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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第十三章 蔓延する絶望
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209 宵闇血装


 すべてのヴァンパイアの祖、エンシェントヴァンパイア・リリウスはフィレンに試練を課すために、自分の血を《万象剣》に染み込ませて、その機能を停止させた。

 その後、アイナリンドは《万象剣》の自浄機能でリリウスの血液を抜き出したが、それには凄まじい魔力が込められており、魔術素材としては最上級であることに気づいて、保存魔術が施された瓶に入れておいた。


 その事を知ったルナは、いざという時のため分けて欲しいとアイナリンドに頼んだ。

 勿論アイナリンドもその意味を知っている。


 ハーフヴァンパイアであるルナは、吸血した相手の能力をそのままコピーできるユニーク魔術、《蒐窮の仮面(ペルソナ)》を使えるのだ。

 しかし初めてフィレンの血を吸ったルナは彼の戦闘スキルを手に入れたが、その代わりに陽光に晒されたら体が灰になるほどヴァンパイア化が進んでいた。

 これ以上の吸血は駄目だとフィレンにきつく言われているから、アイナリンドもかなり渋っていたが、結局折れて半分ほど渡した。


 そして今、エンシェントヴァンパイアの力を再現したルナは周りの死者から血を吸い上げて、一本の刃――血河の太刀を創り出した。


「やあああああ――ッ!」


 二本の太刀を手にしてルナはスズカに斬りかかった。

 右手にはいつもの黒い太刀、《滅紅塵》。

 左手には鮮血からなる太刀、《宵闇血装(ブラッドアーツ)血河の(ヴァーミリアン)太刀(ブレイド)


 ルナの身丈ほどもある長大な太刀だが、それを片手でまるで体の一部のように振り回している。その筋力もさるながら、何よりも速さが昔の比べではない。血河の太刀はまるで生き物のように脈を打って、そして血を吸い込んでいる。赤い太刀が鼓動するたびに、ルナの速さも膨れ上がっている。


 エンシェントヴァンパイアの力を得たルナはまるで血を吸えば吸えるほど強くなっているように、周りに散らばった戦死者――それこそ数百メートル先の死体からも血液を吸い上げ、際限なく強く、速くなっていく。


 二本の太刀から繰り出された緻密な斬撃の網は瞬く間にスズカを捕らえる。

 しかし金髪の女騎士は軽く鼻で笑った。


「ふっ、面白いですこと。エレシュキガル!」


 黒鱗の騎獣――エレシュキガルは蹄を奮い、矢のように急上昇する。


飛行(フライ)!」


 ルナも後を追う。

 上昇する流れ星のように、緋色の軌跡を残しながらルナは上空にいる騎士に向かって刺突を放つ。しかし。


 キィィィィンッ!


 刺突を受け流したスズカはそのまま槍を回し、石突で彼女を殴り飛ばした。


「くっ!」


 空中で体勢を整えようとしたが、エレシュキガルは既に死角に回り込んで、《神威一閃》が彼女を貫かんと奔る。


 カキィィン!


《滅紅塵》で辛うじて槍先を逸したが、機動力が劣っていると悟ったルナは一旦距離を取ることにした。


「あら、逃がしはしませんよ?」

「ど、どこ!?」

『ルナちゃん、後ろ!』


 何時の間にスズカは再び死角に回り込んで、馬上槍を繰り出す。

 二刀を扱っているだけあって、手数の多さではルナのほうが断然に上であるはずだが、そもそも飛行(フライ)は空中戦を行うための魔術ではない。人馬一体とも言える騎術とエレシュキガルの鋭い旋回性の前では防戦一方となっている。


 それに加え、スズカの槍捌きも常軌を逸している。

 馬上槍というものは騎馬突撃に特化している武具であるため、片手突きのみの運用を想定されており、一撃を外したらすぐ距離を取り、突撃を繰り返すのが定石である。

 しかし、スズカは足だけでエレシュキガルをコントロールし、両手で巨大な馬上槍を自在に操って、突きだけじゃなく、巻き、叩き、薙ぎ払いと多彩な槍捌きを見せている。


「威勢の割には動きが単調ですわね。私達を倒すのではありませんの? もっと精進しては如何ですの?」

「こ、この――」

「ほら、隙ありですわ」

「きゃぁぁあ!」


 僅か数合の攻防で槍先に掠められて、稲妻に焼かれるのと同時に、槍に纏わり付く無数のクロバエが傷口に付着し、薄緑の液体を垂らして再生を妨げている。それがさらに激痛を呼び寄せて、ルナは空中で身をよじらせる。


「ああああああああ!」

『ルナちゃん、今すぐ痛みを抑えますから……!』

「本当に呆れますわ。この《厭魅蠱道(デッド・カプリチオ)》は絶大の苦痛とともに生者の体と精神を同時に蝕む神術ですの。まさか貴女に対してこうも有効だなんて、半分とはいえヴァンパイアなくせに、とんだ半端者ですこと」

「それでも、貴女には負けない!」

「ふふふ、良い輝きですわね。けれどそれだけじゃ私を倒せませんよ?」

「なら、もっと強くなるの! 宵闇血装(ブラッドアーツ)――!」


 ルナは更なる力を引き出し、その呼びかけに応じるように何本もの血の滝が昇りあがって、彼女を中心に渦巻く。

 リリウスのユニーク魔術、《宵闇血装(ブラッドアーツ)》その本質は影と血を操る術。影が深ければ深く程、血が多ければ多く程その力が増す。

 そしてこの大地には数万の迎撃軍と、更にはゲヘナの《滅尽滅相(イレ・カラミティ)》でアンデッドにされた無数の生物が撒き散らした穢れた血が浸透している。ルナにとっては、これ以上ない地の利になっている。


 だが、リリウスの力を引き出しているということは、それだけ深く彼女の血に潜り込んだということだ。


「くっ、ああああああッ!」


 ドクン、ドクンと、エンシェントヴァンパイアの血液がルナの体の中で加速する。心拍ごとに魔力が膨れ上がるとともに、自分という存在が薄くなっていくという危機感に襲われる。


 ルナの両目から、ドロっとした赤い液体が零れ出している。

 血の涙だ。

 赤黒い雫が頬を伝う、しかしそれを気にする余裕などルナにはなかった。


 アンデッドであるヴァンパイアにとって、血液は養分と酸素を運ぶものではなく、己の魂の一部であり、存在の源でもある。

 ルナは吸血した相手の能力をコピーできるが、相手が自分より遥かに格上のエンシェントヴァンパイアであるこの場合、逆にその膨大な魂に飲み込まれかねない。もしスーチンがルナの中に居なかったら、ルナの魂は既に崩壊していたのだろう。


『ルナちゃん……この血は私が抑えるから、存分に戦って!』

「ぐ、あぁぁ……あり、がとう、スーちゃん。《宵闇血装(ブラッドアーツ)血煙の(イリディセント)叢雲(クラウド)》!」


 渦巻く血潮が一本一本の杭になった。

 夕空を飾る彩雲のように、上下左右数百メートルにわたって展開する無数の赤い杭は例外なくその先端をスズカに向けている。


「不足の機動力を数で補うということですのね」

「やああああああ!」


 無数の杭とともに突進するルナ。

 全方位から襲ってくる杭を一瞥し、スズカは金色の縦ロールを振って、嘲笑うように冷笑する。


「そのような方法で私を捕らえようとしたなんて、浅ましいですわ。満遍なく生の喜びを与えてくれる大いなる力の源よ、我々の道に輝く光有れ――《烈陽天墜(サンバースト)》!」


 小さな太陽が空を一面の白に染め上げた。

 光の奔流に包まれた杭は一本残らず消滅し、ルナは悲鳴を上げる間もなく地に堕ちた。


「ルナ!」


 ソラリスはルナに駆け寄った。

 なんとか消滅を逃れたが、ルナの全身は火傷を受けたように爛れて、所々砂と化している。彼女を抱き上げようとしたが、ルナは手でそれを制した。


「……ルナは、大丈夫なの……お姉ちゃん……心配、しないで」


 それでも立ち上がろうと手足を動かしているルナを見て、ソラリスの目からぽろぽろと涙が零れ出している。

 治癒神術に長けている彼女に、ハーフヴァンパイアであるルナを癒す手段を何一つ持ち合わせていない。


「ふふ、この身は既にナイアル様に捧げましたけれど、昔取った杵柄と言いますか、太陽神の神術もまだ忘れてはおりません。貴女のような半人前のアンデッドがいくら数的優位を持ってしましても無駄なのですわ。まだ人間だった頃、それこそ数千数万のアンデッドを同時に相手を取ることも珍しくありませんもの」


 一方、至近距離で自分の《烈陽天墜(サンバースト)》を受けたはずのスズカは、全くの無傷。

 烈陽天墜(サンバースト)は純然たる正の力の爆発、アンデッドに対してはこれ以上ない有効な破壊手段だが、《正邪調和》の持ち主である彼女にとっては少々熱い突風でしかない。


「お姉ちゃん……大丈夫だから……まだ、戦えるの」


 自分の体に鞭を入れて、よろめくながら立ち上がったルナ。

 手足にはまだ力が入らないが、リリウスの血でヴァンパイア化が更に進んだせいなのか、爛れた皮膚の下にはもう再生がほぼ終わっている。砂になった部分も徐々に消えていく。


「ごめんなさい、ごめんねルナ……お姉ちゃん何もできなくてっ」

「ううん、あたし知ってるの。お姉ちゃんはいつもあたしのことを考えて、守ってるの、ずっと昔から。だから今度はあたしが、守るの」

「ルナぁ……」

「だから、見ててね。……スーちゃん」

『……うん、一緒に行こう』



 再び空へと飛んだルナはもう一度《宵闇血装(ブラッドアーツ)血煙の(イリディセント)叢雲(クラウド)》を展開した。

 前よりも更に数と密度を増やし、積乱雲のような赤い杭が一斉にスズカへと奔る。


「はあああああ!」

「懲りませんお人ですわね。今度こそ滅ぼして差し上げましょう! 我々の道に輝く光、有れ――《烈陽天墜(サンバースト)》!」


 強烈な白光が空を覆いつくす――その寸前。


「《宵闇血装(ブラッドアーツ)影絵の羽衣(シャドークローク)》!」


 爆発寸前の小型太陽に向かって飛んでいる無数の杭が無数の細長い影を作り出していた。ルナはそれらを糸のように捻じ曲げ、光すら遮断する暗闇の外套にして《烈陽天墜(サンバースト)》を真ん中から突破したのだ。


「やああああああああ!」


 銀髪が躍り、紅瞳が煌めく。

 ついに馬上槍の間合いの内側に入ったルナはコマのように回転し、一瞬で数十回の斬撃を繰り出した。


 回転ごとに、斬撃ごとにルナの速さと一撃の重さが急増していく。

 体中に染み渡るエンシェントヴァンパイアの血が力を与えてくるだけじゃなく、闘争のためのスキルも記憶も、まるで最初からルナの奥底に存在していたように呼び覚ましてくれた。


 しかしそれでも、人類最高峰に昇りつめた騎士に届かず。


「最上位神術を突破できたなんて、良いものを拝見させて頂きましたわ。ゲヘナ様と《始まりの聖女》の後裔、それにエンシェントヴァンパイアの力、全く転生体なんて末恐ろしいモノですこと」

「うるっ、さいッ! そんなの、関係ないの!」


 手数も速さもルナのほうが勝っている。更に間合いの利も失って、流石のスズカも防御だけで精一杯のようだが、それでも余裕を失わずに槍を回しつつルナの攻撃を悉く封じてきた。

 攻めあぐねるルナは更に間合いを詰め、《滅紅塵》で刺突を放つ。


「焦りは命取りですのよ、小さなレディ」


 スズカは素早く持つ方を変え、短く持った柄で《滅紅塵》を巻き上げ、遥か上空へと弾き飛ばした。


「――ッ!」


 だが次の瞬間、表情を強張ったのはスズカの方であった。

 弾き飛ばされたはずの《滅紅塵》が、いつの間に鞘に戻ったのだ。


「《亢竜有悔(こうりょうゆうかい)》!」

「ツクモガミ!?」


 神速の抜刀は、スズカの乗騎――エレシュキガルという名の《凶夢(ナイトメア)》の首を落とした。


「くっ!」


 霧散する黒鱗の馬。

 成す術なく墜落していくスズカ――は身を捻らせ、石突でルナを殴り飛ばし、自身も重力に従って落下した。


 ドン、ルナとスズカが同時に着地した。


 眉を寄せて、スズカは金髪縦ロールを振って鎧に付着する土を払う。


「ふぅ、このような未熟なレディに乗騎を消滅させられるなんて。これはナイアル様の機嫌を損なうに違いありませんわ」

「これで、条件は同じなの」

「……あら、まさかこれで対等に戦えるなんて思っていますの? とんだ思い上がりですこと。――調子に乗らないこと、ですわねッ!」


 スズカは《神威一閃》を逆手に持って、投槍の体勢を取った。

 その意味を、ルナは瞬時にして悟った。


「やめて!!!」

「天軍を束ねし我が必中の槍よ、射損なうことなく敵を貫け! 《射殺・神威一閃》!」


 スズカから放たれた雷光は、一直線にソラリスへと奔る。


「紡ぎし光よ、《聖絶の盾フォビドゥン・シールド》!」


 勿論、ソラリスも簡単にやられるほど弱いわけじゃない。

 ほぼ無詠唱で呼び出された白い結界は随一の防御力を有する上位神術、超大型アンデッドが束になっても破壊するのは容易ではない。


 だが。


「く、くぅぅぅぅ……!」


 黄金の槍の前で、眩い輝きを放っている糸が紡ぎ出した盾は音を立てて崩れていく。

 対アンデッドでは無類の強さを誇る神術でも、スズカの聖槍に対しては相性が悪い。何より、力の差がありすぎる。


 そして、盾の最後の一欠けらが破裂する前に。


 ゴォォォ!


 一陣の爆風が通り過ぎ、丸太ほどもある太い矢が砲弾のように横から《神威一閃》にぶつかって、その軌道を逸らした。


「この矢は、アイナさん!?」

「お二人とも、無事なんですか――!?」


 振り向くと、八本足の笹蟹織女(アラクネー)型の魔道ゴーレムが走ってくる姿が見えてきた。その上に立っているのは、柔らかい碧の髪を持っているエルフ――アイナリンドである。

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