219 地底の遭遇
「どういう状況だこれ」
アイナの偵察ゴーレムからもたらした情報に、俺は首を傾げた。
《常闇龍の峡谷》の突如の変貌。
噴出されるモンスターに総攻撃されている空飛ぶ城。
そして二万ほどのプロイセン軍が何故かここに陣を敷いて、赤い城からの攻撃をしぶとく耐えている。
これだけならばまるでモンスターとプロイセン軍が共闘し、城のアンデッドを抑えているように聞こえるが、実際プロイセン軍は迎撃だけで精一杯で、モンスター側も猛攻を仕掛けているが未だに城壁にすら届いていない。
「どうやらあの城はただ足止めを喰らっているだけで、戦力的には両者を凌駕しているように見えるな。しかしそれなら一気にアンデッドを放出してモンスターとプロイセン軍を殲滅すれば良くないか?」
「そうね、プロイセン軍に対してはちょくちょく牽制しているけど、ただ戦力を小出しにしているだけだわ」
「――それがモレイという人ですよ」
俺と姉さんが揃って首をひねると、道中ずっと無言のままだったロントが口を開いた。
「ハーフリングのモレイは齢二百にしてその性格は気紛れで狂暴。生前、傭兵王だった頃は優れた統率能力を発揮していましたが、アンデッドになった後はただ殺戮に興じる暴君になり果てています」
「モレイって……ああ、穢土で遭遇した《ラストリゾート》の一人だったよね?」
ロントの話を聞いて記憶を手繰ると、姉さんが頷いた。
「ええ、あの時はリースさんの隠匿魔術があったにもかかわらず、かなりの遠距離から狙撃されていたわ」
「しかも一発ならともかく、何百発も打ってきたもんな」
モレイの狙撃は精密なだけじゃなく、その速さも破壊力も凄まじいものだった。
あの時、あの超遠距離からの攻撃をちゃんと捕捉していたのは姉さんとルナだけだったから、速度は恐らくファタリテ君の矢と同等。
その上で爆弾のように爆発するから例え防ごうとしても巻き込まれる。回避するしか手がない。
それをまるで軍隊の広域爆撃のように何百発も打ってくるなんて、とても人間業とは思えない。もしリンシャンがいなかったら俺達も無事では済まさなかっただろう。
「あれがモレイの実力だとしたら、彼女が本気を出せばあそこにいるプロイセン軍を軽く吹き飛ばすくらい造作もないだろうな」
「そういえばあれって何かの魔術なのかな? ただの矢じゃないでしょう?」
「まあただの矢なら爆発しないだろうな。ルナちゃんはそういう魔術を聞いたことは?」
「えっと、威力が全然違うけど、見た目なら《火の矢》と似ているの。でも《火の矢》はあんなに沢山打てないから……」
「てことは何かの魔道具の力を借りているのかな」
「違います」
しかしロントは姉さんの推測を否定した。
「モレイが放ったのは正真正銘ただの矢です」
「ただの矢が爆発するっていうのか? それとも特殊の弓を使っているのか?」
穢土で見た感じ、モレイは確か自分の身長より高い大弓を携わっていたが、スズカの《神威一閃》のような凄まじい魔力はなかった。
「モレイが持っているのは恐らく《遠当ての弓》でしょう。魔道具ではありますが、《神々の遺品》には遠く及ばずどこにでもあるようなものです」
「《遠当ての弓》って確か呪文を注入できる魔道具……だよな?」
「ええ、呪文を唱えながら矢を放つと、魔術は一時的に矢に宿し、弾着点で解放される……そういう魔道具ですが、実際使用している魔術師は多くありません。理由はご存知ですか?」
「そりゃ魔術師は弓矢なんて使えないからだろう」
「あと、《火の玉》のような攻撃魔術なら矢なんて介さずにそのまま遠距離から放てるしね」
姉さんが横から補足してくれると、ロントが頷く。
「ええ、しかしモレイはそれができなかった。何故なら彼女は幼い頃に賊に襲われ、視力を失いましたからです」
「なるほど、あの目の傷か……」
穢土で見たモレイの顔には、両目を横切った稲妻のようなデカい傷があった。
あれほどの傷なら視力どころか、むしろ生きているだけで奇跡と言えるだろう。
「視力を失ったモレイには魔術においてもっとも大事な視認ができなかったから、《遠当ての弓》は彼女にとって魔術を行使する唯一の手段なんです。そして盲目の彼女は通常の魔術を学ぶことすらできなかったが、《欠片》があったのです」
「……創造神の欠片」
「その通り。彼女の欠片は無限に熱量を注ぐ力です」
「熱量を注ぐというのはどういうことだ?」
するとロントはまるで出来の悪い生徒を見たように呆れた表情をした。
「良いですか。例えば鉄を長時間加熱すると熔解します。鉄に限らず、理論上どの物質でも熱量を与え続けると溶かせます。勿論溶かせない金属もありますが、それは現在の技術ではある一定のラインに達しますとそれ以上の熱量を与えられなくなるからです。しかしモレイはどのような物質でも際限なく熱量を上げられます、それも瞬時的に」
「つまり、どんなものでも溶かせるのか?」
「ええ、如何なる防壁も無に化す高熱、それが《劫火》と呼ばれる所以です」
アテルイの《最奥》とは違う意味で防御不可能の矢、か。
飛び武器である以上アテルイの攻撃よりいくらか避けやすいだろうが数で来ると厄介だな。
「矢が爆発する理由は分かった、しかし盲目の奴がどうやって矢を撃つんだ?」
「それについてモレイも秘匿していますが、私の見立てでは恐らく熱量の感知なのでしょう」
「熱量の感知……アンデッドとの相性が最悪だな」
「そうでもありません。例えアンデッドでも動いている以上、微量の熱を発しています。まあ、生物のほどではないですがね」
ふむ、アンデッドに対しては苦手ではあるが対応できないというわけじゃないか。
まあ、そうだったら対アンデッドの切り札だと選ばれていなかったんだろうな。
「とりあえず情報ありがとう。だが最後にもう一つ」
「ほう、なんでしょう?」
「お前は一体どうやって欠片の事を知ったんだ?」
今まで欠片の適合者は多く見てきたが、ほとんどの人はそれを生まれつきの固有能力だと思っていて、《創造神の欠片》だと認識できた存在は少ない。
例外は創造神フォー=モサと契約を交わしたゲヘナ、太陽神の使徒である輝光龍イラストリアス、そしてこいつだ。
「別に大したことではありません。私は《災いの御子》の眷属でしたから、直接教わっただけですよ」
「ゲヘナの眷属!? じゃなんであいつと敵対する……いやそもそもあいつの眷属なら消滅したはずだろう?」
ヴァンパイアの眷属は主に逆らえないし、主が消滅したらともに灰になるはずだ。
しかしロントは薄く笑みを浮かべて肩をすくめた。
「こちらの事情を開示する義理はありませんよ。ただ私が既に《災いの御子》のコントロールを脱し、今は理由あって貴方達と協力すると理解して頂ければいいでしょう」
「理由、か。何度も俺達を殺そうとしたのもそのためか?」
「ふふふ、どうも誤解があるようですが、あの地下研究所では《黒翡翠》を回収するのが主目的で、貴方達とは少々戯れただけですよ」
「ミステラの郊外で、アノーラと一緒に襲って来ただろう?」
「あのダークエルフのお嬢さんですね。彼女だけでは心細いから、ジュデッカに助力を乞われて仕方なく足止めをしたまでですよ。レンツィア殿とそちらの半人前が良い戦いを見せてくれたのは嬉しい誤算ですが」
「じゃ俺達と敵対するつもりはないと?」
「レンツィア殿には既に伝えましたが、私は貴方達姉弟のような強き願いを持つ人間が破滅することが何よりの喜びです。貴方達が願いに向かってもがいている限り、私は貴方達の敵にはなりませんよ」
一拍を置いて、ヴァンパイアはふっと笑い出す。
「まあ、ついつい興が乗り手を出すこともありますがね」
「そうかよ……」
何にせよ、こいつとはいつか決着をつけねばならないということだけは分かった。
「フィー君、早く峡谷に行きましょう」
俺とロントが話している間、姉さんは峡谷のほうを眺めていた。
「モンスター側が押され始めた、タイムリミットが近いわ」
「ああ、それじゃ案内してもらおうか、ヴェルサイユ」
「ふむ、大戦の時とは地形が大きく変わったからのう、大まかな場所は分かるが詳しい道筋までは、のう」
「おいおい……大丈夫なのかそれ」
「心配するでない我が君。お主たちを《極彩骸神》のところまでつれていくのはジュデッカとの契約に含まれておる。この大悪魔が契約に背くなどせん」
「契約か、いったい何を対償にしたのやら」
「くくく、知りたいかの?」
「知りたくねえよ、さっさと行くぞ」
こうして、俺達は《常闇龍の峡谷》に入った。
§
「相変わらず、面倒なダンジョンだ、な!」
忽然と背後から襲って来た《虚界忍》を両断する。
モンスターの中でも唯一と言っていい異空間に身を隠す能力を持つこいつは油断すると不意を突かれる。
「ええ、しかも前より道が厳しくなっているわ」
ヴェルサイユの案内に従って、《常闇龍の峡谷》を潜ること数時間。
モンスターがほとんど空飛ぶ城のほうに群がっているお蔭で襲われることはほぼないが、地形が険しい上に入り組んでいるから進んだ気がしない。
「なあ、本当にこれで《極彩骸神》にたどり着けるのか!」
走りながらヴェルサイユに呼びかける。
「ふむ、地形の変化が予想以上のようだのう。さすがドラゴンの力と言うべきか、忌々しいよのう」
「迷ったとは言わないよな?」
「無論。しかしこうも道が入り組むと、奴の居場所を目指すのは骨が折れるのう。うむ、こうなれば手段は一つであろう」
ヴェルサイユは指を下――気が遠くなるほど深い谷に向けた。
「まさか」
「このまま時間を浪費するよりはマシであろう? 妾の記憶間違いでなければあそこにあった洞窟から《極彩骸神》が眠っている場所に行けるのだ。いくら地形が変わろうとあれほどの大空洞は消えたりはせぬ、ならばあの辺りの洞窟に入るのが近道になろう」
「あの辺りって簡単に言う距離じゃねぇぞ……」
俺が眉を顰めて、ヴェルサイユが指差す先――恐らく直線距離で1キロ以上も離れている洞窟を見つめる。
「――では、お先に」
マントを翻って、ロントは深淵へと飛び降りた。
峡谷に吸い込まれるように小さくなっていく姿は――勿論墜落することなく、切り立つ崖を平地のように走っている。
「フィー君、私達も行こう」
「あの人に遅れちゃダメなの!」
「あーあー分かったよ! 行けばいいんだろう!」
姉さん、ルナも後を追って飛び降り、俺も半ばヤケクソになって虚空へと踏み出した。
勿論《閃空》が使える姉さんとヴァンパイアのルナと違って、登るならともかく、垂直面を走って降りるなど、生身の俺じゃできるはずもなかった。だから――
「左腕充填・ドレッドミスト!」
不定形な霧に包まれる左腕から念動力を放って、崖の壁に繋いだ。
念動力で自分を浮遊させ、俺は振り子のように揺れながら降りていく。
§
飛び降りた甲斐があって俺達は順調に目当ての洞窟にたどり着いた。
そこから更に地下へ降りること、数時間。
「……」
緩やかな斜面が続いているが、それでも小山一つ分を降りたはずだ。
アイナが工房を構えた場所よりも遥かに深く、まるで奈落に落ちているような感じがして、《穢土》とはまた別種類の不快さがあった。
そしてそろそろ気が滅入る頃に――
「これは……」
「地下空洞だのう」
一目では向こうが見えないほど大きいな地下空洞だ。
地面と天井には無数の鍾乳石が並んでおり、ダンジョンよりは自然洞窟のようだ。
「ふむ、どうやら常闇龍の力はここまで届いていないのようだのう」
「つまりここからは知ってる道なのか?」
「うむ、しかし……」
「どうした?」
「ここにはもともと大きな地底湖がおったはずなんだが……地形が変わったせいでどこかへ流れておったか」
目を凝らしてよく見ると、確かに湖の痕跡らしきものがあった。
もう水は残っていないが、三階建ての家ほどの深さを持つクレーターが、その昔地下水による湖であったことを表している。歪な形をしているクレーターの底には数本の裂け目があって、恐らく水はそこから漏れたのだろう。
「湖がどうしたのか?」
「いや特に」
「じゃさっさと進もう」
「せっかちよのう、そんな急ぐでも妾の記憶によるとあと一時間ほど――」
と、その時。
「散開!」
「避けて!」
前触れなど一切なく、ただ直感で危険を悟った俺と姉さんの声が重なって、俺達は一斉に散開した。
一瞬の後。
轟音と共に、俺達がさっきまでいた場所が巨大な触手に潰された。
あまりにも大きな音に地下空間全体が悲鳴を上げている。もしそこに居たら間違いなく骨も残らんだろう。
ざっと見渡すとみんな無事だったようだ。
隊列の前に居たヴェルサイユはたぶん圧し潰されたが、まあ奴の事だから大丈夫だろう。
しかし今のはなんだ?
まるで巨人の斬撃――いやそれよりもっと大質量の触手が襲ってきたのだ。
真っ黒の洞窟だから直前まで見えなかったのは仕方ないとして、音どころか空気の振動すらなかったのは流石にあり得ないだろう。
ゴゴゴゴゴ……。
巨大な触手が再び動きだす。
今度はしっかりと音が聞こえるが、その音が一つだけじゃない。
「フィー君、あれ一本だけじゃないわ!」
「どうやらそのようだな……!」
三本の巨大な触手が、地底の裂け目から俺達へと伸びたのだ!




