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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第三章 死に至る病
43/229

43 ルナ・ラッケン

 

「無茶しますね君たち」

「姉さんに言ってください」


 呆れてるレキシントン先生に、俺は甚く不本意であると主張している。


「貴方は………どうして……」


 俺を見上げているルナ、まだ上手く頭が回れないようで呆然としている。


 不安のせいか、ルナ・ソラリスは年齢以上に幼く見える。たしか十四歳だとリースから聞いたが、その華奢な身体と幼い顔つきとがまるで子供のようだ。


 ジューダスの町にはロクな扱いされていないだろう、服はボロボロで汗汚れまみれ、ウェーブがかった長い銀髪も無造作に背中に流れて、顔にもべたついてる。

 それでも、そのパッチリした大きな玉髄のような赤い瞳の輝きが何も損なわれていない、幼気に見上げる両目には、まるで何かを訴えるような、瞬きもしないで俺を見つめている。

 俺はその不安を拭うように、ルナの頭に手を置いた。


「君の姉さんと一緒に来た、すぐ合わせてやるからもう大丈夫だ」

「リースお姉ちゃん!?」

「ああ、だからもう心配はないさ」

「はぃ……」


 俺は左手でルナの頭を撫でながら、ナタボウを握ってる右手に力を入れた。


「それよりフィレンさん、この状況はどうしよう?」

「完全に包囲されてますね先生」


 今俺たちは町人に囲まれている。

 ルナを火刑台から助けた後、姉さんもこっちと合流し、ルナを縛りつけた鎖を切ったが、観衆も驚きから回復し、俺たちからルナを取り戻せと息巻いてぞろぞろと集まってくる。

 俺はナタボウを抜いて周囲を威嚇するが、向こうも引く気は無いようだ、火刑場の狂気と群衆の熱気が相変わらず彼らを支配していて、主導者がいなくとも、いや主導者がいないからこそ彼らは留まるところを知らない暴走する野獣のようになった。

 正直一般人の集団なんてどれだけいようと物の数にもならないが、さすがに殺しちゃまずいよな。

 ファントムで全員眠らせようかなと考える所、リースの声が聞こえた。


「我が誓う、遍く慈愛をしめすもの、心休まる憩いのひと時を与え者となりて――多数広範囲精神沈静カーム・エモーションズ・マス・ワイド!」


 一瞬、白い光が広場に溢れ返した、その光に包まれると、なんだか暖かく、この世に一番安心できる人の抱擁の中にいるような気がして、そして光の波が収まる頃に、町人の目から狂気の光が霧散した。


「ジューダスの人たちよ、良く聞いてほしい!我らはミーロ教会の聖騎士である!見よ、これがミーロ様のシンボルだ!」


 続いて、ロザミアさんの良く通る声が広場に響き渡った。

 どうやら広場の向こうにいるらしい、ギルドで話を聞いて駆け寄ったのか。


「ジューダスの町の状況はすでにミーロの大司教様が把握している、治癒に長けているプリーストたちもここに向かってる途中だ!恐れる必要はない!」


 太陽神ミーロは人間社会においてもっとも信仰されてる神の一柱。ミーロ教会も国を問わず絶大の影響力を持っている、そしてミーロの加護を受けてる聖騎士やプリーストは正のエネルギーを操るに適している、つまり治癒とアンデッド退治に向いてるということだ。

 今回の伝染病の時だって、国の対応が遅れて、早急にミーロ教会へ支援要請しなかったせいで被害が広まってるけど、ミーロ教会の助けがなければもっと酷くなっていたというのを良く聞いている。

 やはりというか、ロザミアさんの言葉を聞いて、町人はまたざわつき始めた、しかし今回は希望の色を浮かべて、ミーロ教会を称える声もあちこちから上がってる。


 現金だな、と言えばそれまでだが、それも仕方ないことだと思っている。

 どういう経緯があってルナを火刑に処すことになったのはわからないが、彼らは明らかに正気じゃなかった。

 ブラックデスが中央地区に蔓延してるとの報せ、ゲゼル教国の暗躍、彷徨うアンデッドの大群と不穏な噂の数々、どれ一つをとってもここの人たちには手に負えない事件だ。

 何もできなくて、ただ死に脅える日々の中に、突如現れたヴァンパイアの特徴を持つ異分子に、恐怖に駆られて何をしでかすのも可笑しくはない。


 ミステラ学院の人たちだって同じだろう、たとえ慣れ親しんだクラスメイトでも、人は異分子だと知った途端、かくも素早く牙を剥く、危機状態に陥てる人間だと特に。

 そう考えると、なんだか人事だと思えなくなった。きっと俺と姉さんの正体がバレたら、同じ目に遭うのだろう。

 そう考えて姉さんのほうを見ると、同じこと考えたか目が合って、俺たちは小さく笑いあった。


「……」


 俺のマントの端を小さい手で掴むルナ。

 危機を脱してホッとしたというより、さっきまでの狂気と打って変わった町人に、まるで理解できない生き物のような怖さを感じる表情をしている。


「君たち、無事か」


 ロザミアさんが人だかりを分けて近づいてくる。

 しかし、リースが居ない。


「リースは――」


 と聞こうとして、ロザミアさんが目で押し止めた。


「君たちの身柄は、この第三騎士団の聖騎士ロザミア・ソーラレイが預かる、異論はないな?」

「ええ、わかりました」


 姉さんはロザミアさんの考えてることが分かってるみたいで、すぐ頷いた。

 町人も異論はないようで、俺たちはロザミアさんに連れられて、ジューダスの町を出た。




 町の外れに、リースが待っていた。


「ルナ! ルナ、ルナ……っ!」


 リースはルナを見た途端、まっすぐ駆け寄って、ルナを抱き込んだ。


「リースお姉ちゃぁぁぁああん……!」


 ルナもついに緊張の糸が切れたように、わんわんと泣き出した。

 なるほど、聖騎士とルナが親しそうな様子は町人の不信を招くから、ロザミアさんが気を利かせてリースを町の外に待たせたのだろう。


 泣きじゃくるルナを何度も何度も撫でて、自分も涙が止まらないリースは、暫くルナと抱き合っていた。

 俺たちとロザミアさんはそんな二人の姉妹を静かに見守った。




「ルナを助けて頂いて、本当にありがとうございました」


 ルナと手を繋いで、俺と姉さんに深く頭を下げたリース。


「まあ、リースと一緒に妹さんに会いに行くのが依頼だからね、気にしなくていいよ」

「ふふ、私だけじゃなく、ルナまでもフィレンさんとレンツィアさんに命助けられましたね」

「それは成り行きていうか……」

「へぇ、お二人結構活躍してましたねえ」


 レキシントン先生が感心してるように言った。


「まあ、それはさておき、そろそろ日が落ちそうだ、どうする?」

「さすがにここに留まるにもいかないから、少しでも離れてたところにテント張ろう」

「そうですね、そうしましょう」


 ルナをリースの馬に乗せて、俺たちは町を離れてミステラに向かった、ジューダスから数キロ離れてるところで日が完全に落ちてしまい、俺たちはテントを張った。


 道中、ルナはここまでの経緯を語った。

 彼女はギルドの人に薦められて、ジューダスに来ていた。ローブで顔と髪を隠したが、運悪く町に根付いた人攫いの集団に攫われた。

 廃屋の地下室に閉じ込められたが、ただの子供だと思われてたのだろう、特に警戒されなかった。なんとか魔術を用いて逃げ出し、民家に逃げ込んで隠してもらった。

 しかし、最初は親切だった町人は、彼女の髪と瞳を見て態度が一変、彼女を他の人の前に突き出せた。

 彼女を捕まえようとする町人を魔術で抵抗したが、数で押しきられ、為すすべもなく拘束された。そして町人の狂気が狂気を呼び、あとは俺たち知っての通り。


「大変だったのね……」


 風呂に入った後、俺たちは焚き火を囲んで寛いでる。

 数日もロクに寝てないルナは、長時間の緊張状態から解放され、食事が済んだらすぐ眠くなり、今は頭をリースの膝に預けて眠っている。

 リースは彼女の頭を撫でて、その苦労を思うと不憫でならないようだ。


 ちなみに、ルナは俺とリース以外の人が近づくと、びくっと怯える。

 どうやらミステラ学院、そしてジューダスの町での件がトラウマになり、軽く人間不信になっているようだ。

 火刑場でルナを助けた時、姉さんとレキシントン先生もいたが、二人には気づいてなかったらしい。

 リースが風呂か料理の準備で側にいてあげられない時、俺のマントを摑んで離さないルナの様子に、姉さんも苦笑いを禁じ得なかった。


「これからどうする?」


 俺はリースに訊いた。


「そうですね、まずミステラまでレキシントン先生を送って、ルナの無事を伝えたらラカーンに戻りたいと思います」

「ジューダスにいた人攫いも調べないとな」

「そうだな、それと教会から派遣されたプリースト団にも教えあげなきゃ」

「そういえば、大司教様がプリースト団を出したって」


 俺はロザミアさんがジューダスの広場で言った言葉を思い出す。


「ああ、ギルドで数人が症状が出て倒れてるらと聞いて、すぐ教会に連絡したら、大司教は既に把握していて対策もしていたらしい」

「へぇ、あれはその場を乗り切るための方便だと思いました」

「ははは、困ってる人々に聖騎士が嘘を吐くはずがないだろう」


 ロザミアさんが朗らかに笑った。そういうルールがあるのか、聖騎士って大変だな。


「そういえば、ジューダスにいた人攫いは、やはりミステラの奴らの仲間なんですか」

「ミステラにも人攫いがいるのですか?」


 どうやらレキシントン先生は聞いたことないようだ。俺はレキシントン先生にギルドから聞いた話を説明した、ついでに俺たちが遭遇した人攫いの件も。


「人をあれだけ攫ってただ殺すだけ……もしかして」

「何か知っています?」

「死霊魔術の中には、生き物を生贄にして、アンデッドを強化する魔術があります」


 死葬弔鐘(デス・ネル)のことか。


「そんな恐ろしい魔術が……」


 リースの顔が強張って、ロザミアさんも眉を顰めた、大勢の人間の命を恐ろしいアンデッドの糧にすることが、人間社会では殺人より嫌悪され、決して受け入れられない禁忌である。

 しかし、とレキシントン先生が続いた、


「昔の文献によると、その術は時間がかかる上に失敗しやすい、それにアンデッドは自分以外の魔力を受けたら普通崩壊してしまいます。実際、実験してみたら、ただの鼠の魔力でもグールがすぐ崩壊しましたよ」


 さらっと恐ろしい実験の内容をバラすレキシントン先生、見ればリースもロザミアさんも辟易しているようだ。

 けど本人は特に何とも思ってないらしい、まともに見えて、やはりどこかにずれているなこの人。


「あ、今のは言ってはいけないことですよ、他言しないでくださいね」


 レキシントン先生は人差し指を口の前に立てた。どうしよう、知りたくもない機密を知っちゃったよ、どうせならもっと詳しく実験の成果教えてくれよ。

 まあとりあえず、レキシントン先生が言ってた術は死葬弔鐘(デス・ネル)ではないらしい、死霊秘法(アル・アジフ)の所持者が使っていた術を再現しようとして構築された劣化魔術かな。


「それじゃ、連中の目的は一体何でしょう……」

「そうだな……」


 死葬弔鐘(デス・ネル)ならアンデッドが崩壊する心配はないけど、あれはソクラテのオリジナルだし、死霊秘法(アル・アジフ)の適合者以外は理解できないはずだ。

 そもそもたとえ死葬弔鐘(デス・ネル)でも、生贄が一般人なら微々たる増強にしかならないから、よけいに相手の目的が分からなくなった。


 その時、突如と悪い予感に駆られて、俺は空を見上げた。

 そこには、空高くから落下してくる巨岩――――



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