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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第十二章 カウンターアタック
204/229

195 アテルイ

『ルナちゃんは……私が見ていますから』

「ええ、よろしくねスーちゃん」


 再度、進撃の鐘が鳴った。


「よし、行くぞ!」







 二度目の突撃が行われた。

 俺たちを先頭に、探索者たちが再び穢土軍に雪崩れ込む。


 アテルイの無効化能力に打ち消されたが、ミーロ教会の上位神官が総出で用意した《熾天使の玉座カテドラ・オブ・セラフィム》、それと術者部隊や《炎流星》の火力は伊達ではなかった。百も及ぶ超大型アンデッドが大ダメージを受け、黒焦げた死肉の塊がそこら中に転がっている


 他の探索者たちが弱まったアンデッドを倒していく中、俺たちは真っすぐにアテルイに向かうが、姉さんは直ぐに異様に気づいた。


「フィー君、魔道具が無効化されているわ!」

「ちっ、やはりか」


 まだ二百メートル程も離れているというのに、身に着けている魔道具は既にアテルイの力にやられた。


「ルナのユニーク魔術は大丈夫なのか?」

「……駄目、蒐窮の仮面(ペルソナ)の力も消えちゃったの」

「そうか、俺の死霊秘法(アル・アジフ)は影響を受けていないようだ。やはり欠片同士だから効果が薄いか……? ともかく、それじゃ予定通りアイナとリースは外側でサポート、ルナとスーチンは二人の護衛をしてくれ、俺と姉さんはこのまま行くぞ」


 ルナ以外にも、リースの神術と魔道具の塊であるファタリテ君もアテルイの領域の中じゃ役に立たない。だから緊急事態に備えて外側で待機してもらうことにした。それにファタリテ君の矢なら精度がやや落ちるだろうが中に撃ち込めることはできるはずだ。


 姉さんと俺はこのままアテルイの後ろ側に回り込んで、レグルスとジェイと三方向からの挟撃の形で襲い掛かった。


 アテルイは構えも取らず、ただ自然体で両手を垂らして立っている。

 アンデッドだから勿論呼吸もしていない。

 三メートル近くもある巨躯が静かに佇むその姿は切り開かれたばかりの崖のようだ。


 その時、アテルイはゆっくりと口を開いた。


「現代の人間軍よ、耐えてみろ――《崩拳》!」


 矍鑠とした外見とは裏腹に、枯れ木みたいな声。

 そして次の瞬間、アテルイの攻撃は既に終わった。


 ズドン! と重くて低い音が一拍遅れて伝わってくる。

 アテルイの拳は深々と地に埋まった。

 強烈な拳打は地盤を揺らし、大地は文字通り波を打つ。


「ぐお、なんだこりゃ!」


 レグルスの声も、大地の悲鳴に掻き消された。

 たった一発のパンチで、大地が水面のように唸り、縦横無尽に亀裂が走り、粉々と爆散した。アテルイの拳打は地中を伝わり、周り一帯に無差別に凄まじい衝撃波を放ったのだ。


 衝撃波は数百メートル先の騎士団にも被害をもたらし、数十人の騎士を吹っ飛ばした。

 そして遂に地面がアテルイの攻撃に耐えられなくなって、崩壊が始まった。

 そのせいで防衛線の一角が崩され、無数の騎士が崩落に巻き込まれ、あちこちから悲鳴が上がっている。


 広域の地盤沈下。

 もっとも恐れられている天災の一つが、たった一人の敵によって引き起こされた。


 それでも尚、進む者がいた。

 逸早くアテルイの拳打を気づいた姉さんは地を蹴って、虚空を走った。

 あれは魔道具の力ではなく《絶影》と並ぶ最高難易度の戦技、《閃空》。空を渡る戦技を駆使し、姉さんは空からアテルイに肉薄する。


「これくらいで止められると思うな! おらおらおら――――!」


 一方、レグルスは津波のような地揺れを己の力のみで圧倒し、雄叫びを上げながら重装戦車のように突進する。


「ふふふ、面白い、面白い!」


 そしてジェイは一体どうやって移動しているかは分からないが、地面の影響を一切受けず、姉さんにも引けを取らないスピードでアテルイに這い寄る。その姿は味方でありながら不気味を感じるほどだった。


「おりゃあああああ!」

「《焔螺子》!」

「キイイイイイイイエエエエエエ――――ッ!」


 レグルスの大剣が、姉さんのドロップキックが、ジェイの戦鎚が届く――その寸前、アテルイは独楽(コマ)のように回転した。

 完全な静止から動き出した奴はあまりにも早く、誰一人として反応できなかった。

 アテルイの張り手はレグルスにぶつかり、そのまま時計回りに全身を動かし、旋風の如くジェイと姉さんをも巻き込んで三人まとめて地面へと(なげう)った。


「ぐぇっ!」


 下敷きになっているレグルスはカエルが潰されたような声を上げた。


「ッ、この――《二の打ちいらず》!」


 姉さんは機敏に飛び上がり、空中で跳躍してアテルイの背後から右鉤突きを放った。それを防ぐも避けもせず、相打ちの形でアテルイも裏拳を放ち返す。

 両者の拳が空中でぶつかり、爆発のような音が広がった。


 姉さんは負のエネルギーを漆黒の水銀に昇華する力――《無明》の力を持っている。今の彼女はその力を完全に掌握し、血液のように全身を巡らせている。それは攻撃力だけじゃなく、防御力も著しく引き上げたという事だ。

 なのに、アテルイの両足はしっかりと突っ立ており、一ミリの姿勢の乱れもない。対して姉さんは後ずさり、整っている顔を歪ませた。


「くっ……とんでもない馬鹿力、ね」


 アテルイの拳に戦技など使われておらず、ただ百錬の暴力があるのみということに気づいて、それでも強がりの笑みを見せた姉さん。


「……見事だ女よ。だが足りぬ、まだ足りぬ。(われ)を斃すには」


 サッと、一歩踏み出したアテルイ。

 その背後からジェイとレグルスが攻撃を仕掛ける。


「ケケケ、カカカカ、カ――――ッ!」


 ジェイは突進しながら全身を何回も回転させ、遠心力が乗った戦鎚で風を切る。だがその尖った先端がアテルイの顔面に届く前、大きな手の平に掴まれた。


「《発勁衝角》!」


《発勁衝角》とは、全身の運動エネルギーを一点に集中させる戦技である。

 しかしジェイは己の怪力と戦技を駆使して尚、アテルイの手の平を突き破ることができなかった。


(なれ)は、邪魔だ」


 ギシリ、と戦鎚が軋むほど強く握りながら、アテルイは掌底を繰り出す。

 剛速の掌底がジェイの首に炸裂――の直前に、ジェイは思いっきり仰け反ってぎりぎりと回避した。


「おらああああ!」


 空振りしたアテルイの隙を逃さず、レグルスの斬撃がその背中を捉えたが、赤銅色の背中に一筋の痕も残すことができなかった。

 巨人の体はまるでバネが入っているように瞬時に振り返って、上段から手刀を振り下ろした。


「舐めるなあああ!」


 渾身の切り上げで迎撃するが、アテルイの手刀はいとも簡単に大剣を弾き、彼の肩をへし折る。


「残念だが、(なれ)では叶わぬのだ、去るが良い」


 一瞬、姿を消したアテルイは回し蹴りでレグルスを蹴り飛ばした。


「……これで終わりか? 我に届く者はおらぬのか?」


 鷹揚に戦場を見渡すアテルイ。


 姉さんは蹲り、ジェイは間合いを取って様子を伺っている。

 ごく僅かな間に、あいつは姉さんたち三人の猛攻に追い詰められるどころか、一歩も動かず悉く跳ね返したのだ。


「まずいな……」


 俺はやや離れたところでアテルイを見据える。

 何を考えているのか、奴は自然体に戻り再び静止に入った。自ら攻める気はないのか、それとも侮っているか。


 姉さんたちが三人がかりでもあしらわれたんだ、俺を数に入れても簡単に情勢を覆せるとは思わない。しかしアイナが丹誠を凝らして鍛え上げたこの《万象剣》は通常のアダマンティウム武器を上回る切れ味を誇っている。それに欠片の力は無効化されないから《魂魄燼滅(アーム・エクラゼ)》も残っているだろう。つまり《斬神》を入れられれば……!


「フィー君、待って」


 何時の間に側に戻ってきた姉さんが俺を止めた。


「確かにフィー君ならあいつを傷つけるかもしれない、でもあいつは体が頑丈なだけじゃないの。私の攻撃が通じない以上、フィー君が最後の切り札になるかもしれないから無闇に出さないほうがいいわ」


《斬神》は強力な技だが、欠点も大きい。上段からの振り下ろしという一つのパターンしかないからいくら神速だろうと事前に知っていれば回避もカウンターもできる。それがアテルイのような達人相手ならば猶更だ。


「ならばどうする、相手がいつまでも突っ立っているとは限らないぞ」

「それは――」

「まだ慌てるような時じゃありませんよ」


 と、まるで空間から研ぎ出されたようにジェイが姿を現した。

 戦いの高揚か、彼の口元は大きく裂けており、笑っているか威嚇しているかよく分からない表情をしている。


「あの男とは一度戦ったことがあります。一見、どんな攻撃も通らないように見えますが、決して無敵ではありません」

「じゃどうやって倒すのだ?」

「さあ。知っていたら千五百年前に既に倒しましたよ。ですが弱点は必ずあります、でなければそもそもあの男は防御する必要などないはずでしょう?」


 そういえば、確かにさっきあいつは姉さんの攻撃を避けずに受けたが、ジェイの攻撃は手で受け止めた。


「そうね、もしかして同じ場所に何度も攻撃を当てればあるいは……」

「可能性はあるが、あいつの怪力は危険すぎる、一撃でも貰ったら」

「ふふ、それならお姉ちゃんに任せなさい」


 姉さんは自信ありげに胸を張る。


「姉さん、大丈夫か?」

「お姉ちゃんを信じて、必ずチャンスを作って見せるから」

「では僕も手伝いましょう。ネクロマンサー、貴方にどんな技を持っているかは知りませんが、せいぜい使う時を誤らないことですよ」


 そう言って、ジェイは影に溶け込むように消えた。


「フィー君、お姉ちゃんのかっこいいところちゃんと見ててね」


 そう言って姉さんは再び突進した。

《閃空》で間合いを詰めてきた姉さんに対して、アテルイは自然体の姿勢から一瞬で正拳を繰り出した。

 そこから、姉さんは更に加速する。


「……速い」


 すぅっと目を細めたアテルイ。

 稽古でも見たことのないスピードに俺も目を見張った。

 姉さんは《無極の籠手》の力を借りず、完全な《絶影》を発動して見せたのだ。

《突進》からの《絶影》、そのあまりにも大きな速度差で一瞬彼女の姿が陽炎のようにぶれて、次の瞬間、その肘はアテルイの顔面に深く埋まった。


「《二の打ちいらず》!」


 ズトン、と。アテルイは半歩だけだが、この戦いが始まってから初めて後ずさった。

 そしてアテルイが攻撃を喰らったと意識した時、姉さんは既に更なる《絶影》で次の攻撃に移っている。


「まだまだ――――!」


 連打に続く連打。

 飛び跳ねる弾丸のように、姉さんは何度も何度も虚空を足場にして跳躍し、あらゆる方角から銀毛の巨人を攻め立てる。

《絶影》に《閃空》、ジューオンでさえできない最高難易度戦技の連続発動。戦技に少しでも齧っていたら誰であろうと瞠目する――姉さんの速さに目が追い付ければの話だが――ほど鮮やかな猛攻。


「速いが、まだ足りぬ」


 驚いたことに、アテルイも巨体に似合わぬ速さで全ての攻撃を受け流し、一方的な防戦を強いられながらも未だに初撃以外の一撃も許していない。

《絶影》の瞬間的な加速とはまだ違う、それは奔流のように常に一定な速さをキープしながら大地をも削る力強さを有している身ごなし。


 一方、姉さんは猛攻を続けているが、それは即ちアテルイを圧倒しているわけではない。何故なら《死配者の指輪》が使えない以上、姉さんは俺から負のエネルギーを得ることができなくなっている。つまり《無明》の力をいつまでも維持していられるわけではないのだ。


 そしてついに、


「捉えたぞ」

「くっ!」


 姉さんの蹴りはアテルイに強く弾かれた。それはあいつにとってただの「捌き」であったが、あまりにも出鱈目な怪力に振るわれ、姉さんの体勢が僅かながら乱れた。

 それを見逃すわけもなく、アテルイは拳を彼女の脇腹に叩きこんた。


「姉さん!」


 俺が思わず駆け寄ろうとした瞬間。


「キイイエエエ――!」


 姉さんの影から溶け出されたジェイは戦鎚を振りかぶる。

 魔術も魔道具も使えないこの領域で、彼はただの歩法で誰にも気づかれず、ずっと姉さんの影に潜んでいたのだ。


「《発勁衝角》!」


 戦鎚の角がアテルイの腕に突き刺す。

 と、同時に。

 強烈なパンチを喰らったばかりの姉さんはアテルイの腕を抱え込んで、捻りながら肘で更に一撃を加えた。


「《二の打ちいらず》!」


 ギシリ、と。両方向からの衝撃を受け、アテルイの右腕が僅かだが曲がんでしまった。


 今だ。


「《斬神》!」


 細く細く尖らせた精神が体感時間を限界まで遅くする、そんな中でも辛うじて知覚できるほど最大最速の斬撃を放つ。

 手応えは完璧、間違いなく俺が知る限り最高な一撃だと確信した。《斬神》の衝撃波はアテルイへと奔る。


「良い一撃だ。だがまだ、我には届かぬ――!」


 アテルイは吼えながら右手で迎撃し、《斬神》の衝撃波を強引に握り潰した。


 ドッっと、行き場を失ったエネルギーは波紋状に広がり、大気を揺るがす。荒れ狂う《斬神》の余波は堰き止められた氾濫のように空間を貪り、クレーターを作り出す。その爆心地に居ながらアテルイはそれでも無傷。出鱈目な強さを示したその姿は、まるで大地に深く根を張る神木のようだ。


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