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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第四章 スロウリ峡谷の異変
55/229

55 行商人メデューサ

 姉さんもノアさんと握手を交わして、俺たちは隊商(キャラバン)の行列に戻った。





「ねえ、フィレンさん」


 ラバに乗ると、後ろに乗っているルナがマントの裾を引いた。


「ん、どうした?」

「さっきのおじさん、なんで喧嘩したのを知ってるよね?」

「まあ、知ってるだろうな」


 パウロさんはきっと探索者たちが俺たちに憤慨を覚える理由を知っている、同調もしているのかもしれない、だからそういう態度を取っていた。

 彼にとって俺たちは和を乱す可能性がある異分子だ。指導者であるパウロさんがそれを把握してないわけがない。


「じゃなんでフィレンさんたちのことを責めるの?もっと早く止めればいいのに」


 さっきの俺とまったく同じことを思っている。


「そうだな……姉さんはどう思う?」

「そうね、恐らくパウロさんはこういうことを期待していたのかもしれないわね」

「どうして?」


 ますます疑問に思うルナは大きな緑色の目をぱちぱちしている。


「探索者たちが私たちを嫌っている、パウロさんはそれを知っていて放置してたけど、やはり私たちがいる限り、いつか争いが起こり得るから解決を望んでいると思うの」

「で、喧嘩になると解決するとでも思ってるのか?」

「喧嘩になって、もし私たちがボコボコにされたら探索者たちもすっきりするでしょう?それはそれで一つの解決になるもの」

「最悪だな」


 俺は苦笑いする。

 実際さっきの状況じゃ、ノアさんはあくまで話を聞きたいというスタンスで、仲間の暴走も止めてくれたお蔭で無事に済んだが、もしノアさんたちが質の悪い人で、そして俺たちが弱かったらリンチもありえる。


「そんな……」

「大丈夫よルナちゃん、それはあくまで解決方法の一つだわ。要は私たちが実力不相応の名声と報酬を手に入れたと思ってる人たちが納得すればいいの。だからパウロさんも本気で私闘を咎めたわけじゃないわ、目的は達成されたもの」


 姉さんの説明に、ルナは少し考えて口を開いた。

 懐かしいな、姉さんを追って探索者になったばかりの頃、俺もそうやって姉さんに色々教わりながら自分で考えて来た。


「つまりフィレンさんが勝ったから、もう大丈夫なの?」

「ううん、まだ大丈夫とは言えないわ」

「どうして?」

「ビャクヤのお蔭で、もう私たちがただの若者だと思う人はなくなったけど、そうすると次は別の方向から恨みを買うのよ」

「えっと、二人が強いから恨みを買うの?」

「ふふふ、そうとも言えるわね。今度はその強さに嫉妬する、もしくは利用したいと思う人が出てくるのよ」


 実力では勝てないと分かっても、それで諦めるような人ばかりではない。

 今度は手を替え品を替え、色んな手段で俺たちを利用する、もしくは金や魔道具を強奪する輩が出てくるのだろう。


「嫉妬……じゃどうしよう?」

「どうもしないわ、向こうもバカじゃないし、無闇にちょっかい出してくれないと思うわよ」

「そうだな、流石に旅の途中でそうあからさまにやらないだろう」

「怖い……」

「大丈夫さ、俺と姉さんがいるから」


 俺は身体をよじって、後ろのルナの頭を撫でてあげた、するとルナの中から何かの声を聞こえて来た。


『……私も……』

「ああ、スーチンもいるさ」

「ありがとうね、スーちゃん」


 スーチンとルナは歳(精神年齢)が近いし、ルナもなんだか懐いてるから、普段は《神降ろし》でスーチンをルナに預けている。

 少し対人恐怖症のきらいがあるルナだが、なぜか幽霊のスーチンとは話が合っているみたいに、旅の途中も後ろから話声が伝わて来る。

 勿論外から見るとただの一人ごとだから、声を抑えて気付かれないようにと言っておいた。



 数時間後、俺たちは国境を越えて、隊商宿(キャラバンサライ)についた。

 隊商宿(キャラバンサライ)とは、隊商(キャラバン)のための宿泊施設だ。隊商(キャラバン)は辺境都市、または自由都市にとっては必要不可欠な貿易相手だから、どの都市も商業区画の横に隊商(キャラバン)のためのスペースを用意している。隊商(キャラバン)がそこに駐在してる間は水と食糧を補給できるし、当地の人たちとも取り引きするから、都市全体の稼ぎにも貢献できる。

 荷物を卸して、厩に駄獣を泊まらせたら、隊商(キャラバン)の人たちがそれぞれ自由行動してる。

 俺たちも隊商宿(キャラバンサライ)の近くにある市場(バザール)に来ていた。



 自由都市の市場(バザール)には色んな国の人が集まっている、俺たちのような探索者もいたり、隊商(キャラバン)の商人もしくは行商もいたり、勿論当地の人々もいるから、人種も衣装も話す言葉もばらばらで、フォルミド国内の市場とは規模も雰囲気も大違いだ。

 ルナは勿論、俺と姉さんさえこんな光景見たことないから、あまりにも多彩な売店と売り物に思わず目が眩む。

 俺が奇妙な果物に気を取られると、ルナも陳列されてるチーズの数々を興味津々と見ている。

 すると、横から姉さんの手が伸びて来た。


「フィー君、これ食べてみて?」


 姉さんが手にするのは、黒いゼリーのような丸い食べ物だ。


「スウィーツかな?どれどれ」


 口に入れてみると、食感は卵そのもので、微かな生臭さとしょっぱさがある。

 見た目がゼリーだからスウィーツかと思ったのに、塩気があるけど爽やかでビールに合いそうな味でした、お摘みかな。


「これはね、馬尿卵っていうの」

「にょっ、尿!?ふぇふぇぇ……!?」


 奇声を上げつつ慌てて吐き出そうとする俺を見て、姉さんがくすくすと噴き出した。


「ふふふ、冗談だよ、ごめんねフー君」

「え、え?」

「これはね、卵を塩と石灰で熟成させてる発酵食品だけだよ……ふふふ」

「や、やめてくれよ、マジでびっくりしたわ……」

「ふふふ、フィー君の顔、可愛いっ、ふふ、ごめんねっ」


 なんかツボに入ったらしく、姉さんは身をくねらせて転げるように笑ってる。

 スレンダーでスタイルが良い姉さんがたとえ腹を抱えて笑うのも中々絵になり、俺もあんまり悪い気はしないが、ルナは頬を膨らませて怒ってるようだ。


「ひどいよレンツィアさん!フィレンさんをからかうなんて!」

「ふふ、ごめんねルナちゃん、でもフィー君の声可愛かったでしょう? 思い出したら、ふふふ、だめ、笑っちゃう」

「それは、そうだけど……くすくす」

「おいおい、お前もか」


 俺は苦笑いする。

 どうやら市場(バザール)の熱気に当てられて、二人とも普段よりテンションが高いようだ。


「ごめんねフィー君、お詫びにほら、これあげるよ」

「なんだこれ」


 今度は褐色の平たい干物を取り出す姉さん。


「さっきそこの干物屋で買ったの、海の魚の内臓を塩漬けにしたものよ、ボッタルガっていうの」

「へぇ、海の魚か、珍しいね」


 何となく警戒してる俺を見て、姉さんは謎の干物の一欠片を摘まんで口に入れた。


「いや別にそうしなくても食べるよ、ていうか姉さん食べられないじゃないか」

「そうだね、じゃ帰ったら前みたいに一緒に食べようか」

「前みたいに?」

「ルナちゃんはまだ知らないわね、帰ったらわかるよ」

「うん!」


 食べ物の他にも、薬草、衣類、貴金属の工芸品など、色とりどりの商品のダンジョンに俺たちはしばらく楽しい時間を過ごしていた。

 そして日が落ち始め、両手には宿に皆で楽しもうとする食べ物が沢山、そろそろ帰ろうかと思ってる時。


「おや、これは《フィレンツィア》のお二人ではありませんか」


 女性の声に呼び止められた。




 振り返ると、そこには一人の若い女性。

 金髪碧眼、整えてる顔に吊り目で勝気な雰囲気を持つ人。歳は姉さんと同じくらいかちょっと上だけど、商人装束している長身と妙に瀟洒な仕草が世慣れしてるイメージをもたらす、美人というより麗人というほうがしっくりくる人。

 たしか隊商(キャラバン)の人で、名前は――


「お初にお目にかかります、行商人のメデューサ・フォンティーヌと申します、どうか御見知りおきを」

「あ、ああ、《フィレンツィア》のフィレン・アーデル、こちらは姉のレンツィア」


 メデューサさんは右手を胸に、一介の探索者に過分すぎるような一礼をした。

 俺もあわてて頭を下げた。なんだこの人、俺たちを貴族かなんかと間違ってないか?


「ええ、存じております、ご勇名は常々伺っておりますよ、《フィレンツィア》のような凄腕の探索者が居てくれますから、私たち商人どもも安心できるというものです」

「そ、それはどーも」


 姉さんの方を見ると、さっきまでは隣に居たのに、いつの間に居なくなってルナと露店のガラス提灯を見ている。逃げやがったな、こういう人は姉さんの方が得意なのに。


「どうですか?ここに会うのも縁です、そろそろ夕食になりますし、一緒にお食事でも?」

「あ、いえ」

「お二人さんはフォルミドの人のようですし、ここは私がこの地方で一番腕の良い料理人を紹介いたしましょう、勿論こちらがお持ちいたしますよ」

「う、うーん、俺たちは探索者だしあまり御大層なところには」

「ええ、皆さんには心ゆくまで楽しんで頂きたく思いますので、市井の人々にも受けが良い所ですよ」

「それなら行きましょう、フィー君。折角のご厚意だし、ね、ルナちゃん?」


 っと、いつの間に側に戻ってる姉さんが言った。ルナは知らない人の前でフードを被って俯いてるけどコクと頷いた。

 そうだな、別に奢られなくてもいいけど、美味しい店には興味がある。姉さんが食べても意味ないけど、後でもう一度行って持ち帰りすればいいか。


「ありがとう、ではお言葉に甘えて」

「ありがとうございます!ではこちらに」


 心から喜んでいると言わんばかりに嫣然と微笑んで、手を差し伸べて俺たちを先導するメデューサさん、少し気障ったらしいに見えるが、彼女ほどの麗人がやると気品が滲み出て、まるで舞踏会でレディをダンスに誘う紳士のようだ。

 俺たちも言われるままに、彼女の後ろに付いて行った。



 メデューサさんに案内されてきたのは、一間の料亭でした。

 彼女の言った通り格式張ったところではないようで、俺たちのような人たちがひっしりと出入りしている、どうやら繁盛しているようだ。

 外には何個も看板が掲げてあり、その一つにはフォルミド語で《九味亭》と書かれている。


「今の時間だと少々混んでいますが、ちゃんと大事な客のために席を用意してくれますよ、話を付けて参りますから少し待ってくださいね」


 そう言い残して、メデューサさんは店内に入った。

 暫くしたら、店の人と一緒に出て来て、俺たちを店の奥の一室まで案内した。


「ここのオーナーとは知り合いですから、少し融通して貰いましたわ」

「ありがとう、しかしどうして俺たちのような探索者のために」

「んふふ、ご謙遜を、《ヴァンパイア殺し》、《黒姫殺し》に《魔女殺し》、今ではラッケン州、いいえ中部地域に《フィレンツィア》の名を知らない人はいませんよ」


 またか、俺は眉を顰めた。

 俺の考えてることを見抜いたようで、メデューサさんは微かに笑った。


「大丈夫ですよ、ギルドへの報告は拝読させて頂きました。《デトネイター》の方々からも話を聞いておりまして、お二人さんのご活躍については何も誤解していませんわ」

「それは、まるで俺たちを調べていたのように聞こえるけど?」

「その通りでございます、もし良ければ――と、その話をする前に、まず食を楽しみませんか?ここの料理人はルイボンドの中でも五本指に入るくらいの職人ですよ」

「え、ああ、そうだな」


 話の流れが完全にメデューサさんに摑まれるまま、俺は頷いた。


「では僭越ながら私が注文しましょう、何かお嫌いな物でもあります?」

「特にない、あ、馬尿卵っていうやつは勘弁してくれ」


 味は良いけど、姉さんのせいでまだ少しトラウマがある。


「はは、千年卵ですね、あれはブライデンの伝統食で、ここでは出しませんよ。そちらのお二人も?」

「大体なんでも食べますけど、少食ですので少なめでお願いしますね」



 姉さんがそう言って、ルナもコクコクと頷いた。

 店の中だからルナはフードを取っていたが、変装帽子(ディスガイズハット)のお蔭で普通の金髪少女にしか見えない。

 メデューサさんは店員を呼んで、テキパキと注文する。暫くしたら、料理が次々と運ばれてきた。

 見たこともない色鮮やかな料理を前にして、どれから手を付けばいいかわからない俺たちに、メデューサさんは一つずつ説明してくれた。


「この炒めライスにはウコンが入ってますから少し苦くなりますが風味があります」


「これは食前のスープ、鶏肉、大麦それと枝豆が入ってます、腹持ちが良いですから少なめにしました」


「これはルイボンドの特産品でもある羊肉を用いたラムのステーキですが、この店では伝統の調理法を使われてますから、他の所では味わえない美味です」


「これは煮込み牛肉をパンで包むもので、冷めやすいですから早めに召し上がることをお勧めします」


 まるでどこかのツアーガイドのように良く回るメデューサさんの舌に驚きつつ、俺たちはここの料理の美味さに舌を巻く。

 姉さんも慎ましくフォークで料理を突きながら、時にルナに食べさせてる。


「どれも色鮮やかで綺麗ですね」

「ええ、ここの料理は香辛料とハーブをふんだんに使いますから、その見た目を楽しむのも一つのポイントですよ」


 腕のいい料理人なのは確かなようで、メデューサさんの巧みなトークも相まって、俺たちは心もお腹も満足な一時を過ごしていた。

 そして料理がほとんど平らげられてしまう頃、メデューサさんがようやく本題を切り出す。


「では、話を戻しますね」

「ああ、聞かせてくれ」

「早い話ですが、《フィレンツィア》には私の専属になって頂きたいと思います」


 メデューサさんはそう言って、俺たちを見てにっこりと微笑んだ。

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