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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第三章 死に至る病
40/229

40 ミステラの街

 ハーフリングというのは、成人の身長が人間の半分しかない種族だ。

 彼らは十歳くらいから身長が止まっている、顔つきと体のラインは段々大人になるが、それも人間と比べるとかなりゆっくりのペースだ。

 その原因か、彼らの寿命は人間よりかなり長い、数百歳のエルフほどじゃないが、百歳以上生きるのが普通で、二百歳の人もいると聞いている。

 エルフやジャイアントのような特別な力はないが、性格は楽観で勇敢、「ハーフリングのように死をも恐れない」との諺があるほどだ。


 グレイ・レキシントンは子供のような身長で、見た目も十代の少女にしか見えない、蒼い髪を一つにまとめて、肩から垂らしている、大きいな蒼い瞳は興味を持ってこちらを観察している。

 外見だけで言えば可愛らしい少女と言えるのだが、正教授である以上少なくともロザミアさんより年上であるだろう。


「私はミーロ教会第三騎士団のロザミア・ソーラレイです」


 リースは名を上げていない、ロザミアさんも特に紹介しないのは代理州長の名前を出せると話がややこしくなるからだろう。


「ミーロ様の騎士様に助かって頂けるとは、あたしもまだ神に見放されてはいないようですね」


 二人は握手を交わして、レキシントン先生は微笑んだ。

 森の中で延々と逃避行を続けていた、大量の砂ぼこりが服に付いているのに、その笑みは穏やかで、人を落ち着かせるような力を持っている。


「で、そちらの二人は――」

「なっ、アギエル!」


 グレイ・レキシントンの言葉を遮って、探索者たち――セルエルさんの仲間の一人が横たわった死体を見て悲痛の声を上げた。

 どうやらさっき見つかった死体は、《フェイトスピナー》の人らしい。


「先ほどここで発見しましたが、仲間……のようですね」

「……ええ、ゾンビの大群に襲われてはぐれてしまって」


 セルエルさんが歯をキツく食い縛って、悔しそうにロザミアさんの問いに答えた。


「レキシントン先生!あなたが、夜の森を探索するって言ったから!」


 《フェイトスピナー》の声を上げた人は今度レキシントン先生を責めた。


「あなたが、探索を言い出さなければ!アギエルは死ななかった!」

「もういい! よせ!」


 セルエルさんは中に入って止めたが、それを無視してなおも食って掛かる。

 レキシントン先生は眉を顰めて、ゆっくりと答える。


「……君たちの気持ちは分かりますが、夜間の探索は最初から学院から出した依頼に含まれています、勿論それを提案したのはあたしですが、君たちも――」

「言い訳すんな! 大体あなたたちが足を引っ張るから!」

「あたしたちが戦いに不慣れのせいで、負担を掛けたのは謝ります」

「そんなの意味がない! アギエルは死んだのにあなたは……この狂人が、アギエルの死も弄ぶのか!」

「だからもうよせって!」


 セルエルさんともう一人の仲間は、その人をなんとか押さえ込んで、沈痛な表情でレキシントン先生に振り返った。


「レキシントン先生、すまないがもうこの依頼を続行するのは無理だ、途中放棄と報告しても構わん、ここからは引きあがらせて貰おう」

「しかし、ここからミステラまでは……いいえ、君たちはよく頑張ってくれました、感謝します、ギルドにもそう伝えますのでご心配なさらずに」


 レキシントン先生は目を瞑り、小さく礼をした。

 《フェイトスピナー》の人たちは最後まで誰もレキシントン先生たちを見ないで、アギエルさんの死体を背負って川沿いに上流へと行ってしまった。


 探索者として依頼の途中放棄はペナルティの対象である、一定期間にギルドから依頼を受けなくなる、場合によっては二度と斡旋してくれないこともありえる。依頼人を野外に放り出すのも結構酷いことだが、セルエルさん自身も仲間ほどじゃないが、とても依頼を続けるような気持ちじゃないだろう。


「ふぅ……すみません、お見苦しいところを」


 レキシントン先生は溜息をして、俺たちのほうに向けた。


「いいえ、それより、もし良かったらミステラまで送っていきましょうか?」


 リースの申し出に、レキシントン先生はすこし意外そうにしたが、すぐ頷いた。


「それは願ってもないですが、宜しかったのですか?」

「ええ、私たちもミステラに行く途中ですので」

「なるほど、ではお言葉に甘えて、ギルドには緊急依頼として出させて貰います」


 緊急依頼とはギルドに通さず、現場にて口頭で交わした依頼のこと。依頼が完了すると、依頼人がギルドに報告すれば、これが探索者の実績にもなる、つまり事後報告ということだ。

 レキシントン先生が言ってるのは、ミステラについたら報酬を支払う上で、ギルドにもちゃんと俺たちの働きを報告するっていうことだ。勿論口頭での依頼だからなんの強制力もない、単なる口約束にすぎないが、反故するつもりだったら最初から言い出さなければいいし。


「いいえ、私たちはミーロ騎士団の聖騎士、これくらいは当然のことです」

「そうですか、何から何までありがとうございます」


 レキシントン先生は後ろにいるの少年に振り返った。


「よかったねエルタ、どうやら野垂れ死にしなくて済むそうですよ」

「先生、笑えないっすよ……もう、探索者なんて頼りにすべきじゃなかった……」


 エルタと呼ばれた少年は、どうやらまだ先ほどの疲れから回復してないみたい、地面に蹲って愚痴をこぼす。


「そう言うんじゃありません、彼らもここまではしっかり働いてくれたのですよ……っと、すみません紹介が遅れましたね、こちらはあたしの生徒のエルタです」


 レキシントン先生は少年を諭して、改めて俺たちに紹介してくれた。


「ミーロ教会第三騎士団のソラリス・ラッケンと申します」

「ラッケン、と、もしかして州長様ですか?」

「代理です」

「なるほど、ご高名はかねかね承っております、お目にかかれて光栄です」


 どうやらリースはミステラでもかなりの有名人らしい。まあ州長の娘でフェイバードソウルであの容姿、もはや目立つ要素の塊だから仕方ないか。


「して、そちらのお二方は?」

「フィレン・アーデルです、こちらは姉の――」

「レンツィア・アーデルです、探索者パーティ《フィレンツィア》ですよ」


 あえて探索者と名乗る姉さんに、エルタ少年はすこし気まずそうにしている。

 レキシントン先生は苦笑いして、こちらに好奇心に満ちた目で見ている。


「フィレンさんとレンツィアさんですか、先ほどは珍しい魔道具を使っておりましたが、もし良かったら詳しく――」

「すみません、それは言えません」


 姉さんは即答した。

 レキシントン先生が言ったのは恐らく《霹靂銃》と《闇夜のマント》のことだろう、前者は別に話してもいいが後者はまずい、どちらか一方だけ隠すのも不自然だから両方とも秘密にするのがいい。探索者は別に装備を開示する義務はないので、そういう人も多々いる。


「そうですか……では製作元も聞いても?」

「さっきの杖はラカーンのバラーグ魔道具屋、他はダンジョンでの拾い物ですので詳しくは」

「なるほど、ありがとうございました」


「さて、では皆さんも汗をかいたし、もう一度風呂に入りましょう? レキシントン先生とエルタさんもいかがですか?」


 話が一段落についたと見て、リースはレキシントン先生とエルタさんに言った。


「風呂ですか、それは是非、エルタもいいでしょう?」

「あ、ああ」


 エルタさんはリースに見惚れているようだ、どうやら先まではまだゾンビに追われたショックから回復してなくて、今になったらようやくリースに気づいたみたい。

 俺たちは河原のキャンプ地に戻って、みんなで順番に風呂入ってその日は休んだ。




 翌日、レキシントン先生とエルタさんをそれぞれロザミアさんと俺の馬に乗せて、俺たちは日の出とともに出発した。そして午後、俺たちはすんなりとミステラの近郊までついた、今日はよく晴れているので、丘から見下ろすと、綺麗な八角形の町が見える。


「あれがミステラです、綺麗な八角形でしょう?」


 レキシントン先生は町を指差して言った。


 ミステラの街は魔術学院ミステラと共に設立され、魔術師ギルドに支援され計画的な発展を遂げる町である。ある意味ミステラの街は学院と共存するために作られてたとも言える。その構造も学院を中心に八つの大通りが放射状に延びていき、中からは学院関連施設、学生寮、商業施設と住宅地と分けられている。そして郊外には地下型のダンジョン、《マエステラの大機関》が存在している。


 レキシントン先生の説明によると、八つの大通りは秘魔術の八つの系統を象徴してるらしい。学院には八つの系統をそれぞれ研究する学部がある。

 そう、この学院には死霊魔術を研究する人もいるのだ。

 あくまで敵を知るため、国と学院の監視下に研究するもので、他の学部に比べて研究者が極端に少ないし、研究成果も発表しない、というかできない。

 なんとかしてその研究成果とやらを手に入れたいと思ってるけど、無理だろうな。


「ところで、レキシントン先生はどの学部の先生ですか?」

「ふむ、あたしは死霊学部所属ですよ」

「え?」

「せ、先生!」


 俺たちも、話を振ったリースも驚いた。

 エルタさんは慌てて俺たちを見るが、レキシントン先生は特に気にしない様子だ。


「なに、命の恩人に隠し事するなんて失礼じゃないですか」

「だからって……」

「大丈夫ですよ、それが先生の仕事であることを理解していますよ」

「おぉ、分かってくれますか、さすが代理様」

「人々には必要な研究ですから、誰かがやらねばなりません」

「その通りですよ、学院が設立した時も誰が死霊学部に行くって相当揉めてましたよ、それが嫌であたしがやるって言いましたのさ、今となっては気楽ですし、生活は国で保障してくれますし、結構悪くないですよ?」

「先生は学院が設立した時にもう?」

「こう見えても、あたしは一番の古株ですよ」


 人間基準ではまったく年齢が読めない顔で、意味ありげに含み笑いするレキシントン先生。


「死霊学部ってどんな研究するのですか?」


 俺も気になって訊いてみた、ソクラテのような実験だったら相当気持ち悪いなことなんだけど、この先生からはそういう陰湿さを感じられない。


「そうですね、守秘義務がありますから詳しく言えませんが、アンデッドの性能と弱点、そして既知の死霊魔術の効果です」

「なるほど、それで夜間の調査をしてたのですね」


「ええ、最近ミステラの周辺に変なモンスターが出没してるみたいですから、新種のアンデッドだと思って護衛を雇ってこうして捜索に行ったのですが……」

「変なモンスターって?」

「巡邏の兵士が言うには、空中に浮いて、火を噴く生首のようです」

「お、おう……」


 俺たちは一様に微妙な表情している。

 恐ろしすぎて兵士が可哀想だ、数日夢に出るだろうな。

 しかし研究のために夜間でのアンデッド捜索とは、俺が言うことじゃないが、本当に命知らずだな。さすがハーフリングということか。




 話しているうちに、俺たちはミステラに着いた。街の外には検問所があるが、リースはラッケン州長として名乗り、すんなりと通された。


 休校は二日後だから、俺たちは宿に一泊してからルナを迎えに行く予定だが、レキシントン先生たちはすぐ学院に戻らねばということで、城門のところで分かれた。


「代理様、ミーロの聖騎士様、それと《フィレンツィア》の二方、君たちの助力は忘れません、この恩は必ず」


 レキシントン先生はそう言って、俺たちと一人ずつ握手を交わして、エルタさんを連れて離れた。




 俺たちは宿を求めて、《生成の大通り》から商業区画に入った。ゆっくりと馬の上で揺れながら道を進む俺たちは、秩序井然と陳列されてる建物と、魔道具屋の分類の細かさに驚かされた。ラカーンだってラッケン州において一線級の大都市、そのラカーンには魔道具屋、武器職人と防具職人を抱える鍛治屋がいくつもある。だがミステラの魔道具屋はその数もさりながら、皆それぞれ専門があるようだ。


 《マギサの幻術工房》

 《ユーステスの予言屋》

 《変化の達人ガルマ》

 《鉄壁の断絶師シャルルィエ》

 《解呪のジャスミン》

 《触発と永久施術のソムリエ》


 ……などなど。


 各系統だけじゃなく、解除と触発魔術などの特殊な商品も専門店として出してる。それは店主が自分の腕にそれだけの自信があることと、一つの系統だけで店を支えるくらい商品が多彩なことを表している。勿論、死霊系の魔道具屋はないが。


「さすがミステラ、魔道具屋の専門化が進んでるねえ」


 姉さんが感心してるように言った、すると、リースが訊いてきた。


「二人さんはミステラは初めてですか?」

「ああ、ラカーンに来る前は南方にいたからな」

「たしかセレスト町でしたよね?」

「よく覚えてるな」


 翡翠龍の迷宮でフィリオさんと一度話しただけなのに。


「私もまだ二回目ですから、ルナに会えたら一緒に案内して貰うのはいかがですか?」

「俺たちがいても良いのか? せっかくの姉妹水入らずだろう?」

「ええ、ルナにもフィレンさんたちを紹介したいですから、ふふ」

「そうだな、その時はお願いするよ」

「ルナはとっても素直な子ですから、きっとすぐ仲良くなれますよ」


 話してる内に、ロザミアさんが《幸運を呼ぶ亭》という宿の前に止まった。


「縁起の良い名前だな」

幸運を呼ぶ(コール・マイ・ラック)ってというのは変化系魔術の一つだ、効果が微妙すぎてちゃんと効いてるかどうかも分からないから、運が良ければ効果が出るって言われるくらいだ」


 俺が何となく呟いたら、横からロザミアさんが教えてくれた。


「はは、本末転倒じゃないか」

「私が初めて来た時にルナが勧めてくれたところです、今日はここで泊まりましょう」

「ええ、そうしましょう」


 俺たちは《幸運を呼ぶ亭》に入った。

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