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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第二章 ラッケン州長の依頼
30/229

30 ソラリスの欠片

会話回です。

 俺とソラリスさんが焚け火を囲んでいる。


「話ってのは、目の事か」

「やはり、わかりますか」

「まあな」

「ご想像の通り、私は生まれつきの魔眼持ちです」


 ソラリスさんの指は眼鏡の縁になぞいながら、ゆっくり喋った。


「今はこの魔道具で抑えていますが、この魔眼は魅了(チャーム)の力を持っています、私の意思関係なく、見る人を魅了させます」


 欠片が目にあるから、魔眼とは思ったけど、まさか魅了(チャーム)の効果か。

 欠片にしてはずいぶん限定された力なんだけど、そういうのもあるのか。


「自分ではコントロールできないのか」

「はい、ですから今日のあれは、その、決してフィレンさんを誘惑するつもりではなくて……」

「なんだ、そんなことか」


 気まずそうに俯いたソラリスさんに、俺は安心させるようにと軽快に笑った。


「ははは、安心しろ、そこまで自惚れていないさ」

「い、いいえ、フィレンさんは十分素敵な方ですが、」

「はいはい、そう言うのはいいから」


 美人に褒められるのは嬉しいが、変にフォローされても仕方ないしムズ痒くなる。

 それより話を進めよう、と促した。


「その、実は今日のことについてフィレンさんに聞きたいことがあります」

「それは?」

「この魔眼は、女性の方には魅了(チャーム)の効果を持っていますが、男性の方にはもっと強烈な効果が発生します」

「強烈な効果?」

「はい、えっと、女性への欲望を際限なく引き上がり、理性の箍を外れてしまい、最終的には、その......」

「襲う?」

「えっと、はい……」


 俺は絶句した。なんだそれ。

 こんな酷い欠片があるか。

 こんな能力与えんなよフォー=モサさん……


「えっと、ソラリスさん」

「はい、この度私の不注意でフィレンさんを危険な目にあわせ」

「大変だったね」


 ソラリスさんは頭を下げて謝り、俺はその言葉を遮った。

 しかし通じてないのか、ソラリスさんの頭は下げたままだ。


「はい、フィレンさんはきっと大変だったのでしょう」

「いやそうじゃなくて」

「はい?」


 ソラリスさんがすこし頭を上げて、首を傾げる。


「大変だったのは、ソラリスさんだろう」


 ソラリスさんの瞳に、段々涙を湛えて堆くもり上り。


「……はい、自分のせいで、周りの方々を狂わせるのはとても辛いのです。何より、そんな人達を見て、男性の方はこうも怖い生き物なのでしょうか、と。悪いのは全部私なのに、そんな勝手な思いを抱いてしまうなんて、そんな自分が許せなくて、でもどうしようもなくて」


 ソラリスさんは俯いて、膝の上に拳をぎゅっと握って、全身は小刻みに震えている。

 誰よりも優れた容姿を持っているのに、欲望の対象としか見られない。

 理不尽な、まさに神の悪戯によって、この子は一体どれだけの辛い思いをしてきたのだろう。

 思えば初対面の時はまるで何もないような感じで俺とフィリオさんと接していたが、あれはどれほどの勇気、どれほど頑張ったらできるのだろう。


 だから俺は立ち上がり、しっかりとソラリスさんの目を見てこう言った。


「俺はな、トマトが嫌いだ」

「え?」

「昔トマトを食べて、中からウジ虫が出てきた、あれからもうトマトを見るだけで寒気がする、だから嫌いだ」

「それは……」

「別にトマトは悪くない、でも俺も悪くない、強いて言えば運が悪かった、でもそんなのはどうでもいい、俺はトマト見たら寒気がするから嫌いだ」


 ソラリスさんは暫く涙を拭うのも忘れて、俺の話を聞いていた。

 きっと何を言ってるのか分からないだろう、俺も分からない。


「だからソラリスさんも悪くない、男が怖いと思うなら思いっきりそう思えばいい、だってそれが君にとっての本当なんだから」

「フィレンさん……」

「そして怒れ、運が悪かったからそれを操る神に怒れ、そいつが悪いんだ」


 あの引きこもりの骨がな!


「あの、フィレンさん、私は聖騎士なんですが」

「じゃミーロ様以外の神に怒れ、そいつが悪いんだ」

「神様が悪い……ですか」

「ああ、少なくともソラリスさんは悪くない、だって一番辛いのだろう? 俺もウジ虫があるトマトを噛んで可哀想だが、よく考えたらそのウジ虫が一番可哀想なんだ、だから俺とそのウジ虫はこんなトマトを食わせた神の采配に怒る権利があるだと思わないか?」


 ソラリスさんは少し考えて、そして


「あの、フィレンさん、その例えでは、私はウジ虫に当たりますよね?」

「まあ、そうなるな」


 すると、ソラリスさんはくすっと小さく吹き出した。


「ふふ、そうですね、確かにウジ虫さんからすれば、ずっと暮らしてた場所が行き成り食われましたもんね」

「ああ、だから奴は悪くない、俺も悪くないがな」

「ええ、よく分かりました」


 ふむ、随分と素直だな、やはり大人びて見えても、中身は十七歳の少女か。


「それにな」

「はい、なんでしょう」


 いつの間にソラリスさんは膝を揃えて、真面目に俺の話を聞いている。


「俺はトマトが嫌いだが、トマトってのは、美味いもんだろう?」

「そうですね、ロザミアさんが作るトマトのスープは美味いですよ」

「だからさ、いつかウジ虫のないトマトを食べたいと思ってるんだ」

「えっと、大体のトマトにウジ虫はないと思いますけど」


 良い突っ込みだな、だが予測済みだ。


「そういうことだ、つまりウジ虫のないトマトだってあるのだから、いつかソラリスさんも怖くない男と出会うのだろう」

「……」

「ソラリスさんは辛い思いしても、頑張って男に接してきたのだろう。頑張ってる女の子には良い男しか釣り合わないのだから、いつかは頑張ってきて良かったと思えるほどいい男と出会うに違いない」

「……」


 何かが気になるのか、ソラリスさんは相槌するのも忘れて何回も瞬きして、唖然しているようだ。


「えっと、どうしたの?」

「あの、実は……その件でフィレンさんに聞きたいことがあります」

「ああ、そういやそう言ってたな、俺ばっか話してすまない」


 俺は首を掻いて謝る。

 ソラリスさんは首を振った。


「いいえ、構いません、フィレンさんと話して良かったと思います。それでお聞きしたい件ですが」

「ああ、なんだろう」

「フィレンさんは今日、私の目を見ても、魅了(チャーム)されてなかったですよね?」

「いや? 思いっきりかかったよ、危うく手を伸ばした所だ」


 少し気まずいが、隠しても仕方ないことだ。

 あの時はあと少し姉さんを思い出すのが遅かったら手を出していたのかもしれない。


「その、私の魔眼を見てた人は、危うくでは済みませんのはずですよ?」

「あれ、そうなのか」

「はい、この魔眼は私が七歳の頃に初めて発見されて、それから私が大人になるのに連れて、魔眼の力も増していき、三年前はすでに神術使わないと二度と理性を取り戻せないほど人を狂わせる力を持っています」


 え、そんなやばかったのか。


「それは妙だな、もしかしてこの三年で逆に弱まったとか?」

「それも、ないとは言えませんが、やはりフィレンさんには何かがありますか?」

「いや特には、断絶系効果の魔道具も持ってないしな」


 断絶系には心霊系の魅了(チャーム)とか精神に働いかける魔術を防ぐ魔術がある。

 そういう魔術使わなくても、同じ効果の魔道具を装着すれば魅了(チャーム)を防ぐことくらいができる。


「いいえ、普通の魔術や魔道具ではこの魔眼を防ぐのは無理です」

「うへぇ、そこまでか」


 さすが欠片の力というべきか。

 しかしそうなると、本気でわからなくなるぞ。

 ん、待てよ、


「あ」

「何か思いついたのでしょうか?」

「あの時、俺の頭の中にはソラリスさんが一杯なんだ、余りにも美しいでな」

「え、ええ……」


 すこし顔を染めるソラリスさん。


「で、その時に姉さんのことを思い出したんだ」

「はあ、レンツィアさんですか」

「ああ、姉さんのことを思うと、急に頭の中からソラリスさんが消えちまった」

「……」

「まあ、俺は姉さん一筋だからな」


 なんとなく自慢げに胸を張って言った俺に、ソラリスさんは呆れたような溜息を吐いた。


「では、もしよかったら、少し試させて頂けませんか」

「試す?」

「はい、今からこの眼鏡を取ります」


 ソラリスさんの指が眼鏡の縁に触れた。


「え、それ危ないじゃないのか?」

「はい、しかしフィレンさんなら、大丈夫です」

「いやさすがに二度目は自信がないというか」


 さっきまではそんなやばかったとは知らなかったし。


「それでもフィレンさんなら大丈夫です、では」

「ちょ」


 ソラリスさんが眼鏡を外した。

 瞬間、その目も魂も吸われるほど美しい姿に、俺はまた息を呑んだ。


「……」

「フィレンさん?」

「……ぐっ、ソラ、リス」

「はい、なんでしょう?」


 声が、まるで俺を誘ってるように甘くて、蜜のように毛孔に沁み込んでいる。

 舌先も、唇から覗かせて、悩ましい動きで俺を誘っている。

 そして、ついに誘惑に負けそうで手を動かそうとした時、姉さんの声と、いつものデコピンの感触を思い出した。


「あ、ああ……大丈夫だ」

「……はぁ」


 ソラリスさんは目を見張って、信じられないといった様子で下から俺の顔を覗き込む。

 その仕草で一瞬くらっとしたが、さっきのような衝撃はなかった。

 ソラリスさんは小さく溜息を吐いて、眼鏡をかけ直した。


「どうやら本当にフィレンさんには効きませんね」

「ああ、しかし大した魔眼だな」


 精神力がごそっと刈り取られていたように疲れた。


「いいえ、フィレンさんのほうこそ大した精神力ですね」

「まあな、それほどでもある」


 これくらい当然だ、シスコン舐めんな。


「ではそろそろ遅いですし、私はこれで休みますね」

「ああ、明日はできるだけ距離を稼げたいしな」


 ソラリスさんは腰を上げてテントに戻ろうとしたが、何か思い出したように振り返った。


「ところで、やはり私の事をリースと呼んで頂けないでしょうか?」

「ん? いいのか?」

「はい、親しい人たちにはそう呼ばれてますので」


 お嬢様を愛称で呼ぶのか。

 もうタメ口で話してるし、今更気にすることでもないか。


「じゃリースさん」

「リース、でお願いします」

「じゃリース、おやすみ」

「はい、おやすみなさい、フィレンさん、それと」


 ソラリスさん――リースはテントの入り口に佇んで、まだ何か言いたげな様子で俺を見つめていた。


「なんだ?」

「今夜、フィレンさんと話して良かったと思います、フィレンさんの言葉をずっと覚えておきますので、いつかフィレンさんも食べられるトマトを見つかるといいですね」

「ははは、そうだな、美味しいトマトスープ食べたいからな」

「ええ、楽しみに待っています」


 そう言い残して、リースはテントに戻った。

 あれ、なんでリースが俺のトマトスープを楽しみにしてるんだ?

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