41 ルナ
馬を宿の人に任せて、俺たちは二階の部屋に案内された。
俺は姉さんと同じ部屋に入り、着替えて装備の手入れが終わったら、ギルドに行こうと姉さんに誘われた。
「ギルドに?」
「うん、依頼とか見て、ギルドの人に話を聞いてみると、最近の情勢とか結構わかるもんだよ」
思えば、ラカーンにいた時も姉さんがトメイト町の依頼を見つかったから、州長家の依頼に飛び込み参加できたからな。
「へぇ、じゃリースたちも誘う?」
「勿論よ、私たちは護衛なんだから勝手に離れちゃまずいでしょう?」
リースたちの部屋に行って話したら、丁度この地域の状況が気になっているとリースが言ったから、俺たち四人はミステラのギルドに来た。
さすがに町自体の規模はラカーンほどじゃないから、ギルドにいる探索者もそんなにいない。魔術学院の街だから魔術師のほうが多いと思ったけど、剣や盾を提げてる人もそれなりに居るから、別にそんなことはないようだ。
姉さんとロザミアさんが掲示板に依頼を見にいって、俺とリースたちが受付に来ている。
「すみませーん」
「はい、なんでしょう?」
「パーティ《フィレンツィア》だが、依頼を受けてラカーンから来た、依頼書はこれ」
「はい確かに」
受付の人は年上の落ち着いた雰囲気の女性で、品のある仕草で髪をかきあげながら依頼書を受け取る。
依頼の内容はラカーンとミステラの往復だが、こうやって依頼人と一緒に、ミステラのギルドに依頼書を提示すれば、ちゃんとここまで護衛してきたとギルドに立証してもらうこともできる。
この手続きは強制じゃないが、これで結果的に依頼が失敗しても報酬の一部を受け取れるようになる。
「依頼人のソラリス・ラッケンです」
「っは、はい」
いきなりリースが目の前に現れて、息を飲む受付の女性、なぜか顔もすこし染めてる。
動揺してるみたいで、彼女は震える手でポンポンポンと判子を何度も押した後、依頼書を返した。
判がいくつもついてる依頼書を受け取り、俺は彼女に訊いた
「あの、少し聞きたいことがあるんだが、いいのか?」
「はい、なんでしょう?」
「ここに来る途中、奴隷攫いと人攫いの連中と遭遇した。ミステラ付近にそういう犯罪は多いのか?」
正直あまり期待はしてない。ミステラはラッケン州にある、つまりリースの管轄下だ。そういう犯罪が頻繁に起こってるならリースが知らないはずがない。しかし、
「……そういう犯罪は多くありませんが、似たような事件なら一つ」
受付の人が深刻そうな顔をしている。
「ミステラのオクトー商会から奴隷が二十人攫われたとの報告がありまして、探索者たちの活躍によって、とある廃屋の地下から半分の奴隷を助け出せましたが、もう半分は既に殺されたようです」
「殺された? 売られたのではないのか?」
「はい、生還した奴隷たちの話によりますと、彼らは一人ずつ地下牢からどこかに連れ出され、そして帰ってこなかったのです」
「それなら売られた可能性もあるじゃない?」
「地下から悲鳴が伝わってきた、と聞いています」
「悲鳴だけ? 死体とかは?」
「地下牢の下には魔術で作ったと思われる空間がありましたが、死体や血痕はありませんでした」
「……不気味な話だ、犯人は捕まったのか?」
「一人だけ捕まりましたが、取り調べる前に自殺しました、どの組織かは特定できません」
「それはいつの話なんだ?」
「奴隷たちが攫われたのは十日前、救出できたのは二日前の事です」
「そうか、ありがとう」
あの時に助けた奴隷たちと子供も危うくそういう運命辿り着いたところだったのか。
しかし、人を攫って殺すなんて、よほどの快楽殺人鬼か、もしくは――
「すみません、もう一ついいですか?」
「はい、ソラリス様、なんでしょう?」
「ミステラから一日離れたところに大量のゾンビと遭遇しましたけど、そういう報告あります?」
「はい、あります。北方地域のいくつの村が伝染病で滅びまして、その死体の処理が追いつけてないからゾンビが大量発生しまして、その中には団体で南下しているとの報告ですけど、今はどこも人手不足で……討伐依頼も出しておりますから、討伐証明をお持ち込み下されば報酬を出しますよ?」
ゾンビの討伐証明は左耳である、とてもキモいけど、ゾンビは数が多くて討伐も簡単だからそこそこ美味い依頼である。しかしあの時はゾンビの数が多すぎて、夜の森に逗留したくないから回収してなかった。あの後、運の良い誰かが回収して一稼ぎできるようにと願っている。ちなみにゾンビは腐ったりなんかしない、一度負のエネルギーに侵された肉体は、命を育むことができないのだ。
話が終わって、リースは礼を言って受付から離れた。
「明るい話がないな」
「そうですね……」
心配が拭えない表情している俺とリース。
暫くしたら、姉さんとロザミアさんが掲示板のところから戻った。
「姉さん、何か気になる依頼が?」
「嫌そうなのと、面白そうなのがある」
「じゃ、嫌そうなのから」
「北縁の街からゲゼル教国の幹部、《圧潰の魔女》ソーエンの目撃情報と注意喚起、既に国と教会から懸賞されてるから討伐依頼は出てないみたい」
「たしか北方から中央地域に移動したって話だな、何の目的だが……」
「それともう一つ、《マエステラの大機関》の再探索」
「再探索?」
一度探索されたダンジョンをもう一度探索し直しても意味あるのか?首を傾ける俺に、ロザミアさんが説明した。
「《マエステラの大機関》を作り上げた真理の双龍は気まぐれでな、一定期間を経つとダンジョンを作り直すのだ」
「作り直す?」
ダンジョンを作り直す?そんなことできるのか?
「通路と部屋の配置、トラップの場所、階層数さえ変わるのだから、毎回変わった後、探索し直す必要がある。そして作り直している期間はモンスターの大移動も度々起こりうるから、大体の探索者はその時期の探索を控えている」
「へぇ、ダンジョンが変わるなんて、まるで想像できないな」
「今はちょうど作り直したばかりの時期みたいだね、開拓のために探索者も駆り出されてるだろうな」
「確かに面白そうだな」
「ゾンビの討伐とブラックデスの後処理もあるし、ギルドの人も人手不足で嘆いてるみたい」
「本当に色々ありすぎるなここ……」
どうも明るくないミステラのギルド事情を知って、俺たちは宿に戻って一泊、明朝にミステラ学院に赴いた。
事前にアポイントメイント取っておいたか、学院の正門で門番している人に名前と来意を告げたら、すぐ学院長のところに案内された。
勿論ただの生徒の親族ではこんな簡単に学院長に会えるはずがない、代理とはいえ州長の身分の成せる業である。
ミステラ学院は魔術師ギルドが設立した教育機関であり、国の監視下ではあるが、州長が直接口を出していい場所ではない。
しかしミステラの街は間違いなくリースの管轄下であり、その気になれば、ミステラに直接手出さなくとも輸送路を断つことなど容易いことだ。実際アイン・ラッケンもそれでいくつの街から法外の金を吸い上げていたと巷で噂を聞いている。
そして言うまでもないが、ルナを迎えに行くだけというなら、別に学院長に会う必要はない。
わざわざ会いに行くのは、代理州長としての挨拶もだが、ルナが自分の親族であるということを知らせるためでもあるだろう。
これまではアイン・ラッケンがルナを放置してきたが、これからは違うというリースの意志の表れである。
学院というところには無縁だったので、俺は道中、怪しまれない程度にあちこち見渡した。
さすが魔術学院というべきか、石作りの学舎の作り込みがすごい、ブリックで積み上げるのではなく、魔術で一つの巨岩を変形させて校舎を作り、それにいくつの彫刻を施されてる。学舎の数から見れば、かなりの生徒を擁しているはずだ。
そして野外にも魔術の訓練場がいくつもあり、中には教師や学生が実技の講義を行わっている。訓練場のどれもちゃんと断絶系の防御結界を設置しており、いくら爆発を引き起こしても外に漏らす模様はない。
そして学院長室に案内された俺たちは中に入った、そこには学院長らしき人と、その横に立っている人、二人とも深刻そうな顔をしている。
それを見て、すぐよくない予感が湧いた。そして、それが現実になった。
「ルナが行方不明ですって!」
リースが珍しく声を荒げて、学院の責任者たちに食って掛かる。
緑と青の瞳をギラさせ、拳を握ってガタッと立ち上がった。
学院長――ノイシュ・アルビオン氏は気圧されたようでたじろぐ。
学院長の話によると、ルナという生徒は四日前から行方不明になった。授業にも出てないし、寮にも戻っていない。そして学院側はそれを――放置していた。
「四日間なにもしてませんって仰るのですか?」
「我々も、休校のことで大分参ってきておりまして、とても人手を割けることができるような……」
「それでも依頼を出すことはできるのでしょう!」
「それは……」
「州長として、この件は軍機閣のリーリエ閣下に報告させて貰います」
「軍機閣っ!? あの聖騎士のリーリエ閣下……っ」
良く知らないが、学院長があきらかにビビってるようだ。
もはや氷点下まで下がってるリースの表情は、整える容姿と相俟って見る人の魂が取られるそうな恐怖を与える。
「ソラリス様、その、妹君にはよくない病気がついてる聞いておりますから、学院を……離れるのも恐らくそれが原因かと、ですから我々も依頼を出すのを躊躇って」
学院長の側にいる人がフォローを入れてみた。
「病気? 学院を離れる? ルナは自分で学院を出ました、と仰るので?」
「それについては、我が学院の死霊学部の教授が説明いたしますので」
その時、学院長室の扉からノック音が響いた。
「先生ですか、どうぞ!」
学院長は助っ人が来たとても言うような表情で言った。
そして入ってきたのは、蒼い髪の学者風の子供――グレイ・レキシントンだ。
死霊学部の教授というのはレキシントン先生か、しかしなんでルナの状況を死霊学部の教授に説明させなきゃいけないのだ。
「レキシントン先生?」
「おや? 一日ぶりですね」
レキシントン先生が俺たちを見て、すこし意外そうに目を見開いた。
明らかに知り合いみたいな二人なんだけど、学院長はそれを気付く余裕もなさそうで、すぐリースを紹介した。
「こちらは死霊学部の正教授、グレイ・レキシントン先生です。先生、この方は州長のソラリス・ラッケン様です、その妹君である生徒ルナさんの状況について、説明してあげてくれませんか?」
「状況もなにも、あたしも噂しか知らないですけどね……」
「それでも、先生が一番状況を理解していると思っていますので、どうかお願いします」
学院長というのは正教授に下手に出るものなのか、それともレキシントン先生がそれなりに偉い人なのかな。
「一体どういうことなんですか?」
レキシントン先生はなんだか話すのを渋ってるようで、リースは少しイラ立ってるように問うた。
「噂――あたしは見ていませんが、見たと証言した生徒が多数いるから一応信憑性はありますが、四日前、妹君――ルナという生徒の体に異変が起こりました」
「異変?」
「授業中、突然髪が銀色に染まり、目が赤くなりましたっと」
「それは……!?」
「はい、ヴァンパイアの特徴と一致しております」
この国にはいろんな髪色と瞳色の人種がいる、俺たちのいた南方は俺と姉さんのように赤髪の人が多い、ラッケン州に来てからは金や黄色の髪がよく見られる、リースのように白髪の人も珍しいがなくもない、両目が異色なのはさすがに他に見ないけど。
しかし銀髪と赤目は、ヴァンパイアしかいない。
それはまるで、狩られる側である人間がより狩人を識別しやすいと神々の采配のように。
「ルナが、ヴァンパイアになったと仰るのですか!?」
「いいえ、それは違います、なにせ授業は昼間ですからね、ヴァンパイアでありましたらすでに灰になったのでしょう。それに、これも又聞きですが、体温はあるのようです」
「では、どういうことですか?」
「これは……少々答え辛いことかもしれませんが、妹君の状況を知るには必要なことなんですからご容赦ください。もしかして、ソラリス様は妹君とは血が繋がってません、とか?」
レキシントン先生はしばらく躊躇ったあと言い出した。
全くの予想外な質問に、リースは一瞬、言葉に窮した。
「…………ルナは、父の養子です」
「なるほど、では私が知る限り、一つの可能性があります」
「言ってください」
「妹君は、ハーフヴァンパイアです」




