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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第四章 スロウリ峡谷の異変
54/229

54 喧嘩

 ルナとスーチンの練習の様子を眺めて、今日はそろそろ一つ目の隊商宿キャラバンサライにつく予定だから、風呂入りたいなとくだらない事を考える。


 その時、一匹のラバが前方から近づいた。 






「調子はどうだ?」


 馬上から声をかけるのが一人の大柄の男、紅い髪と濃い髭が目立って、五十過ぎに見えるけど鍛え抜いた筋肉から精力が溢れ出してる、そのなりでも腕利きの魔術師だと聞いている。

 この隊商(キャラバン)の指揮者、パウロだ。

 指揮者とは、隊商(キャラバン)の日程を決めたり、旅程の順路、宿の手配とか商売とは直接関連しないこと諸々の責任者のことだ。そういう人は大体経験豊富で、商人たちからの信頼も厚い。


「ボチボチかな」

「異状はないようだな」

「あったら報告するさ」

「……ふん、それがいい」

「はいはい」


 素っ気なく事務的に会話して、パウロさんは他の探索者のところに行った。

 何故か知らないけど、パウロさんは俺たちが来た当日からこんな態度でした、しかも俺たちだけに。


「嫌われてるね私たち」

「心当たりまったく無いけどな」

「あら、フィー君は分からないの?」

「え、姉さん分かるの?」

「ちょっとそっち見てみて?」


 姉さんの視線が俺たちの後ろに向けた。

 それに釣られて見てみたら、そこにはパウロさんと他の探索者が談笑してる姿だ、彼は親しそうに探索達と一人一人話しかけて、肩を叩きあっている。

 それも当然だ、隊商(キャラバン)の人員を一人で束ねる人だ、人望がなくてやれるわけがない。

 しかし、談笑とは言っても、その笑みが全部善意的なものには限れないようだ。



 見れば、パウロさんが去った後、探索者たちの中には俺たちを指差してせせら笑うものが居たり、睨みつく者もいる。


 暫くしたら、一人の男が現れて、さっき俺たちを笑った人の頭に拳を入れた。そして俺たちの視線に気づいてるらしい、こっちを睨んで近付いた。


「よう、《フィレンツィア》だな?」


 身長が二メートル近くもある、そして肌黒で厳つい顔をしてる大男が、低い声で話しかけて来た。特に怒ってるには見えないけど、顰めついた目元から凄みが滲み出て、探索者というよりマフィアのドンみたいな人だ。


「ああ、どうした?」

「俺は《ノアズアーク》のノアだ。君たちの話は聞いたが、《ヴァンパイア殺し》、《黒姫殺し》に《魔女殺し》だったな?若いのに大したものだが、随分と悪い噂が多いじゃないか。亡くなった聖騎士の《魔女殺し》の名を横取りして、報酬も独り占め、と聞いている、何か言うことはあるのか?」

「……」


 なるほど。俺はようやく理解した。

 要はラカーンの路地裏の酒場で絡んできたチンピラと同じで、この厳つい顔の男も俺たちのことを聞いて喧嘩を売りに来たってことか。

 ソーエンに掛かった賞金はリースも俺たちも辞退してたから、ロザミアさんの実家に預けることになったんだが、それをこいつらが知るわけもなく、そして俺たちは探索者として羽振りが良い、こいつらが誤解するには十分すぎる。

 だから俺は別に怒ってないし、誤解を解けようと無駄な努力をするつもりもない。


「すまないが、これら噂に心当たりがあるのか?話を聞かせてくれないか」


 ノアさんは言葉をつづけた。 


 喋てる内に後ろからノアさんの仲間らしい人たちもついてきた。隊商の人たちはそんな俺たちをちらちら見てるけど、特に何を言ってくるつもりはなかったようだ。別に盗賊やモンスターに襲われるわけじゃないし、探索者の内輪揉めなど商人には干渉する気がないだろう。

 後ろの裾がギュッと摑まれた、どうやらルナがこいつらに脅えてるみたいだ。

 別に怒るほどのことじゃないけど、そろそろ煩わしいから早く終わりたいのが本音だ。


 すると、考えが顔に出たか、《ノアズアーク》の一人、さっき俺たちをせせら笑ったひょろ長い男が俺に不快そうに言った。


「大体お前らみたいな子供をあんな大仕事に連れていくわけがない、どうせ無理を言って連れて貰ったか勝手に付いて行ったのどっちだ。今この場にいるのが何よりの証拠だ、大方ミステラには居られなくなったから逃げ出したのだろう?人の足を引っ張って死なせたのにのうのうと高飛びってのはいい度胸じゃないか!探索者として恥ずかしくないのか!」


 少し訂正、どうやらこいつらはあのチンピラと違って金目当てではないようだ。大方正義感とやらに駆られて、聖騎士の足を引っ張って死なせたら逃亡する探索者の風上にも置けない俺たちに制裁を加えるつもりらしい。

 なるほど、パウロさんもそう思ってるからあんな態度取っていたのか。

 金をせびるチンピラより、こいつらのほうが正義感が強いなんだろうけど、正直金目当てなら幾らか出すつもりだったのに、こういう人が一番面倒だ。

 しかし、ここにいることを証拠に後ろめたい所があるから高飛びするのを証明するって、それ循環論法なんだよな?


「待て、さっきも言っただろう、噂に踊らせるな、彼らの言い分も聞こう」

「しかし、ノアさん……っ!」


 ノアさんがひょろ長い男を制したが、男は不服しているようだ。

 どうやら仲間は俺たちを懲らしめたいが、リーダーであるノアさんはまず噂の真偽を確かめたいらしい。


「ねえ」

「む?」


 姉さんはノアさんから俺を守るように、俺とノアさんの間に入った。


「私たちがどうしたらあんた達は納得するの?」

「……説明する気はないのか?」

「説明してもそちらの人は信じてくれないでしょ?こっちはちゃんと仕事をやり遂げたのに」


 姉さんはわざとらしく肩をすくめた。

 案の定、ひょろ長い男は逆上して声を上げた。


「舐めた口きくんじゃねぇ、おまえらみたいなガキが何の仕事したってんだ!」

「それはギルドに聞いてみたら?」


 公式的に俺たちは不意打ちを仕掛けてソーエン一味を仕留めた。

 調査チームに報告する時、ジューオンの実力はそのまま伝えたけど、ソーエンはいきなり不意をつかれてロザミアさんに打ち取られたという結構間抜けな結末だった。

 そして俺たちはというと、リースと一緒にジューオンと三人のローブ男の相手をしていたっていうことになった。大した活躍じゃなかったけど、やることはやったから非難される謂れはない。


「ふざけんな、あんなデタラメ信じられるか、お前らが州長のお気に入りだってのは知ってるんだよ!」

「だから落ち着けって、君も挑発しないでくれ」

「はあ……ようするに、私たちの腕が信じられないでしょう?」


 姉さんは溜息を吐いて、拳を突き出しながら不敵に笑った。


「ならば話は簡単、探索者らしく決めましょう?」




 今、俺は厳つい顔の男――ノアさんと対峙している。

 挑発してたのは姉さんだが、弟としていつまでも姉に守られてはいかないと思って、この喧嘩は俺が買うと言って譲ってもらった。姉さんの力だとついうっかりしたら取り返しのつかないことになりそうだし。そしてノアさんも、怒り心頭の仲間をなんとか押さえて、自分が俺の実力を試すと言って武器を取った。


「言っとくけど、全員で掛かってもいいんだぞ?」

「それには及ばない、君を痛めつけるのは本意じゃない、もし俺だけでは君に勝てなかったとしても、それは君たちが十分の実力を持っているということになり、うちのヤツらも納得するだろう」


 ノアさんは槍を構えて言った。


「そもそも俺としてはそっちの人を納得させる必要ないけどな」

「巻き込んだことについては謝る、俺は話を聞きたいだけだった。君たちの実力を証明できたらちゃんとあいつに謝らせてもらう」

「もし証明できなかったら?」

「その時は探索者としての矜持を叩き込んでやる」


 要は弱かったら噂が本当だったってことか。まあ勝負を挑んだのはこっちだから、ボコボコされても仕方ないか。


「いつでも来い、休憩もそろそろ終わるからな」

「では遠慮なく――――ビャクヤ!」

「なっ」


 白黒のハーフドラゴン混合獣(キマイラ)――ビャクヤを呼び出した。

 ジューオンにボコボコされたビャクヤは、魔力で治してあげたらさらに凶悪になっていた。トカゲの首が伸びて、前額から一対の長い角が突き出す。ヤギの頭上から背中にかけては利刃ような突起が一列に並んでる。獅子の首は一見変わってないが、その咆吼が白い霧の叫喚と同じで恐怖(フィアー)の効果を持っている。


「モンスターテイマーか!?」

「しかもあれは混合獣(キマイラ)じゃねぇか、なんて禍々しい」

「すげぇ凶暴そうだな、並のテイマーじゃ従えられねぇな」


 いつの間に増えて来た野次馬が騒めく。

 元々混合獣(キマイラ)は大型モンスターで複数の探索者が狩れるような相手で、しかもビャクヤはハーフドラゴンの上にデスガーディアン化も遂げていたから強さの次元が違う。


「うおおおおおお!」


 そんなビャクヤを前にして、ノアさんはさすがというか、果敢にも槍を構えて《突進》してきた!

 勢いよく突き出す槍はしかし龍鱗を貫くには至らなかった、ビャクヤの前足の一振りで空高く弾き飛ばされた。


「龍鱗!?ハーフドラゴン種だと……!?」

「白と黒、あれはもしや真理の双竜の、《マエステラの大機関》のハーフドラゴンなのか!」

「ハーフドラゴン種のテイムモンスターなんて初めて見たわ」


 ハーフドラゴンはそのダンジョンのマスターであるドラゴンの魔力を受けてるから、龍鱗もダンジョンと同じ色の場合が多い。黒姫みたいに翡翠龍をの魔力を受けてるのに黑かったのはあくまで異例である。

 ビャクヤは元々《紅玉髄龍の火山》のハーフドラゴンだから赤かったけど、デスガーディアン化後は何故か白黒混合になった。そして《マエステラの大機関》のマスター、真理の双竜はちょうど黒と白の双頭龍だから、そう思われても可笑しくはない。

 野次馬が都合よく勘違いしてくれたから、俺もあえて訂正しない。


「まだやるのか?」


 ノアさんに話しかけた。今のビャクヤなら傷づけることなくノアさんを押さえつけるけど、そうなりゃノアさんの顔が丸潰しになる。

 探索者は大体自尊心が高い、とくにノアさんのような人は名誉を重んじる側面があるから、そうなればことは簡単に収まらなくなる。


「モンスターを呼ぶのは卑怯だろう!」

「そうだ!正々堂々と戦え!」


 と、後ろの人たち、《ノアズアーク》のメンバーが文句を言って来た。

 別に戦ってもいいけど、お前ら、それテイマーか召喚術師の前にも同じこと言えんの?


「……いいや、もう良い、俺の負けた」


 ノアさんは仲間を制して、両手を上げて負けを認めた。


「大したモンスターだ、君たちの実力を侮っていた、すまない」

「いいえ、俺たちも失礼なこと言ってごめん」


 これ以上争うつもりがないならそれに越したことがないと、俺も快く謝った。失礼なこと言ったのは姉さんだけど、会話で優位な立場に立っている時は相手に合わせて謝るほうがいいって姉さんに教わった。

 俺が手を伸ばすと、ノアさんも握手してくれた。すると、


「何をしている、休憩とはいえ仕事中だぞ」


 まるで今から来たような感じで、指揮者のパウロさんがやってきた。

 パウロさんは野次馬を掻き分けて俺たちに近付く、そして俺とノアさんを一瞥した。


「どういうことだ?私闘は禁じられてるはずだぞ」

「いや、それが」

「別に私闘というわけじゃ」


 最初から事情を把握しているはずのパウロさんが俺とノアさんを咎める、私闘がダメならもっと早く割り込んでくれて欲しいってのが本音なんだけど、それを言うわけにもいかない。

 どうしようかと考えてる頃、姉さんが話に加わった。


「すみません、さっきノアさんたちと話して、ここ数日モンスターもないから身体が鈍りそうって話になってたから、それなら手合わせして欲しいってお願いしちゃったの」

「む?」


 突如出てくる姉さんを訝しげに見ているパウロさん。

 姉さんはそうでしょう?っていう目線でノアさんのほうを見る。


「う、うむ、そうだ」

「ああ、ノアさんに少し胸を借りただけだ」


 ノアさんは相変わらず厳ついた顔で頷く、俺もすぐ姉さんの話に乗った。

 するとパウロさんもすぐに顔を緩めて、大らかに笑う。


「はははっ、そういうことか、腕を磨くのはいいが、そういう物騒なもんは皆怖がるから気を付けような」

「すみません、気を付けるよ」

「いいって、ノア、お前もな」

「ああ、わかった」

「おーいお前ら油なんか売ってないで、お客様がこわーい目で見てんだぜ、行列に戻りやがれ、そろそろ出発するぞ!」


 ノアさんの背中を叩いて、パウロさんは野次馬に呼びかけた。ぞろぞろと、探索者たちが行列に戻っていく。


「フィー君、私たちも戻りましょう」

「そうだな」

「《フィレンツィア》」


 ノアさんと仲間たちが俺たちを呼び止めた。


「改めて謝る、すまなかった。ほら、お前らも」

「あの……ごめん」

「いやウチは最初から噂信じてないし」

「うるせい、ボスが謝れってんだ」


 ノアさんの仲間たちも気まずそうに俺たちに頭を下げた。ひょろ長い男も気まずそうに頭下げてたが、その後ろ首がノアさんに捕まれた。


「おまえは噂に踊らせた挙句に暴言も吐いたからな、謝るだけじゃ済まない、歯食い縛れ!」

「ぐわああああ!」


 ノアさんのドデカいパンチがひょろ長い男の顎に入れて、男を吹き飛ばした。


「い、いや別にいいよ、手合わせだけだろう?な?」

「さっきはごめんね、まだ旅は長いし、よろしくね」

「ああ、よろしく」


 姉さんもノアさんと握手を交わして、俺たちは隊商(キャラバン)の行列に戻った。


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