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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第十三章 蔓延する絶望
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206 全てを覆う死

 赤黒の魔力が通った無数の糸が複雑な模様を作り出し、立体的な、それも百メートルにも及ぶ大きな魔術陣を作り出した。


「《万魔殿(パンデモニウム)》はそもそも使うつもりがなかったから……これが本当の奥の手だ――《人の(Blessed )思い(be he)の全(who )てを(invented )覆う(sleep)死を作(, a cloak)り出(that )した(covers)者に(all a)、祝福(man's)あれ(thoughts)》」







 心臓が痛いほど跳ねている。

 本当にギリギリだった。

 アテルイに追い回されていたのは僅か一分にも過ぎないが、体感では丸一日にも等しい、未だ生きているのが不思議くらい死と隣り合わせた時間だった。

 リリウスとの特訓がなかったらとうに諦めていたかもしれない。

 だが俺は賭けに成功し、アテルイの体の自由を奪った。


「ふむ、力が入らぬ。この体は如何なる毒も魔術も効かないはずだが、何をした?」

「お前の……いやこの辺り一帯すべての『死』を支配したんだ」


 それがこの最上位死霊魔術――《人の(Blessed )思い(be he)の全(who )てを(invented )覆う(sleep)死を作(, a cloak)り出(that )した(covers)者に(all a)、祝福(man's)あれ(thoughts)》の効果だ。


 凡そのアンデッドにとって、最も大事なのは負の力である。


 負の力はいわば存在の源、アンデッドは負の力から生まれ、力が尽きたら滅びる。

 そして負の力の大本は負の世界にある。

 勿論ネクロマンサーも己の魔力を負の力に変えられるが、負の世界全体を充満している力と比べばあまりにもかけ離れている。


《始まりの聖女》のせいで、この世界と負の世界を分ける壁が薄くなったから、『死』という事象が起こると負の世界との通路ができてしまう。

 そして『死』が多ければ多いほど、死に逝く者の魔力が膨大であればあるほど通路が太くなって、より膨大な力が溢れ出す。


 つまりアンデッドにとって、『死』という事象は世界と世界を繋がるパイプのようなものだ。

 パイプが太ければ太いほど力が強く、細ければ力も相応に弱くなるということだ。


 そして、人の(Blessed )思い(be he)の全(who )てを(invented )覆う(sleep)死を作(, a cloak)り出(that )した(covers)者に(all a)、祝福(man's)あれ(thoughts)とは、半径数キロにも及ぶ範囲内に存在するすべての《死》を支配する無茶苦茶な死霊魔術である。


《死》を支配することは、即ち負の世界からの通路を支配することである。

 この戦場に存在する数多の《死》から溢れ出している負の力が、今や俺の支配下に入っている。

滅尽滅相(イレ・カラミティ)》と違って持続時間がかなり短いが、その分効果が強く、他のネクロマンサーが作ったもしくは召喚したアンデッドも干渉できる。


 俺が通路を広げば、ただのゾンビも一時的に死骸蒐集者(カダヴァーコレクター)並の強さを得られるし、逆もまた可能だ。


 そして今のアテルイの通路は、そこいらのゾンビ以下なのだ。


「お前も感じているんだろう? 自分の力が激減しているのを」

「確かに汝の言う通り、あたかも水銀の海に沈んでいるように身が重い……これが汝の死霊魔術か」

「そうだ。今のお前は負の世界から力を得られない。その上でネクロマンサーも側にいないと、すぐにでも世界から排斥され、消えてなくなるのだろう」

「……そうはならぬさ、人間よ」


 まるで再起動したゴーレムのように、アテルイが動き出した。


「なっ!」


 高速で振りぬかれた拳をなんとか躱して、アテルイから距離を取った。


「馬鹿な、何故動ける!? 負の力もなしで排斥力を受けているんだぞ!」

「排斥力……ふむ、確かに不快な感覚はあった。この歪みの塊である肉体を根本から滅するような意思を感じておった。しかしそんなもの、体から追い出せば良い」

「追い出せばって……封滅領域で世界の排斥力も無効化したのか……いやまさか」

「理屈は知らぬが、そうかもしれぬな」

「馬鹿な……」

「さて、続きと行こう!」


 アテルイは一瞬で俺に肉薄し、《無影突き》を放つ。

 その動きは相変わらず芸術的までに洗練されているが、俺はなんとか反応できて、正面から切り合った。


 ドカッ!


《万象剣》とぶつかっても、アテルイの拳に針先ほどの傷もなかった。

 吹き飛ばされた俺はそのまま後退しながら《森羅万象》を放つが、アテルイはそれをいとも容易く捌いて再び肉薄する。

 しかしその動きは明らかに精彩を欠いていて、俺はなんとか攻撃を振り払いながら後退する。


「例え排斥力を追い出せたとしても、負の世界とのリンクが断たれたのは変わらないようだな!」

「その通りだ。今の我はまさに風前の灯火。我が力尽くのが先か、汝が死ぬのが先か。賭け事は苦手だが、いざ乗ってみるのも悪くなかろう」

「こっちは付き合う義理がねぇけどな!」


 アテルイは猛攻を続ける。

 弱まったとはいえ、その一撃一撃の速さは辛うじて肉眼で視認できるほどであり、その重さは破城鎚のそれを凌駕する。

 何よりも洗練されている技の冴えが身体能力の衰えを補い、何度も俺の体を掠めて血肉を散らした。

 このままではいずれ奴が力尽くかもしれないが、その前に俺が死ぬ。

 いや、そもそもこの魔術の持続時間はそれほど長くはないから、勝ち目はない。


 しかし、俺は最初からこのチキンレースに付き合うつもりなどない!


左腕充填(チャージ・レフト)・イビルボマー。――爆ぜろ!」


 左腕からイビルボマーの顔が次々と浮かび上がる。

 その無数の虚ろな眼窩が一斉にアテルイを捕らえ、凄まじい爆発を引き起こした。


 爆炎と灼熱の空気が瞬時に広がり、地面を舐め回す。

 勿論これでアテルイをどうかにできると思っていない。だが爆風のお蔭で、俺は一時距離を取ることができた、と同時に、派手な爆発は姉さんへの合図にもなった。


 次の瞬間。

 天を突くような八本の黒い大剣がアテルイの周りに突き刺さった。

 姉さんが作り出した《無明》の大剣は落下の勢いもあって深く地に刺さり、何よりも堅牢な檻――いや漆黒の棺になった。



 そして棺の真上、遥か超々高空から墜落する一つの星。


 黒く、ただ黒く、瞳と髪を黒に染め上げ、夥しい霧をたなびかせる姉さんは、さながら黒い彗星のように急降下する。

 ダダダン、と《天衝丸》から次から次へと排出されていくカートリッジ。

 その度に姉さんは更なる加速を得、空気の壁を際限なく破っていく。


 着地など一切考えず、ただただ神速すら生温い境地を求める。音を置き去りにしている風圧は眩い白光と高熱を発しており、生身では決して耐えられないだろう。そんな中で、姉さんは逆さまの姿勢から身を捻り、戦斧に見立てた足を回転しながら振り下ろす――。


「我流技飛燕(ひえん)がアレンジ――――《天楼落月(てんろうらくげつ)》!!!」


 空間の断末魔と彷彿させる音の衝撃波と地鳴り。


 アテルイは両腕を頭の上で交差し、完全な防御体勢で姉さんの全力の踵落とし――《天楼落月(てんろうらくげつ)》を迎撃した。

 あらゆる攻撃を跳ね返す、欠片の力をも消し去るアテルイの両手。


 だが姉さんは今回、《無明》の力を具現化にしていなかった。

《月颪》も粉砕された以上、たとえ《無明》の力でも無効化されると分かったからだ。

 その代わりに、俺は《人の(Blessed )思い(be he)の全(who )てを(invented )覆う(sleep)死を作(, a cloak)り出(that )した(covers)者に(all a)、祝福(man's)あれ(thoughts)》で姉さんの通路を最大に拡大させ、姉さんの身体能力を何倍も増幅させた。


 つまりこれは完全に力と力の勝負、最速と最硬の衝突。

 おそらく一瞬にも満たぬ時間が無限に伸ばされ、鼓膜を突き破るような爆音が広がり、十重二十重にも重なる空気の波が颶風のように地形を破壊する。


 そしてついに。


 神木を劈く轟雷のように、アテルイの両碗が砕かれ、《天衝丸》の刃が奴の頭蓋骨を破き、そのまま胸元まで斬り込んだ。


 しかし、そこでアダマンティウムの刃がついに耐えられず、悲鳴を立てて折れ――いやあまりの衝撃に粉々と砕け散ってしまったのだ。


 勿論、姉さんとて無事では済まなかった。

 落下の勢いに加えて《天衝丸》からの反動、地面に叩きこまれた姉さんは何度もバウンドし、漆黒の檻に派手にぶつかった。


「大丈夫か姉さん!」


 ようやく我に返って、姉さんに駆け寄った。


「いてて……うん、心配ないわ」


 姉さんはすぐさま立ち上がり、檻を解除した。

 体に異常はないが、右足の《天衝丸》は完全に燃やされ、灰燼と化していた。

 アイナが鍛造したアダマンティウムの武具も、さっきの衝撃と熱量に耐えられなかったようだ。


「ごめんね、できれば両断したかったけど……」

「仕方ないよ。アイナが作った物がこんなになるなんて、どんだけ硬いんだよあいつは」


 距離を取って、アテルイの様子を伺う。


 やがて土砂が晴れ、アテルイの姿が現れた。

 頭の天辺から胸まで引き裂かれていたが、それでもアテルイは倒れる様子がなかった。

 本当なら今すぐ《斬神》で止めを刺したいが、タイミングが悪いことに《人の(Blessed )思い(be he)の全(who )てを(invented )覆う(sleep)死を作(, a cloak)り出(that )した(covers)者に(all a)、祝福(man's)あれ(thoughts)》の効果が切れてしまった。

《斬神》は既に一度見せたから、迂闊に使ったら返り討ちにされるのがオチだろう。


「まさかこれほどの余力を残していたとは……我の防御を破る一撃、見事なり」


 空気との摩擦で高熱を帯びている《天衝丸》の刃はアテルイに斬り込んだまま、夥しい蒸気を放っている。

 アテルイはまるで雷に打たれたように、赤褐色の肌も銀の鬣も焦げており、先端が潰れた手で頭を抑えている。左右に引き裂かれて、高速で再生している頭部は醜く歪んでいるが、表情は平静そのものであった。


 いや、むしろ――喜んでいる?


「ふははは、かははははは――!」


 突如に、アテルイは朗々と笑った。


「侮ったことを謝ろう。汝らは間違いなく我を滅ぼせる境地に至っておる。我の願いを叶えうる者よ。まさか、まさかこうも早く出会うとは実に僥倖である。さあ、我の願いを叶ってくれ、我を滅ぼすのだ!」

「は? 何言ってんだよ。死にたいなら勝手に死ねばいいだろうが」

「それはできぬ……我の死を望まぬ者がおる故。歪みの塊となった我に、それでも生きて欲しいとスズカ殿が言っておった。残念ながら我は小心者でな、自分の意志で仲間の願いに反する真似はできぬ」

「何それ……死にたいのに、仲間のために嫌々生きているのか?」

「生きてはおらぬが、端的に言えばその通りである」


 アテルイはため息を吐きながら語り出した。


「本当ならただ平穏に生きていけば良いと、生前からずっとそう思っておった。だがこの体と生まれが難儀なのでな、仕方なく己を鍛えてみたらいつの間に最強などと呼ばれおって、《災いの御子》の討伐に駆り出された。それでこのザマになったから、ままにならぬものよ


 奇妙なことに、この体になってからはもう生に未練がなくなった。歪にあり続けるより早く朽ち果てたかったが、仲間……特にスズカ殿が我を引き留めた。ならば全力で戦った果てに滅ぼされれば彼女も納得だろうと思っているが、そういう相手には恵まれず、結局今日までずるずると生きてこれてしまった。


 自分に嫌気がさしてたまらぬ、それにそろそろ疲れておるが、我にできることと言えば見込みがある者を見逃し、いつか我を打ち滅ぼせる境地に至るのを待ち続ける他なかった。それが今日、ようやく、ようやく我を上回る者達が現れた。さあ、我を滅ぼせぇ!」


 アテルイはおもちゃを前にしている子供のように喜んでいる。

 だが奴とは対照的に、俺はグツグツと怒りが煮詰まったのを感じた。


「ふざけんなよ……なんだよそれ、嫌々で、仕方なくて、人の意見に流されて、惰性的に人を殺し続けてきたっていうのかてめえは!!!」


 思わず怒鳴った。


 アテルイの話が本当だったら、彼に戦う理由なんてない。

 恩人の娘を助けたいジューオン達と違って、憎悪に駆られるゲヘナとも違う。信仰に狂わされたゲゼル教国と違って、忠義に尽くしたコーデリア大佐とも違う。

 力を持っているのにただ流されて、人の意見に異を唱えることもなく、死にたいと思っているのに仲間に引き留められたら反対と言えなくて、それならもっと強い誰かに自分を殺して欲しいと、他力本願でここまでやってきた。


 改めてアテルイを見据える。

 三メートル超えの偉躯。

 獅子の鬣のような貫禄十分な頬髭。

 老いを感じさせず膨れ上がるダークレッドの筋肉。

 どこを取っても矍鑠とした老武人にしか見えないのに、そのどうしようもない内面に俺は呆れて、彼に殺された人々を想うと怒りを覚えずにはいられない。


 しかし俺の怒りなど意にも介さず、アテルイは頷いた。


「うむ、我はそうやって流されてきた。そしてついぞ終着が見えるようになった。さあ、全力の我を斃してくれ。我に終わりを、もう戦わなくても良い言い訳をくれぬか」


 臆面もなく言い放った。



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