193 穢土軍迎撃(一)
「キイイイイイイエエエエエエエエ――――ッ!」
意外にも、迎撃軍の一番槍はジェイだった。
物静かな態度はどこに行ったか、彼は猿にも似た奇声を上げながら、不思議な体術で真っ先に駆けだしたレグルスを追い越して、敵軍先頭にいる《死骸蒐集者》に襲い掛かった。
ジェイの戦鎚は身丈より大きく、ミートハンマーのような見た目をしている。
人の頭ほどの大きさを持つ先端にはギザギザの面と尖った角を持っており、柄まで金属製のそれは非常に重そうだが、彼は軽々と振りかぶって、一撃で死骸蒐集者の片足を吹き飛ばした。
その直後、暴雨のように降り注ぐ攻城兵器と攻撃魔術の霰。
本当なら彼が敵に接触する前に着弾する予定なんだろうが、ジェイのスピードが予想外だったから少し遅れる形になった。
バリスタの矢とカタパルトの投石が次々とアンデッドに直撃し、僅かながらも死肉の盾を削ぎ、そこに術者部隊の呪文が撃ち込まれ、何体もの巨人を凍らせ、石弾で粉砕し、もしくは稲妻で薙ぎ倒した。
通常、アンデッドに対しては炎が有効とされているが、下手に超大型アンデッドを炎上させたら特大の動く火種と化して味方に大損害を出しかねないからあえて炎属性の魔術を避けたのだ。
「ケ、ケ、ケケケッカハハハハハハ!」
千人以上の術者部隊から放たれた呪文は威力だけじゃなく範囲も凄まじい。ジェイも効果範囲に含まれているが、彼は高笑いながら暴雨のような呪文をことごとく回避し、更に巨人に一撃を加え、頭を潰した。
巨人達が崩れ、開いたスペースに俺たち探索者が雪崩れ込む。
「今だ突っ込めええええええええ!」
「デカブツの一体が金貨千枚だぞうひょおおおお!」
「足を潰せ足を!」
「お前ら遅れんなよ!」
「硬ぇぇぇくそ硬ぇぞこいつら!」
「もっと散開しろ! 固まるなうすのろが!」
怒号と断末魔が飛び交う、血潮と体液がまき散らされ、化け物のズシンズシンという足音と倒れた時の振動がそこら中に響く。
ここから始まったのは、乱戦だった。
俺達の最初の獲物は、蠅を吐く黒いゴリラ――疫病狒々。
妖しい光を放つ蠅を吐き散らしながら、巨大な狒々は拳を振り下ろす。
「練習通りいくぞ!」
振り下ろされた拳に向けて、姉さんは《無極の籠手》で真正面から迎撃し、それを破壊した。
俺とルナはその隙に踏み込み、両足へと斬撃を放つ。
「《森羅万象》!」
「《蠅声》!」
両足を斬り飛ばされた狒々は地に転げ、ファタリテ君の矢に頭が撃ち抜かれ倒れ伏した。
勿論、アンデッドであるこいつがこんな簡単に死ぬわけがない。
「祈りを捧ぐ。遍く照らす破邪の光輝よ、神聖なる裁きを咲かせよう――極大化聖なる炎!」
後方に控えているリースが呪文を唱えると、眩しい白光を伴う炎が一瞬で地面を舐め回し、辺りの蠅ごと灰燼と化した。
リースの神術から放たれた炎は対アンデッドに特化している浄化の炎、アンデッドが焼失するまで消えることもなく、延焼の心配もない。
「次、10時方角!」
周囲を見てみれば他の探索者も怪我人を出しているが概ね善戦している。一体の超大型アンデッドに対して複数のパーティで当たり、着実に倒していく。
レキシントン先生とアイナが提供したアンデッドの情報、そしてミーロ教会と王国――というよりはヴァレリア閣下からの援助のお蔭で俺たちは皆対アンデッドの装備もしや魔道具で身を固めている。ほぼ全員が触発治癒をつけていると言えばその凄さが分かるだろう。
それでも敵があまりにも多い。
一体倒したら二体がやってくる、二体倒したら四体が迫る。
一体でも小さな町を半壊できる超大型アンデッドが一気に攻めてくるから、こっちの損耗も決して小さくない。
「ルナ、避けろ!」
他の探索者に倒された死骸蒐集者が彼女の頭上から倒れ込む。
俺は押しつぶされそうになったルナの手を引っ張って助けた。
「目で見るだけじゃなく全方位に感覚を向けろ、でなければ一瞬で死ぬぞ」
「は、はい!」
ルナの五感は常人より遥かに鋭いが、乱戦にはまだ不慣れのようだ。
戦っているのは俺たちだけじゃない。乱戦中は敵味方問わず流れ弾が脅威である、特に超大型アンデッドは足の一踏みだけで生身の人間を殺すには十分すぎるから、常に神経を限界まで研ぎ澄まさなければならない。化け物の足元で戦うのは、常に綱渡りをしているのと同じなのだ。
と、言っている側からまた一体の首なし騎士が襲い掛かってきた。
それにしてもデカいな、ポーランドで倒したヤツよりも頭二つ分くらい大きいじゃないか。
黒鉄の騎士は大剣を掲げる。
「千ノ影――!」
「させないわよ!」
詠唱よりも早く、姉さんは首なし騎士の体を駆け上がってその首――腕に抱えられている兜を殴り飛ばした。
それを器用にキャッチしたのは、ファタリテ君だ。
「霹靂の黒杭、起動!」
アダマンティウム鍍装の杭は右手から突き出さられ、いとも容易く兜を貫いた。
黒杭が放った電光が首なし騎士の本体である負の精霊を焼き尽くした。
「次、2時方角からくるぞ!」
姉さんが敵の攻撃を一手に引き受け、俺とルナが足を狙って体勢を崩らせる、最後のトドメはリースかファタリテ君に任せる。
姉さんの身体能力は勿論、経験や技も達人レベルだから心配する必要はない。俺は経験でルナを、ルナは速さで俺をサポートすることで姉さんが安心で暴れ回れる。そして打たれ弱いリースとアイナはファタリテ君が守る。俺たちはこうやって一体、また一体とアンデッドを仕留めていく。
どれくらい戦ったか。何体目かの死骸蒐集者を倒した時、前と後ろから同時に二体のアンデッドが迫ってきた。
前方にいるのは布に包まれる木乃伊王、動きは緩慢だが布は生き物のようににゅるにゅると蠢いて油断にならない。そして後ろにいるのは十六の赤色の目を持つ大蛇――赤眼王蛇。
前後からの挟撃となったが、このような状況も一応想定済みだ。
俺たちは練習通りに動き出す。
「我が命ずる、去れよ不浄――不死退散!」
リースは赤眼王蛇に向かって太陽神のシンボルを高く掲げる。
不死退散は神術ではなく、ミーロの信徒のみ得られる権能。その効果は自分より格下のアンデッドを破壊することであり、高位の神官ならゾンビの群れを一瞬で灰にすることもできる。勿論赤眼王蛇はその巨躯ゆえ破壊されることはないが、それでも身が竦み行動が遅くなった。
その隙にファタリテ君は《荒雷銃》で無数の光の矢を放って奴の動きを更に止めた。
一方、姉さん、ルナと俺は木乃伊王に向かおうとしたとき、、反対側から人の切羽詰まった悲鳴がした。
その方角を見れば、数人の倒れ伏した探索者と一体の首なし騎士が居た。どうやら《千ノ影槍》を喰らってパーティが半壊してしまったらしい。
触発治癒の効果で辛うじて立ち上がった前衛二人を、首なし騎士は容赦なく斬り殺す。
「ジョナサン!」
「きゃあああああああ!」
「くそぉ! お前ら早く逃げろ!」
「無理、足がやられて……っ!」
「く、くだばれ化け物おおおおおおお!」
首なし騎士は更にもう一人の前衛をすり潰して、無防備なローブの男性と弓手らしい女性に歩み寄った。
二人は懸命に攻撃を放つが、首なし騎士の鎧に効くわけがない。更に最悪なことに、二人の足は《千ノ影槍》にやられて動くに動けない状態だ。
そんな二人を一遍に圧潰しようと振り下ろされた大剣を――
「《森羅万象》!」
俺は横から切り飛ばした。
「姉さん、そっちは任せた!」
「はいよっと」
姉さんはミイラの布を避けるどころか、何本まとめて引っ張って転ばせた。派手に地面と衝突したミイラは地鳴りを起す。
どうやらあちらは姉さんとルナに任せて大丈夫のようだ。俺は振り返って、まだ生きてる二人の探索者へ呼び掛ける。
「こいつは俺がなんとかする、早く第二陣地まで下がれ!」
「無理だ、足がやられた!」
「ポーションはないのか!」
「もう使い切った!」
「ちっ」
使い切った時点で即刻後ろに下がるべきだろうが、と思ったが今言ってもしょうがない。
首なし騎士の攻撃を避けながら、俺は二人のところまで下がって、ポーションでローブの男性――おそらく魔術師だろう――の怪我を治した。
「あ、ありがとう……」
「早く仲間を連れて逃げろ」
「でも、ジョナサンとフーリエがっ」
「前衛の人ならもう死んだ、諦めろ」
「そんな!」
「うるさい、そいつも死なせたいのか!」
俺が弓手を指差すと、魔術師はハッとなった。
しかし首なし騎士が再び迫ってきた。
まずい、大剣を高く掲げるあの動きは――。
「千ノ影槍!」
「舐めるな! 《斬神》!」
向かってくる無数の黒い槍に対して、俺は《斬潰》の要領で《斬神》の衝撃波を放った。
《斬神》の衝撃波は正面から飛来する影の槍をすべて粉砕し、余りある破壊力が首なし騎士を丸ごと両断した。
「案外いけるな、これ」
バアルさんと餓龍の戦いを見て、見よう見真似の《斬潰》だが、手応えは十分。
《輝光龍の封印領域》から脱出した後、どうも以前と比べて動きが一段と冴えている気がする。筋力や速さが急激に増しているわけではないが、姉さんが言うには、瞬時の勘が数段良くなっており、そのお蔭で技の読みや切り替えが上達している他にも、魔力を注げるタイミングが上手いから戦技の威力が飛躍的に向上したらしい。
認めたくないが、恐らくこれはリリウスのお蔭だろう。あの極わずかな期間で体験した絶対的な恐怖はそれだけの効果があってもおかしくないほど濃いものだったのだ。
ギギギ……ゴオオオ……。
両断されて、もがく首なし騎士。
どうやら《魂魄燼滅》の効果で再生できなくなっているらしい。奴を両断したのはあくまでも《斬神》の余波であって《万象剣》自体に斬られたわけではないが、それでも効果があるようだ。
「《万象剣》、爆炎の強化だ」
奴の兜を割って、《万象剣》の強化で本体を焼き尽くした。
「すげぇ……首なし騎士を一人で……」
「今のうちに下がれ、第二陣地でちゃんと補給しろ」
「あ、ああ……ありがとう」
魔術師の男は仲間を抱えて逃げて行った。この乱戦の中で彼らが無事に陣地に辿り着く確率はどれくらいだろうか。考えても詮無いことだ。
姉さんたちのところに戻ると、木乃伊王と赤眼王蛇は既に倒されていた。まったく頼もしいことだ。
「俺たちもそろそろ後退するか、だいぶ深入りしちゃったからな」
これまで包囲されずに済んだのは大勢の探索者と一緒に突入したからだ。だが乱戦が続くといつの間に周り人が少なくなって、ジェイと《ライオンハート》の人たちともはぐれた。これから数体一遍に相手しなければいけない状況が増えてくるだろうし、今のうちに下がる方がいいだろう。
姉さんも賛同してくれた。
「そうね、まだアテルイが動き出す様子がないし、今のうちに休憩をとる方がいいかもね」
「それじゃジェイとマルグリットさんに一度連絡入れて後退するか」
迫りくる超大型アンデッドを倒し、振り切り、往なしながら俺たちは前線の後方まで後退して補給を兼ねて一息入れることにした。
§
敵陣に突入して数を減らす探索者たちに対して、前線をかっちりと固めているのは騎士団である。
彼らは特製のタワーシールドを持ち、超大型アンデッドの攻撃をひたすら耐え続けている。騎士団の盾は魔道盾と呼ばれ、それ自体が一つの魔道ゴーレムであり、ファタリテ君程じゃないが魔術・物理耐性ともに極めて高い。騎士団の人たちも防御系の戦技を熟達しており、術者部隊から様々なサポートを受けつつ前線で踏ん張っている。彼らのお陰で、敵陣を潜り抜けてきた探索者はこうやって後方でしばしの休憩を得られるのだ。
何せ敵は疲れを知らないアンデッドである。その気になれば何日も戦い続けるから、交代要員を作って休憩を挟みながら戦わないとこっちの身が持たない。
しかしそれは限られた人数で超大型アンデッドの攻勢をずっと喰いとめなければいけないということでもあるから、戦が始まってから騎士団から死傷者が続出していた。
幸い穢土軍の前線にいるのは主に比較的に破壊力が弱い死骸蒐集者であるからなんとかなっているが、それも何時まで持つか。
「はい、フィー君」
「ありがとう姉さん」
姉さんの手からの水筒を受け取って一気に呷った。冷えた水が体に沁みるのを感じる。どうやら自分が思ったより疲れているようだ。
「無理しないでね」
「姉さんこそ、体は大丈夫?」
「これのこと?」
姉さんは周りの目を気にしながら、薄めた墨のような流体を手の平から出した。
ロントとの戦いで姉さんは負のエネルギーを更に昇華し、黒銀の物質を作り出した。武器にも鎧にもできる、アンデッドとしての力を大きく引き上げたそれを、レキシントン先生は《無明》と名付けた。
「《無明》、かしら? 見た目が見た目だから派手に出すのはまずいけど、こうやって体の中を巡らせるだけで十分効果があるわ。それに今のところ何も異常はないから安心して」
「ならいいんだが」
「もう、心配性ね」
その時、一体の赤眼王蛇が防壁を食い破って、一人の騎士を盾ごと丸のみした。
「魔道盾を用意しろ、穴を塞げ!」
「奴の魔眼に注意を!」
「術者部隊、解呪用意!」
「邪の鎖よ砕け散れ、《呪詛解除》!」
「我が命じる、無色の力よ拒絶を象れ――《力の壁》!」
「押し出せええええ!」
騎士達が慌てて壁を再構築し、赤眼王蛇を押し出そうとしているが、俊敏な動きについていけず、更に何人も食われた。
「秘めたる力を示せ、あらゆる存在に干渉するものよ、《武器付与・上位不死殺し》!」
ファタリテ君の大型弩から放たれた龍牙の矢が黒い大蛇を貫く。
立て続けに五射、大蛇がついに倒れた。
「探索者の方、感謝する!」
小隊長らしい人が俺たちに礼を言って、騎士達を指揮して戦線に向かわせる。
「貴様ら今のうちに防衛線を押し上げろ!!!」
「魔道盾、展開!」
「アイナ、俺達が休憩する時にファタリテ君を遠距離部隊に加えるのはどうかな?」
「ええ、勿論構いませんよ」
ファタリテ君は休む必要などないから、これで少しでも前線の助けになれればいいが……。
「それでも崩されるのは時間の問題でしょうね」
姉さんは形のいい眉を顰め、決して明るくない予想を口にした。
その時後方から再度鐘の音が鳴り響いた。それは、後退の合図だ。




