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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第十二章 カウンターアタック
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196 アテルイ(二)

 ドッっと、行き場を失ったエネルギーは波紋状に広がり、大気を揺るがす。荒れ狂う《斬神》の余波は堰き止められた氾濫のように空間を貪り、クレーターを作り出す。その爆心地に居ながらアテルイはそれでも無傷。出鱈目な強さを示したその姿は、まるで大地に深く根を張る神木のようだ。






「今の一撃は、(なれ)か」


《斬神》を握り潰したアテルイは今更興味が湧いたように俺を一瞥する。


「……」


 そして次の瞬間、何の前触れもなく、空間を切り取ったように奴は目の前に現れた。


「なっ!」


 太陽を背に、三メートル超えの赤銅の偉躯が俺の頭上から影を落とす。

 沈黙の巨人は言葉一つ、いや殺気の一欠けらも漏らさないが、餓龍の咆哮よりも直接的に、暴力的までに心の底から恐怖を掻き立てた。


(なれ)の力を見せろ」


 アテルイの正拳が奔る。

 一瞬にも満たぬうちに迫りくる死の未来を幻視するほど、回避も防御も不可能な一撃。

 スバッ、と血肉が爆散する音がした。

 紙一重のところでマントから飛び出したニグレドが身代りになったお蔭で、俺は死の運命から逃れた。

 餓龍と同程度の頑丈さを持つニグレドが一撃で首が丸ごと抉られた光景に恐怖を抱く暇もなく、俺は飛び退ってアテルイから距離を取――ろうとしたが、奴は影のように追ってくる。


 さっきと同じだ。どうやって動いてたかすら見えない。気が付いたら既に間合いの内側に入られたのだ。


 瞬くの間に繰り出されたジャブとローキック。どれも牽制の意味が強い技だが、アテルイのそれは掠めただけでも致命傷になりうるから俺は《飛躍》で斜め後ろへと更に大きく飛びずさった。

 だがそれは向こうの思い壺だった。

 俺の回避経路を完全に読んでいたアテルイは先回りして、絶対に避けられない角度から掌底を放つ。


 ガッ!


「くっ!」


 仕方なく《万象剣》で防いだ結果、あまりの衝撃に肩が外れ、《万象剣》も派手に吹っ飛ばされた。


 たったの三手で俺は追い詰められた。

 奴は一撃必殺の速度と力だけじゃなく、その顔に刻まれた皺相応な老獪さをも持ち合わせている。極めて精密な、計算され尽くしたような動きですべての退路を塞ぎ、俺を窮地に追い込んだのだ。


「未熟。(なれ)も、足りぬか」

「ごちゃごちゃ五月蠅いわ!」


 この上なく切羽詰まった状況だが、リリウスの洗礼を受けた俺の意識は逆にいつもより研ぎ澄まされている。《万象剣》が弾き飛ばされたのと同時に、腕が取れそうな痛みを堪えて俺はクリムゾンレイを召喚し、辺り一帯を暗闇にした。


 突如に現れた暗闇の中で、俺はアテルイに《突進》した。

 地面ぎりぎりを這うような走法、《瞬歩》。元々は敵の死角から接近するための走法だが、たとえ暗闇の中でもアテルイにこんな小細工が効くとは思わない。しかし膝よりも低い位置で間合いを詰めてくる俺に対して、アテルイが取れる攻撃手段は限られている。


 そして俺の読み通り、アテルイは上段から手刀を振り下ろした。

 一撃でレグルスの肩を折った手刀は、普通の人間なら数人纏めて叩き砕けるような威力を秘めているに違いない。

 しかしそれが俺に届く前に、俺が召喚したボンバーチルドレンを潰して大爆発を起こした。


「――ぬ」


 僅かな戸惑いを見せたアテルイ。

 その隙に俺は爆発の勢いを借りて転げながら奴の股を潜った。この上なく格好悪いが命あっての物種だ。


 しかしこれで振り切れる程、かつての人類最高峰の戦士は甘くなかった。


「フィー君、避けて!」


 ほぼ反射的に、俺はがむしゃらに跳んだ。

 その直後、背中からハンマーに打たれたように吹っ飛ばされた。

 アテルイは後ろに目がついてるように、振り向かずに蹴りを放ったのだ。

 その一撃だけで《龍霊鎧》が砕かれ、もし姉さんの警告がなかったら、俺の上半身は今頃宙に舞っていたのだろう。


「がっ、くっ……」


 背骨が強打され、しばらく立ち上がれずにいる。

 アテルイが追い掛けようとしたところ、姉さんは再び神速の《閃空》で奴の懐に入った。


「よくもフィー君を!」


 再び連撃を繰り出す姉さんだが、その速度は目に見えて落ちている。《無明》の力が尽きかけたのだ。

 アテルイは素早く姉さんの蹴りを往なし、そのまま体を半回転させ姉さんの側面に体当たりをぶちかました。

 倍も大きい相手の体当たりを喰らって流石の姉さんも体勢を崩され、成す術もなく押し倒された。


「姉さん!」


 まずい、マウントを取られた。

 アテルイの巨体も相俟って、まるで山が跨っているような光景は絶望感を呼び覚ますには十分すぎる。


「耐えてみろ」


 極めて有利な体勢で、アテルイは容赦なく拳を放つ。

 殴る。

 殴る。

 殴る。

 姉さんはなけなしの《無明》の力で防御に徹するが、霰のように放たれた連打は彼女の腕を折れ、頭を揺さぶる。


「くそ! 姉さんを放しやがれ!」


 姉さんへと走り出した。

 ロクに動けないことも素手なのも忘れて、ただ無我夢中に。


 その時。ファタリテ君の矢が風を切る音がした。

 破城鎚をも勝る貫通力を持つ剛速の矢が、()()()()に放たれた。


 この十日間、アイナはファタリテ君に更なる改造をしてあげたかったが、色々あって大規模な改修を見送らなければならなかった。その代わりに、右腕の大型弩(アーバレスト)と同じような武具――ボウガンを作ってあげた。これを左腕で使えば、ファタリテ君は同時に二本の矢を撃ち出せる。

 そして精密動作性に長ける魔道ゴーレムだからこそ、二本の矢を完璧に同じ軌道を辿らせる事も可能である。


 アテルイは一本目の矢を払う。

 だがその真後ろに隠れており、一本目の気流に牽引され風切り音すら発しない二本目の矢が迫る。


 それでも、アテルイはすんでの所で矢を掴んだ。

 龍牙の矢が奴の肌から僅か数ミリのところに止まった。

 しかしこれのお蔭で、アテルイの連打に僅かな隙が生じた。


「お姉ちゃんに跨って良いのはフィー君だけだから、そこを……どけ!」


 姉さんはアテルイの首を掴んで思いっきり体を反らせ、ブリッジで下から突き上げて逆にマウントを取り返した。

 勿論ここまでの体型差があれば、姉さんがマウントを維持するのは不可能だ。アテルイがその気になればいつでも脱出できる。そのはずだが。


「人間にしては、なかなかやります、ね!」


 ジェイはアテルイの前額目掛けて、杭打ちのように戦鎚を打ち下ろした。


 ガーン、と耳を劈く金属音。

 アテルイの頭を貫くことはできなかったが、前額が抑えられたら、たとえどんな力持ちでも立ち上がれない。


「さて、意趣返しと行こうかな――耐えてみなさい!」


 嫣然と笑う姉さんは目にも留まらぬ連打を放つ。

 一発一発が巨岩を砕く攻撃だ。アテルイは腕で頭部をガードしているが、徐々に腕にダメージが蓄積し、小さな亀裂が走った。


「フィレンさん、これを!」


 待機していたルナが《万象剣》を投げてくれた。

 どうやら拾ってきてくれたらしい。


「助かった!」


 アテルイはまだ姉さんの攻撃を耐えている。

《万象剣》を振りかぶって、今度こそ《斬神》を直に叩きこもうと――その直前、アテルイは地面を打った。

 小さなクレーターを作り出し、そこからマウントを脱したのだ。


 しかしこの瞬間、俺は既にアテルイを《万象剣》の間合いに収めた。


「《斬神》!」


 最大最強の斬撃を放つ。

 一瞬、アテルイは腕で受け止める素振りを見せたが、即座に止めて後ろへ飛んだ。

 その動きが予想以上に早く、《斬神》は奴の胸元から脇腹にかけて、深さ数センチ程度の傷口を作った。

 アテルイはそのまま離れて、約三十メートル先に留まった。


「姉さん、大丈夫?」

「正直に言うと、割と危なかったわね」

「《完全不死治癒(ハーム)》」


 姉さんの治療を終えて、俺は《万象剣》を構えてアテルイを見据える。

 アテルイの胸元には《斬神》の痕が残っており、再生する様子もない。

 やはり俺が思った通り、《魂魄燼滅(アーム・エクラゼ)》で再生できなくなっているようだ。


 奴はは自分の胸元に触れながら呟く。


「そうか。その剣、その剣技、今はまだ足りぬが、いずれ(なれ)は我に届くかもしれぬ。しかしこのままでは汝を殺しかねん……ふむ」


 なんか意味不明な事を呟いていると思ったら、アテルイは大きく跳び上がって、穢土軍の後方に下がった。


「え……まさか」

「逃げた、のかしら?」

「相変わらず慎重ですね、ふふ」


 超大型アンデッドの数々に掻き消され、アテルイの姿はたちどころに見えなくなった。



 §



 あの後、俺たちは追撃を諦めて第二陣地まで下がった。

 アテルイが前線に出てこなかったお蔭で、《熾天使の玉座カテドラ・オブ・セラフィム》は再起動できたが、さすが敵も学習したか罠に引っかかる奴はそう多くはなかった。

 散開した穢土軍に《炎流星》や術者部隊の最上位魔術はそれでもある程度の戦果を挙げたが、結局日没まで約500体――万にも及ぶ敵の五分しか削れなかった。


 日没後、交代の者達が戦っている最中、俺たちは後方で装備の点検としばしの休憩を取っている。


「姉さん、アテルイはどうだった?」


 突拍子もない問いだが、姉さんは俺の考えを汲み取ったように答えた。


「そうね……予想以上に強かったわ。特にあの欠片の力はね」

「広範囲で呪文と魔道具を無効化する力、か」

「加えてあの戦闘能力、流石に最高峰の戦士と言われただけのことはあるってとこかしら」

「そうだな」


 俺が姉さんの言葉に頷くと、リースは姉さんに聞いた。


「私達は実際に戦っていませんが、そんなに凄かったのですか?」

「なんというか、間合いの取り方がめちゃくちゃ上手いなんだよね」

「間合い、ですか?」

「ええ、アテルイは複数の相手と戦いながらも常に自分の攻撃が全員に届けるように間合いを調整していたの。あと、私は一番最初にあいつとお互いに一撃を入れたのでしょう?」

「ああ、あれか。まさか姉さんが打ち負かされるなんて驚いたよ」


《無明》の力を纏わせた一撃はあのロントでもまともに受けたら無事では済まされないのだ。なのにアテルイはそれを受けて、更に姉さんをノックバックした。


「あれは一見、クロスカウンターに見えるけど、実はあいつの攻撃が一瞬早く届いたのよ。だから私が打ち負かされたの」

「つまりそうなるようにアテルイが間合いを調整した、ということなんですか?」

「ええ、だからその後私は《絶影》で速度に緩急をつけたけど、あいつはすぐに私の動きに適応してきたから結局一撃しか入れてなかったわ」

「あのデカさで反応も早いのか」

「ていうか、かなり繊細なんだよね。でなければ複数の相手の間合いを同時に取ることなんてできないわ」

「繊細、か」

「案外細かい事を気にする性格かもしれないわね」


 俺はアテルイの外見――あの隆々と膨れ上がる筋肉と鬣のような銀髪――を思い浮かべた。

 うん、凄まじく似合わないなおい。


「間合いの取り合いは白兵戦においてもっとも重要なんだから、うまくあいつの間合いを奪わないと勝てないわ」

「間合いか……しかし遠距離からの攻撃も効かなさそうだしな」

「ええ、まさかファタリテ君の矢が二本も効かないなんて、恐ろしい反応速度ですね。やはり大規模の改修をしなくちゃ……」

「でもたとえ命中したとしても、姉さんやジェイのように同じところに何度も当たらなきゃ通じなさそうだな」

「そうね、フィー君の《斬神》以外じゃその防御を破るのも一苦労だね」

「《斬神》も近距離で当たらなきゃ意味がないんだがな……」


 バアルさんならたとえ衝撃波でもアテルイにダメージを与えられそうだが、俺はまだ無理だ。


「まあそれはおいといて」


 俺は皆の話をまとめた。


「欠片の力、白兵戦が得意、異常な防御力……こんなところか、改めてやばい相手だと思い知ったな」

「本当に倒せるの?」


 ルナが不安げに聞いた。


「倒せない相手じゃない」

「そうなの?」

「ああ。実際ダメージを与えたし、《魂魄燼滅(アーム・エクラゼ)》が通用するのも分かった。それにアテルイが持つ欠片の力が判明した以上、他の人達も対策を用意できるはずだ」

「そうね……そういえばジェイはアテルイのことを前から知っているようだね?」

「そうだな、あいつなら何か知っているかもしれない」

「後で聞いてみましょう」

「答えてくれるか分からないけどな……まあ、その前に」


 俺は勢いよく立ち上がり、ポンポンと尻についた埃を払った。


「そろそろ夜だし、もう一度前線に出ようか。レキシントン先生に頼まれた事も調べなくちゃいけないしね」



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