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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第十三章 蔓延する絶望
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217 いざ常闇龍の峡谷へ

「じゃ今日はここまで、ってルナ?」


 ルナが《滅紅塵》を持ってやってきた。


「もう起きれるのか?」

「うん、もう大丈夫なの。それで、あたしも二人と稽古したいの、できれば、リリウスちゃんの力を使って」






 リリウスの力って、つまりエンシェントヴァンパイアの血を使うのか。


「本当に大丈夫なのか? ていうか別に無理しなくても……」


 しかしルナは首を振る。


「ううん、これからはこの力じゃないと勝てない敵がいっぱいいるでしょう? それに今のあたしなら、多分使っても平気だと思うの」

「ルナ……」


 ルナなりに今の状況がどれくらい厳しいか感じ取れているだろう。

 できれば無理させたくないが、ルナの言う通りもしリリウスの力が使えれば大きな助けになるのは事実だ。


「安心してフィー君、私もスーちゃんもいるから、ルナちゃんの魂が傷つく心配はないわ。それにどうせこれから使っていくつもりなら、むしろ安全が保障されている今こそ試したほうがいいでしょう?」

「ううむ、確かそうかもしれない……」

「じゃ良いの?」

「……仕方ない」


 俺は見上げてくるルナの頭を撫でる。


「ああ、俺と姉さんが見ててやるから、全力を出せ」

「はい!」


 大きく頷いたルナは数歩距離を置いて、緊張しているようで何回も深呼吸する。そして小さく呟いた。


「――蒐窮の仮面(ペルソナ)血を嗜む(エンシェント)宵闇の祖(ヴァンパイア)!」


 魔力の風が吹く。

 日が暮れて、まだ月が見えない薄暗さの中で妖しく輝く一対の紅瞳。腰下まで届くウェーブがかった銀髪が意志を妖しくうねている。


 もともとヴァンパイアの特徴――銀髪赤眼をしているルナはリリウスの力を発現させても外見上大きく変わっていないが、少し大人じみているように見える。


「これがリリウスの力を借りる状態か……」

「ううん、まだあるの――宵闇血装(ブラッドアーツ)血河の(ヴァーミリアン)太刀(ブレイド)!」


 どことなく現れた血の奔流がルナの手に集束し、細身の、しかしルナの身丈ほどもある赤水晶の太刀を創り出した。

 ほぼ黒一色の《滅紅塵》とは対照的に、ルナが呼び出した血河の(ヴァーミリアン)太刀(ブレイド)はまるで硝子細工のように美しく、しかしながら生物のように脈を打っている。


「これは……これもリリウスの力なのか?」

「うん、エンシェントヴァンパイアだけが使える血と影を司るユニーク魔術、《宵闇血装(ブラッドアーツ)》なの。この血河の(ヴァーミリアン)太刀(ブレイド)は周りの血が多ければ多いほど持ち主が強くなるけど、血が足りないここじゃ全力出せないの」

「そうなのか。ていうかユニーク魔術まで使って大丈夫なのか?」

「うん、前よりずっと楽……のような気がするの」

「気がするって、随分と曖昧だな」

『……前は、私が抑えていたのに、ルナちゃんの負担が凄く大きくて……』


 すぅっとスーチンがルナから浮かび上がる。


『……今は、別に抑える必要がありません……結構、大人しくしていますから……』

「大人しいっていうのはリリウスの血か?」


 こくりと頷くスーチン。


『……お蔭で、こうして出てきても……大丈夫です』

「前はスーちゃんがあたしの中でずっと頑張ってたから、あたしは戦えたの」

「そんなに大変だったのか」

『私が、居なかったら……ルナちゃん、危なかった、です……』


 スーチンは相変わらず眠たそうな目をしているが、心なしか若干ドヤ顔になっているようだ。


「そうか、二人とも頑張ったな。しかしその武器を使って稽古するつもりなのか?」

「うん、あたしもフィレンさんとレンツィアさんと、全力で稽古したいの……ダメ?」

「……流石に危ないじゃないか?」


 ルナに見上げられて、俺は思わず眉を顰めた。


 俺と姉さんが行った真剣稽古も勿論危ないだが、俺達も伊達に十年以上も一緒に稽古をしているわけじゃない。お互いの呼吸を誰よりも良く分かっているし、本当に危ない時にある程度の手加減もできる。

 しかしルナとじゃそうもいかないから、今まで真剣で稽古したことは一度もない。


「今のうちにこの力に慣れたい、使いこなせたいの」

「確かに慣れない武器でいきなり実戦っていうのも危険なんだけど、それを真剣稽古に使うのはもっと危ないわよ。ルナちゃん、そこのところ分かっている?」

「う、うぅ……そうなんだけど」


 ルナがちょっとバツ悪そうに俯いた。


「まあルナちゃんの言いたいことも分かるけどね……よし、じゃこうしよう」


 姉さんは何か思いついたように掌を打った。


「ルナちゃんとフィー君が組んで、私が相手をしようじゃないか」

「え、それは二対一ってことか?」

「そう、勿論フィー君も《万象剣》使っていいよ?」


 腰に手を当てて、自信ありげに笑う姉さん。


「本当に大丈夫なのか姉さん」

『レン姉ちゃん……大丈夫なんですか……?』


 スーチンまでも心配そうに声をかける。


「大丈夫大丈夫、《血染花戦着》も着ているし、《無明》を使えば大体の攻撃を防げるわよ」

「俺の《斬神》が当たったらどうすんだ?」

「あらフィー君随分と自信があるじゃない、さっきは一回も当ててないくせに~」

「はぁ……わーったよ。別に煽らなくてもいいから、どうせ使っても避けられるのがオチなんだし」

「拗ねないの。じゃこっちから行くから、気を付けてね――《月颪(つきおろし)》!」

「ちょ、まっ!」

「きゃっ!」


 突如に姉さんの手のひらから現れた天を突く大剣。

 ロントを防御の上から押し潰し、城壁すらも両断する漆黒の斬撃は姉さんの手刀とともに振り下ろされ、慌てて飛び退く俺とルナの間に巨大な裂け目を作り出した。


「いきなりだなおい!」

「ふふふ、ほらフィー君とルナちゃんも本気出さないと……危ないわよ?」


 姉さんの髪と瞳は再び黒に染まり、全身から黒い靄のようなものが浮かび上がっている。《血染花戦着》に強化された《無明》の力は前よりも密度も禍々しさも段違いになって、際限なく薄暗い夜空を浸食する。


 どうやら姉さんは宣言通り、本気で俺達の相手をする気のようだ。

 これは一筋縄ではいかなさそうだな。


「ちっ、じゃ俺達も本気で行くぞ。姉さんの攻撃は絶対に正面から受けるなよ、ルナ!」

「は、はいなの!」


 ルナは右手で血河の(ヴァーミリアン)太刀(ブレイド)を中段に構え、左手は《滅紅塵》を鞘に納めたまま柄を握る。

 二刀流、に見えなくもないが左手は抜刀すらしていない……あれは居合の構えか?

 どっちにしろ見たこともない、妙な構えだ。


「よし、行くぞ!」

「やあああああ――!」


 俺とルナは気を引き締めて、姉さんに立ち向かう。




 §




「はぁ……はぁ……はぁ……ダメだ、もう動かない……!」


 数時間後、月が最高点を過ぎて落ち始めた頃、俺は大の字になって地面に寝転んだ。

 そして汗一つない姉さんとルナが俺に話しかける。


「フィレンさん、大丈夫なの?」

「フィー君もうへばったの、早いね」

「じょう、だん……言うな……もう何時間も、やってるんだぞ……そろそろ休ませろっ」

「あら本当だ、いつの間に。じゃフィー君も動けなくなったし、真剣稽古はここまでにしてあとはルナちゃんの動きを見てあげようか?」

「はい、お願いなの!」


 少し離れたところで稽古を再開する姉さんとルナを眺めつつ、俺は荒い呼吸を整う。


「ふぅ、まったく叶わないなぁ」


 当たり前な話だが、姉さんと完全にヴァンパイアになったルナは疲れを知らない。そしてそれ以上にお互いの力の差が顕著だ。

 姉さんは言うまでもないが、エンシェントヴァンパイア化しているルナの身体能力も十分に脅威的で、速さだけで言えば姉さんに迫るほどである。

 周りに沢山の血液があれば、血河の(ヴァーミリアン)太刀(ブレイド)の能力で更に速くなるって話だから末恐ろしい。


 身体能力だけで言えば、いくら《万魔殿(パンデモニウム)》があっても二人には到底及ばないだろう。


 だが姉さんが言うには、どうやら俺は敵の隙を窺う――いや、隙を作らせるのが上手らしい。

 実際さっきの稽古でもルナが姉さんを引き付けてくれたお蔭で俺が自由に動き回れて、何度か姉さんの不意を突くことができた。

 まあ、結局一撃もクリーンヒットを入れられなかったが。


 これをどうやってアテルイやスズカなどの強敵との戦闘に活かせるか、が今後の課題だな。

 今のところは幾つかのパターンを考えているが、どれくらい通用するかまだ分からん。もっと練らなければいけない。


「と、その前に」


 まだ稽古を続いている姉さんとルナに一言かけて、俺は先に宿に戻って、宿の一角を勝手に改造して臨時工房にしているアイナの処に訪れた。

《血染花戦着》を仕上げた後、アイナは休憩も取れずにすぐさま次の作品に取り掛かった。どうやら《血染花戦着》はリリウスの血によるところが大きすぎるから、職人として腕を十分に振るえなくて不満を覚えたらしい。

 そしてこの自由都市では《常闇龍の峡谷》から獲れる珍しいモンスター素材が流通しているから、そこから得たインスピレーションもあるとかなんとか。


「いくら職人魂が燃えているとはいえ、あまり根を詰めすぎないようにと言っておかなければな……」



 アイナの臨時工房に入ると、何かが倒れていた。

 いや何か、ていうよりアイナだった。


 大量な廃材に埋もれて、綺麗な緑髪も色んな液体やら汚れやらのせいでパッと見たら何かのぼろ布にしか見えなかった。


「おいアイナ! 大丈夫か、おい!」

「ぅ……うん?」


 駆け寄ると、のんきな呻き声とともにアイナ身を起した。


「すみません……どうやら気を失ったようです」

「気を失ったって」


 この人、アンデッドなんだよね?

 いや確かゾンビならともかく、魂を持つ高位のアンデッドなら数十日に一回くらい睡眠が必要だと姉さんから聞いたことがある。

 ってことは気を失うほど無理してたの!?


「アイナ、休んだほうがいいんじゃ」

「う、うん、分かっています。あと少し、この部分が終われば……」

「いやそれ結局休まないパターンだよ、絶対」


 アイナは子供のようにいやいやと首を振って、何だかよく分からない革袋を掴んで立ち上がった。


「それは? なんか《便利袋(ハンディパック)》っぽいけど」

「! よく聞きましたね!」


 きらーんと、音が聞こえるほどアイナの瞳に火がともった。


「これはですね、《虚界忍び(アストラルストーカー)》の素材から作った魔道具です」

「《虚界忍び(アストラルストーカー)》って確か《常闇龍の峡谷》で遭ったモンスターだったよね? 消えたり現れたりする奴」

「ええ、モンスターの中でも唯一と言っていい、空間転移の能力を持つ極めて珍しいモンスターです。私も直で見たことありませんが、どうやら最近《常闇龍の峡谷》の活動が活発だったためかなりの数が出回っているらしいです。そしてこの都市に住んでいる名うての魔道具職人が、この素材からこの《一品袋(エキストラポケット)》という新しい魔道具を発明したのです。なんと、これの効果は無機物を一件のみ収納できることですよ!」


 興奮しているアイナを見て、俺は首を傾げる。


「一件のみか、《便利袋(ハンディパック)》と比べりゃ結構不便だけど、そんな凄いのか?」

「勿論です! 何故なら《便利袋(ハンディパック)》に使われる空間魔術の術式は未だ解明されていません。複製こそは可能ですが流用どころか改良すら不可能です。それと比べれば、《一品袋(エキストラポケット)》の術式は虚界忍び(アストラルストーカー)の素材使用が前提なんですが、かなりシンプルで、ゴーレムへ流用することも可能です!」

「おお、つまりファタリテ君にも使えるのか!」

「そう、その通りです! これですべてのゴーレム職人を長く悩ませてきたサイズと重量の難題を解消でき……きゅぅ~」


 バタンと、拳を力いっぱい握って力説するアイナがまた倒れた。


「言わんこっちゃない……よいしょっと」


 今度起こそうとせずに、アイナを抱いて立ち上がった。


「姉さんに頼んで、せめて一晩くらい魂を寝かせようか」




 §




 数日後、準備が整いたとジュデッカからの連絡を受け、俺達は自由都市を発った。

 俺達に同行するのはロントとヴェルサイユ、ジュデッカとラストは一足先《常闇龍の峡谷》へ向かったらしい。


 道中、俺達はずっとロントを警戒していたが、向こうは飄々とした様子でたまにルナと姉さんに視線を向ける以外何もしてこなかった。


 ちなみにロントは移動中、《蒐窮の仮面(ペルソナ)》で黒い翼竜になっている。

 飛竜(ワイバーン)の数倍もあり、二十メートルほどの翼幅を持つその姿は明らかに他のモンスターと一線を画す。

 翼竜に変身中のロントはどうやら何らかの手段で陽光を防げているようで、たとえ日中であっても平然と飛翔を続いている。


 そして十日目の夕暮れ時、そろそろ《常闇龍の峡谷》が見えてくるだろうと思ったその時。

 地平線から聳え立つ複数の黒い影が幾つかもあった。


「あれはなんだ……山?」

「そうね、それもかなり険しい高山だね」

「あんな山あったっけ」


 確かに《常闇龍の峡谷》は山間地域にあったが、それでも峡谷の両側は相対的に平坦な地形をしているはずだ。あんな険しい山が幾つかもあったらそもそも隊商(キャラバン)が通れるはずもなかった。

 しかも近づくにつれて、黒い影がいずれも雲に突き入るほどの高山だと判明した。


「嫌な予感がする……いやもう予感じゃないな、どう考えても面倒くさい事態になっている」

「本当、どこまでデタラメな存在かしらね、ドラゴンってのは」

「え、え、え? あそこってあの峡谷なの?」

『うん……前と同じ、あのドラゴンが残した匂いがします……』

「みんなの故郷が……もう姿形も残っていませんわね、ぐすん」


 俺達の目の前で展開されていくのは、変わり果てたスロウリ峡谷。

 もともとドラゴンによって形が変えられ、道が複雑化されていたスロウリ峡谷だが、今はもう原形を留めていないほど変わっていた。


 川が捻られ、まるで木の枝のように何本もの細い川に切り分けられている。

 その両側にある土地も高山に変えられ、川を挟んで無数のの断崖絶壁を作り出す。

 どう見ても人を拒絶している険阻な絶地にしか見えないが、そこはダンジョンだ。雲に半分くらい入っている山の表面にはしっかりと舗装された山道があり、絶壁の間には橋が作られている。


「前よりもパワーアップか、悪意がマシマシになっているなこりゃ。ったく常闇龍ってやつはどんだけ性格が悪いんだよ……うん?」


 見たこともない厳しいダンジョンに呆れながら悪態をつくと、ルナに裾を引かれた。


「フィレンさん、あそこなんかいっぱい飛んでるの」


 目を凝らすと、やけに低い位置にある雲だなぁと思ったそれはどうやら雲なんかじゃなくてモンスターの大群らしい。

 この距離からだとまるで蠅にも見えるが、実際は飛竜(ワイバーン)並みの大型飛行モンスターだろう。しかし何故あそこに集まるんだ、しかもこの数で。


 やがて俺達が近づくにつれ、雲かと見紛うほどモンスターの大群の正体が明らかになる。


 それは空を飛ぶ城と、城を十重二十重に取り囲んでいる無数の飛行型アンデッドと、それらと交戦しているモンスターだ。

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