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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第三章 死に至る病
51/229

51 リースの話

 

 苦戦の末に、なんとかルナを取り戻せたけど。あれから暫く大騒ぎになった。


 無理もない、ゲゼル教国の幹部、トップクラスの指名手配犯《圧潰の魔女》が実は町近くのダンジョンに潜んでいて、しかも通りすがりの聖騎士と探索者に打ち取られたのだから。

 まずは灯台下暗しといえどもミステラ町長の責任は免れない、次は勇敢なる聖騎士様を祭り上げる、そこからはさらに政治問題、つまりこの功労は聖騎士を育て上げたミーロ教会か、それとも王直属の代理州長だから王室にカウントされるのか、それについて双方相当揉めていたと聞いている。

 ややこしい政治問題の大盤振る舞いに、直接関連者じゃないの俺と姉さんも話を聞くだけでうんざりだ。好きこのんでこんなことしてる奴の気がしれない。

 結局リースがたっての希望と、色んな思惑が混ざり合った結果、一番の功労者がロザミアさんとなった。


 騎士団の中でも武名を轟く彼女がソーエンを発見し、代理州長として視察に来たリース、そして忠義に篤き探索者二人を連れて、少数ながらも《圧潰の魔女》を打ち取ったが、自分も命を喪った。

 こんな物語で本当に八方丸く収まるのかと聞いたら、リースが頷いて、これが最善ですと答えた。

 ロザミアさんの性格なら、ありもしない武勲などむしろ毛嫌いしそうなんだけど、結果的にリースの助けになるのだったら、きっとロザミアさんもそんなに怒らないだろう。


 そして俺たち姉弟のことだ。


 俺たちはあくまで聖騎士二人のおまけで、公式的に大して活躍してないということになってるが、ジューオンが生きてる以上、この嘘はゲゼル教国に通じるはずもない。つまり、この件によって完全にゲゼル教国と敵対になった可能性が高い、いやむしろ教敵と認定されても可笑しくはない。

 勿論それはリースも同じだが、元々ミーロの聖騎士である彼女にとってそれこそ今更の事だし、今は教会と国から引っ張りだこ状態でビッグすぎる後ろ盾も事欠かない。

 それに対して俺たちは一介の探索者だ、教会や国の庇護を受けるにも脛に傷がありすぎる。

 だから、現在ゲゼル教国が一番活発に動いてるこの国を離れるべきというのが、俺たちとリースが話し合った結論だ。


 国を離れるのにもう一つの理由がある、それがスーチンだ。

 ルナから聞いた話だが、ソーエンたちに捕まってた時、あいつ等がこの国のではない言葉で話してたらしい。ミステラ学院で相当いい成績を取っていた、語学もそれなりに勉強してたルナも分からない言葉だけど、スーチンがそれが故郷の言葉だと。

 ソーエンたちの出身はよく知らされていないが、東からの出だと言われている、だからもしかしてスーチンの故郷は東にあるのかと俺は思ってる。

 遺灰を故郷に帰すと約束してあるし、これを機に東の諸国を回ってスーチンの故郷を捜すのもいいだろう。


 そしてミステラに戻った十日後、リースから話があると聞いて、ミステラに滞在してるリースが下宿したホテルを訪ねた。


 この二週間の間、リースはラカーンに戻る暇もなく、色んな事情調査や説明に費やしてたみたい。だから勿論ラカーンに戻るまでの護衛依頼はリースの方から破棄、報酬はこちらが全額頂いた。

 そして俺たちも国を出る予定なのでラカーンに戻ることもなく、国の調査チームに事情説明した後は旅の準備をしながらミステラを観光気分で散策三昧。《マエステラの大機関》に潜ることもあるが、特殊なものはなにもなかった。

 そんな時にリースから話があるっていうから、何か情報が入ったのかと思って直ぐ飛んできた。


 リースの談話室――貴族御用達のホテルは個室の中に談話室もついてるらしい――に案内された俺たちを見て、リースはソファーから立ち上がって一礼した。


「御機嫌よう、一週間ぶりですねお二人さん」

「こんにちは、そのくらいになるのかな、で、話って言うのは?」

「そうですね……」


 リースは使用人にお茶を用意させてから下がらせた、あまり人に聞かれたくない話らしい。


「まずは前の依頼について、こちらの都合で一方的に破棄させて頂いて誠に申し訳ありませんでした」

「別にいいよ、報酬は貰ったし、俺たちもリースに随分世話になったからな、ていうかそんな堅苦しいのはやめてくれ」

「そ、そうですね」


 なぜか少しどもるリースはお茶を啜って誤魔化した。

 ん? 何か言いずらい話なのか?

 やがて自分を落ち着かせたリースは、異なる色の瞳で俺を真っすぐ見つめて、口を開いた。


「お二人にはお願いしたい儀がございます。どうか、ルナを旅に連れて行って貰えませんか?」

「……理由を聞いていいか?」

「ええ、それは……」



 リースの話によると、この十日間、ルナのハーフヴァンパイアとしての特徴は目と髪色だけではなかったと判明した。

 ルナの身体が太陽に対して非常に弱くなっている、本物のヴァンパイアのように灰になることはないが、たった数分陽光を浴びただけで軽い火傷するほどだ。

 これじゃ通常生活にも支障が出る。

 勿論悪い事ばかりではない、小柄で非力だったルナは、今じゃ成人男性よりやや上くらい力持ちになっている。しかしこれもある意味悪目立ちしやすいからあまり素直に喜べない事実だ。


 さらに、ルナはミステラ学院の人々の前にヴァンパイアになった(と噂されている)姿を大勢に見られてた、今も噂になっているくらいだ。

 いくら学院長が噂を消し続けても、当人のルナがこのままで学院に戻ったら火に油を注ぐようなものだ。


 もちろん日中はローブを被ればいいし、目と髪色は幻術系の魔道具でいくらでも誤魔化せるが、ソラリス・ラッケンの妹であるルナ・ラッケンとして普通に生きていくのは、もはやあり得ないのだ。

 幸いというべきか、ルナがリースの妹であることを知っている人は極僅かしかいない、しかしもしそれがバレたら、最悪、教会からの身内粛清の命も下されるかもしれません、とリースが言った。

 姉妹一緒に暮らすことはもはや叶わない、いっそ何もかも捨てて、ルナと旅を出たいとリースが言ったが、ルナはそれを許してくれないようだ。

 だから、せめてリース以外に唯一ルナが心を許せる相手である俺の側に置いていてほしいと。


 俺たちはアンデッドとネクロマンサーで、しかもゲゼル教国に狙われてるぞ、と、一応言っておいたが、リースが何を今更って笑ってくれた。


「ルナも私も、何度もフィレンさんたちに助けられた命ですから、今更信用できないことなんて有り得ません、むしろこれ以上頼み事して心苦しいくらいです」

「俺たちもルナのことは気になるし、別にいいけど、危険じゃないのか?」

「ジューオンが話したこと、覚えてます?」

「ルナの父親がどうのって話?」

「はい、どうやらゲゼル教国にとって、ルナは特殊な存在らしい。ですから、これからも狙われるかも知れません」

「なるほど、護衛か」


 俺は得心して頷いた。


「本当に申し訳ございませんが、二人以上の人選は思いつきません」


 まあ腕が立つ探索者ならいくらでもいるだろう、それこそ州長家の力で人海戦術でもやればいい。しかし、ことルナの護衛となると話は別だ。


「お二人ならルナを迫害するなんて考えられませんし、定時的に連絡取れます。なんなら長期間の護衛としてギルドに指名依頼出させてもらいます」

「いやそれは別にいいけど……姉さんはどう思う?」

「良いと思うよ、ルナちゃんはいい子みたいだし、またジューダスの町みたいなことが起きたら嫌だもんね、でもルナちゃんは私たちと一緒に来てくれるの?」

「ええ、もうルナと話しておりました」

「そうか、分かった、引き受けよう」

「何から何まで、本当にありがとうございます」


 リースはソファーに座ったまま俺たちに深く頭を下げた。

 肩が微かに震えていて、冷静に見えて、内心動揺しているのを見て取れる。


 そうか、この二ヵ月間、リースの身に起こったことがあまりにも多くて、あまりにも過酷なのだ。

 父親の暗殺とその死去、お家騒動、妹に起こる異変、親しい先輩を喪う、トドメに妹との分かれ。

 大の大人も耐えきれない出来事の数々が、二十歳にも達しないの少女の肩に無情にも圧し掛かっている。

 先ほど言い淀んだのも、言いずらいのではなく、噴き上がる感情を精一杯抑えているのだろう。


「リース」


 俺はその華奢で、ミーロ聖騎士とか、代理州長とか、フェイバードソウルとか大それたものに比べてあまりにも弱々しい双肩に手を置いた。

 リースは頭下げたままじっとしている。


「ルナとは今生の別れじゃない、いつかほとぼりが冷めたらまた戻るから、その時二人がどうしたいか考えればいい」

「フィレンさん……」

「それに俺たちもいる、リースには世話になったし、何度も一緒に戦った仲間だ。嫌じゃなければ、リースの力になりたいと思うんだ。だから何があったら言ってくれ、出来ることなら何でもするよ」


 びくっと肩が大きく震わせて、そしてリースは声を詰まらせて、段々嗚咽び返って、やがて顔を覆って泣き出してしまう。

 雪のような白い髪のつむじを見て、俺は何もできなくて、ただリースの肩を撫でていた。


 どれくらい経ったか、リースの涙がついに収まった。

 肌理細かな肌に、上気しているようで頬にも赤みが差してきた、それから赤かった目と涙の痕がなんとなく直視しづらい色気を醸し出してる。

 ここが室内でよかったな、もし公衆の前だったら欠片の力なくとも暴動が起きるかもしれない。


「取り乱して済みませんでした」

「い、いや、別に……ところで、連絡は週一回でいい?」

「できれば毎日でお願いします」

「え?」


 遣いの鳥(ミッシングバード)だってただじゃないのだぞ。


「こちらから遣いの鳥(ミッシングバード)を幾つ用意いたします、それにルナも通信(メッセージ)が使えますから大丈夫でしょう」

「まあ、それなら……」

「それより、やはり最初はルイボンドに行くのですか?」

「ああ、東に行くならまずそこだしな」


 ルイボンド邦連はこの国――フォルミド王国――の東の隣国、いくつの小さいな国をまとめて、邦連という中央政府がなく、合議制で権力が分散している体制の国家だと聞いている。

 東へ目指すなら必ずルイボンドを通ることになる、そして色んな国がいるだけあって情報も集めやすい、そこにスーチンの故郷のことも聞けるかもしれない。


「ルイボンドに行く隊商(キャラバン)が十日後でここから出発するから、それに同行するつもりだ」

「そうですか、ではルナには旅の準備をさせますね」

「ああ、よろしくな、今は寝ているのか?」

「ええ、日中はどうやら眠いらしいですから……」

「そうか、じゃ邪魔したな、これからレキシントン先生に会う予定だからそろそろ失礼するよ」

「レキシントン先生に?」


 リースは首を傾げた。


「ああ、実験に付き合うって約束したからな、不本意ながら」

「ふふ、そういうことなら仕方ありませんね」

「あと、調査のことも聞きたいしな」

「そういえばレキシントン先生も調査に参加してましたね」


 ソーエンたちが《マエステラの大機関》の中に構える拠点が、ただの隠れ家だけではなく、怪しい魔術陣も描いているから何かを企んでいるのが明らかである。

 そしてあの魔術陣はどうやら死霊魔術と関わってるから、顧問としてレキシントン先生も国と教会が派遣した調査チームに参加したらしい。

 勿論調査の結果は秘密にしなきゃいけないだろうけど、レキシントン先生なら何か聞かせるかもしれない。


「リースは何か聞かされてない?」

「いいえ、私は休暇してる身ですから」

「そうか」


 俺たちは腰を上げて、リースに別れを言った。


「改めて言うけど、何かあったら言ってくれ、一人で背負う必要はないんだ」

「ありがとうございます、フィレンさんのお蔭でなんだか心が軽くなりました、ですが」

「うん?」

「それはフィレンにも言えることですよ? 一人で背負う必要はありませんから」

「――ああ、そうだな」


 そういえば姉さんにも言われたな。

 俺は姉さんを見て苦笑いした。


「ジューオンたちのことは何か情報入ったらすぐ知らせます、それとルナの親の事も」

「ああ、頼む」


 最後は握手を交わして、俺たちはホテルを出た。

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