56 メデューサの話
※話に出てました地域のマップを作ってみました、よかったら参考にしてください。
「では、話を戻しますね」
「ああ、聞かせてくれ」
「早い話ですが、《フィレンツィア》を私の専属になって頂きたい」
「専属、なのか?」
「はい」
「理由を教えてくれないか?」
「そうですね……私は見ての通り一介の行商であり、自分の店舗すら持ち合わせておりません」
トルコ商会と交渉してる時に分かることだが、行商が隊商に参加してるのは珍しい、彼らは基本徒歩か数日程度に離れたところにしか行かない、隊商に参加するほどの商品も護衛の料金も用意することが難しいのはず。
「ですが、私はいつかルイボンドの商業界を支配する大商人になることを誓います、んふふ、今は大言壮語もいい所なんですが」
野心に溢れる確言だけど、目を細めて笑うメデューサさんは自分の言葉を疑う様子が一切ない、まるで確約されたことを述べているだけのようだ。
俺たちはメデューサさんの真意がわからず、ただジッと次の言葉を待っている。
「ふふ、皆さんが疑うのも無理がありません、しかし、私はすでにその術を掌握しています」
「それは、俺たちに何か関係が?」
「私はこれからいくつの危険な道を歩まなければなりません、それが必要だからです。そのために、探索者の力が欲しいと思います。そして、私は貴方達の才気を見込んでしまいました、是非、その力を私に貸して頂けませんか?」
なるほど、つまり私兵になれ、ということか。
商人や貴族に気に入られ、私兵になる探索者は珍しくない、そのほうがずっと安全で収入も安定しているから。
しかし俺たちはまだ駆け出しの探索者で、青田買いもいいところなんだが。
「俺たちを見込んだ理由がわからないな、まさか若いから安く済みそうとかじゃないだろうな?」
「ははは、フィレンさんは中々辛辣なことを言いますね。勿論違いますよ、前も言いましたが、二人は今や時の人、実力は申し分ありません。そして個人的に尤も賞賛すべきと思ってるのは、駆け出しの探索者なのに、行き成りラッケン州の州長に近付き、そしてそれを成し遂げる手腕です」
「……」
「皆さんはフォルミド人ですが、聞けば暫くルイボンドで活動するらしいのことですね、ではここで私のような協力者がいれば、きっと二人の力になります、そして私が商業界を支配する暁に、皆さんのことも決して忘れはしません」
「……」
「どうですか?」
俺は暫く言葉を失った。
そういえばラカーンに居た時、フェリさんにも州長に取り入るのが目的だと誤解されちゃったな。しかしまさか誤解されるまま賞賛されるとは思ってもみなかった。
「参考までに、その大商人になる術を聞かせてもいいですか?」
呆然してる俺を横に、姉さんはメデューサさんに聞いた。
「知る人が多いほど効果が薄くなりますが、皆さんの信を得るには必要なんですね。分かりました、お話いたしましょう。」
メデューサさんは頷き、言葉をつづけた。
「皆さんはルイボンド邦連についてどのくらいご存知でしょうか?」
「ほとんど分かりません」
「では、少し説明させていただきますね」
メデューサさんの話によると、ルイボンド邦連は複数の邦によって構成される国家、そこに中央政府がなく、国家間のことは合議制で決める。外交など対外のことは各邦が対応する、邦と邦の間にあるのは緩い結束だけだ。
それでも一つの政治体として成り立つのはそれなりの歴史があったからだが、今はこの状況を変えようとする勢力がある、それがルイボンド邦連の中に一番強い邦、プロイセンだ。
プロイセンは領土も人口もルイボンド随一で、軍事力を誇る邦でもある。ルイボンド人を纏め上げて、一つの中央集権の国家を作るのがプロイセンの目的。
しかしそれを良く思ってないのが、ルイボンドの西の隣国、我が国フォルミド王国、そして東の隣国ポーラン公国。それも当然だ、両国とも自分の隣国が強大になるのを座して待つほど愚かじゃない。
この二つの大国に挟まれて、プロイセンがもしルイボンド統一に躍起したら、有形無形の妨害を受けるのは明らかだ。そして両面作戦をできるほど、今のプロイセンは強くない。そもそも邦連の中でも両国の息が掛かってる邦がいる。だからプロイセンは両方とも小競り合いこそあるが、どちらとも決裂までは至らない、そのお蔭で隊商が行き来できるのだ。
「……そして、ここからが私が掴んだ情報ですが、そう遠くないうちに、プロイセンとポーランの間に大規模な戦争が始まります」
今の均衡が崩れ、プロイセンはポーランと全面戦争に踏み切ると、メデューサさんが言い切った。
どこが納得できない俺がもう少し踏み込んで話を聞こうと思ってる時、姉さんがテーブルの下から俺の手を握った。俺が視線を向ける前に、姉さんが口を開いた。
「それを信じるに足る証拠はあります?」
「申し訳ありませんが、それは開示できません」
「話になりませんわ、この件は断らせていただきます」
「そうですか……《フィレンツィア》とは良い関係を築けると思っておりました、とても残念です」
本当に残念そうに長いまつげを伏せたメデューサさん。
姉さんらしからぬきっぱりの断り方に違和感を感じつつ、俺たちは会計を済ませて、《九味亭》を出た。
「姉さん、どうしたの?」
店を出た後、俺は姉さんに聞いた。
さっきの断り方では角が立つ、勿論ただの行商人が俺たちを害するとは思わないが、それでも姉さんらしくない。
「ルナちゃん、さっきの人どう思う?」
「え、えっと、目がキラキラしてて、すごく自信があるようだね、それと、少し怖かったの」
「フィー君はどう思う?」
「向上心が強い人かな、それがどうしたの?」
「あれはね、人を破滅させるような人なの」
「破滅?」
俺は姉さんの言葉に首を傾げた。
「ええ、自信がある、向上心もある、しかし彼女の目は、あれは自分と他人の命を計算に入れない目なの、いつか必ず大商人になるとしても、彼女と周りの人は破滅しかねないわ」
「そんなことが……」
食事を一緒にしただけで分かるもんなの?
俺の疑問を見抜いたように、姉さんは溜息をした。
「よく考えてみて、メデューサさんはどうして隊商に参加したと思う?」
「えっと、自分では運びきれない商品がある、かな?」
「そう、普通行商人は遠く移動しないし、大量な商品も抱えない、しかしメデューサさんは大金を払って隊商に参加しなければいけないほどの商品を抱えている、だから戦争情報の真偽はともかく、何かのために大博打しているのは本当だと思うの」
「じゃどこが問題なんだ?」
「もしメデューサさんの予測通り戦争になったら、他の商人たちはどうなる?」
「あ」
「そう、もしルイボンドがポーランと全面戦争に踏み切れば、戒厳令を敷くのは必至、フォルミドから来てた商人は良くて出国禁止、最悪は留置されて商品が取り上げられるのもありえる」
「つまり、メデューサさんはそれを知っていて」
「ええ、それを知って、隊商を利用したの」
「そんな……早く他の人に教えなくちゃ!」
ルナはそう言ったけど、姉さんは首を振った。
「私たちがメデューサさんを信じないのと同じように、私たちを信じてくれる人もいないわ」
「まあ、証拠も何もないしね」
隊商が動くには膨大な金が裏で流れている、不確定な情報で中止するわけがない。
しゅんっとなったルナの頭を撫でて、姉さんは溜息をして言葉をつづけた。
「それにね、レーザも同じような目をしていたわ」
「っ!」
「誰なの?」
姉さんはルナの頭を撫でながら、あとで教えるよって言った。
「レーザも一見親切そうな人だったけど、ダンジョンに入った後たまにそういう目をしてたの。あの時はただ変だなっと思ってたんだけど、迂闊だったわ。もうフィー君にああいう人を近づかせないわ、二度とね」
「姉さん……ありがとう」
姉さんの中では、レーザはあくまで俺を苦しませた人だ。
良くも悪くも、姉さんも自分の命を計算に入れない人種である。
まあ、それは俺も同じだが。
俺たちは隊商宿に戻って、俺が着替えて風呂を用意している間、姉さんは俺たちのことをルナに教えた。
てっきりもうリースから教わったと思ったけど、俺たちに気を遣ったか、ルナは俺たちの事については、姉さんがアンデッドに俺がネクロマンサーで、最低限なことしか知らない。
考えてみればスーチンにも適合者を殺す必要があるって教えただけで、事情を話してなかった。これから一緒に行動するだし、ある意味スーチンもルナも同じ立場だから、別に隠すこともない。
全てを話した後、ルナは両目を潤わせて、俺と姉さんの裾を掴んで離さない。
『……お二人とも、本当に辛かったのですね……』
「まあ……そうかもな」
スーチンもルナも相当酷な身の上だと思うけど。
「フィレンさん、レンツィアさん、レーザって人を探しだして、懲らしめてやらないと!」
ルナは小さな拳を握て、憤慨そうに言った。
騙された方が悪いっていう探索者思考に染まれないルナを見て、なんとなく救われる気持ちだった。
姉さんもそんなルナを見て微笑んでいる。
「そうだね、できればそうしたいわ」
「今はどこにいるかわからないし、それにそっちに時間を割けたくないからな」
「どうして?あんなことされて怒らないの?」
「そりゃ怒るさ、ただなぁ……あれの直後は色々ありすぎて、怒るタイミングを失ったていうか」
「怒る場合ではなくなったものねえ」
頭を掻いた俺に、溜息をついた姉さん。
ラカーンに居た頃、レーザの件はヴァイトさんに依頼してたけど、正直本気で探してるわけじゃなかった。
もうラカーンにはいないって分かったし、トメイト町の依頼、アイン・ラッケンの依頼、そしてリースの依頼が続いて、ラカーンを離れるわけにはいかなかった。
『……でも、悪い人はお縄につけませんと……』
「そうだよ!スーちゃんの言った通りなの!」
「ふふ、そうだね、ヴァイトさんたち、あとソラリスさんにも探してもらってるから、そのうち見つかるわ」
「ああ、もし見つかったら、二度と悪事を働けないようにしてやるさ」
騙された方が悪いっていうなら、ヤられたほうが悪いってことだろう。
今度はレーザたちにそのことを叩き込んでやるさ。
「それより、ルナ、俺たちはアイン・ラッケンを殺したんだぞ、怒らないのか?」
「ふぇ?」
虚を突かれて、キョトンとなったルナ。
「えっと、どうかな、お父さん……ていえばいいかな、のことはよくわからないし」
「そうなの?」
「うん、ずっと奥の部屋に籠ってて、あたしに魔術適性があるって分かった途端学院に送れって言ったし、二、三回しか顔合わせてなかったの」
「そうか……大変だったな」
どういう経緯でルナを養女にしたのは分からないが、どうやらアイン・ラッケンはルナに対しても無関心のようだ。
「ううん、リースお姉ちゃんは優しかったし、学院の皆も……いい人だったし」
リースのことか、それともミステラ学院でのことを思い出してるのか、ルナは涙ぐみそうになり唇を噛みしめる。
『……ルナちゃん……今は私たちがいますよ……』
「う、うん、ありがとう、スーちゃん」
「そうね、今は皆が一緒にいるわよ」
姉さんもルナの頭を優しく撫でて、ルナもいつものようにビクっとしない、静かに姉さんに寄り掛かる。
「そういえば、市場から買ったものまだ食べてないな」
「あらフィー君、もうお腹減ったの?」
「さっきはそんなに食ってなかったからな、一緒に食べよう?」
「そうね、ルナちゃんもスーちゃんも食べよう」
「うん、少しなら」
『いくらでも……食べます……』
「食べるのはあたしだからね……」
暫くしたら、ベッドの上にはたらふく食べてしまった俺とルナが居た。




