52 レキシントン先生の話
※説明多めです。
「お待ちしておりました、さあさあ」
俺たちは連絡を入れて、ミステラ学院の前に待っていたレキシントン先生に研究棟まで案内された。
死霊学部の研究は全部国の監視下にあり、定期的にレポートを提出する必要があるから、今回俺たちは研究の助手ではなく、ゲゼル教国が使役したアンデッドと戦った参考人として呼ばれてきた。
そのために、本来なら魔術を行使する必要がある実験は研究棟の魔術実験場を使うことになるのだけど、今回は名目的話を聞くだけだからレキシントン先生の研究室で魔術を実演することになった。
先生はどうやら綺麗好きで、ソクラテの研究室と違って清掃が行き届いて、消臭の魔術も掛かってるか臭いもしない。
話に聞いてようなおぞましい実験の割には綺麗な研究室だ。
室内に入って、鍵を閉めたレキシントン先生。
「では、まずは死葬弔鐘という魔術を実演して頂けますか?」
「はぁ……まあいいですけど、生贄と対象のアンデッドが必要ですよ?」
「ええ、もう準備しております」
そう言って先生が持ってきたのは血抜けが済んでいだ鼠の死体。
「えっと、アンデッドは?」
「それはレンツィアさんでいいのでは?」
「えっと、あまり心臓とか食べたくないですよ私、砂肝ならともかく」
これにはさすがに姉さんも難色を示している。
当然だ、普段から姉さんに心臓とか食わせるか!
「ふむ、そういえばヒューマンは死体が嫌いだったのですね、死体食べてるのに。では犬の死体もありますので、それを動かしてもらえます?ついでにフィレンさんの死者創造も見たいので」
「ああ、そうしよう」
その後、俺はレキシントン先生に言われるままに色んな死霊魔術を実演して見せて、ついでに姉さんとビャクヤの状態も見せて貰った。
先生には制約の誓いが掛かっているから、情報の出所が俺たちだと漏れる心配はないけど、国に知らせない研究成果を抱えてどうするのだ。
姉さんたちの観測と記録が一通り終って、レキシントン先生は一息入れて、お茶も出してくれた。
実験のためか青い髪をポニテ―ルにして、お茶を啜りながらやや高い椅子の上からぶらさがる両足を揺らしてる先生の姿がちょっと可愛い。
「ふぅ、やはりフィレンさんの言った通り、死葬弔鐘の効果はほぼ見られませんね」
「生贄の魔力が少ないですからな」
「しかし、フィレンさんの死霊魔術、そしてレンツィアさんの状態も実に興味深いです」
「俺の魔術?」「私の状態ですか?」
「ふむ、では説明いたしましょう。レンツィアさん、フィレンさん、アンデッドとは何ですか?」
レキシントン先生は茶碗をテーブルに置いて、まるで授業でもしているように聞いてきた。
可愛らしい少女にしか見えないが、その仕草と雰囲気は堂に入って、最古参と自分がいうだけの貫禄がある。
「えっと、生物とは違って、負のエネルギーで行動してるモノかな?」
「その通りです、ではアンデッドはどうやって発生するのでしょう?」
「それは負のエネルギーが死体を動かして……」
「では自然発生のアンデッドの負のエネルギーはどこから来ているのですか?」
「それは、わかりません」
姉さんは俺を見るけど、俺も首を左右に振った。
「そこが、フィレンさんの力の秘密です」
「どういうことなんですか」
「それは、まずこの世界の仕組み、そしてアンデッドの種類について説明しなければなりません、かと言ってこれはあくまで通説ですから、これから改める可能性もありますが」
前置きを置いて、レキシントン先生が説明を始めた。
この世界は、幾つの世界と重ね合っている。
まずは俺たちがいる世界、これは主世界という、その他には神々がいる世界、便利袋の中にある虚世界、そして負のエネルギーが充満してる負の世界などなど。
これら世界と世界の間は重ね合っているが、普段隔絶されており、お互い行き来もできないし干渉もされない。
しかし、例外がある。
便利袋などの空間魔術から虚世界に物を出し入れできるように、神々が神官や聖騎士に神力を与えるように、生物の死体という扉を介して負の世界からエネルギーが流入することもある。それが自然発生のアンデッドだ。
アンデッドには四種類がある。
一つは動く死体。負のエネルギーにつき動かされる死体。例えばゾンビ、グール、ミイラ、スケルトンなど。死者創造で作られたモノも基本的にこれに属する。
一つは外来種。死体の魔力が一定量を超えると、負の世界の住人を引き寄せることがある。例えばボンバーチルドレン、サンドミイラ、死骸蒐集者など。不死召喚で呼べるアンデッドも基本的にこれに属する。
一つは在来種。元々この世界に存在する強力な負のエネルギーを内包するモノ、またはそれに触れてアンデッドになるモノ、例えばヴァンパイアとその眷属、そしてリッチ。
最後は造られし者。死霊魔術師がデザインし、自ら創り出したモノ。例えば八骸の番人とデスナイト、デスガーディアンなど。
「……と、いうことなんです」
「はあ、そうなんですか」
ボンバーチルドレンってソクラテが作ったのと思ったら負の世界の住人か、つまり負の世界はあんな気持ち悪いものが闊歩してるのか、恐ろしい世界だ。
「先生、では屍霊はどれなんですか?」
「あのヴァンパイアが口にした名前ですね、残念ながら、屍霊というモノは現存の資料から見つかりませんでした、しかしレンツィアさんの今の状態なら、フィレンさんの力によって体が作り直されてたのだから、デスナイトに近いですね」
姉さんの質問に、レキシントン先生は首を振って答えた。
ロントなら何か知ってるのかな。
「あら、フィー君に身体弄ばれちゃった、ふふふ」
「そんな人聞き悪いな」
なぜか姉さんは嬉しそうに笑った。
「ちなみにレンツィアさんとビャクヤの身体から出ている黒い霧なんですが、あれは負のエネルギーが凝固したものなんです」
「ギョウコ?」
「固体になることです、レンツィアさんが使ってたあの杖も稲妻のエネルギーを塊にして射出するものなんでしょう?それと同じです」
「どうしてそのようなものが出ているのですか?」
「あくまで仮説ですが、元々この世界に存在してるヴァンパイアなどと違って、この世界はバランスのため、負の世界から流出してきたある程度膨大な負のエネルギーを排斥する傾向があります、ですから強力のアンデッドは自分の存在を守るため、その膨大すぎる負のエネルギーを塊にして干渉されないようにすると推測しています。そしてさらに上位なアンデッドはそれを自在に操ることができます、レンツィアさんのように」
「なるほど、ビャクヤも黒い霧を発しているが、姉さんのように攻撃や防御に使うことはできないしな」
「ええ、エネルギーを武具のよう扱う魔術はいくつありますが、正直今までレンツィアさんのように負のエネルギーを操れるアンデッドは記録上ありませんでした」
「ふふ、結構便利ですよ」
姉さんは指先から一縷の黒い霧を出して、くねくねと動かせる。
たしかに便利そうだな。しかし、
「でも、これがフィー君の力の秘密とは何の関連があるのですか?」
姉さんが俺の代わりに質問した。たしかに今の話では俺とは何らか関係もないだよな。
「おっと、話が逸れましたね。とりあえず、レヴェナントとエーリアンは自然発生するモノもいれば、魔術に作られたモノもいるということを理解していますよね?」
「はい、大丈夫です」
「死霊魔術師がそれをできるのは、魔力を負のエネルギーに転換するからです」
「えっと、喚起系魔術みたいにですか?」
たしか喚起系魔術も魔力を稲妻や炎のエネルギーに転換する術だと聞いている。
「そうです、昔は精霊を操っていると言われるから喚起系魔術って言いますけど、実際はエネルギーに転換するだけです。そして」
レキシントン先生は真顔になって俺に向き直る。
「フィレンさんが死霊魔術を使う時、魔力を転換なんてしてないですよね?」
「あ、そういえばそうですね」
「あたしの解釈が間違ってなければ、フィレンさんは直接負の世界から負のエネルギーを持ち出して、死霊魔術を駆使しています」
「そんなことできるのですか?」
「ええ、死体がなくとも負の世界と通じる扉、それが死霊秘法の正体だと思います!」
ぴょんと椅子から飛び上がって、ビシッと、俺に力強く指差すレキシントン先生。
ちなみにハイチェアだから立ち上がったほうが低い。
「はあ、それで?」
「つまり、フィレンさんはほぼ無尽蔵な負のエネルギーを制御できるということです!」
「フィー君凄いねー」
「それは……凄いですね」
小さく拍手してる姉さん、そして首を傾げる俺の反応の薄さに、レキシントン先生は眉を顰めた。
「他人事ですね」
「いや、だって」
いきなり負の世界に通じる扉と言ってもピンと来ないというか、元々この力が尽きそうもないのを漠然ながらも理解しているし。
レキシントン先生は椅子に登って腰を下ろした。
「まあそれはいいでしょう、重要なのはこれからです」
「それは?」
「確かに無尽蔵な負のエネルギーを制御できるのは凄い能力なんですが、但し、一度に大量に使うのは危険です」
「危険?」
「そうです、ダンジョンの中にはドラゴンの魔力が充満しているのと同じに、人間の身体にも魔力が蓄積するのは知ってますよね」
「うん」
「勿論フィレンさんはヒューマンですし、普段身体に負のエネルギーなんて存在しませんが、一度に大量の、それに何度も負のエネルギーを浴びて何か影響が出てもおかしくありません」
「それは、どのような影響なんですか?」
「分かりません、今までフィレンさんのような例が有りませんから、ただ無闇に使うことはリスクが伴うことをご留意してください」
「……ああ、分かりました、ありがとうございます」
俺はレキシントン先生に礼を言った。
勿論これからは死霊魔術使うな、などできるはずもないが、その危険性を気付かせるだけで感謝しなければならない。
「さて、あたしから言えることは以上ですね、お二人の協力には本当にありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ助言を頂いてありがとうございました」
姉さんとレキシントン先生が頭を下げ合った。
「あ、実は聞きたいことがあるのです」
「ふむ、伺いましょう」
「先生はソーエンたちの拠点の調査チームに参加してたのですね、何か発見ありましたか?」
「そうですね、本来は守秘義務がありますけど、君たちも関係者ですからね……」
レキシントン先生の話によると、ソーエンの拠点から発見した魔術陣は、死体の残留魔力を吸収して、どこかに転送するものらしい。
恐らくその魔力で何かのアンデッドを強化しているのを推測できるが、転送先がわからないからこれ以上は探しようがない。
「この前に話してた、生き物を生贄にして、アンデッドを強化する魔術なんですね……」
「ええ、魂の供犠と呼ばれている、死葬弔鐘ほどの効果はありませんが、塵も積もれば、ということですね。そして、一番の発見は――」
ソーエンの便利袋からは十数体の人間の死体が出て来た、どうやらまだ魔術陣に吸収されないものらしい。
重要なのは、その死体の中には、ミステラで攫われた奴隷たちも混ざっていて、しかもブラックデスの病徴が出ていることだ。勿論、奴隷たちが攫われる前には健康だった、つまり、何かの手段でブラックデスを罹らせたのだと思われる。その手段というと、
「ローブ男たちの所持物からは薬と毒の神シンノンのシンボルと、用途不明の黒い粉が見つかりました」
「黒ですね」
粉が黒いとかじゃなくて。
「ええ、ブラックデスの元凶はゲゼル教国でほぼ間違いないでしょう、今は呪術専門の教授たちがその粉を鑑定して、ブラックデスに対しての特効薬の開発に取り掛かっていると聞いてます」
「はやく開発できればいいですね」
「ええ、そうですね。そしてその手掛かりを発見できるのは君たちのお蔭です、誇っていいと思いますよ」
「……そうですね」
なんとなく空返事したの自分でもわかる。
元々そのためにやったのではないから実感しづらいし、亡くなったロザミアさんの事を思うと素直に喜べないところもある。
「ヒューマンの気持ちを分かるとは言いませんが、それで助かる人もいるから、もっと喜んだらどうですか?」
優しく、それこそ子供を諭すような口調で言葉を掛けるレキシントン先生。
「ふふ、先生の言う通りですね」
「ああ、気を遣ってくれてありがとうございます、先生」
「いいのですよ、悩む若人を見たらお節介と分かっていも世話を焼きたくなるのが年寄りというものです」
悪戯っぽくウィンクしている先生は、どう見ても子供でした。
先生に別れを告げて、俺たちはミステラ学院を離れた。
十日後、俺たちはミステラを発った。
これで第三章は終わります。
国を離れることになったフィレン達は、未知の地に新しいものと遭遇する。
そして少しだけ真実に近づくことができるのでしょう。
次章、スロウリ峡谷の異変。




