかもしれない」
「ドラゴンたちも子供を生めるのか」
「さあな、学者なら知ってるかもしれん、がっ!」
話してる内に、突如現れた虚界忍びを一振りで両断するコーデリア大尉。
その鮮やかな斧捌きと鋭い踏み込みがまさに達人技であり、二本の戦斧を自在に操る腕力も常人離れだ。
「そろそろ日が落ちる、どこかで休憩を取ろう」
「そうだな」
俺たちは岩壁の斜面に空いた洞穴に入り、なんとか少し開いた場所を見つけて、テントを張った。




