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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第十三章 蔓延する絶望
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214 血染花戦着

 どうやら皆もいい案が浮かばないようで揃ってため息をついた時。


「くっふっふ、その心配は無用だぞ、我が君」


 妖艶な声が糸のように耳に入り込んだ。






「盗み聞きとはいい趣味だな、ヴェルサイユ」

「ふふふ、妾は我が君の忠実な(悪魔)、常に主の側に立つのが妾の役目というものだぞ。それと今回は妾のお蔭で我が君が助かったのだ。もっと感謝しても罰は当たらんぞ?」

「ぐ……」


 それを言われると弱い。


「で、何しに来た?」

「ふっふっふ、なに、我が君がお困りの様子だったから、あの《極彩骸神(マイノグーラ)》を倒す手立てを授けに来ておったのだが、いらぬ心配かのう」


 非常に胡散臭い顔でにやけるヴェルサイユ。


「なに、倒す方法を知っているのか?」

「正確に言うと、奴を倒す方法なんてこの世に存在しておるかも怪しい。なにせ全盛期の《災いの御子》が邪神の力をさらに穢し、歪め、その果てで創造したオリジナルアンデッドだからのう」

「邪神の力……?」

「堕落と回帰を司る神、イルルヤンカシュ。太陽神ミーロなどと比べれば弱小も弱小だがそれでも神だ。普通神というものは世界の外側、神域という空間にいるのだが、《災いの御子》はそれを強引にこの世界に引きずり込み、その莫大な力でアンデッドを作り出した……と言っても流石の《災いの御子》も単独で神力を御するのは無理がある。だからとある《神々の遺品(アーティファクト)》を核として埋め込んだと聞いておる」

神々の遺品(アーティファクト)で邪神の力を制御した、ということか」


 どっかで聞いたことがある話のようだな……。俺が首を傾げると、姉さんが口を開けた。


「《始京》で戦ったあの刃の大蛇と似ているわね」

「あ、それだ」


 姉さんに言われて、アイナもピンと来たように頷いた。


「あの塔の最上階にいる大蛇ですね。確かにあの時も邪神の力が《十全炉》に宿して、《始京》にいる全てのツクモガミを操っていましたね。つまり核となる《神々の遺品(アーティファクト)》を破壊できれば《極彩骸神(マイノグーラ)》を倒せるということでしょうか?」

「そうなのか?」


 しかしヴェルサイユは首を振った。


「忘れておったか、妾は奴を倒す方法なんてこの世に存在しておるかも怪しいと。だがのう、もしあるとすればそれしかないであろう」

「しかし《極彩骸神(マイノグーラ)》って全長五キロもあるだろう? あの《神々の遺品(アーティファクト)》は体のどこにあるんだ?」

「ふっふっふ……」

「……なんだ?」

「確かに奴の巨体から核となる《神々の遺品(アーティファクト)》を探し当てるのは容易ではない。だが――妾と正式に契約すれば教えてやろうぞ」


 そう来たか。いつになく協力的だなと思えばこれである。


「交換条件、というわけか。ふん、悪魔と契約するわけないだろうが」

「ならばどうする。《極彩骸神(マイノグーラ)》を倒せなくてもいいのか?」

「俺が死ぬとお前も困るじゃないのか?」

「うむ、今死なれておったら困るな。だが別に《極彩骸神(マイノグーラ)》が《災いの御子》の手に落ちても、結果的に人類の滅亡が加速するだけだ、我が君がすぐに死ぬわけではあるまい?」

「だからこれ以上協力することはない、ということか?」

「もともと《極彩骸神(マイノグーラ)》の情報をジュデッカに渡したのは我が君を助けるための交換条件にすぎぬ、これ以上情報を提供する義理も必要もない」

「ちっ、そうかよ」


 俺が舌を打つと、ヴェルサイユが楽しげに口元を吊り上げる。


 どういうわけかこの大悪魔にとって俺が今すぐ死ぬのは不都合のようだが、最終的に人類が滅ぶのは別に構わないらしい。


「フィレンさん、もしかしてその《神々の遺品(アーティファクト)》を見つける方法があるかもしれません」


 アイナさんは少し躊躇いながら言った。


「本当か?」

「ええ、私は《神々の遺品(アーティファクト)》を研究する神工匠(アーティファイサー)でしたので、《神々の遺品(アーティファクト)》が発する魔力の波を探測する魔術を会得しています。もっとも、有効範囲はあまり広くありませんが……」

「大体どのくらい?」

「状況によりますが、活動していない《神々の遺品(アーティファクト)》が対象なら、およそ十から五十メートルです」


 最大でも五十メートルか。なんとも言えない微妙な広さだ。何せ相手は五キロメートルの大怪獣だからな。


「まあ今はそれしか手がないか。それに相手は活動停止しているからゆっくり探せばいいか。問題はむしろ――」

「ロントのほう、だね」


 姉さんは俺の言葉を継いだ。


「ああ、ジュデッカ達の目的はまだ分からない。もしかして《極彩骸神(マイノグーラ)》を自分の手中に収めるのが本当の目的かもしれない。その場合、もし《神々の遺品(アーティファクト)》を見つけたとしても、ロントは必ず邪魔しに来るだろう」


 今まで二度も撃退できたヴァンパイアだが、未だに実力の底が見えない。

 そんな敵を前にしながら《極彩骸神(マイノグーラ)》を破壊しなければいけないのだ。どう考えても一筋縄ではいかないだろう。


「大丈夫、今度も負けないわ。お姉ちゃんに任せなさい!」


 姉さんは拳を握って胸を叩く。男らしい仕草だが長身の姉さんがやると妙に凛々しく見える。


「私も、そしてルナもあのヴァンパイアに負けません」

「今度こそ役に立ってみせます」


 リースとアイナが頷き合う。どうやらヴァンパイアを相手にしても誰も怖じ気ついていないようだ。


「よし、出発まであと七日、それまで準備を整えよう」


 対ヴァンパイアの用意、姉さんの《無極の籠手》の代わり、《天衝丸》の修復、ヴァレリア閣下との連絡方法、考えることやることはいっぱいあるのだ。


 何より――俺自身も、もっともっと強くならなければ。



 §



 それから俺と姉さんは寝る間も惜しんで稽古に打ち込んでいた。


 もともと稽古にスパルタな姉さんは更に真剣に、鬼気迫るほど自分を追い込み、俺が休憩を取るわずかな時間でも自己鍛錬を行っている。

 誰から見ても焦っているようにしか見えないが、俺は姉さんの気持ちを痛いほどに分かっている。


 アジダハーカに助けられなかったら、俺達はあの戦場で死んでいた。

 今までも数多くの強敵に立ち向かい、苦戦を強いられてきたが、逃走すらできず殺される寸前まで追い込まれたのは初めてだ。しかも生き延びたとはいえ、俺は永遠に両手を失った。

 姉さんが焦りを感じるのも無理はない。


 そして俺は俺で、ただ休んではいられない気持ちがあった。

 勿論強くなって皆を守りたいのもあるが、何よりあのアテルイが癇に障った。


 桁違いな強さを持っているのに、ただ人の意見に流されてきた最強の戦士。

 アンデッドとしての生を捨てたいのに、仲間に異を唱えることができないから、それならもっと強い誰かに自分を殺して欲しいと歪な願いを抱いでいる。


 その結果が惰性的に人を殺し、人間を死地に追いやる。

 どこぞの人生に飽きた州長のように、その自分で考えることを放棄し、他人を言い訳にしている姿が気に食わなかった。


 だから俺も全力で姉さんの稽古に付き合った。

 格上の、しかも極めて優れた身体能力を持っている格闘士(グラップラー)を相手に一線の勝機を掴み取り、必殺技をねじ込むこと、それが俺の今の課題なのだ。




 §




 そして三日後、ついに姉さんの装備が完成したと、アイナに呼ばれて俺と姉さんは臨時工房に来ていた。

 工房に入った俺達の目に入るのは、一具の鎖付きの革鎧だ。


 革鎧は胴体、右腕の籠手、両足のブーツと三つのパーツに分かれて、いずれも濡れ烏のような艶々しい黒色をしている。《無極の籠手》や《万象剣》のような装飾はないが、代わりに無骨な鎖が鎧の表面についている。


 鎖帷子(チェーンメイル)のように防具に鎖を仕込むのは別に珍しくないが、この乾いた血の色をしている鎖は茨のように鎧の表面を這い回り、そして鎧にめり込むほどきつく縛っている。

 まるで装着する者を縛り付くための、堅牢な刑具だ。


「これは……鎧、なのか?」


 華美な装飾を好むアイナとらしからぬ意匠を訝しみながら、俺は彼女に聞いた。


「はい、餓龍の皮と《輝光龍の封印区画》で回収した鎖で作られたレザーメイル、名は《血染花戦着(けっせんかいくさぎ)》です」

「血染花って、物騒な名前だな……ってこの鎖はあの封印区画から取ったの!?」


 よく見てみれば、確かにこの鎖には見覚えがあった。


「ええ、あの封印区画では数多くのアンデッドがこの鎖に繋がれています。私が分析しました結果、どうやらこの鎖はアダマンティウム並の強度、そしてアンデッドを抑える力も持っているようです」

「なるほど、あれだけ強力なアンデッド達を閉じ込めているからな、これくらいの鎖がないとだな。だがなんでこの鎖を使たんだ。アダマンティウムが足りないから?」

「いいえ、こちらを見てください」


 アイナは手招きして、《血染花戦着》の裏側を見るよう促す。


「ん、どれどれ……なっ、こ、これは……う゛っっっ!」


 そこにはびっしりと、アリよりも小さい文字で書かれた呪文と緻密に描かれた魔術陣があった。気が遠くなりそうな数の文字と図像から禍々しい魔力を放っており、見るだけで精神が犯されそうになった。

 なんというか、規模が全然違うが、《穢土》が召喚された時を思い出した。


 思わず二、三歩後ずさった俺に、アイナが慌てて話しかけた。


「フィレンさん!? ご、ごめんなさい、フィレンさんは生身の人間ですがネクロマンサーでもありますから影響も薄いかと思って……大丈夫ですか!?」

「あ、ああ……なんとか」


 吐き気をなんとか耐えて、俺が数回深呼吸をして言葉を継いだ。


「それより、これは一体なんの魔術陣だ?」

「私が眠っていたあの石棺に施された魔術……の上位版のようなものです」

「石棺……ああ、あれか。確かあれはリッチの《奪霊掌(ライフリーチタッチ)》を強化する魔道具だっけ」

「ええ、その効果は純粋にアンデッドの固有能力を強化することですから、レンツィアさんの《無明》にも効果があります。ですがこれ自体、あまり効率が良い魔術ではありません。あの石棺の大きさでも二~三割くらいの効果しか得られません。しかしこの《血染花戦着》の魔術陣と呪文は全て、エンシェントヴァンパイアの血液で書かれたものですから、効果は絶大……と言いますか、あまりにも負の力が凄すぎるから私もあやうく消滅しかけました、本当に面目ない話ですが」


 アイナは少し照れたように俯いた。


「おぃぃぃ!?」


 軽く言ってるアイナだが、上位アンデッドの代表格であるリッチが滅ぼされるなんて冗談でも笑えないぞ!

 しかも正の力ならともかく、リッチが負の力に滅ぼされるっていったいどういう事なんだ!?


「ほ、本当に大丈夫なのかこの鎧は!?」

「だ、大丈夫です! 普段は鎖で抑えつけていますから! それでも装着者の負の力を何倍も増幅しちゃいますが……それと、装着者の意思で鎖を外すこともできます、ただし長期間の開放はおすすめしません。ただでさえレンツィアさんの《無明》は通常の負の力よりも遥かに強力ですから、どうなるか予測もつきません」

「うーん……」


 姉さんに視線を向けた。

 俺としてはアイナが折角作ってくれたものだから無下にしたくない、流石に危険すぎるじゃないかと思う。しかし姉さんの表情を見ると、どうやらそんなこと欠片も気にしていない――むしろ大層気に入っているようでキラキラの目で《血染花戦着》を手にした。


「かっこいい鎧だね、流石アイナさんだわ! ねえねえこれはどうやって着るの?」

「鎖があるから開けませんが、そのまま頭から入って大丈夫ですよ、柔軟性は十分にありますから」

「ほほう、じゃ鎖を外す方法は?」

「ただ魔力を込めて、《咲け散れ》と口にすればいいです。ただ何度も言いますが、長期間の開放はおすすめしません」

「了解。あ、籠手とブーツにも何か仕込んでいる?」

「籠手とブーツにはそれぞれ打撃力と切断力を強化する魔術陣が描かれています。素材は液体のイシルディンですからリリウスの血のような効果はありませんが、その代わりに需要に応じて形を変えられます、例えば――」


 姉さんの反応がよほど嬉しいか、アイナは早口気味で説明する。

 どうやら《血染花戦着》は胴体部分だけじゃなく、籠手と両足も何か仕込まれているらしい。三日間だけでこれだけのものを作り上げたとは、流石はアイナだ。


 ……まあ、色々と方向性が危ないが。


「あ、ここの鎖に薔薇の模様が! これもかっこいいね!」

「ええ、本当なら鎧の表面にも装飾を入れたいのですが、裏に魔術陣を書いたら鎧全体が真っ黒に塗りつぶされて、それからはどんな塗料や魔術も受け付けなくなりました……流石エンシェントヴァンパイアの血ということでしょうか」

「名前通り血染めってことね、大丈夫よこれはこれで綺麗だから気にしないで。あ、ここにも何かあるの?」

「この部分は――」


 はしゃいでいる姉さんにあれこれ質問されて、アイナもニコニコと説明する。

 微笑ましい二人を見て、俺も久しぶりになんだか安らぎを感じた。



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