3 ここに至るまで(二)
「せぇい!」
姉さんは襲い掛かる《密踪虎》を躱し、すれ違いざまで貫手で心臓を貫く。
虎型のモンスターが崩れ落ちた。
複数の敵に囲まれてなんとか攻撃を凌いでる俺と違って、姉さんは確実に敵の数を減らしつつ突破口を作ってる。
大量発生したモンスターの群れに放り込ませてから一時間も俺たちは戦っていた。
姉さんが次から次へと襲ってくるモンスターを最速で屠ったお蔭で、完全包囲されずに逃げ延びていたが、如何せん敵が多すぎる。そして初見で簡単に脱出できるほど、《翡翠龍の迷宮》は優しくない。
「姉さん、《呪猟犬》が一匹!」
「ええ、こっちに寄越して!」
モンスターの中でも特に動きが素早い、犬型の《呪猟犬》が先頭を走る姉さんと俺の間に躍り出た。
分断を狙う知恵はあるようだが、逆に好都合だ!
「っしゃあああ!」
分厚い鉈のようなバスターソードを上段から振り下ろす。
いとも簡単に躱されたが、それも予測済みだ。
襲い掛かる爪をバックラーで受け、一瞬だけ《突進》の戦技を発動、そのまま体当たりで《呪猟犬》にぶつかる。
《突進》は文字通り直線移動でのスピードを上げる戦技。他の武技系戦技と同じ、魔力を消耗して運動エネルギーに転換する、シンプルだが汎用性が高い技だ。
「おらぁ、飛べ!」
バッティングの要領で《呪猟犬》を姉さんのところまで吹き飛ばす。
《呪猟犬》は身動きが取れない空中でもがきながら、姉さんの蹴りを食らって絶命した。
綺麗にコンボを決まったが、事態がちっとも好転していない。なぜならすでに数匹の犬型のモンスターが俺たちと並走しているからだ。
ここで手こずってスピードを落としたら、後方のモンスターに追いつかれてなぶり殺されるのが目に見えている。けど今になって疲労が溜まって来た俺たちでは、こいつらを振り切るのは不可能だ。
詰んだか……!
「フィー君! あそこ、横穴が!」
姉さんの指さす方向を見ると、約百メートルの先には数人が通れるほどの横穴がある。
ダンジョンはドラゴンの魔力に作られたが、たまに地盤の移動とかが原因で、もともと存在する洞窟と繋がることがある。
ダンジョンのモンスターは基本的にそういうところに入るのを嫌う傾向がある。
なぜならそういう洞窟は大体他のモンスターの縄張りだから。わざわざドラゴンの庇護から離れて侵入する必要はない。彼らはあくまでダンジョンの守護者でしかないのだ。
兎に角そこに入れば、たとえ新たな脅威があっても、少なくとも今この場を乗り切れる。
っと、思った矢先に。
GURRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAA―――!!!
力尽きかけた両足を必死に動かして、横穴に向かおうとしたところ、後方から不吉な咆哮がした。
溢れんばかりの威圧感を感じさせた咆哮は、生物としての本能、その奥に存在していた最大な恐怖を呼び起こした。
「まさか、《蛇龍》……っ!?」
いつの間にか後方に現れて、仲間であるはずのモンスターを踏みつぶしながら、灰色の超大型のモンスターが迫ってくる。
翼こそないが、肉体はドラゴンそのもの。
灰色の龍は鱗に包まれた巨体を素早く動かしながら、長い首を高く上げて大きく息を吸い込む。
「やばい、ブレスだ!」
「フィー君、こっち!」
老いたドラゴンの成れの果てと言われてる蛇龍は、ドラゴンの固有アビリティをいくつも保有している。さっきの恐怖の効果を持つ咆哮もそうだが、もっとも危険なのはドラゴンブレスだ。
GUUUUUURRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAA―――!!!
毒々しい輝くを放っている強酸液が恐ろしい速度で一直線に俺へ向かってくる。
と同時に姉さんが俺の手を引き寄せて、ぶん投げた。
お蔭で俺はブレスから逃れたが、周りのモンスターはこの隙を見逃すわけもない。三つの影が姉さんへと躍りだす!
「っがっ、く……ッ!」
姉さんは裏拳で二体も沈めたが、三体目の《密踪虎》をついに避けきれなかった。
ダガーのような鋭利な牙が革鎧を貫通して、掘削機のように体を抉りぬいた。
「姉さん!」
「大丈夫よ……これでっ!」
瀕死の怪我を受けながらも姉さんは冷静だ。
彼女は手甲の隠れスペースから魔道具を取り出し、《密踪虎》へ投げつける。
一瞬、強力な光と粉塵が爆ぜた。
強光と粉塵にやられて、《密踪虎》は俺たちを捕えることはもはや不可能。そして後ろの《蛇龍》もブレスを吐いたばかりで動きが鈍くなっている。
もう妨げるものはない、横穴は目の前。
姉さんを抱えて、俺は横穴に飛び込んだ。