212 ジュデッカの頼み
『キキィ……ジュデッカ、貴様の下らん計画なんぞどうでも良いわァァ。早く本題に入れィィ……』
アジダハーカはしびれを切らしたようにブルっと触手を振った。
「そうね、ではそろそろ君達を助けた理由を説明しようか」
「さっきも言ったけれど、このままじゃ人間は穢土軍に敗北する。それは即ちゲヘナは神の転生を阻止し、すべての生者をアンデッドにするってことよ。そして敗北に至る原因はゲヘナの存在、教会と周辺勢力の静観などいろいろあるけれど、一番大きな要素はスロウリ峡谷――今は《常闇龍の峡谷》と呼ばれるけど――の下に存在するものよ」
「スロウリ峡谷の下に存在するもの?」
スロウリ峡谷の下にはアイナの工房があったはず……他になんかあるのか?
「ええ、あそこはもともと《白樺の森》というエルフの国だったけれど、大戦の末期で《無貌の刈り手》に汚染されて数百年も不毛地帯になっていたわ。でもね、実はあの時、《無貌の刈り手》は一体のアンデッドを地中に隠していたの」
「アンデッドを隠した? 何故そんなことを?」
「そのアンデッドは稀代のネクロマンサー、ゲヘナに作られたオリジナルアンデッドだからよ。ゲヘナが失踪した後、彼が作ったアンデッドも活動停止になってしまったから、人間に破壊されないように地中深く隠したでしょう」
「なるほど。だがそれがどうして人間が負ける原因になる? そこまで特別なアンデッドなのか?」
「特別も特別よ。そのアンデッドの名は《極彩骸神》、ゲヘナが作った中でも最古最強のオリジナルアンデッドであり、昔の大戦では単体で小国をいくつも滅ぼしていた。たとえ《災いの御子》も《ラストリゾート》もいなくとも、《極彩骸神》単体でも人間の半分を滅ぼせると言われていたらしいわ」
「何なんだよ次から次へと……」
ゲヘナに《ラストリゾート》に最強のオリジナルアンデッド、かつての大戦がどれだけ絶望的な戦況なんだよって言いたい。もし《災いの御子》が二人目の転生体と一緒に消滅してなかったら本当に滅んでいたかもしれない。
「で、そのアンデッドが今更どうした?」
「現在穢土軍の一部が国境を越え、自由都市を蹂躙しながらルイボンド邦連に向かっているわ。目的地は言うまでもなく、スロウリ峡谷わよ。そこに眠っている《極彩骸神》がもし再びゲヘナの手に落ちたら、もはや打つ手がないってところかしら」
「つまり俺たちにどうしろと?」
「君達には、あのアンデッドを破壊して欲しいわ」
「あれほどのアンデッドが、たとえ活動停止だとしてもそう簡単に破壊されるようなものか? いやそれ以前にお前はどうやってアレの情報を掴んだ?」
「それについては……丁度良かったわ、彼女に説明してもらいましょう」
扉から入ってきたのは、赤髪の少女。
血濡れのような赤髪を三つ編みにして、眼帯で両目を覆っている少女は妖しく微笑みを見せる。
「暫くぶりだのう、我が君」
「ヴェルサイユ……!?」
穢土軍と戦っている際、俺達はこいつをラカーンに置いてきた。その後回収する暇もなかったからてっきりそのままラカーンに留まっていたと思ったが、どうして……なるほど。
「そうか、《極彩骸神》の情報を渡したのはお前――つまり隠した本人ってわけか」
「その通り。我が君が戦に赴いた後、妾は独断でジュデッカと接触し、我が君の救助を頼んでおいた。その時に交換条件として差し出すのがこの情報だったのさ。ふっふっふ、実に気の利いた悪魔であろう?」
「それは……ありがとう。どういう意図か知らないが助かった。じゃルナ達は?」
「心配するでない。ほれ、入るがいいぞ」
アイナとリースが続いて入ってきた。ルナはリースに背負われて、意識をを失っているようだ。ざっと見たところ三人とも特に怪我はないらしい。
「みんな……良かった」
「無事だったのね、良かったわ」
ようやくほっとした俺と姉さんに対して、アイナも安堵の表情を浮かべる。
「フィレンさんとレンツィアさんこそ、無事で何よりです……しかしその腕は?」
アイナは俺の腕に視線を向け、どうやら《不死義肢》に気づいたようだ。
「まあこれを話すと長くなる。それよりルナはどうしたんだ? 寝ているみたいだが大丈夫か?」
「それが……ルナちゃんは私達を守るために力を使いすぎて、もう一週間眠り続けていたのです」
「一週間も!? 大丈夫かそれ!」
「そのうち目を覚ますと、あのロントが言いましたけど……」
「え、どうしてあのロントが?」
「そちらのジュデッカさんに頼まれて私達を助けたようです。私達をここまで連れてきたのも彼です」
リースは簡単にここまでのいきさつを説明してくれた。どうやらスズカと戦っている途中、ロントとラストに助けられてそのままここに来たらしい。
「俺たちと同じパターンか。しかし大丈夫なのかルナ……あのリリウスの力なんて使って」
「ごめんなさい、私を守るために……」
「リースのせいじゃない、あの女騎士と戦ってただろう、それだけで十分すごいよ」
「いいえ、私は何も……何もできませんでした」
「リースを守れたんだ、きっとルナもよかったと思うよ。それより姉さん、今のルナがどういう状態なのか分かる?」
「ちょっとルナちゃんを見せて」
姉さんはルナの顔を両手で挟み込んで、目を閉じて暫くしたら。
「…………大丈夫、ルナちゃんの魂は傷ついていないわ、本当にただ眠っているみたい」
それを聞いて、リースはよかったと胸を撫で下ろした。
「どうやら何か強い力に侵食されているみたいで、ルナちゃんの魂が相当疲れているらしいわ。でもスーちゃんの魂がルナちゃんを外から包んで守っているから無事だったみたい」
「スーちゃんが……ではルナはいつ起きるのでしょうか?」
「スーちゃんのお蔭でただ疲れているからね、今《魂の酷使》で力を分けたからあと数日に目覚めると思うわ」
「良かったっ! ありがとうレンツィアさん、スーちゃんも、本当に……良かった……!」
ずっと心配していたのだろう。リースは左目から涙を流し、むせび泣きながらルナを抱きしめた。
できればもう少しそっとしてあげたいが、ジュデッカは言葉を挟んだ。
「仲間と感動の再開もいいのだけれど、そろそろ話を続けてもいいかしら? ……どうやって《極彩骸神》を破壊するかって話なんだけれど」
「ああ、そうだな。お前が言ったような化け物なら、俺達が何かできるとは思えないな」
「心配いらないわ。君達にはアンデッドに対しての切り札があるでしょう?」
「……よく知っているな」
「そこの大悪魔――《無貌の刈り手》から聞いたわ」
《魂魄燼滅》のことはヴェルサイユに言ってないが、どういうわけか知っているようだ。
「なるほど、アジダハーカとロントという強力な札を持ちながら、俺たちに助力を頼んだのはそういうわけか」
「ええ、そうよ。《極彩骸神》の一番厄介なところは夜のヴァンパイアにも匹敵する不死性、そして際限なく増殖すること。一体にして無数の軍隊と同等ともいえる存在なのだわ。だけど君達ならその不死性を断ち切れる。それの居場所なら、そこの大悪魔が良く知っているはずだわ」
「確かにそれを隠したのは妾だが、今やスロウリ峡谷はダンジョンとなっておったからのう、地形も相当変わったはずだ。まあ、少し時間はかかろうが、問題はないであろう」
「と、いうわけ」
俺と姉さんは視線を交わし、ヴェルサイユに向き直った。
「ヴェルサイユ、幾つか確認したいことがある」
「なんなりと、我が君」
「本当にスロウリ峡谷の下には、ゲヘナが作った《極彩骸神》とかいうアンデッドがあるのか?」
「千五百年前に妾がこの手で隠したのさ。誰かに発掘されない限りあるはずだ」
「それは本当に人類を脅かすほどのアンデッドか?」
「間違いなくな。それに関してはそこのエルフも良く知っておるはずだ、あとで聞いておくと良い」
そうか、アイナも大戦経験者だから何か知っているかもしれない。あとで確認しておこうか。
「で、《極彩骸神》がゲヘナと接触したら蘇るのか?」
「再活動という意味であれば、そうであろう。そうでなくとも、ゲヘナの力が宿す何かと接触しただけでも動き出す可能性がある」
「もう一つ、この剣ならやつを斃せるのか?」
「やってみないと分からん。が、あらゆる不死性を断ち切る我が君の剣なら《極彩骸神》との相性が凄まじく良いとだけ言っておこう。もっとも、これも彼奴が相変わらず停止状態のままでいれば、の話だ」
「もし動き出したら?」
「もし再びゲヘナの指揮下に戻ったら、彼奴は誰の手にも負えないであろう」
「ふむ……じゃ最後だ。どうしてお前はそれの存在をバラした? お前はゲヘナの味方ではないのか?」
「つくづく悪魔には疎いのう我が君よ。悪魔というものは契約に忠実だが、複数の契約者の願いが相反することは往々にしてよくあることだ。その場合、複数の妾もそれぞれの契約者に尽くすのみ、それが悪魔のサガである。つまり妾の大部分――あの結界に閉じ込められた妾のことだが――は確かにゲヘナの味方ではあるが、今ここに存在するこの妾は間違いなく我が君の僕であるぞ? それに、妾としても我が君を死なせたく理由があるのでな」
「どういう理由だ?」
「くっくっく、それだけは我が君にも言えないのう。ただし、我が君を死なせたくないのは全ての妾達の総意と言っておこうかのう」
「……」
悪魔は嘘をつかない。
信じたくないが、どうやらジュデッカの話は本当だ。
勿論、甘言を弄するのは悪魔の十八番だ。大悪魔のこいつを手放して信じることなどできないが……もし本当だとしたら無視できる事柄ではない。
「どうやらまだ悩んでいるようだけれど、そこまでの猶予はないわ。今この瞬間も、穢土軍の空中部隊がルイボンド邦連の防衛線をに喰い破ろうとしているのよ。いつまで持つか分からないわ」
「空中部隊?」
「ええ、君達も《穢土》に入ったのなら見たことがあるしょう? あの浮遊する赤い城を」
「……ああ、確かに」
アイナが言うには、あれはどうやら《人食い屋敷》とかいう建物に憑りつくアンデッドである可能性が高いが、通常の《人食い屋敷》はあそこまで大きくならないし、空も飛べないはずだ。
「あれはかつての人間が造り出した空中要塞だけれど、ゲヘナに落とされて、アンデッドに憑りつかれたの。今や《ラストリゾート》の一人、《劫火狼藉》のモレイと飛行型のアンデッド達が住み着いてるわ」
「《ラストリゾート》の一人が侵攻を取り仕切っているのに、なぜ今まで落とされなかった?」
言っちゃ悪いが、いくらルイボンドの軍事力が優れていても、王国騎士団とそこまで差があるとは思えない。
王都がわずか一週間でスズカに落とされたのに、ルイボンドが今も戦線を維持できているのはどうにも腑に落ちない。
「簡単であろう、我が君。あの生真面目な女騎士と違って、モレイはあそこまで命令に忠実ではない、という話さ」
「良く知っているな」
「これでも元同僚だからのう。彼奴は極めて享楽主義な、瞬間的な生き方をしておる。アテルイと同じで傭兵上がりだが、一匹狼のアテルイと違って、モレイは千人の傭兵団を率いて暴れ回るのが好きで、いわゆる戦場荒らしという奴だ。《傭兵王》とも呼ばれたらしいが山賊とそう変わらん。穢土側に寝返ったのもそのほうが好き放題暴れるとのことらしい、妾が言うことではなかろうが、ロクな奴ではないのう」
「悪魔にロクじゃないって言われるとはひでぇやつだな……昔の英雄ってロクな奴いないのか」
「何を今更。英雄なんてロクな奴であるはずがなかろう」
「……とりあえず、今からスロウリ峡谷に向かえばいいのか?」
今俺達はフォルミド王国の国境から少し離れた自由都市にいる。ここからスロウリ峡谷まで全力で道を急いでも三日くらいは掛かる。
そこまで猶予がないなら今すぐ出立するほうがいいだろう。
しかしジュデッカは首を振った。
「いいえ、あと一週間ここに留まって欲しいわ」
「猶予がないと聞いたが?」
「それは本当だわ。しかしこちらにも準備が要るの」
「準備、とは?」
「スロウリ峡谷周辺は今や戦場になっている、一般人が簡単に近づくことなんて無理なのよ。君達も人間側とアンデッドの両方を相手にしながらダンジョンに潜りたくないでしょう?」
「それをなんとかできると?」
「ええ、短い間だけれど両方の目を戦場から逸らす方法があるわ。その隙に峡谷に入って《極彩骸神》を破壊して頂戴」
さも買い物を頼むみたいに軽く言ったジュデッカ。
「……」
仲間たちに振り向いた。
姉さんは何も言わずに不敵に笑った、俺の好きにしろということか。
ルナの横に座っているリースは顔を上げ、俺の目を見て頷いた。どうやらリースもついてくれるようだ。
そしてアイナは――いつの間にヴェルサイユの前に立っていた。
「《無貌の狩り手》、貴女に聞きたいことがあります」
「ふむ、エルフは好かないが、我が君の同朋だ。良いだろう、妾の気分次第で答えてやらんこともないぞ」
「《白樺の森》を滅ぼしたのは《極彩骸神》を隠すためだったのですか?」
「なんだそのようことか。くっくっく……ただの気まぐれだと言ったら?」
「あり得ません」
「ほう、どうしてそう言える? 妾は悪魔でしかもお主らエルフの怨敵だ。ゲヘナが消えた腹いせにエルフの国を滅ぼしたというのも十分に可能であろう?」
「大戦で貴女の悪辣さをもっとも理解しているエルフだから言えます。貴女は確か残酷で狡猾ですが、狂人ではありません。常に合理的に最大限の殺戮を行っていました。ですがあの日……《白樺の森》が落とされたあの日、貴女は《滅尽滅相》であの清き土地を汚したのですが、逃走するエルフを追わなかったし包囲もしませんでした、まるで殺戮よりも場所自体が目標のように……。そもそもゲヘナが消失した後、まだ抵抗を続けていた《ラストリゾート》一味と合流しなかった事自体が不自然です。ここからは想像でしかありませんが、貴女だけが彼らと違う目的をもってエルフの土地を攻め滅ぼした。《極彩骸神》を隠すために。違いますか?」
一気にまくしたてるアイナに対して、ヴェルサイユは表情ひとつ変えることなく淡々と答える。
「もしそうだとしたら、お主はどうする?」
「今回、貴女の思惑に乗るのは非常に不本意ですが、貴女が私達の国を滅ぼしてまで隠そうとしたあのアンデッド……《極彩骸神》を、私が必ず破壊します!」
「くっくっく、それは何よりだのう」




