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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第十三章 蔓延する絶望
225/229

215 ルナ、目覚める

 はしゃいでいる姉さんにあれこれ質問されて、アイナもニコニコと説明する。


 微笑ましい二人を見て、俺も久しぶりになんだか安らぎを感じた。








《血染花戦着》が出来た翌日、ルナが目を覚めた。


 付きっきりで世話をしているリースからそれを聞いて、俺と姉さんはすぐに宿に戻った。


「ルナ、起きたのか?」

「フィレンさん……うん、今さっき起きたの」


 ベッドに横になっているルナが小さく手を振る。弱々しくに見えるが、どうやら意識がはっきりしているようだ。


 陽光を避けるため、ルナの部屋に窓はない。ランプの灯に照らされ、ウェーブがかった長い銀髪が濡れたような輝きを孕んでいる。


「心配かけてごめんね」

「無事ならいいさ」


 久しぶりに見たルナの笑顔に俺も姉さんも胸を撫で下ろした。


 一時的にとはいえ、エンシェントヴァンパイア・リリウスの力を借りたルナは、あまりにも強大な力に溺れていた。幸い、膨大な魂を持つスーチンがルナと同一化し彼女の魂を守り続けたため無事に済んだが、それでも極端に弱まっていたのだ。


 魂の回復なんて、たとえ凄腕の治療師がついても数ヶ月や一年以上も掛かるのが普通だが、姉さんが毎日《魂の酷使》でルナに力を分けているから、ここまで快調に回復してきた。


「っ……ルナ、本当に、本当に良かった……ぐすっ、もう二度と無茶しないで……」


 リースは泣きながらルナに覆い被さる。


「ふふ、重いよぉお姉ちゃん……」

「大丈夫かルナ。どこか痛みとか、変だなと思うところない?」

「ううん、フィレンさん、もう大丈夫なの」

「そっか。お姉ちゃんを守るのも大事だが、無茶はほどほどにしてくれよ。姉泣かせはよくないぞ?」

「うん、ごめんね……それとありがとうねレンツィアさん、寝ている時もレンツィアさんから力が流れてくるのを感じたの」

「ふふ、それなら良かった。スーちゃんにも礼を言ってね、ずっとルナちゃんを守ってたんだから」

「うん……スーちゃんもありがとう。スーちゃんがいなかったらそもそもあの女騎士さんと戦えなかったもん」

『……頑張りましたから……腹減った、かもしれません……』


 ルナから半透明な影が浮かび上がる。

 いつにもまして眠たそうな目をしているスーチンが小さく呟いた。


「ふふふ、あとで一緒に美味しいものをいっぱい食べるからね」

「それをするにはまず元気にならないとな」

「もう元気だよ、んっしょ……」


 ルナは体を起こそうとしたが、力がうまく入らずまたベッドに倒れこんだ。


「おいおい、だから無茶はほどほどにって言ったばかりじゃないか」

「私が食事を用意してきますから、ルナちゃんもう少し休んでてください」


 アイナが部屋から出た後、姉さんは横になっているルナを見て小さく言った。


「これじゃ暫く休養するほうが良いかもしれないわね」

「……そうだな」


 三日後、俺達は《常闇龍の峡谷》へ極彩骸神(マイノグーラ)を討伐しに行く。

 穢土軍とプロイセン軍が交戦している戦場を通ることになるから、厳しい戦いは避けられないだろう。しかし今のルナを見ると、とてもすぐに戦えそうにない。


 しかしルナ一人をここに置き去りにするのも、それはそれで心配になる。


「スーチンも、それとリースさんも一緒に残ったほうが良いと思うけど、どうかな?」


 リースは心配げにルナの顔を見て頷いた。


「……ええ、分かりました。ごめんなさい、皆さんと一緒に行けなくて」

「大丈夫よ、私とフィー君、それにアイナさんも居るのだから」

「ああ、心配はいらない、ルナをよろしくな」


 ルナは二人のやり取りに首を傾げる。


「お姉ちゃん、フィレンさん、何の話?」

「実は――」


 リースはジュデッカと極彩骸神(マイノグーラ)のことについて話した。

 そして厳しい戦いが予想されるから、目覚めたばかりのまだ本調子ではないルナを置いていくことも。


「そう、なの」


 俯くルナ。

 恐らくルナは嫌がるだろうが、流石に今の状態じゃ戦えないし、またエンシェントヴァンパイアの力を使わせてヴァンパイア化を進ませるにもいかない。ちゃんと説明してルナに納得してもらわないと――


「フィレンさん、みんな、話があるの」


 反発するかと思ったが、ルナはゆっくりと喋り出した。


「あのね、多分あたしは明日になれば元気になると思うの」

「どういうことだルナ?」

「眠っている間、分かったの。あたしの体はもうほとんどヴァンパイアになっちゃったって」

「ル、ルナ、それは本当なの……!?」


 リースは信じられないように、目を開いて震える手でルナの肩を掴む。


「本当だよ。あのエンシェントヴァンパイア……リリウスちゃんが教えてくれたの」

「リリウスが?」

「うん、あたしが飲んだ血がリリウスちゃんの一部でもあるから、眠っている間ずっと話しかけてくれたの」


 まさかリリウスの血がそんなことを……ていうかリリウスちゃんって。

 どうやらルナはリリウスの血を通して彼女と随分親しくなったようだ。別にあいつは悪人とは思わないが、それでも油断にならないほうが良いと思うが。

 まあそれより今はルナの話だ。


「リリウスが何を?」

「ヴァンパイアっていうのはね、いろいろの《血統》があるの。リリウスちゃんが眷属のヴァンパイアを作ったら、まず一つのユニーク魔術を与えるの。それで眷属のヴァンパイアが更に眷属を作ったら、同じ力を持つようになるの。それがヴァンパイアの血統証明みたいなものなんだって。そしてリリウスちゃんが《災いの御子》にあげた力は《蒐窮の仮面(ペルソナ)》なんだから、あたしもそれが使えるようになったの」

「そうなのか……それで、体がヴァンパイアになったのと関係あるのか?」

「うん、リリウスちゃんがね――」


 リリウスの話をまとめると、ヴァンパイアにとって、血は魂そのもの。

 そして《蒐窮の仮面(ペルソナ)》は血を通して他人の魂を読み込み、自分の器を拡大する魔術である。

 ハーフヴァンパイアのルナはもともと人間程度の魂しか持っていないから、たとえ《蒐窮の仮面(ペルソナ)》を使っても存分にその恩恵を受けることはできないが、魂が大きく変化することもなかった。


 しかしリリウスの()は人間の魂にとってあまりにも大きすぎる。

 これが普通の人間ならば一瞬で魂が破壊されるだろう。しかしルナは《災いの御子》の因子を受け継ぐ存在、つまりリリウスの眷属でもあるのだ。

 そのため破壊されることなく、逆にリリウスの協力を得て魂が作り直され、元の何十倍もの強靭さを持つ魂――ヴァンパイアの魂として生まれ変わった。


 意識を失ったのも、単に魂が拡張の痛みに耐えきれなかったから、だそうだ。


 肉体から見ればまだ半分人間のままだが、それも時間の問題でいずれヴァンパイアになるらしい。


「ほ、本当なの? なんとか止める方法……」

「もうできないよ」


 ルナはリースの質問に首を振った。


「自分でも感じているの。うまく言えないけど、昔と全然違って、体の血が夜を求めて蠢いているの。だからね、今は力が入らないけど、夜になればきっと直ぐよくなると思うの」


 夜のヴァンパイアは正しく不死といえる存在。その再生力はほぼ無限と言っても過言ではない。

 実際あのロントも姉さんにぶった斬られたが一瞬で復活したと聞いている。

 だがその代償に、ルナは二度と人間に戻らなくなった。人間にとって、完全にヴァンパイアになるということは死ぬということだ。


「ごめんね、お姉ちゃん」

「ルナ……ルナぁぁぁぁ、うぅぅぅ、うああああぁぁぁぁぁ――……!!!」


 震えるリースはルナを抱きしめ、ルナの首元に顔をうずめる。

 自分がミイラになっても、美しい容姿が干からびた死体のようになった時でも涙一つ見せなかったリースが、子供のように号泣しだした。


 ルナは子供をあやすようにリースの背中を撫でる。

 俺達はなにもできず、ただ佇むことしか。

 やがてリースの泣き声が落ち着くなり、ルナは言葉を継いだ。


「ごめんねお姉ちゃん、いっぱい悲しませて。でもあたしは嬉しかったの」

「ルナ……どうして……?」

「これでやっとお姉ちゃんと皆を守れるようになったって。それにお姉ちゃんは表じゃ死んだことになっているし、これでお姉ちゃんと一緒になったの」

「……ルナ、でも」

「だからお願い、一緒に行かせて。あの極彩骸神(マイノグーラ)っていうのはとても危険なアンデッドでしょう? お姉ちゃんはいつも皆のことを考えているし、皆のために頑張っている。あたしはお姉ちゃんのようにはなれないけど、お姉ちゃんの力になりたい」


 それはまさしく、腕を《不死義肢(アンデッドグラフト)》に置き換えた俺が抱いた気持ちだ。

 たとえ体がアンデッドに変わろうと、これで姉さんの力になれれば、むしろより姉さんに近い存在になって嬉しさを感じている。


 勿論これはただのエゴだ。

 姉さんはそんなことを望んでいないどころか悲しいんでいるというのに、どうしようもなく自分の無力さに苛まれて、このようなことしか解消できなかったのだ。

 今この瞬間、きっと姉さんもリースも理解できないが、俺だけがルナの気持ちに共感できてしまっている。


「お姉ちゃんも、皆を守りたいでしょう? なのにあたしのせいで行かないなんて絶対嫌なの。お姉ちゃんと一緒にいるのは嬉しいけど、お姉ちゃんの足を引っ張るのだけは嫌なの。お姉ちゃんのためなら、リースお姉ちゃんの力になれるのなら、あたしはヴァンパイアでも何になってもいい!」

「ルナ……」


 ルナはまっすぐな瞳でリースを見つめている。その赤い輝きに見惚れている、もしくは魅入られているように、リースは息を止める。


 俺は横からルナの頭に手を置いた。


「ルナ」

「フィレンさん?」


 ルナはリースの頭を抱えているまま俺を見上げる。


「体、本当に大丈夫か?」

「うん、実は今も凄い勢いで回復しているの、外見えないけど多分そろそろ夜になるじゃないかな?」


 確かに俺達が入ってきたのは夕方近いころだった。


「確認するが、リリウスの魂を受け入れて、魂がヴァンパイアのものになった以外、ヤツからなんか悪い事されていないか?」

「ううん、何も」

「それは私も保証するよ。今のルナちゃんにリリウスからの影響が見当たらないわ。本人にその気がないか、それともスーちゃんに防がれたかは知らないけど」

「今後影響される可能性は?」

「私がいる限り魂が影響されるのはありえないわ」

「そうか、ありがとう姉さん」


 あの気まぐれなヴァンパイアは一体何を考えているが分からないが、姉さんのお墨付きを貰ったし、どうやら本当に大丈夫らしい。


「……分かった。じゃ明日ルナの体調が良くなったら、三日後は皆で一緒に行こう」

「フィレンさん!?」

「リース、諦めろとは言わないが、俺もルナの気持ちが分かるから、きっと何を言っても無駄だ。そうだろ、ルナ?」

「うん!」


 力強く頷いたルナに俺は苦笑した。

 ルナを説得するつもりだったが逆に納得させられた。そうやら俺が知らないうちにルナも成長しているようだ。


「でもいいか、ルナ。君は今、自分を大事にしてくれる姉を泣かせた、その罪は重い。だから今回は何があってもリースから離れるな、絶対にな」

「うん、ずっとお姉ちゃんの側にいるの!」

「そして今回こそ、ちゃんと守るんだ、お互いに」

「絶対に、守るの!」


 俺は拳をあげて、ルナの小さな拳とトンっと合わせる。

 姉を持つ同士の誓いだ。

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