48 再戦(一)
※長かったため分割しました。
時間を少し遡る。
ルナを救出するに当たって、ソーエンへの対策は必要だ。だから俺たちが《マエステラの大機関》に行く前に、姉さんが一つの提案をした。
「重力魔術の対策について、考えがあります」
「ほう、聞かせてください」
姉さんは重力魔術の対策を考え付いたようだ。
俺たちの中で一番ソーエンと戦ってたのが姉さんだから、何か気付いたのかもしれない。
「まず一つ、目を潰します」
姉さんは指を一本立てた。
「目を?」
「そうです、ソーエンは重力魔術を使う前に、必ず目で対象を見ていたのです」
言われてみれば、テントを倒壊させた時も、横たわった巨岩を動かした時も、そして屍霊の姉さんを止めようとした時も、たしかにソーエンは一々目で対象を追っていた。
「つまり視界が妨げられたら、重力魔術を行使できなくなりますと?」
「そう思います」
「ふむ、たしかに対象を目視することは魔術において大きいなファクターとなりますね」
「火の球なども着火地点を目視しなければならないと聞きます」
「ええ、詳しいですね」
「昔、知り合いの魔術師から魔術の手ほどきを受けていたけど、適性が全然なくて」
苦笑いする姉さん。
施設にいた頃、一緒に基礎の魔術訓練やってきたが、二人とも適性がゼロだった。
まさか欠片の力で魔術が使える日が来るとは。
「あ」
「どうしたのフィー君?」
「そういえば、ソーエンの欠片は左目にあるのを見たよ」
「見た?」
そういえばどうやって適合者を視認するのを説明してなかったな。
俺はナタボウを手に持って適合者を見ると、欠片がある場所が紫に輝くことを説明した。
「そうなんですか、もしかして私のも?」
「ああ、リースのもそうなんだから、恐らくソーエンの能力も目視することが条件かもしれない」
「ふむ、確定ですね」
姉さんは頷き、指を二本立てた。
「もう一つ、これは推測ですが、恐らく重力魔術って肉体には効果が及ばないじゃないでしょうか」
「たしかに、重くなったのは鎧だけですね」
リースも肯定した。
「私も籠手とソルレットだけですから、アンデッドの体にも効かないと考えていいでしょう」
「あ、わかった」
俺は手を打った、姉さんの考えが分かったぞ。
「ふふふ、さすがフィー君、私の弟だけのことはあるわ」
「へへ、それほどでもある」
「どういうことですか?」
「それはね……」
大量のアンデッドによる人海戦術でたくさんの死角を作り出し、その隙に近付くのが姉さんの計画だ。
シンプルだけど有効、そして先頭を切るのは頑丈で図体がデカいのビャクヤだからかなりの距離を稼げるはず。
「戦いは数である」という俺が実践してきた信条を、姉さんもようやくわかってきたようだ。
そして、ついにソーエンの居場所を突き止めて、いざ突入。
《霹靂銃》で壁に開けた大穴を潜ったら、向こうは青石作りの細長い広間だ、細いと言っても元はダンジョンだから、馬車何台もすり違えるほどの横幅がある。どうやら元々通路だったところを改築して拠点を構えるようだ。
手前から奥までは待ち構えてるジューオン、ソーエン、後ろには後ろ手で縛られてるルナ、奥には三人のローブ男が魔術陣を囲んで何かしているようだ。
ソーエンはアンデッドの大群に虚をつかれて、一瞬反応が遅れたが、さすがの反応か、すぐ呪文を唱えて迎撃を始めた。
十数本の岩の槍が飛来して、幾体のグールを潰したが、その大半がビャクヤの龍鱗に弾かれた。
その隙にグールの大群が距離を詰め、
ビャクヤが黒いブレスをまき散らし、
八骸の番人が火の爆裂を放つ、
何重ものの障壁がソーエンへの道を拓く、奥のローブ男たちが駆け寄るが、もう遅い、俺たちは地を蹴る――
の前に、
部屋の奥の暗闇から、一体のアンデッドが巨体を素早く動かし、天井から這い寄った。
一目にして、俺はレキシントン先生が言ってた宙に浮かぶ生首というのはどういうことかを理解した。
ソレは多頭の蛇のような大きな、十つの首を持つ大蛇。
しかしその頭部は蛇ではなく、常人より二回りも大きいのだが、間違いなく人間の首だ。
十つの首は歓喜、憤怒、沈痛、憂鬱、苦痛、憎悪、絶望、恐怖、驚愕、興奮とそれぞれ違った表情をしているが、一様にしているのは、全員口を大きく裂けて叫んでるのだ。
『『『『『KYYYYYYYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE―――ッ!!!!!』』』』』
轟然たる声が、圧縮した膨大な感情の塊が暴風となって、空気を粉砕しながらこの密閉した空間を震動させる。
これはガーリック村に遭遇した白い霧の咆哮と違い、精神的な影響はないが、音波だけであらゆる物質を破壊できる威力を秘めている。
目晦ましの炎とブレスが掻き消され、先頭のグールも吹き飛ばされ、ビャクヤすら足を止めなければならないほどの振動。
そんな音の暴力の中に、動く人影が二つ。
屍霊化して、ソーエンに襲い掛かる姉さん。
視界を奪う戦術が失敗した以上、ソーエンに重力魔術使わせたら下手したら全滅もありえる。つまり、この場において最優先で撃破するべきなのが彼女である。
そして軽装の姉さんは重力魔術では行動を制限するの不可能だから、ソーエンから見れば相性は最悪、距離を詰めれば魔術師である彼女に勝てる可能性が万に一つもない。
姉さんの判断は正しかった。
しかし、天井のアンデッドが姉さんに向かって二発目の叫喚を放つ、指向性を持つ音波が石のタイルすら粉砕し、屍霊の動きさえも鈍らせる。
その瞬間、岩の槍と天井から落下する巨石が姉さんを襲う!
一方、姉さんが動くのと同時に、音への加護が働いてるか、ジューオンが音の奔流の中にも特に堪えた様子もなく赤い長剣を一閃して、十数体のグールを斬り散らし、ビャクヤに疾走。
目にも止まらない剣速で黒い前爪を斬り飛ばし、赤い剣が獅子の首に深く食いこんだ。
「さすがに硬いか、どれ」
「うらあああああ!」
長剣を翻し、ビャクヤに斬りかかろうとしたジューオンに、俺は《突進》した。
ジューオンは俺の斬撃を往なし、カウンターで首を狙うが、《闇夜のマント》から飛び出すスカルドラゴンに剣筋が逸らされた。
俺は続いて二撃目、三撃目を放つ。
姉さんは一人でソーエンとあの未知のアンデッドを引き付けている。
距離を詰めることはできないが、ソーエンもこっちに構う余裕がないようだ。ソーエンにとっては、姉さんの力もまた未知数、油断はならないのだろう。
つまり、ここでジューオンを食い止めるのが俺の役目だ!
「面白い小僧だが、まだまだだな」
「ぐっ……!」
たった数合で、こいつが姉さんとロザミアさんと渡り合える理由がわかった、そして同時に、俺では勝てないと理解した。
二メートル近いの長剣を目にも留まらない速さで繰り出す剣技もそうだが、何よりやり辛いのは、剣を交えるたびに、赤い長剣から衝撃が発生して、ナタボウを思わぬところへと弾いた。
あれは戦技だ、魔力を剣から伝導し、接触する瞬間に運動エネルギーと化してるのだ。
人間業とは思えない。
戦技とは、魔力を運動エネルギーに転換する技術である。詠唱という補助が必要の魔術と違って、戦士は身体を媒体にして、魔力制御を行う。つまり、身体から離れた魔力を制御するのは不可能なはず。例外として放出系の戦技があるが、あれだって魔力を射出する瞬間に衝撃波に転換しているのだ。
しかしジューオンは剣を媒体にして戦技を駆使する、それは自分の身体から離れた魔力を遠隔で操れるのを意味する、それもあり得ないほどの精度に、だ。
よほど魔力に親和性が高い金属で作られた剣だとしても、それに魔力を流して、意のままに剣を交えた瞬間に発動するのは至難の業。
そんな魔術にも勝る精密な魔力制御を、一合の間に何度もこなすジューオンを前にして、もしビャクヤと八骸の番人の援護がなかったら、俺は既に何回も死んでいた。
触発治癒はあくまで瀕死の重創を治す魔術であり、首が飛ばされたら即死は免れないのだ。
「我が誓う――」
「そうはいかないさお嬢さん」
俺と二体のアンデッドに包囲されてるジューオンはソーエンのほうに一瞥して、突如に大跳躍。壁沿いに一気に後ろのリースに駆け寄る!あれは平面さえあれば駆ける戦技、《雲梯》!
だが後衛をむざむざ死なせるわけもなく、元々俺たちは人数が少ないから、前衛が抜かれるパターンをいくつも予想して、その対策もすでに用意している。
リースの影から灰色の巨人が這い出て、両手でジューオンの凶刃を食い止めた。
身体が血と鉄砂で作られたサンドミイラは、動きが緩慢で肉体の硬度も並だが、重い流砂のような身体は斬撃や打擲の勢いを削いで体内で食い止めるのに特化している。
常人の胴もある太い両腕に赤い長剣が深く切り込んだが、それ以上進めないようだ。
「ちっ、次から次へと」
不愉快そうに顔をゆがめるジューオンに、俺はもう一体のサンドミイラを召喚して挟撃に向う。リースはその隙に距離を取って詠唱を終えた。
「――無垢なる羊を守る盾となり、対音防壁!上級天使の鎖!」
リースは俺たちに対音波の加護を掛けて、そして《電光石火の杖》で天使の鎖を無詠唱で発動、ジューオンの足元から無数の光の鎖が現れ、その全身と剣に縛りつく。
脅威の機動力が奪われ、隙を見せたジューオンに、俺は切りかかる!
その瞬間、俺が見たのは、ジューオンの口元に浮かぶ嘲笑だった。




