199 夜の稽古
「ちっ、逃がしたか……」
「今のうちに引きましょう、用事は済んだし」
「そうだな」
俺たちは追ってくるアンデッドがもういないと再三確認して、大きく迂回して迎撃軍の陣地に戻った。
陣地に戻った俺たちが一息をつくところに、全身腐肉のアンデッド――いや、一目で顔が分からない程血肉まみれになっていたジェイが話しかけてきた。
一体何をしたらそうなってしまうのだ。
「夜の散歩は楽しかったですか?」
「見ていたのか?」
「僕も近くで戦ってましたからね」
気づかなかった。
スーチンも特に何も言ってなかったから、恐らく彼女の道術にも引っかからなかったんだろう。
「それで何の用事?」
「今日、アテルイと戦った感想を伺いしたく」
「とりあえず呪文と魔道具の無効化が厄介、頑丈さが半端ない、そして間合いの取り方が上手くて近接戦がやりづらい、こんなところか」
「ほう、ちゃんと見ていましたね。感心、感心です」
本気で感心なのか、馬鹿にしているか分からないが、ジェイは頻りに頷く。
「それで、もしまた戦うことになった場合、勝てますか?」
「……分からない」
「でしょうね」
「お前なら勝てるか?」
「無理ですね。昔の大戦で他の眷属と一緒に奴に戦いを挑みましたが、10人掛かっても仕留められませんでした」
「リリウスの眷属は他にも居るのか?」
「……ええ、いましたよ」
ジェイは少し顔を顰め、言葉を継いだ。
「今は他の眷属の協力が望めませんので、少しでも勝算を上げるために貴方達に伝えたいことがあります、ついて来てください」
「待て」
「どうしました?」
「俺たちも丁度お前に聞きたいことがある。アテルイについて何か知っているというのなら、何故それを戦う前に言わなかった。前もって教えてくれたら戦いをもっと有利に進めていたかもしれないだろう?」
するとジェイは口元を歪めた。
「何を仰るかと思えば……そもそも今回アテルイが向こうに居るのは不確定情報だったのでしょう? それにあの男が千五百年前のままなのかどうかもよく分かりません。先入観に囚われるよりはご自分の目で確認するほうが良いと思いますが? それで死んでしまったらそれまでの者ということです。そういう使えない人間に、ほいほいと情報を渡して良いわけがありません……そう思いませんか?」
「……分かった」
駐屯地から少し離れ、俺たちは人気のない空き地にやってきた。
「僕たち――リリウス様の眷属は随分昔から《災いの御子》と《ラストリゾート》を追っています。急に現れた《災いの御子》はともかく、元々人間側の《ラストリゾート》は割と多くの情報を残してました。まあ、人間どもは自分の都合であの者達を歴史から葬ったのですが、不老不死の我々には関係がありません」
「ああ、それは俺たちも知っている。つまりお前は奴らに詳しいんだな?」
「ええ、どうやら貴方達もそれなりに使えるようですから、勝算を上げるために、かの《銀星獅王》について我々が知る事を教えて致しましょう」
ジェイが言うには、アテルイは戦争の孤児であった。
両親を知らないアテルイは運悪く紛争地域に生まれたが、ハーフジャイアントとして恵まれた肉体を持っている彼は10歳にして数十人のならず者を束ね上げて、傭兵団のリーダーとして戦場を馳せていた。
その時、彼は紛争地域を君臨する傭兵たちの王――《劫火狼藉》モレイに目を付けられ、幾度なく戦いを挑まれたが、その優れた戦いのセンス、何よりもずば抜けた身体能力で逆にモレイを捻じ伏せ、傘下に収めた。
その後、二人は数十年に渡って戦場を支配していた。
近接戦闘で無類の強さを持ち、突破力に特化しているアテルイ。
優れた索敵能力と遠距離攻撃で一方的に戦場を蹂躙するモレイ。
彼らの助力を得た勢力は負けを知らず、彼らと戦場で相見えることは死を意味する。
度を過ぎた強さを有する彼らは国に狙われることも多かったが、大国と言えど靡かない対等に渡り合うその姿勢は伝説であった。
長命のハーフリングであるモレイと違って、アテルイはやがて年を取ったが、齢70にしてその力は衰え知らず、派手な頬髭を蓄えている彼は《銀星獅王》と呼ばれるようになった。
やがてアンデッドとの大戦が始まり、各種族が共闘するようになった。その時、彼は人類連合軍の重鎮である太陽神ミーロ教会の聖騎士団長――《天軍の槍》スズカと知り合い、共に死地を潜り抜けているうちに力が認められ、連合軍の核心に入った。
そして戦況が絶望になり、彼はスズカとモレイ、そしてエルフの中でも最も長く生きる《全能の賢者》サラシナと共に《ラストリゾート》を結成し、《災いの御子》を討伐するために敵地に侵入した。
あとは、知っての通り。
「まるで御伽噺か英雄譚みたいな人生だな」
「ええ、一介のならず者から人類の希望を背負う英雄に成り上がった彼は実際多くの吟遊詩人に謳われていたのですよ。まあ、それも《災いの御子》に寝返ったまでのことですが。……それでアテルイの力についてですが、最も有名なのは《封滅領域》と呼ばれる異能なんでしょう」
「封滅領域……あの無効化能力か」
「そうです。貴方達が見た通り、神術魔術問わずすべての呪文と魔道具を無効化する力、その範囲は最大半径二キロにも及ぶ」
「二キロ!? そんなに……」
《熾天使の玉座》が打ち消された時は一キロ強ほどだったから、あれでまだ全力じゃなかったのか。
「ですが、それはあくまで最大範囲です。常にそこまで展開できるわけではないらしい。僕も詳しく知りませんが、恐らく最大展開するのは限られた回数もしくは時間という制限があります」
「それは条件つきでアテルイに魔術が効くかもしれないってことか?」
「いいえ、治癒の神術すらも本人には効かないと聞いていますから、少なくとも本人とその周辺は意思に関係なく常時展開しているでしょうね」
本人の意思関係なく常時展開か、そう言えばリースの魔眼もそうだったな。確かに欠片の力ならそれくらいできてもおかしくはない。
しかしそれはつまり奴を対象とする魔術はすべて無駄ということか……厄介だな。
「となれば、魔術と魔道具なしの戦い方も用意しないと……もしかしてジェイの武器もその一環か?」
ジェイが背負っている戦鎚に目を向ける。
ヘッドだけで人間の頭ほどもある。その両側にはギザギザの面と尖った角がついており、まるでミートハンマーのようだ。
「ええ、この《肉叩き》は強化がされていません。ただ重さと頑丈さを追求する武器です。アテルイは《封滅領域》の他にも異常に頑丈な肉体を持っているから、角の部分はアダマンティウム製にしておいた。同じところに何度も当たればたとえアテルイにもダメージを与えられます」
確かにアテルイの頑丈さは想像以上だ。
姉さんやレグルスの攻撃をものともしない、《万象剣》すら正面から撥ね返すほどの硬度ははっきり言って異常だ。
現在俺たちが奴に通用する手段は《斬神》、もしくは同じ場所に何度も攻撃を重なる他ない。
「しかし、あいつは一体何故あんなに頑丈なんだ?」
「あれが屍霊としての固有能力なんです」
「屍霊の固有能力?」
さり気なく姉さんと視線を交わするが、姉さんは目で否定した。
どうやら心当たりはないようだ。
「ネクロマンサーなのに知らないのですか? 屍霊っていうアンデッドは自分の魂の有り方に応じて固有能力を持っているのですよ」
「魂の有り方? つまり屍霊はそれぞれ違う能力を持っているのか?」
「ええ、簡単に言うと、本人の性格が出るということです。アテルイっていう男は極めて慎重で、臆病とも言われるほど損害を恐れていた人物だと聞いています。ですからあんな出鱈目な防御力を持っているんでしょう。ちなみに再生力も強いです。昔僕たちは一度彼の腕を切り落とした事がありますが、ものの一分で再生しました」
異常な防御力と再生力、それがアテルイの屍霊としての固有能力。
だとしたら姉さんの固有能力はなんだろう。
黒い霧を操ることか?
いやそれはビャクヤや他のアンデッドも普通にできる。
《無明》の力か?
あれは姉さんが《魂の酷使》を持っているからできるであって、屍霊とは関係がないはずだ。
それともそもそも持っていないのか……?
まあ、それは今置いといて。
「高い防御力と再生力を併せ持つのは厄介だな」
「それで貴方達に聞きたいことがあります。アテルイが貴方の剣に斬られた後、傷は再生していなかった。その剣はなんですか?」
「……」
「《封滅領域》の中にも関わらずアンデッドに再生不能のダメージを与えられる……神々の遺物に準ずる武具だと思いますが心当たりがありません、教えてもらえますか?」
ジェイは目を細めて俺を――背中にある《万象剣》を睨んだ。
同じアンデッドとしてこの剣が気になるのだろう。
だが勿論教える義理はない。今はアテルイを共通の敵として共闘しているが、相手は古くから人間社会に潜んでいるヴァンパイアの眷属、決して味方ではない。
「さあな、少なくとも神々の遺物じゃないと言っておこう」
「……ふん、まあ良いでしょう。とりあえず貴方の剣なら彼にトドメを刺せる、ということですね。アテルイを倒したいなら、貴方が鍵になるでしょう――ただし、今の貴方達ではそもそも彼を追い詰めることなんてできません。アテルイは既に貴方の剣も、技も知ってます、もう一度当てるのは難しいでしょう」
「じゃどうすればいい?」
「貴方達の見立て通り、アテルイは近接戦闘の達人です。生半可な腕ではいくら人数が多くても奴に近づけません。ですから……人間には過ぎた名誉ですが、私自ら稽古をつけてあげましょう」
ジェイは戦鎚を無造作に放り投げて、素手で構えをとった。
「稽古ってまさか」
「こう見えても素手の戦いは得意です。今は時間がありませんから、そうですね……ネクロマンサーとそこの貴女」
ジェイは俺と姉さんを指差す。
「二人を重点的に鍛えてあげましょう。さあ、僕をアテルイと思って掛かってきなさい」
「……いいのか?」
「ええ、全力で。でないと――」
「っ!」
次の瞬間、空間を切り取ったようにジェイは俺の目の前に出現し、拳で突きを放った。
走り出す姿勢も、腕を振るう動作もなかった。
気がついた時、俺は既に後ろへ吹き飛ばされた。
「っこれは、アテルイの……っ!」
「ええ、彼が得意とする技です。間合いを詰めるのと突きを一呼吸で放つ技、これを《無影突き》という。これくらい対応できないと一瞬で死にますよ?」
「くっ……遠慮はしないぞ」
俺は《万象剣》を抜いた。
「それでいい。なに、アテルイには及びませんが、百年も生きていない赤子に触れられるほど落ちぶれてはいませんよ」
ジェイは俺たちを見下すように笑みを浮かべた。




