213 骸神
――一週間後、《極彩骸神》を破壊するために出発する――。
ジュデッカとそう約束した後、俺達は一旦分かれた。
そこいらの寂れた宿でルナを寝かせた後、アイナとリースは戦場で別れた後のことを教えてくれた。
「なるほど、やっぱりあのスズカと戦ったのか」
「ええ……とても恐ろしい化け物でした。私を守るためにルナがエンシェントヴァンパイアの血を使って、私とアイナさんも加勢しましたが、それでも敵いませんでした」
「で、ロントとラストに助けられた、と」
「ええ、そういえばあのラストというアンデッドもフィレンさんの知り合いなんですか?」
「知り合いかと言われれば怪しいけどな。レーザが死んだ後、奴が呑んだ《黒雲膏》で召喚された《凋滅の死者》というアンデッドらしいが、あくまで奴の自称なんだ。俺達もそこに居たから少し話を交わした程度だ。それにしてもあのロントがね……」
「ジュデッカの頼みとは言え、私達を助けるなんてね」
今から振り返ると、ガーリック村でロントと遭遇したのが随分前と感じる。
実際に戦ったのはたったの二回でどちらも勝負自体はついていないが、ロントの方はまだまだ余裕があるようでそのまま戦い続けていたらこっちの不利になるのが明らかだ。
ヴァンパイアの不死性、モンスターらしからぬ卓越した武技、何よりあいつには《蒐窮の仮面》があるからとても底が見えない。
まさかあいつがアイナ達を助けたとは……しかもそれだけじゃなく――
「あいつと同行するなんて、本当に大丈夫なのか?」
そう。ジュデッカが言うには、ロントも俺達と一緒に《極彩骸神》を探しに行くらしい。
スロウリ峡谷――《常闇龍の峡谷》は道が険しいの上モンスターも手強いから優れた助っ人が来るのはありがたいが、あいつに背中を任せるなんて考えただけでゾッとする。
「ジュデッカとしては、恐らく万全を期すための戦力と監視役ってところかな。姉さんはどう思う?」
「同感だね。あとは失敗時の保険かな」
「保険?」
「もし私達が失敗したら、それは人間側の敗北を意味する――と、少なくともジュデッカはそう思っているでしょう。その場合、いち早くルナを確保してゲヘナが世界を席巻する前になんとか死の神を転生させたい……とでも考えているじゃない?」
「そんな……」
リースは顔をしかめた。
「なるほど……じゃルナをなるべくあいつから遠ざかるのが良いか。その上で俺と姉さんもあいつの動きに気を付けるから、アイナとリースはルナのほうを頼む」
「ええ、分かりました」
「ルナには指一本触れさせません」
リースは膝の上で寝ているルナを優しく撫でて、力強く頷いた。
「できればこれからエンシェントヴァンパイアの力を使うのもやめて欲しいが……状況次第それも厳しいかもな」
「私がもっと強ければ……ミーロ様のフェイバードソウルなのに、アンデッド相手に手も足も出ないなんて」
「相手が化け物なだけだ、別にリースが悪いわけじゃない。そうだろう姉さん?」
「ええ、それにルナはこうして無事なんだし」
「本当に良かったです……そういえばフィレンさんとレンツィアさんはあのアテルイと戦ったのですが大丈夫なんですか?」
「まあこっちも厄介な相手だったが、概ねだいじょ――」
「フィレンさん、その腕は《不死義肢》なんですね?」
アイナが悲しそうに俺の話を遮った。
「……ああ、見ての通りだ」
「レキシントン先生の話、覚えていますか?」
「勿論だ。不死義肢に置換された肢体は再生神術でも治らないって話だろう?」
「ええ、魂はもう手足の記憶を失ったのだから当然のことです。それと不死義肢が肉体といくら適合するとしても限界がある、生身の体は年齢、生理状態によってどんどん変化するからいずれ不死義肢はついていけなくなる。たとえ新しい義肢を移植しても機能するかどうか分かりません……その場合、両手を永遠に失いしまいますよ」
「それも分かっている、だが仕方のないことだ。こうしなかったらアテルイに殺されていたんだ。いずれ使えなくなるかもしれないが、今は強力の武器だ。それで十分だ」
それに、実はこれで少しだが姉さんに近付けて俺はホッとしたのだ。
姉さんは死んでしまった。それなのに俺が五体満足なのはどうも腑に落ちなかったというか、据わりの悪い気分をずっと抱えていた。
勿論極めて不健康な考えだから姉さんにも言えないが、正直姉さんのことだから実は見抜かれているかもしれない。
「もう……フィレンさん、もう少し自愛してください」
アイナは呆れたように大きく溜息を吐いた。
「実はここに来る途中、ずっと姉さんに似たようなこと言われてたんだ」
「当たり前ですよ! フィレンさんは無茶ばかりしてるから、レンツィアさんだけじゃなく私もどんな気持ちなのか分かっていますか? お二人はずっと私の居場所になってくれるのでしょう、なのにそんな無茶ばかりして、フィレンさんまで死んじゃったら……うぇ、うっ……うぇっ、ううううううんん――」
「わわわ、落ち着いてアイナ、もう大丈夫だから!」
言いながら大粒の涙がアイナの頬を伝う。
俺は慌ててそれを拭うが、アイナが涙が止まらない。
「大丈夫じゃない……フィレンさんは全然わかってないんだから……うっ、うぇぇぇええええん!」
声を上げて泣き出すアイナ。
彼女はもともと人一倍情が深く、涙ももろいのだ。恐らくずっと俺達のことを心配してたんだろう。ジュデッカの前では気を張っていたが、落ち着いて話したら我慢できなくなったのだろう。
初めてアイナのこんな姿を目にするリースは目を開いて驚いていた。
「……ごめんなアイナ、心配かけたな」
「アイナさん、それなら私も謝るわ。私がついていながら結局フィー君を助けられなかったもの」
「うぅ、うぇぇん……ううん、レンツィアさんのせいじゃないです。だって私が、もっと役に立てれば……ひっく」
「そんなことは言いっこなしよ。私も、皆も力が足りなかった、ただそれだけのことでしょう? でも折角生きてこれたんだし――まあ生きてはいないけどね、お互い――これからのことを考えよう?」
「う、うん……そうですね。ごめんなさい取り乱しちゃって、フィレンさんの腕を見たら、つい」
「大丈夫、その気持ち私もよく分かるから。でもいつか戦いが終わったら、私がフィー君の両手になるから心配はいらないわ」
「そういう問題ではないと思いますが……」
リースは冷静に突っ込んだけど、今はアイナを宥めるのが大事だから無視。
「姉さんの言う通りだ、まずはこれからのことを考えよう。そして俺たちが今乗り越えなければいけないのは、あの《極彩骸神》というアンデッドであって、それを破壊するにはアイナの力が必要だ。そうだろう?」
「ええ、何せアイナさん以外、私達の誰も過去の大戦を知らないですから」
リースが頷いて、アイナも涙を拭いてなんとか落ち着きを見せた。
「そ、そうですね、あの《極彩骸神》についてなら、ほとんど聞いた話ですがいくつか知っています。力になれると思います」
「それは良かった。じゃルナはまだ寝ているが、まずは俺達が知っている情報を整理して、《常闇龍の峡谷》を潜って《極彩骸神》を破壊するプランを考えようか」
俺が皆を見渡すと、皆が重々しく頷いた。
§
「まずはリース、今はヴァレリア閣下と連絡が取れるのか?」
「いいえ、何度も《遣いの鳥》で連絡しようとしたのですが……魔術が届かない場所にいたのか、もしくはお亡くなりに……」
「じゃ他に今の王国軍の現況を知っているような相手は?」
「それも難しいかと。今の私はもう死人ですから」
「それもそうか……」
できれば俺達だけじゃなく、ヴァレリア閣下にも《極彩骸神》の脅威を知らせたいが、連絡が取れないじゃ仕方ない。
「それよりフィー君、まさかあのジュデッカの話を全部信じたの?」
「まさか、教国のトップなんて信用するわけがないだろう」
今のところ、《極彩骸神》に関する情報はジュデッカの話のみだ。ヴェルサイユは嘘を付けないとはいえ、奴は決して味方ではない以上どこに落とし穴があるか分からない。
「でも幾つか気になることがあるんだ。ヴァレリア閣下も言ったが、穢土軍が穢土を出てから三つの部隊に分けて進軍しているって」
一つはスズカが率いて王都オルタフォートレスを落とし、
一つはアテルイが率いてラカーン市を落とし、
最後の一つはモレイが率いて、東へ――つまりスロウリ峡谷を目指している。
「王都とラカーンはまたしも、最初からスロウリ峡谷を狙うのは変じゃない?」
「確かに戦略的に考えると戦力の分散、そして戦線の拡大になりますね」
俺の考えにアイナが頷き、リースも同意した。
「それにモレイの空中部隊があればたとえ炎上する大森林でも簡単に飛び越えちゃいますもの。つまり穢土軍にとって王国を侵攻するよりも、スロウリ峡谷を落とすほうの戦略価値が高い、ということですね」
「だろう? だからジュデッカの話を全部が全部信用するわけじゃないが、『峡谷に何かがある』、『穢土軍はそれを狙っている』、『ジュデッカはそれを邪魔したい』、『ジュデッカは穢土軍の完全な味方じゃない』――この四つは信じていいと思う」
俺は四本の指を立てて説明し、姉さんのほうを見た。
まるで正解を聞いた教師のように姉さんは満足げに頷いた。まあこれくらい姉さんが考え付かないはずないもんな。
「そうね、恐らく穢土軍が狙ってる何かを横取りするのがジュデッカの目的じゃないかな」
「ありえるな……で、あの《極彩骸神》ってのは一体どんなアンデッドだ、アイナ?」
皆の視線がアイナに集中すると、アイナは顎に指を当てて少し考えて口を開いた。
「そうですね……大戦の時、エルフがヴェルサイユとずっと戦っていたように、ヒューマンもゲヘナ本隊と《ラストリゾート》の相手をしていました。そして《極彩骸神》はその他の種族、主にジャイアントやドワーフなどと戦っていました」
「てことは大部隊を指揮できる程度の知恵を持っているのか」
「いいえ、《極彩骸神》はただ本能に従って暴れるだけのアンデッドだと聞いています」
「え、じゃどうやって……」
「《極彩骸神》は部隊なんて従えずに一体だけでジャイアントとドワーフ達を圧倒していたのです」
「ばかな……嘘だろう」
「まさかそんな……」
俺だけじゃなくリースも口をあいて驚きを表すと、アイナは小さく首を振った。
「本当です。《極彩骸神》は全長五キロ弱、一撃で城壁を粉砕する上にどんな攻撃を喰らっても即座に再生する大戦でも最も恐れられているアンデッドです。《ラストリゾート》の裏切りは人類にトドメを刺したのような出来事なんですが、それ以前に人類が劣勢を強いられたのが奴の存在が一番大きいだと言われています」
「全長五キロ弱って……小さな街よりもデカいじゃねぇか!」
「気が遠くなりそうな大きさですね……」
「いくらジャイアント達でも、よくあんな化け物とやり合ったわね」
「ドワーフとジャイアントは山地との相性がいいですから、最初は被害を出さないように火山へと誘導し、熔岩の海に落としましたけど、《極彩骸神》は自力で火山の中腹を突き破って脱出したのです……当時のジャイアントとドワーフは今よりも遥かに繁栄していて、特にジャイアントは万を超える人口の国を幾つも作ったのですが、あの戦いで殆ど滅ぼされてエルフと同じように勢力圏が大きく縮小しました」
「むちゃくちゃだ……」
あまりにもスケールがかけ離れていることに背筋が凍ったような感じだ。それでも当時の人類が味わった絶望と比べれば微々たるものだろう。
これだけの化け物を作り出したゲヘナが抱いた憎しみって一体どれほどのものなんだろう。ただ想像するだけで深い淵を覗き込むような恐怖を感じていた。
「《万象剣》で切れば再生はしないだろうが……流石に限界があるだろう」
《斬神》でも一回じゃせいぜい数千分の一を切り落とせば上等なもんだし、本気で倒したいなら何年も必要なんじゃないか?
「うーん、私達にも何か有効な攻撃手段があればいいけどね」
「すみません、現状《魂魄燼滅》を付与できるのは《万象剣》だけです……純度の高いアダマンティウムと《十全炉》があれば他のを用意できますが」
「ドワーフの国ですね、ヴァレリア閣下と連絡を取れれば紹介してくれるでしょうけど、現状では難しいですし、そもそも時間が足りません」
「やっぱコツコツ削るしかないか」
どうやら皆もいい案が浮かばないようで揃ってため息をついた時。
「くっふっふ、その心配は無用だぞ、我が君」
妖艶な声が糸のように耳に入り込んだ。




