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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第十三章 蔓延する絶望
228/229

218 峡谷の異変

※三人称視点です



「報告! 《紅殻城》から飛行型アンデッドの大群を確認! 第二十七陣です!」


 プロイセン軍指揮官マッカイ・アーサーが報告を聞いて、厳つい顔をさらに顰めた。


「うじゃうじゃ湧いてやがる……あれはハチの巣か何かってんのか?」


 膠着状態に入ってはや五日間、未だ彼らは突破口を見つけず、撤退も許されない状況にあった。


 五日前、彼が率いるプロイセン軍――正確に言うと《常闇龍の峡谷遠征軍》は峡谷の近郊に野戦陣地を敷いた。

 彼らの目的は《常闇龍の峡谷》から噴出されたモンスターを一匹残らず刈り取ることだ。


 通常、ダンジョンの中に生息しているモンスターの数は一定ではなく、ドラゴンの魔力の上下、もしくはその気紛れによって増減する。

 そしてドラゴンの魔力が長期間に渡って増幅し、討伐のスピードが追い付けなくなっている状況が続くと、ダンジョンが一旦すべてのモンスターをマグマのように排出する、それが噴出ということだ。

 噴出された大量のモンスターはまるでドラゴンの怒りに怯えるように一心不乱に逃げ出し、人間も動植物も人造物も踏みにじって、小さな町なら一溜まりもない。


 約一か月前に、《常闇龍の峡谷》に噴出の兆しありとの報告を受けて、その影響範囲にある多くの自由都市が一斉に恐怖に震い上がった。


《常闇龍の峡谷》の出現によってフォルミド王国とルイボンド邦連の貿易路が断ってられ、両国の間に存在している数多くの自由都市は一時的に収入源が激減していたが、やがてダンジョン産の素材がもたらしている富にウハウハである。

《常闇龍の峡谷》は険しい地形をしており、モンスターも脅威度高めだが、他では見られないモンスター素材や龍晶石が豊富で、探索者だけじゃなく商人や学者もどんどん集まって周辺都市はむしろ以前より潤っている。

 だがフォルミド王国のような大国と違って、ロクに武力を持っておらず、大国の庇護に入って国防を人に任せている自由都市はダンジョンの噴出に対しては無力だ。


 だから彼らはこぞってプロイセンに援軍を求めた。

 そしてここ最近国としての威信が落ち目だったプロイセンはこの事をチャンスだと捉えて、軍事力を誇示しようと二万もの精兵と最新鋭の兵器を投入し、今回の遠征軍を結成した。


 それがマッカイ・アーサーがここにいる理由である。


 しかしいざやってきてみたら、状況が大きく変わった。

 まず《常闇龍の峡谷》の地形が噴出に伴って激変し、自然形成ではありえないほど尖った高山が現れ、鳥すら容易に飛び越えられない険しい地域になったのだ。


 そしてもう一つは、あの空飛ぶ城の出現だ。


 便宜上《紅殻城(べんがらじょう)》と呼ばれているあの謎の城は、偉い学者先生が言うにはどうやら《人喰い屋敷(ホーンテッドハウス)》という建物に巣食うアンデッドのようだが、通常の《人喰い屋敷(ホーンテッドハウス)》はあそこまで大きくないし空を飛ぶなんてもっての外とのことだ。


 要するに、全く不明な存在である。


 更に厄介なのは《紅殻城(べんがらじょう)》の周囲に居る無数のアンデッドだ。


死妖精(デッドピクシー)》――昆虫の翅を持つ、内臓から嘔吐物を撒き散らす人型アンデッドで、その嘔吐物に触れる者はゆっくりだがほぼ確実にゾンビになる。

屍像鬼(ガーゴイル)》――一言で言うと黒い飛竜(ワイバーン)、身体能力が一番高く飛行速度も速い、敵軍の主要戦力でもある。

枯死霊(ブライトゴースト)》――様々な広範囲攻撃魔術を操れる半透明な人型アンデッドで、絶対数は少ないがほぼ後方に隠れているからなかなか仕留められない。


 そしてこれらおぞましいアンデッドより更に脅威視されているのは――


「報告! 敵大群の後方に屠殺者(スローター)の姿を確認! 今度は三体です!」

「ちっ、やっぱり来やがったか……!」


 ここ数日の戦闘においてもっとも死者を作り出したアンデッド、それがこの屠殺者(スローター)と呼ばれる不定形な煙である。

 極小の結晶の集合体である屠殺者(スローター)は獲物の体内に入り込み、中で無数の刃物と化して一瞬でミンチにする恐ろしいアンデッドだ。

 魔術や武器に対して凄まじい耐性を持っており、移動速度も速いから接近を許したら一気に数十人が持っていかれる。


 これらがうじゃうじゃと無尽蔵に湧いてくるのだ。

 今回の遠征軍は対空兵器を多く用意していたが、それでもこれだけのアンデッドに襲われて一日も持たず壊滅するだろうと、マッカイ・アーサーは予測できる。


 だが奇妙なことに、《紅殻城(べんがらじょう)》が遠征軍と接触する直前に、《常闇龍の峡谷》に異変が起きた。


 まず峡谷の両側が激しく変形し、険しい山が幾重にも聳え立った。

 鳥も簡単に飛び越えられない山に挟まれて、流石の空飛ぶ城も川に沿ってダンジョンの中を進むしかなかった。

 それを、まるで意思を持つようにダンジョンから噴出される無数のモンスターが次から次へと襲い掛かる。


《常闇龍の峡谷》には元々多くの飛行型や登攀に長けるモンスターが生息している。これらが狂っているように大量のアンデッドとぶつかり合って、数えきれない死体を川に落とし込んだ。


 それでも《紅殻城(べんがらじょう)》のほうが優勢らしく、今のところモンスター側がまだ城壁に触れることもできなかった。

 しかしそのお蔭で《紅殻城(べんがらじょう)》側もプロイセン軍に対して全力を出せず、こうやってアンデッド1000体くらいの部隊で延々と牽制しに来ている。

 もっとも、機動力が遥かに劣っている以上プロイセン軍も撤退したくても撤退できず、こうしてジリ貧を強いられている状況に陥ている。


 プロイセン遠征軍。

 空飛ぶ《紅殻城(べんがらじょう)》。

《常闇龍の峡谷》のモンスター。


 数多な思惑によって三者が入り乱れる戦場がますます混迷の様相を呈していた




 §




 やや離れたところ、切り立った崖の縁で三つの軍勢が交戦する姿を眺める青髪の女性が居た。


「まさかここまでの噴出になるなんて、予想以上だわ」

「ざっと見れば数万は下らないな、どうやら常闇龍シュヴァルツの気性が思いのほか激しいようだ。これで暫くは持つが……モレイが本気を出せばこれくらいのモンスターなんて簡単に蹴散らされるだろう」


 女性と会話しているのは褐色の赤子であった。

 赤子の左半分の頭蓋が破損しており、空洞の頭部を露にしている。

 吐き気を催す醜悪さを持つソレは《凋滅の死者エンジェルオブディケイ》というアンデッドだ。


 ソレと青髪の女性――《ゲゼル教国》の指導者ジュデッカはフィレン達に先んじて《常闇龍の峡谷》に入り、《天衣無縫(てんいむほう)》で常闇龍シュヴァルツを誘導し、噴出を誘発した。

 策謀と欺瞞を司るエアスヌールの神々の遺品(アーティファクト)である《天衣無縫》はどんな相手でも思考誘導ができるほど強力な魔道具であり、《翡翠龍の迷宮》が突如噴出した原因でもある。


「恐らく千年一度あるかどうか規模の噴出を引き出したのよ? これだけのモンスターを蹴散らすなんて、モレイというものはそこまで強いの?」

「ああ、制圧力なら《ラストリゾート》の中でも随一だ。ただ彼女は気分屋で興が乗らないとゲヘナの命令といえど平気で無視するから、生真面目なスズカとよく衝突しているんだ」

「では彼女が出てくるまでがタイムリミットなのね、それまでに《極彩骸神(マイノグーラ)》を見つけ出さないと」

「そう思うほうが良いだろう。……しかし君も大変だな、ジュデッカ」

「そう?」

「諸国を脅かしていた一大テロ組織をまとめ上げた死神に愛される魔女ともあろうものが、ただの足止めのために単身で最前線まで出向いてくるとはな、くっくっく、ゲゼル教国も落ちぶれたものだ」

「ふふ……もともと目的を果たすために作った組織だけだから、別にどうなっても良いけれどね、それに戦場には慣れているもの」

「目的か、神の子を産むために世界を滅ぼすとは、君とゲヘナどっちのほうが狂人か」

「さあどっちなんでしょうね。さて、ここでもうすることもないしそろそろ離脱……と言いたいところだけれど」


 山風に乱される青い髪を片手で抑えつつ、ジュデッカは振り返った。

 そこにはいつの間に近づいてきたのか、三十にも及ぶ昏い人影があった。


「なかなかの腕だな。ジュデッカ、君の敵か?」

「さあね、何分敵が多い身なんだし……しかし懐かしい匂いね、どこかで……」



「ようやく見つけたぞ、ジュデッカ」


 乾いた声がジュデッカの言葉を遮った。

 彼女を包囲する人影のリーダー格らしき者が影から溶け出すように一歩近づき、姿をさらした。


 飢えた狼のように痩せている男だ。

 目を覆うほど長い銀髪と骨張った両手、不健康に見えるがその目つきは暴力的である。


「もしかして……シュライバーくん?」


 まるで旧知のように、ジュデッカは親しげに痩せた男――シュライバーを呼んだ。


「探したぞ……俺、いや、俺達はなぁ」

「そう、貴方達はあの日逃げ出した子達なのね……」


 ジュデッカは数十年前から辺境や戦乱地域から孤児を拾って、愛情を持って育てることにしていた。

 薬で死への恐怖と忌避感をなくし、殺し合いをさせることで憎悪と怨嗟を何千倍も増幅し《黒翡翠》に捧げる。すべては《穢土》を呼び戻して死の神ナイアルを転生させるため。


 しかし十数年前に、当時の本拠地に謎の火事が発生し、それを機に数十人の子供が逃げ出した。

 この事件、ジュデッカ自身にとっても難解であった。

 子供が逃走するために火事を起こしたのは別に不自然でもなんでもないが、そもそも子供に「逃げる意思」を持つ自体が異常なのだ。


 何故ならジュデッカは孤児たちの「お母さん」であり、彼女は本気で子供たちを母親として愛情を惜しみなく注いだのだ。

 たとえその歪んだ愛の果てには凄惨な殺し合いが待っているが、薬で死への恐怖と忌避感を奪われた子供たちには喜びしかないはずだ。


 だが子供達が逃げた。それも数十人。


「俺達はなぁ、ずっとお前を探していた。もっとも過酷な戦場で、テロ組織が出没したという現場で、お前が居そうな場所なら何でもな……」

「そう。大変なんだねシュライバーくん、昔と同じ頑張り屋さんでお母さんは嬉しいわ」


 数十年越しの再会に、ジュデッカはまるで過去を懐かしむような口調をしている。


「ね、一つ教えて? どうして館から逃げたの?」


 怒らないから正直に言って、とやんちゃした子供を諭すように言った。

 そして意外にもシュライバーはそれに応じた。


「あの日はお母さん……お前にプレゼントしようと、皆で熊を狩りに行ったんだ」

「熊を? そういえば森に熊が出没してるって誰か言ったわね、まさかそれを……」

「ああ、もう誰か覚えてねぇが、熊肉は美味しいって言い出して、それで狩ってお母さんに熊料理を作るって話になったんだ。でも館の外には出られねぇから、火を放って外に出た」

「そう……別に逃げようとしたわけじゃなかったのよね」


 母親をびっくりさせようと、喜ばせようと。

 ただそれだけで、死への恐怖と忌避感を奪われた子供はいとも簡単に火を放った。


「それで館を出たら、ようやく分かったんだ……お前がずっと薬で俺達を操ったってな」

「丁度薬の効果が切れたのね」

「ああ、それで俺達が一気に思い出したんだ、今まで仲間を殺した時に感じたはずの恐ろしさとおぞましさをな。それでもう二度と館に戻りたくねぇって皆一緒に逃げ出したが、悪夢は俺達を放さねぇ。毎晩泣き喚いた子が居た、耐えきれなくて自殺しちゃった子も居た、目を閉じれば自分が殺った仲間の顔がちらつく、何食っても血の匂いしかしねぇ。だから俺達は、お前を探した……お前を見つけ出さなければならないんだ……!」


 長い前髪に隠された瞳から狂喜の光を放ち、シュライバーは二本の短剣を取り出した。


「それで、私に復讐する気なの?」

「くくく……復讐なんてするかよ。俺達が欲しいのは復讐なんかじゃねぇ、あの薬を潰すことだ」

「薬……《黒天》のこと?」


《黒天》とは、以前プロイセン軍に流布された《黒雲膏》の原材料であり、ジュデッカが定期的に子供に飲ませた薬であった。その効果は死への恐怖と忌避感を切り離し、真の安息をもたらすと言われている。


「ああ、あの薬が存在する限り、てめぇのように悪用する奴が必ず出てくる。二度と犠牲者を出さないように、あの悪夢を二度と生み出さないように、製法も原材料もルーツも関わる全員も一つ一つ潰してやる……!」


「大した抱負だな、君に育てられた子供にしちゃまともすぎるじゃないか、なあジュデッカ?」


 ラストはぐるっと赤い眼球を回し、呆れたように言った。


「ええ、本当にいい子だわ、私に勿体ないくらい」

「てめぇらがトメイト村の商人とグルだったことを王国に流したのも俺達だ。関わる役員も始末しておいた。だがてめぇのことだ、どうせ他のルーツも確保済みに決まっている。さあ、全部吐かせてもらおうか!」

「断る、だと言ったら?」


 ジュデッカは事もなげに即答した。


 ジューオンやエンマ達のせいでナイアル神を転生させる計画は破綻したが、この危機を乗り越えたらいずれ再開するつもりでいる。

 そのため、《黒天》は絶対必要だ。

 ジュデッカは簡単に己の願望を諦めるつもりなんてさらさらないのだ。


「ならば強引にでも聞き出してやる!」


 指が僅かに動いた。

 一瞬。三本の短剣が閃光となってジュデッカへと奔る

 それと同時にシュライバーは地面を這うように、十数メートルの間合いを一気に詰める。


 凄腕パーティ《レクイエム》を率いるリーダーの名に恥じない俊敏な動きだ。

 武術の心得がないジュデッカが対応できるわけがない――と思ったその時、シュライバーは無理矢理に身を捻らせ、大きく飛び退った。


 次の瞬間、まるで見えない何かに強打されたように彼が居た場所が大きく凹んで、ジュデッカへと放たれた短剣も叩き落された。


「チッ、相変わらずアンデッドを連れているか」

「さあ、姿を見せてあげなさい、《守護英霊スピリチュアル・ガーディアン》」


 甲冑を纏う人影がゆらゆらとジュデッカを守るように現れた。

 その数は三十、丁度シュライバー達と同数である。


 青白い炎を纏うそれは、目の前に居るはずなのに辛うじて目視できるくらい曖昧な姿をしており、今すぐ消え去りそうなほど存在感が軽薄である。


「言っておくがジュデッカ、私は手を貸さないぞ。以前死の運命を防いだこと、そしてヴェルサイユ(我が姫)の仮契約者を助けたことでもう君への借りは返したからな」

「ええ分かっているわ。荒事は苦手だけれど、自分でなんとかするわ」


 冷たく傍観を決めるラストにジュデッカは嫣然と微笑む。

 それと対照的に、シュライバーは獰猛な表情をつくる。


「こんくれぇのアンデッドで俺達に勝てるつもりか、舐められたものだな……!」


 サッと、左右同時に八本の短剣を取り出す。指の間に挟まれたそれらは冷たい光を放ち、使い手の殺意を代弁している。

《レクイエム》のメンバーもそれぞれの得物を掲げ、同数のアンデッドにまるで怯えずにじりじりと包囲網を狭める。


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