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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第十三章 蔓延する絶望
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210 乱入者

「この矢は、アイナさん!?」

「お二人とも、無事なんですか――!?」


 振り向くと、八本足の笹蟹織女(アラクネー)型の魔道ゴーレムが走ってくる姿が見えてきた。その上に立っているのは、柔らかい碧の髪を持っているエルフ――アイナリンドである。




「あら、お仲間が助けに来てくれましたの? これで少々楽しませてくれれば良いですわね」


 ひとりでに戻ってきた《神威一閃》を構え直し、スズカは冷ややかに嗤った。


 ファタリテ君は八本足を動かせ、ルナとソラリスに近付いた。


「お二人とも、大丈夫なんですか?」

「お蔭で無事です。でもルナが……」

「ルナちゃん、それは……ッ!」


 身体の所々が炭化しており、両目から血の涙を流しているルナを見て、アイナリンドは思わず言葉を失った。


「あたしも大丈夫なの。それよりアイナさん、お姉ちゃんを守ってほしいの」

「も、勿論! さあリースさん、私と一緒に乗ってください」

「……分かりました。ルナ、私のことは気にしなくていいから、存分に戦って」


 先ほどスズカが放った一撃――《射殺・神威一閃》はソラリスの上位神術を破った。聖槍の投射はルナでさえ追いつけない。それは即ち、その気になれば彼女はいつでもソラリスを殺せるということだ。

 幸いファタリテ君とアイナリンドが来てくれたから、もしかしてあの聖槍の一撃をも防げられるかもしれないが、それでもルナは自分の安否を気にするに違いない。そして熾烈な戦いにおいてそれは大きな隙になる。


「ううん」


 しかしルナは首を横に振った。


「あたしもフィレンさんと同じなの。お姉ちゃんが居て、あたしが居て、その周りに大事な人がいる。それがあたしの願いなの。だからお姉ちゃんも、アイナさんも、勿論フィレンさんもレンツィアさんも、みんなみんなあたしが守るの」

「ルナ……」


 ソラリスは手を伸ばし、ルナの小さな手のひらを握る。


「ならば私はルナの居場所を守るわ。今はまだ無理だけれど、いつか一緒に静かに暮らせるように居場所を作る。もう誰にもルナちゃんのことを虐めさせたりはしない」

「うん!」


 ルナは大きく頷き、スズカへと向かった。

 その後ろ姿を見送りつつ、ソラリスはファタリテ君に乗った。


「アイナさん、先程の一撃を防ぐことは可能でしょうか?」

「ええ、凄まじいエネルギーですが、ファタリテ君は雷を無効化できますからこの距離であればたとえ連続で撃たれても問題ありません」

「ではこのままルナの援護に回れますか?」

「勿論、と言いたい所ですが、アレがもしアテルイと同じレベルの使い手だとしたら精々牽制くらいしかなりません」


 ファタリテ君の右腕にある特製大型弩(アーバレスト)は優れた命中精度と速射性、そして攻城兵器以上の破壊力も持つとんでもない武具だが、それでも最高峰の強者には通用しないとアテルイとの一戦で既に証明されていた。


「それで十分です。ルナが全力で戦えば、たとえ《ラストリゾート》相手でも負けはしません。あとは私達が機会を作り出せば、勝機はあります」

「本当に、大丈夫なんでしょうか?」


 実際に《ラストリゾート》と対峙したことがなくても、アンデッドとの大戦を経験したアイナリンドは彼らに関する噂を幾つかも聞いている。

 一騎で城を落とし、魔術一つで万を超える軍隊をアンデッドにしたなど、人類の切り札だった英雄達がアンデッドに堕ちた後もデタラメな強さを持って、計り知れない恐怖をもたらした。

 いくらエンシェントヴァンパイアの力を取り込んだとしても、ルナはまだ十代。それも一年前までは戦闘とは無縁の、ただ魔術の素養を持つ少女。それが千年前に人類を地獄に落とした強大なアンデッドと渡り合えるなんてとても信じられない。


 だがソラリスはそれを承知の上で頷いた。


「ルナは私を信じてくれました。それと、それがルナの願いなら、私も全力で信じたいです」

「……分かりました」


 二、三秒ほどソラリスの目を見つめて、アイナリンドもまた頷いて、眼前の敵に視線を向けた。そこには、人智を超える速さを競う戦いが繰り広げられている。



 §



 カチャン、とルナは胸甲の金具を外した。

 次いでルナは《魔道の衣(アークメイジローブ)》とミスリルの籠手も外して、極限まで軽装になった。

 空は曇っているが、それでも隙間から光が漏れている。にもかかわらずルナは陽光を気にする素振りはなかった。

 宵闇の化身であるエンシェントヴァンパイアは陽光すら拒絶する存在。これくらいの光じゃ彼女の暗闇を侵すことなんてできるわけがない。


「汝、その両足は留まることないと知れ、加速(アクセラレータ)!」

「速さを競うつもりですの? ふふふふ、面白いですこと」


 上下左右、異なる方角から襲い掛かる斬撃が同時にスズカを捕らえた。



 キン!


 十を超える斬閃とその数倍に至るフェイントがほぼ同時に発生し、一つの音を奏でた。


 防御を完全に捨てたルナの速さはもはや人智の限界というレベルに達している。あらゆる方角から斬撃を飛ばし、身体そのものが無数の刃と化しているようにただただ敵を斬滅するために行動している。

 縦横無尽に疾走している彼女が引き起こした風すらも人を斬れそうな鋭さを持っており、ルナが空間を横切るたびに殺人的な颶風が大地を撫で切る。二人の化け物が戦っているその場は斬撃に支配され、近寄るもの全てを切り刻む領域となっている。

 その速さの前で、間合いはもはや意味をなしていない。何故なら空間の至る所からほぼ同時に斬撃が発生し、そして彼女が攻撃の意思を見せた時点で斬撃が既に終わっているからだ。


「ほう、なかなかやりますのね」


 だがその斬撃の嵐を、スズカは笑みを湛えながら槍一本で凌げている。


「けれど恐れ多くもアテルイ様より『最速』とのお言葉を頂いている私には、まだまだ及びませんわ」


 馬上槍はその名の通り、本来は騎兵の武具であるため通常の短槍よりも長大である。

 実際スズカの《神威一閃》も三メートルを超えており、振り回すのに適していない形状をしている。

 なのにスズカはまるで縫い針のようにそれを自在に操り、ガラス細工を想起させるような、ミリ以下の繊細さを持って無数の技を繰り出し、ルナの二刀から放たれた攻撃を悉く振り払い、弾き、往なし、受け流す。異常としか言えない。

 殺意をむき出し、斬殺するために己を無数の刃と化しているルナに対して、スズカはあくまで使い手として一本の槍を冷徹に極める。その技量は指先の僅かな振動すらも計算され尽くしており、芸術の域まで昇華している。


 二人の攻防は一見互角、または守勢に回っているスズカが劣勢にも見えるが、表情を見ればその実体は一目瞭然である。


「ほぉら、エンシェントヴァンパイアの力はその程度なんですの? やっぱり半端者なんですね、小さなお嬢さん」

「まだまだあああああ!」

『ぐっ、ゃぁぁぁぁ、ルナちゃん、私のことはいいから……全力で……!』


 より多くの力を引き出すため、スーチンは懸命にルナの体内に暴れ回すリリウスの血のコントロールを試みている。しかしいくら《太陰の巫女》と呼ばれ、常人の数百倍の魂を持ってしてもヴァンパイアの始祖に叶うわけもなく、現状維持すら危ういのである。

 そしてスズカの実力は、決して槍術だけではなかった。


「ではそろそろ、この《天軍の槍》の本気をご覧に入れましょう。――光威を示せ、極大化喩(リサイテーション)世明言(・マクシマム)!」


 光の輪が広がる。

 スズカを中心に放たれた白光がまるで質量を有しているようにルナを縛り付け、動きを止めるとまではいかなくても、その速さを削ぐには十分であった。

 その隙を見逃すわけもなく、スズカは攻勢に出た。


破邪斬(ホリー・スマイト)!」


 一筋の閃光がルナの肩を貫いた。

 痛みによろめくルナへ、スズカは槍を回し、返しの一撃でトドメを刺す――その寸前。


「――一瞬の輝きを見せなさい、魔装(マジックアイテム)英雄(・オーバーロード)!」


 ファタリテ君の右腕(アーバレスト)から放たれた龍牙の矢が一直線にスズカへと奔る。

 一時的に魔道具の力を強化する魔術――魔装(マジックアイテム)英雄(・オーバーロード)は魔道ゴーレムであるファタリテ君の力を何倍も増幅し、限界以上に引き上げた。その破壊力はスズカにして無視できるものではない。


「ふふ、面白い玩具ですわね。けれど私に飛び道具は通用しない――」


 いくら豪速の矢だろうと、振り払ってその勢いでルナにトドメを刺す。スズカの槍捌きを持ってすればそれは朝飯前である――はずだった。


「っ!」


 黄金の馬上槍が龍牙の矢に触れた瞬間、まるで不可視の盾に抵抗されたように弾かれた。


聖絶の盾フォビドゥン・シールドを、矢に……!?」


 矢全体を覆っている聖絶の盾フォビドゥン・シールドがスズカの槍を攻撃と見做して強く反発する。スズカの槍術は槍の微振動すら計算に入れている。その計算が崩され、スズカの槍捌きに僅かながら乱れが生じてしまった。


増幅(バースト)!」


 次の瞬間、赤い太刀は既にスズカの首筋に喰いかかった。

 まるでアイナの援護を事前に知っていたように最善なタイミングで放たれた一刀。全てを乗せた一刀は間違いなくこれまでのどの攻撃も凌駕している。黄金の聖槍が間に合わない。間に合うはずがない。

 一瞬の後、その整っている顔が刎ね飛ばされる、と誰もが思った。


 だがルナの斬撃はすんでのところで止められた。

 黒の籠手を纏っている左手は蝶を摘まむように、三本の指で血河の太刀を止めたのだ。


 両者の速度を鑑みれば、スズカが後から斬撃に追いつくのは決してあり得ることではなかった。にもかかわらず、絶好の隙を突いたルナの斬撃はまるで予測されていたように、いとも容易く防げられた。


「ど、どうしてっ」

「いくら始祖の力を得られたとしても、所詮は子供の浅ましいお遊びですもの。数多の戦場に鍛えられた武人にかかれば、狙う先を看破するなど造作もありませんわ」


 計り知れない経験の差でルナの速度を凌駕していると、金髪碧眼の女騎士が言った。

 そしてルナが刀を引き戻すのよりも早く、スズカの槍が彼女の腹を貫いた。


「くっ、がぁぁぁぁあああ!」

『きゃああああ!』


 電光に全身が焼かれ、ルナはついに地に伏した。無数のクロバエは体内に侵入し、激痛をもって彼女と、その奥底にいるスーチンの精神を蝕む。


「ではアテルイ様のほうもあの姉弟を仕留めましたでしょうし、私もそろそろお迎えに行かねば。失礼ですけれどお遊びは終わりにしましょう」


 女騎士は今度こそトドメを刺そうと槍を構えた。

 だが。


「それでは困りますね」


 中性の声とともに、一つの影が二人の間に割り込んだ。


 完璧すぎるほど整っている容姿に優雅の仕草をしており、ローブとマスクで姿を隠しているが、絹のような銀髪と透き通った赤い瞳がその正体を語っている。


「またしても、ヴァンパイアですの?」


 乱入者――ヴァンパイアは姿を隠したまま右手を胸に当てて、洗練された動きで一礼する。


「ロントと申します。以後お見知りおきを」

「これはこれはご丁寧に……しかし呆れましたわ、どうしてヴァンパイアが邪魔をしてくれますの? もしかしてそちらのお嬢さんは貴方の眷属ですの?」

「とんでもない、このような半端者を眷属に持つ覚えはありません。ただこの者達の死を望まれない者に頼まれただけです。どうか手を引いて頂けませんか?」

「ヴァンパイアが誰かに頼まれて動いている、ですの?」

「利害の一致、とでも言いましょうか」

「いずれにしも、邪魔立てと言うのならお相手を致しますわ。消滅したくなければ立ち去りなさって?」


 スズカは蒼い瞳を細め、いきなり現れた乱入者を見据える。


「ふふふ……困りましたね。流石の私でもかつての英雄相手では少々分が悪い――このままでは、ですが」


 ロントの言葉に呼応するように、空の模様が突如に変化した。

 曇っていた空が急速に闇に包まれ、まるで太陽がいきなり沈んだように夜の帳が下りっていく。


「この魔術は、昼夜逆転コントロール・デイナイトですの!? まさか……?」

「久しぶりだな、スズカ。相変わらずアテルイにベッタリしているかい?」

「ラスト……!」


 ロントの影から現れたのは一体の褐色の赤子である。

 白い布にくるまれてるソレは、皺くちゃで乾いた褐色の砂のような肌をしている。頭部の左半分が破損しているが、頭蓋骨も脳も見当たらない。


「ラスト……貴方はゲヘル様を裏切るおつもりなんですの?」

「勘違いしないで欲しいな。君がアテルイのために人類を裏切ったように、私の主も最初から我が姫のみ、《災いの御子》に臣従するわけではないのだ。今も、我が姫のために動いているに過ぎない」

無貌の刈り手フェイスレス・リーパー・ヴェルサイユ……まさか彼女もまだこの世界に存在しているとは知りませんでしたわ」

「ああ、君達が穢土に閉じ込められた後も大暴れしていたから、人類に封印されたんだ」

「では、彼女の命令で我々の邪魔をしていると仰いますの?」

「それはちょっと違うな、私は姫と添い遂げるために動いているのだが……まあ、君達に説明する義理はないと言っておこう。とりあえずこの場は見逃してもらえないかい?」

「戯言を。ゲヘナ様に反逆することは即ちアテルイ様の脅威になり得るということです。かかってきなさいラスト、そこのヴァンパイアまとめて滅ぼして差し上げましょう」

「冷静になれよスズカ。見ての通りこっちは上位ヴァンパイアと私、そしてここは私の魔術の影響範囲内。この意味が分からない君じゃないと思うが?」

「……」

「それと余裕綽々と装っているが、あの小娘の一撃は実は君の首筋に届いていた、というのは私の見間違いなのかい? やれやれ、素手で始祖の刃を止めるなんて無茶もいい所だ」

「ふん、小娘の攻撃なんてどうとでもなりますわ」

「見栄っ張りなのは相変わらずのようだな……ならはこれはどうだ。そもそも私達はこっちの女達だけじゃなく、アテルイが相手をしている男女を助けに来たんだ。つまりあっちにも我々の手の者がいる、ということだ」


 スズカは一気に険しい表情になっている。


「……宜しいですわ。この場を引かせていただきましょう。けれどラスト、ゲヘル様に仇成す愚かさを、いずれ悔いることでしょう」

「覚えておこう。あと、アテルイにも宜しくと伝えてくれ」

「ふん」


 スズカは新しい乗騎を召喚して飛んでいった。

 この場に残された二体の乱入者――ラストとロントは視線をソラリス達に向けた。


「さて、悪いが君たちにはついて来てもらうぞ。まさか抵抗するつもりではないだろうな?」

「……一体、どういうつもり?」


 ありったけの敵意を込めて睨んでくるソラリスに、ロントは悪戯っぽく微笑んだ。


「妹の前で君の体を一欠片ずつ切り落として、その血肉を彼女の喉奥に突っ込んで姉の肉を食する妹の表情を存分に楽しむ、と言ったらどうします?」

「貴様っ!」

「ロント、冗談はそれくらいにしてくれ、時間がない」

「おっと。では話は後程、今はこの場を去りましょう。それとフィレンとレンツィア殿も既に我々に回収されましたから、ご心配なさらずに」

「フィレン殿には死んで欲しかったが……まあ今回は仕方ないか」


 ラストとロントはルナを回収して、そのままこの場を離れようとした。

 まるで彼女達がついてくると確信しているように。


「リースさん、どうしましょう?」


 不安げに聞いてくるアイナリンドに、ソラリスは唇を強く噛み締めて答えた。


「ルナのためにもどうやらついて行くしかないですね……でも決して油断しないでください、あれがフィレンさん達と相対したヴァンパイアです」

「あれが……分かりました」


 こうして、ソラリスとアイナリンドは二体のアンデッドについて行った。


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