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4 ここに至るまで(三)

 横穴を抜けると、そこは白い回廊であった。


 白い石を組み上げて作られた回廊、横は馬車が通れるほど広い、両側の壁には照明の魔道具が掛かっている。

 《翡翠龍の迷宮》は緑色の天然岩壁に囲まれた洞窟だったため、その違いは一目瞭然。モンスターどもも追ってこないし、どうやら本当にダンジョンを脱したらしい。


「うっ……」


 急いで姉さんの手当てを始めようとしたが、姉さんの傷を見て俺は愕然とした。

 右側の脇腹と胸部の一部がない。

 心臓と脊髄せきずいは避けられたが、内臓は体内からはみ出し、肋骨は砕かれて肺も無事ではないだろう。

 即死はしないが、生物としての機能は大分失われている、失血を止めないとこの場で死ぬ、止めたとしても長くはないだろう。


「ごめん、ね……おねえちゃん、ドジっちゃった……」

「姉さん喋らないで! 大丈夫だから! まだ助かるから!」


 自分の大声にびっくりしながら、残りすべてのポーションを姉さんに飲ませ、軟膏なんこう状の傷薬も使ってみた。けど、続々と血が湧いてきて、薬を洗い流してしまう。

 それでも諦めずに何度も何度も薬を塗って、再生の効果を持つ包帯で何重にも巻いた。

 だがその一方で姉さんの肌から生気が消えていく。


「ねぇ、フィー君……」

「ここに置いていけとか言ったら殴るからね?」

「ふふ、バカね……そんなこと、言うわけない……じゃない……」


 姉さんの指が微かに動いた、いつものデコピンもできないほどに姉さんは死に近づいている。

 大量の出血が包帯を赤く染めていた。包帯の上にコートをキツく巻いたけど、それでも血が止まらない。


「全力で、私を助け、なさい……まだあなたの姉を……やめる気はないわ……」

「……ッ!」


 今はポーションの効果でなんとか姉さんの心臓と脳の活動を維持しているが、それも時間の問題だろう。手を尽くした。もはやできることは何もない。

 大量の汗と涙と鼻水とが顔中に混ざっていくが、拭く気にはならない。


 その時。


「少年よ、君の家族を助けたいのなら、我の前に連れてきたまえ」


 回廊の奥から声がした。


「!? だ、誰?」

「もう一度言おう、連れてきたまえ」


 大仰な口調に重厚な声。

 まるで深淵に誘われて、俺の体と回廊の壁さえもその威厳に震えているようだ。

 声の主については見当もつかない。だがなぜか人を、モンスターを、あらゆる生物を超えた存在だと認識した。ドラゴンか、それ以上の化け物に違いない。

 だが今は乗るしかない、たとえ悪魔に魂を売ったとしても、姉さんが死ぬよりマシだ。


 気付くと、俺はすでに姉さんを抱き上げて、回廊の奥へと走り出した。


 タタタタっと、白い回廊を全力で疾走する。

 こうして見ると、魔道具の光に半透明に輝いてる壁はたぶん石ではない、ジェイドだろう。この建物全体がもし一つのジェイドから彫り出されたのなら、一体どれくらいの価値になるんだ。

 それにこの回廊の作りから見て、まるで神殿や宮殿みたいだ。

 もしやどこかの貴人か? しかしさっき通り過ぎたいくつの部屋をチラっと見た感じ、人は住んでいない、ただ本の山があるだけで、どこか棄てられた場所の雰囲気が漂っている。


 考えるうちに、俺は回廊の奥にある両開きの扉に辿り着いた。

 体当たりのように押し開いたら、そこには大きな、それこそ遠近感を狂わせるほどとてつもなく巨大な空間。山一つが丸々入れると言われても信じてしまいそうなくらい、この空間に圧倒されてる。


「よく来たな少年」


 そしてこの空間の主として、一人の骸骨が俺を待っていた。


「っな、お前は!」

「おっと、スケルトンやリッチなどと下らないことを言わないでくれたまえ」


 咄嗟に後ずさった俺を、骸骨が手を上げて制した。それだけで俺の足は地面に根付いたように動けなくなった。

 よく見ると、この骸骨は人間の貴族のような、いや貴族などはるかに上回るくらい華美な服装を纏っている。

 もちろん服を着ているアンデッドだっている、例えばリッチだ。

 元々は魔術使いで、不老不死のために自分の魂を魔道具に宿して肉体を捨てた彼らの姿はまさに服を着ている骸骨だと聞いている。

 だがこいつからは高位アンデッドの禍々しさを感じられない。


「まずは落ち着け、君は家族を助けるためにここに来たのであろう?」

「そ、そうだ。だがお前は……何者だ?」

「ふむ、我に名前はないが、一言で言えば、神だ」

「……はぁ?」


 この世界に神はいない。いや、正確に言えば大昔にいたが、どういうわけかこの世界から去っていった、というのはどの宗教の伝承にも伝っている話だ。


 たとえば太陽神ミーロはこの世界と共に誕生して、種族としてまだ未熟だった人類のためにアンデッドを駆除して、人類の最初の繁盛期をもたらした。その後、他の神と一緒にこの地を離れて、どこか遠い世界から万物を見守っている。

 その証拠に、ミーロのプリーストは今も祈れば、その神力を受け神術を行使できる。だから神々は消えるのではなく、神々の世界から我々を見守っているのが教会の伝承だ。


 神を僭称せんしょうするこいつは、やはりリッチなのか?


「神だと……何を言ってるんだ?」

「まあ、信じないのも無理はない。だが君は我の正体を気にするほど余裕があるのかね?」

「……ああ、姉さんを助けるんだね?」

「その通りだ。正確にいうと、君に姉を助けるための力を授ける、だがな」

「どうだっていい、早く!」

「よかろう、では」


 骸骨はゆっくりと近づき、杖を俺の目の前に突き出した。やがてその背中に炎のような後光が浮かび上がる。白から赤、やがて緑、紫、黒へと焔の色が妖しく変わる。

 後ずさろうとしたが我慢した。どうせこのままじゃ姉さんは死ぬ、この期に及んでもはや怖いものはない。


「いい心構えだ。ところで少年、名は?」

「……フィレンだ。フィレン・アーデル」

「フィレン・アーデル。汝を我に連なる大いなる源の欠片を授けよう、これより汝の血には我の奇跡を、我の創造する世界に汝の足跡を残すが良い」


 その瞬間、どこまでも盛り上がった後光が極彩の奔流と化して俺を飲み込んだ。が、瞬きもしないうちに、すべてが元に戻った。

 いや、よく見れば、自称神の骸骨の人差し指、その指は根元から消えた。


「ふむ、指一本分か、実に優秀だな少年」

「な、なんのことだ?」

「それより、自分の中の力を感じているのかね?」

「俺の中の力……な、なんだこれは!?」


 さっきまではなかったはずの、氷水のような冷たい液体が体中に拡散してる感覚にびっくりした。

 それは驚きの速度で全身に侵入し、瞬く間にまるで生まれながらに持っているかのように馴染んでいく。

 俺は直感でそれは物質ではなく、純粋な力だと認識した。

 その力を支配して、それこそ手足のように自由に動かせることができるだと、理由もなく信じている。信じさせている。


「さあ、その力でその女を助けるのだ。大事な人であろう?」

「ぐっ……姉さん……」


 だがその力を理解し始めているこそ、俺は使うのを躊躇ためらった。


「……フィー……くん」

「姉さん!?」


 気絶したと思った姉さんが、もはや焦点が合わなくなった目を張って、辛うじて喋った。


「大丈夫……おねえちゃん……信じ……」

「……ああ、分かったよ姉さん」


 姉さんを床に置いて、両手に新しい力を感じながら、それを姉さんの頭部に集中した。


「いつか滅びる定めを持つ者よ、大いなる源の欠片として命じる――」


 それは水のように掌から湧いてきて、姉さんの身体を黒く、黒く染まっていく。やがて姉さんの足先まで力が浸透している時、その体から命の最後の息吹が抜けるのを感じた。


 姉さんは死んだ、目の前のはただの屍。


「朽ち果てる定めを拒め、生者の喜びを棄て去れ、死者の憎しみを受け入れ、これより汝の形骸には我が意志を、我の足跡には汝の歩みを――



             死者創造(アニメイト・デッド)



プロローグはここまで。


ただ、一緒に生きていたい。

そう願っている二人の姉弟は、しかし生と死の狭間に直面しなければいけない。

これからの二人の行方は?

そして謎の骸骨から与えられた力の正体とは?

ここから始まる、姉弟の物語。


次章、これからの姉弟。



ここまで読んで頂き有難うございます。

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