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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第三章 死に至る病
44/229

44 ソーエン

 


「上だ! 回避!」


 轟音と共に五つの巨岩が地面と衝突、なんとか全員回避できたが、巻き上げられた土砂に視界が妨げられた。

 その隙について、巨岩の上から二つの影が刃をきらめかしながら飛び降りてきた!こいつら、巨岩と一緒に落ちて来たのか、なんてデタラメな!

 赤と黒、二つの切っ先が向かう先は――ルナ!?


「させん!」

「リース、ルナを下がらせろ!」


 二つの凶刃を、俺とロザミアさんが防いだ。

 リースとルナ、そしてレキシントン先生が後ろに下がるのを視界の隅に確認しながら、俺は黒い影――黒い鎧を纏った人と鍔迫り合い、ロザミアさんは赤いコートの人と斬り合う。

 姉さんは赤い人に蹴り入れるが、奴は剣を翻って難なく流した。

 その時、俺はヤツの胸元の紫の光を見逃さなかった。


「あれは!」

「ふん!」


 紫の光――適合者である証――に気を取られた一瞬、黒い人が至近距離で戦技《角突き》を放つ、僅かな接触で強力な衝撃を与えて、俺を弾き飛ばした。

 ヤツの手にはナタボウより一回り大きな黒い大剣、それを大上段に掲げ、《突進》でさらに巨大な運動エネルギーを作り出し襲ってくる!

 しかし、


「ぬう! ……妙なものを」


 相手の《突進》の速度を利用して、最短距離でのビャクヤの尻尾刺突を仕掛ける!それを辛うじて避けて、顔に掠り傷を残した黒い襲撃者。

 重厚なフルプレート着ているのに素早い、だがこれで終わるわけじゃない!


火の爆裂(ファイアバースト)!」


 リアちゃんの魔術が炸裂したが、あまり堪える様子はない、あの鎧には対火の防護か何かついてるのか。

 しかし牽制にはなった、今度はこっちから《突進》を仕掛ける!

 《強斬》も乗せてる強烈な斬撃を、黒い襲撃者が大剣で迎撃、と同時に《黒棘》がその真っ後ろから延髄に迫る!

 俺の意識と切り離したビャクヤは、自らの意志で三メート強の尻尾を動かせる、鋼以上の硬度を持つ《黒棘》を含めて、さながら自立中距離兵器だ。


「ぬ!」


 寸前に気づいた黒い襲撃者はぎりぎりで斬撃を避け、剣柄で黒棘の一撃を防いだ。俺の追撃を返しの一撃で弾く、距離を取った。

 その反応と大剣を操る腕、かなりのやり手と見えていいだろう。


「我が誓う、迷える羊に安息の場所となりて、聖域(サンクチュアリ)

「万物に偏在する理に誓う、力の源を操る者となりうると祈り奉る、果てしない道を歩むものとして告げる、その両手を震わせることなかれ、その両足もまた留まることないと知れ、加速(アクセラレータ)!」


 ルナを後ろのテントに隠し、テント全体を神術で覆うリースに、不慣れながらも戦闘用の魔術を唱えたレキシントン先生。

 今のところこっちは問題ないが、危険なのはむしろ姉さんの方だ。



 姉さんとロザミアさんは、信じられないことに、赤いコートの襲撃者に押さえられてる。

 達人の腕を持つロザミアさんと、それと互角以上に闘える、人間離れた力を持つ姉さんが、一本の赤い長剣の前に攻めあぐねている。


 赤いコートの剣士は黒髪に黒目、中肉中背だが、手に持ってるのは柄を含め二メートルもある長細い片刃の赤い剣。それを巧みに構え、攻撃をいなし、返しの一撃を放つ、流水のような一連の動きに隙がまるでない。長剣が赤い大蛇のように二人に纏いつく。


「余所見とは、余裕じゃないか」


 黒い大剣士が間合いを一気に駆け抜け、上段から切り下ろす。

 大剣は間合いが大きいが、攻撃のパターンが少ない。まず下段から切りかかるのは無理だ、そしてよほどの怪力の持ち主じゃなければ、横薙ぎからの返りの一撃は威力に欠ける。《戦技》を乗せれば強い運動エネルギーを得られるが、その分動きが直線で単調になる。


 俺は斬撃の先を読んで、ナタボウをその線に沿って切り上げ、《龕灯返し》で間髪入れずに切り下ろす!


「飛べ」


 だが奴は柄で器用に受け止め、そのまま《突進》で体当たり。避けなきゃっと、俺の重心が動く瞬間、その隙を見極め、胸元を掴み、俺を投げ飛ばした。


 邪魔者がいなくなった、とその切っ先がリースとレキシントン先生に向けようとする時、


「ぬお!」

「ちっ」


 《闇夜のマント》から白い鷲の翼を広げ、文字通り舞い戻る俺が頭上から放つ一撃が肩当てに当たったが、貫通には至れなかった。

 警戒して距離を取った黒鎧と俺はまるで最初のように対峙している。


「まるでサーカスのような小僧だ、名は何と?」

「名を訊く時に自分から名乗るのが礼儀じゃねぇの?」

「フッ、ナイアル様の忠実なる僕、ガラハドだ」


 死を司る神ナイアルか。


「やはりゲゼル教国か」

「して、名は?」

「テロリストに教える義理はねぇ、よ!」


 二度目の《突進》、俺は地を蹴った、今度はレキシントン先生の加速(アクセラレータ)も掛かってるからさっきより数段速――――くない、俺はまるで鉛の海の中にいるような、数百キロの鎧に引きずられて、為すすべもなく地に倒れた。

 視界の隅には、場違いの紫のドレスを身に纏っている女性が空から枯れ葉のように、ゆっくりと舞い降りた。

 雲のような豊かな紫髪で片目を隠し、口元には嗜虐的な微笑、そして紫の目には、紫の光が輝いてる。

 魔術師の適合者、ってことはこいつが……!



「来るの早すぎじゃないか、ソーエン」


 もう一人の適合者、赤いコートが紫の女性に話しかけた。

 見れば、ロザミアさんも俺と同じ、鎧の重量に押し潰られて、身動きが取れない。姉さんも篭手とソルレットの重量に引きずられ、膝付いてなんとか耐えてるが、戦える状態ではないようだ。

 後ろのリースたちは見えないが、恐らく同じだろう。

 やはり《圧壊の魔女》ソーエンは欠片の適合者、これが……重力魔術かッ!


「ごめんなさいねジューオン、貴方はともかく、ガラハドのほうは手こずってるようなので」

「む、面目ない」

「ではガラハド、あの子を連れ出して頂戴」


 紫の女性――ソーエンが視線をこっちに向いたと思ったら、後ろから何かが倒壊した音がした。

 続いてはルナの悲鳴。


「くっそ……!」


 爪が地に食い込むほど力むが、千鈞の重みをもつ鎧はピクともしない。


「ルナから手を離して!」

「リースお姉ちゃん!はなして!嫌!」


 ガラハドが俺を跨いで、ルナをテントから引っ張り出してる。くそ、やはり狙いはルナか、一体なんのためだ!


「やっぱり、とても綺麗な目をしているわこの子……」


 ガラハドが精一杯暴れてるルナをに押さえつけ、ソーエンはルナの顎を指でクイっと持ち上げ、目を潤ませてウットリそうな口調で言った。


「その子から……手を離せ……!」


 何かの加護の力が働いてるか、ロザミアさんが全身から白い光を漲らせ、剣を杖代わりにしてよろよろと立ち上がる。それを呼応するように、姉さんも歯を食いしばって、錘のように両手の籠手をぶらつかせて立ち上がった。

 二人を見て、紅いコート――ジューオンと呼ばれる男は二ィと笑った。


「どうする?」

「もう用はない、我々に楯突く愚か者に安息を――と言いたいところだけれど、ミーロの僕は別だ、楽には死なせないわ。――我が命じる、大地を掴むものなり、操岩術(コントロールロック)


 ソーエンの目が動くと、さっき落ちてきた直径五メートルもある巨岩が、まるで生き返ったように自ら浮き上がって、ロザミアさんに飛来する!

 立つのもやっとであるロザミアさんに、それを避ける術があるわけもなく、

 ドガンっと轟音がして、巨岩がロザミアさんの下半身を圧し潰した。


「があああああああああああああ!」

「ロザミアああああああああああああああああ―――!!!」


 リースの悲鳴が響き渡る。見れば、ロザミアさんの胸部以下が巨岩の下に呑みこまれ、辺りに一面の鮮血と臓物をまき散らした。

 巨岩が本来臓器のあるべき場所を占拠してるから、触発治癒(リカバリートリガー)の白い光が意味もなく散らされていく、それでも傷口はある程度塞いでるようで、ロザミアさんは辛うじてまだ生きてはいるが、生きるだけ苦痛の状態だった。


「はああああああ――!」


 一方、姉さんはジューオンに掴みかかるが、ジューオンはその精彩に欠けた動きを鼻で笑い、赤い剣の切っ先が一瞬消えて、ほぼノーモーションで突き出される最速の突きを放つ!

 凶刃がまるで吸い込まれるように、姉さんの心臓を《霊装鎧》ごといとも容易く貫通して、巨岩に磔にした。


「姉さん!」

「あとはそこの小娘ね、ミーロのフェイバードソウル……ふふふ、どうやって楽しもうかしら」


 ソーエンは嗜虐にその目を細めて、こっちに視線を向けてきた。

 姉さんは大丈夫だ、俺はそれを知っている、アンデッドは心臓が刺されただけじゃ死なない、《再死の首飾り》もあるし、そのうち回復するだろう。

 しかしロザミアさんはもう助からない、治癒魔術や再生魔術でどうにかできるレベルじゃない。ロザミアさんが死んだら、次はリース、そして俺、ゲゼル教国の連中は俺たちを見逃すわけがない。


「リースに……カ゛ッ……手を出す、な……」


 譫言の様に、もはや死に体のロザミアさんが口から黒い体液を零しながら、それでも全身全霊で足掻き、抗っている。

 指が動いているのは岩を退かしたいからなのか、しかしその意志が届くことはない、微かに痙攣している指先もやがて静まるのだろう。

 リースも、俺も、そして姉さんも死ぬ、時間の問題だ。

 だがその前に、やるべきことがある。


「ロザミアさん!」


 俺は叫んだ。

 ロザミアさんに返事はない。


「リースは俺が助ける!絶対にだ!だからロザミアさん、あなたの命をくれ!」

「何を言っている、小僧」


 ガラハドが訝し、ジューオンは何を警戒して目を細めるが、俺はたしかに見た、ロザミアさんの首が微かに動くのを。


「……ああ……頼む……」


 最後の力を絞ってそう言い残して、刻々と消え失せてしまう命の灯火と共に目を閉じようとするロザミアさん。

 その瞼が落ちる前に、


「姉さん――ッ!」


 俺の叫びと共に、心臓が貫かれたはずの姉さんが動いた!

 自分の胸元を裂けて、強引に赤い剣の磔から脱し、ロザミアさんへと一気に駆け寄って、腕を伸ばし、その指の先にいるのは――ロザミアさんの心臓。


「カッ……!」



 姉さんの手がロザミアさんの胸を貫く、その心臓を掴み取った。

 きっと最後までこの行動の意味がわからなかったのだろう、死に体だったロザミア・ソーラレイは今度こそ命尽きた。


「なにっ!」

「気が狂ったか!?」

「レンツィアさん、何を!?」


 姉さんの狂人じみな行動に、この場にいる全員が吃驚して目を見張った。ただ一人、ジューオンだけが、剣を提げて今度こそ姉さんを仕留めようと動いた。



 だが、その前に、姉さんはロザミアさんの心臓を噛み砕いた!

 魔力が、《死配者の指輪》に通じて姉さんへと迸る。


「――――――――――死葬弔鐘(デス・ネル)!」


 音も、影も、何もかも置き去りにして、目にも映らない速さで姉さんがジューオンを殴り飛ばした。

 周りから見れば、姉さんが消えるのと同時に、ジューオンが勝手に飛んでいた、そして再び姉さんを目にする瞬間、ガラハドの首筋は既に握りつぶされた。


「ガラハド!」


 即死でした。

 ガラハドの腕が力なくぶら下げ、代りに姉さんの腕がルナを抱きかかえた。

 紅い髪を靡かせ、全身からは禍々しい黒い霧を纏い、身体にも赤褐色の斑模様が生き物のように這い回る、半霊体と化して全方位に威圧感をまき散らしてる姉さんは、ロントがいうには屍霊(ナズグル)というアンデッドだ。


「止まりなさい!」


 ソーエンは紫の視線を姉さんに向けたが、もはや重量という概念に縛られない人外に効くはずもない。


「我が命じる、岩の槍(ストーンランス)!」


 十数本の岩の槍が地面から飛び出し、姉さんを襲う!

 ごくシンプルの詠唱でこれだけの量の岩を操るなんて、ソーエンの魔術師としての腕の高さを窺える。

 しかし姉さんは特に避けることもなく、ただ立っているだけで、岩の槍は姉さんの身体を通り抜けてしまう。

 半霊体のアンデッドである屍霊(ナズグル)は意のままに体の一部を霊体化して、物質の干渉を受けないようにできるからだ。しかしソーエンはそれに動じることもなく、


「我が命じる、大地を掴むものなり、操岩術(コントロールロック)!」


 岩の槍はあくまで時間稼ぎ、ソーエンは今度五つの巨岩を同時に操り、姉さんにぶつけた!

 地震にも等しい衝撃の連続。

 凄まじい質量と落下の勢いが一点集中して、巨岩自体が崩れるほどの衝突が地面に大きなクレーターを作り上げた、巻き上げられた土砂がこの一帯に弥漫している。

 しかし、その破壊の爪痕の中心に居る姉さんはあくまで無傷、夥しいほどの黒い霧を身に纏い、さも邪魔と言わんばかりに崩れた巨岩を一つずつ摑んで投げ飛ばす。


 「っ我が――」


 ソーエンが次の詠唱に入る前、姉さんが地に蹴った。

 一瞬で距離を詰め――


 その眼前に、一陣の爆炎が爆ぜた。


「ソーエン、潮時だ」


 爆炎の中から突き出した赤い剣が姉さんに斬りかかる。

 達人二人を圧倒できるほど洗練された太刀筋、けれどたとえ人間一人抱えても、それを避けられない姉さんではない、のはずだが、


「《朧》」

「!?」


 一瞬、ジューオンの切っ先が陽炎のようにぶれた、その殺気は姉さんの左半身を呑みこもうとしている。避けきれないと判断した姉さんはルナを手放し、素手で迎え撃った。


 バサッ!


 次の瞬間、姉さんの左腕が肘から切り飛ばされた。

 ジューオンはその腕からすり落ちたルナを掴み、ボールのように空中へ投げた。

 いつの間に空に浮遊してるソーエンがそれをキャッチして、そのまま上昇していく。

 姉さんは天を駆ける様に跳躍したが、空に舞うソーエンに届くはずもなく、そして地上に戻った頃、そこには焼き焦げた痕以外、ジューオンの影はどこもなかった。


フィレンがレキシントン先生のことに言及してなかったのは普通に忘れたから。

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