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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第十三章 蔓延する絶望
226/229

216 真剣稽古

俺は拳をあげて、ルナの小さな拳とトンっと合わせる。

姉を持つ同士の誓いだ。





 次の日、俺は早速姉さんと稽古に打ち込む。


「シッ!」


 鋭い踏み込みと共に連続でジャブを放つ姉さん。

 ジャブとはいえ、もともと怪力だった姉さんが《血染花戦着》によってさらに強化されるのだ。いくら稽古に《無明》の力を使わないと言っても、一発一発が戦鎚にも勝る威力を持っているそれをまともに喰らったら大怪我では済まさないだろう。

 拳の先端をしっかり見極めて、俺はぎりぎりと姉さんの間合いから飛び退る。


「どうしたのフィー君。逃げてばかりじゃ意味ない、よ!」


 さらに踏み込んで、鉤突き(フック)

 稽古にスパルタなのはいつものことだが愛する弟に対して殺意高すぎるだろう。


 だがジャブに比べて鉤突き(フック)の隙が大きい。

 俺は殺人的な風圧を感じながら更に後退し、《森羅万象》を放つ。


「はあああああ――!」


 ――が、姉さんは既にそこに居なかった。


「動きが大きいから見え見えだよ!」


 神速の六回斬撃が空振り、姉さんは《閃空》でいとも容易く俺の背後を取って、空中とは思えない鮮やかな動きで回し蹴りを放つ。

 しかしそれは計算の内だ。


「つか、まえた!」

「っ!?」


 姉さんの行動を読んでいた俺が振り返った時、姉さんは既に回し蹴りの準備動作に入った。

 今なら、避けられない!


「《斬神》!」


 魔力を一本一本の筋肉の末端まで流し、一連の工程を一瞬で終わらす最速の斬撃。

 稽古用の木刀で放たれた《斬神》に姉さんの《無明》を破る力はないが、それでも姉さんを吹き飛ばすには十分すぎる。


 と、思ったその時――――ぐにゃりと、姉さんの姿が歪んだ。


「!?」


 ほぼ反射的に《斬神》を止め、全力で体を横に倒す。

 その俺のすぐ側を、姉さんの踵落としが掠めた。

 ドンっと、重い音とともに地面に小さいな亀裂が出来てしまった。


 回し蹴りからの踵落とし、体勢的に言えばほぼ不可能な繋ぎだが、それを可能とする最速の戦技――《絶影》を会得している姉さんなら造作もない。


「あら、よく避けたわね、さすが私のフィー君」

「自分でも驚いているよ、ちなみにさっきの当たったらどうなる?」

「……当たらなかったからいいじゃない」

「おい何今の間、ていうかさっき一瞬やっちゃったって顔になってるぞ」

「うるさーい、お姉ちゃんの稽古に文句ある?」

「ないけどさ……それよりどうやって今の《斬神》を躱したの?」


《斬神》は俺が知る限り最速の攻撃だ。

《絶影》ほどの汎用性こそないものの、代わりに他の追随を許さない速さを有している。たとえ姉さんの《絶影》でも先手を取れれば絶対に避けられることはない。

 それにさっきは確実に姉さんの不意を突いたはずだが……。


「だってフィー君のそれは上段からしか放てないでしょう? 軌道が分かっているなら後はこっちから誘ってタイミングが分かれば先に回避に入ればいいじゃん」

「つまりわざと隙を見せて誘ったのか?」

「そうよ、気づかなかったなんてまだまだだね~」

「全然気づかなかったわ……はぁ」

「そう落ち込まなくてもいいのよ、それでも《万象剣》を持ってきたら回避できるかどうか怪しいからね」

「流石にそれで稽古するのは危険すぎるよ。それにさっきの状況じゃ、たとえ《万象剣》でもアテルイ相手なら通用しなかっただろう?」

「うーん、まあ、そうね」

「ならばもっと特訓して、もっといい状況に《斬神》をねじり込めるようにならないと」


 正直今の姉さんは《屍霊(ナズグル)》の身体能力、更に《絶影》や《閃空》など最高難易度の戦技も自在に駆使できるから、普通にやればとても俺が太刀打ちできる存在ではない。

 だがこれから俺達が相対する敵はいずれも格上ばかりになるだろう。窮地に立たされた場合の対応、死線を潜る緊張感、隙のない相手に必殺の一撃をねじ込むあらゆる手段、これら全てに、俺はあえて体を慣れさせようとしているのだ。


「よし、じゃ気を取り直してもう一回やるわよ?」

「なぁ姉さん、試しに《無明》を使ってくれないか?」

「……フィー君、本気?」


 形のいい眉を寄せる姉さんの目を見て、俺は頷いた。


「ああ、今の俺が姉さんと……それと奴らとの差を知りたいんだ。それにもっと極限まで自分を追い込んだら、何か見えてくるじゃないかなって」

「分かった。じゃ私は全力で行くから、フィー君も《万象剣》を使って」

「良いのか?」

「ええ、《万象剣》じゃないとすぐ壊れちゃうからね。それに私の心配ならいらないわ。多分フィー君は――私に一撃を入れるのも無理なんだから」


 そう言って、姉さんの雰囲気が一変した。

 限りなく濃密な水銀のような漆黒が一瞬で瞳と髪を染め上げ、質量を持つような威圧感をまき散らしている。


「くっ、分かってはいるが、すげぇなこれ……」


 恐らくこれでも抑えているんだ。

 稽古中の姉さんに殺気はないからそこまでの恐怖はないが、存在自体が空間を引き裂くほどの暴力を秘めているからどうしても生存本能が反応する。


「ふっ、そこまで言うなら俺も全力で行かせてもらうよ、姉さん――右腕充填(チャージ・ライト)・アイアンスレイヤー、左腕充填(チャージ・レフト)・ドレッドミスト」


 俺の右腕は黒く刺々しい鎧に包まれ、左腕は紫色の不定形な霧に包まれる。

万魔殿(パンデモニウム)》に充填されている二体のアンデッドはそれぞれ人離れした怪力と念動力をもたらしてくれる。


「――しっ!」


 十メートルほどの間合いを一瞬で詰めてストレートを放つ。

 見惚れるほど綺麗な型。

 シンプル極まりない、《無明》を纏う黒銀の正拳が最短ルートを辿って俺に迫る。

 僅かな判断ミスでも死に繋がる最中、俺はあえて《万象剣》を上段から放ち、姉さんの拳に迎撃することにした。


 重たい金属音が、体の芯まで伝わる。


 大きく吹き飛ばされた俺は、体がバラバラになりそうな痛みを耐えつつなんとか転ばずに踏みとどまった。


「っっつー……!」


 腕から伝わってくる震動に全身が痺れる。

 やっぱりアイアンスレイヤーの腕でもこの筋力差は埋まらないか。ていうか生身の腕だったらもう折れているかもしれない。アテルイほどじゃないにしろなんて力だ。


「はああああああ―――!」


 姉さんはすぐさま《閃空》で距離を詰めて、空中から飛び回し蹴りを仕掛ける。

 直感で防御なんて不可能と悟った俺は飛びずさって、姉さんが着地する瞬間を狙って《斬神》を放とうとしたが、気づいたら彼女は既に視界からいなくなった。


 また《絶影》か!


「舐める、な!」


 背後から風圧を感じて、思いっきり横へ飛んだ。

 斜め後方から姉さんの鉤突き(フック)が掠める。

 死角からの一撃だ。正直姉さんの動きの癖を熟知している俺じゃなかったら絶対に避けられなかった。


「まだまだ行くよ!」


 姉さんの追撃が続く。

 普段の動きでも十分早いが、《絶影》が発動するともはや勘で回避するしかない。その速度差に俺は翻弄されている。


 なんとか念動力で姉さんの動きを制限しようとドレッドミストの糸を飛ばしているが、姉さんはまるで不可視の糸が見えているように、接触を最小限にできるルートで俺に肉薄する。


「なんで見えるんだよ!」

「ふふ、フィー君の目を見ればどこに糸を飛ばしているか自然に分かるものよ」

「やっぱり厄介だな!」


 身体能力だけじゃなく、姉さんの戦闘勘も冴えている。

 正直今も躱せ続けているのが不思議くらいだが、あと数手で追い詰められる――いや、そうなるように姉さんが仕込んでいるに違いない。

 姉さんの動きと目から俺はそう読んでいた。


 しかし俺は自分も驚くほど冷静でいる。

 勿論姉さんが相手だから、というのもあるが、ここまで攻撃を凌げているのは多分リリウスがやってくれた試練の賜物のお蔭なのだろう。

 死と隣り合わせであればあるほど、死線に近づけば近づくほど余計なものを削ぎ落されて、動きが洗練になっていく気がする。


「なかなかやるわね! でもこれで、チェックメイトよ!」

「やばっ……!」


 何度目か知らない死角からの鉤突き(フック)。だが今までのどの攻撃よりも速いそれは、気づいた時にはすでに回避できる間合いではなくなっていた。

 まさかこれまでは速さを隠していたのか!


「!?」


 必殺になるはずの一撃は、しかし空を切った。

 俺はドレッドミストの念動力で自分を後ろへと飛ばしたのだ。


「《斬神》!」


 凄まじい勢いで後退しながら、俺は牽制目的で《斬神》の衝撃波を飛ばす。

《斬神》はたとえ衝撃波だけでも《首なし騎士(デュラハン)》を両断するほどの威力を持っているから例え姉さんでも無視はできないはずだ

 。

 これで一旦体勢を持ち直す――!


「まだまだ甘いわよ、フィー君!」


 姉さんの腕、いや指の先端が僅かに動いた。あの動きは、暗器か!

 しまった、《斬神》を放った直後の硬直が――。


「ちっ!」


 なんとか編み棒のような暗器――《蛾眉刺《がびし》》を右腕で弾いたが、殺人的な風圧は既に頭上から俺を捕らえていた。

 姉さんは暗器を投げるのと同時に俺の頭上に飛び移り、逆さまの体勢から渾身の踵落としを放ったのだ。


「《天楼落月》!」


 黒い軌跡を描きながら、戦斧のように振り下ろされる踵。

 下手に防御したら武器ごと潰されかねない。


 コンマ数秒後に訪れるであろう死の運命。

 勿論姉さんが本気で俺を殺すわけがないが、極限に研ぎ澄まされた俺の精神にはもうたった一つのものしか残っていなかった。


 即ち、姉さんを想う気持ち。


 姉さんのためなら俺は何にでもなるという決意。姉さんを想っている限りは俺は何でもできるという確信。体の芯から末端まで浸透しているこの気持ちは、ここで躓くことなんて許すわけがない!


「っが、あああああ――!」


《斬神》とは逆方向の切り上げで迎撃する。

 当然力もスピードも《斬神》に遠く及ばず、姉さんの《天楼落月》とぶつかったら一瞬で潰れるのが目に見えている――が、その寸前に姉さんは突然身を捻り、まるで俺から逃げるように《閃空》で大きく飛び退った。


 だが、実際はそうじゃないと俺も姉さんも知っている。


「危なかったわ、捕まるところだったね」

「なんだバレてたのか」

「さっき気づいたばかりだけどね」


 姉さんは舌を出しておどけるように笑みをこぼし、言葉を継いだ。


「フィー君はずっと念動力で私の動きを誘導していたのね、もしあのまま踵落としを振り下ろしたら沢山の糸に絡まれて、私はしばらく身動きも取れなくなったでしょう」

「ああ、姉さんは糸を飛ばす時の風が読めるから、事前に離れた場所に糸を設置して、そこに誘導すればうまく罠に落ちてくれるじゃないかなってね。むしろどうやって直前に気づいたの?」

「だってフィー君の目がちらちらと何もない方角に向けていたから、もしかして何を仕込んでいるかなと思ったの」

「演技が甘かったか……ていうかよくそれで気づいたな」

「そりゃフィー君の視線がお姉ちゃんに向けていないなんて怪しいに決まっているじゃない、いつもなら四六時中お姉ちゃんを見ているだもの」

「そんなに見てはいないと思うが……」


 俺が苦笑すると、姉さんもつられて笑った。


「それにしてもその念動力って便利だね」

「上手く使えば相手の動きを制限できるからな、といってもそこまでの強度がないから本当に強い相手なら一瞬で脱出できるだろうが」

「そこは発想の転換じゃない? 相手じゃなく自分に縛り付けるの、とか」

「自分に?」

「フィー君は念動力で自分を飛ばしてたりするでしょう? あれと同じように手や足を動かしたら使えそうじゃない?」

「手や足を動かす……」


《ドレッドミスト》の念動力は不可視の糸みたいなものだ。

 それを使って罠を張って敵の動きを制限したり、自分を飛ばしたりするのが一番有効だと俺は考えていた。

 姉さんの言うように手や足を動かすってのは、要は操り人形のように自分を操ることだ。そんな状態で戦えるのか?

 どう考えても一時的に出力が上がるがまともな太刀筋を繰り出せるわけがない……が、よく考えてみれば戦技だって要所要所に動きをサポートするようなものだ。操り人形との違いはサポートの出所が内側か外側か、この一点のみだ。



「……それ、使えるかもしれない」

「ふふーん、でしょう? それで、まだやるの?」

「いや、もう十分だ。念動力の新しい使い方ももう少し模索しないと実戦じゃ使えなさそうだし、姉さんのお蔭で今の自分がどれくらいできるか分かった。当たり前なことだが、どうやら本当に強い相手にはまだまだ手が出せないようだ」

「そうでもないわよ。最後のあれもそうだけど、フィー君はどう見てもピンチな瞬間でも一撃逆転のチャンスを窺っているから、敵からしたら結構面倒くさい相手だよ?」

「そう……なのか?」

「お姉ちゃんの贔屓目かもしれないけど、フィー君は相手の隙を窺うのは上手だと思うよ。ううん、窺うというより防衛をこじ開けて隙を作らせるのが上手い、かな」

「なるほど……意識していなかったが、そうかもしれん」

「昔はそうでもなかったけど、ここの所ずっと強敵を相手にしてきたんだからね、才能が目覚めたじゃないかしら。さっすが私の弟ね。よっ、天才!」

「ははは、ありがとう」


 俺は小さく頬を掻いた。

 稽古の後に姉さんにこうやって褒められるのが珍しいから、ちょっと嬉しいが面映ゆい。


「そういう姉さんも前より《無明》の発動がずっと上手くなっているね」

「うん、実は私もずっと考えているの」

「何を?」

「アテルイが言うように、欠片の力には《最奥》っていうものがあるでしょう? ならば私にもあるじゃないかなって」

「《最奥》、か」


 あの戦いの後半でアテルイに起きた変化。

《封滅領域》はもともと広範囲で呪文や魔道具を無効化するという、どちらかというと防御寄りの能力だが、一転して触れた物の存在を抹消する攻撃的な力になった。

 いや触れた物だけじゃない、奴はその抹消の力を衝撃波のように遠くへ飛ばせるのだ。

 奴の《最奥》のせいで防御が不可能になり、攻撃も迂闊にできなくなった。これをなんとかしないと、アテルイを倒すのは不可能と言えよう。


「確かあれが魂の極致って言ったよな」

「ええ、『欠片の力を極めることは即ち、己の魂を世界に焼き付けること』……それが《最奥》ってね」

「なんだか曖昧だな、分かるような分からないような……でも姉さんがこういうこと言い出したのは何か掴んだのだろう?」

「そうね、私の欠片――《魂の酷使》は魂を操作する力だと思っていたけど、応用すればこうして《無明》の力も創り出せるから、これは私の仮説なんだけど、もしかして欠片の力は本当はもっともっと応用が利くなんだけど、私達の認識に制限されているじゃないかな?」

「つまり認識を変えればもっと応用が利くようになると?」

「あくまで仮説だけどね、できれば一度レキシントン先生に聞いてみたいわね」

「先生か……あの戦争の時にラカーン市に居たらしいが、無事だったかな。あ、魂って言えば、ジェイが屍霊(ナズグル)には魂の有り方に応じて固有能力があるって言っただろう?」

「言ったね」


 あれはアテルイと戦った前夜、ジェイからアテルイのことについて教わった時のことだ。

 生前のアテルイはその体質故、臆病とも言われるほど怪我を恐れていたから、屍霊(ナズグル)と化した後も出鱈目な再生力を持っていると聞いた。


「じゃ姉さんの固有能力は何?」

「うーん、実は見当はついている」

「え、本当か!?」

「確証はないけどね、あくまで推測」

「どんな推測だ?」


 しかし姉さんはおどける様に片目を閉じて指を一本立てて、横に振った。


「な・い・しょ」

「え、なにそれ?」

「なんか恥ずかしいから言いたくなーい。あくまで推測だから、それを含めてまずはレキシントン先生と相談したいかな。まあどの道戦闘用の能力じゃないから今は気にしなくていいわよ」

「なんだそれは……まあいいけど。と、もう夜か」


 姉さんと話し込んでいると、日がそろそろ落ちるのに気づいた。


「じゃ今日はここまで、ってルナ?」


 ルナが《滅紅塵》を持ってやってきた。


「もう起きれるのか?」

「うん、もう大丈夫なの。それで、あたしも二人と稽古したいの、できれば、リリウスちゃんの力を使って」


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