192 開戦の鐘
ジェイは自分の口を指で広げ、そこから長い犬歯をギラリと覗かせた。
「僕は全てのヴァンパイアの祖、エンシェントヴァンパイア・リリウスの眷属ですから」
「リリウスの、眷属?」
ヴァンパイアは生物に血を分けて、眷属にすることができる。
それらは眷属とも、血の僕やスポーンとも呼ばれて、主にヴァンパイアの手先として認識されている。
眷属は元の生物を遥かに上回る能力を持ち、中には長い時間を過ごして下位ヴァンパイアに進化した者も居ると聞いている。
そしてエンシェントヴァンパイア・リリウスと言えば、あの《輝光龍の封印領域》に閉じ込められた、ふざけた性格をしているヴァンパイア。
この男――ジェイは彼女の眷属だというのか?
「何故ヴァンパイアの眷属がここにいる?」
「一々聞くような事ですかね。人間の味方をするために決まっているでしょう?」
「馬鹿な!」
「それはこっちのセリフですよ。高位アンデッドを何体も侍らせて、ヴァンパイアもどきの小娘を連れまわす探索者とか、貴方、ふざけていますか?」
「ぐっ……」
言われてみれば、こいつも俺たちも異質だ。
「待って、フィー君が侍らせているのは私だけなのよ、そこは訂正して」
「ええ、侍るなんてとんでもありません。私は魂を捧げていますのよ」
「ルナは小娘じゃないの!」
「ルナも、皆さんも落ち着いて、話がややこしくなりますから」
それぞれの不服を申し立てる皆を宥めるリースがとても有り難い。
「……じゃお前は何のために参戦しにきた?」
「それをお答えする前にまず聞かせてください。貴方達は穢土軍が現れたその場に居合わせたって仰いましたよね? では、《災いの御子》はあそこにいましたか?」
「いや、俺たちは《災いの御子》がどんなヤツか知らないが、それらしい人物はいなかった。そもそもアイツは消滅したんじゃなかったのか?」
「そうですか、ではやはりアンデッドを率いるのは《ラストリゾート》のみ、ですか……」
「なんでお前はそんなに詳しいんだ?」
そもそも一般人は千五百年前のアンデッド大戦という事自体を知らないのだ。勿論《災いの御子》や《ラストリゾート》の名も。
俺たちもアイナやレキシントン先生からの情報でようやくその一部を知ることになったのに、ジェイはまるで当然のようにそれを知っているらしい。
「当然ですよ。僕たちリリウス様の眷属は《災いの御子》をずっと追っています。いいえ、正確に言いますと、あの者が《災いの御子》に成る前、まだゲヘナと名乗っている時から、ずっと」
「……ゲヘナ? それって確かリリウスの力を奪ったヤツだったよな、あいつが《災いの御子》だというのか?」
俺がそう言うと、ジェイの目つきが鋭くなった。
見目麗しく涼やかな目が光を放つ。
「それを知っているということは、やはり僕が思った通り、貴方はリリウス様と接触しましたよね」
「ああ、《輝光龍の封印領域》でな。それがどうした?」
「ただの接触にしては匂いが濃すぎます……血を授けられたではなくて?」
「血を? まさか、俺があいつの眷属になるわけがないだろう?」
「……まあ、それは良いでしょう」
ジェイは俺を睨みつつ、言葉を継いだ。
「ゲヘナがリリウス様をダンジョンに放り込んだ後、僕はずっとあの者を追っていました。この手で滅ぼすためにね。ですがゲヘナはあまりにも強い、更に《災いの御子》になってからは常に大勢のアンデッドを連れ回していました。ですからあの大戦の間、僕と他の眷属はずっと人間連合軍に潜伏し、奴を仕留めるチャンスを伺っていました」
「じゃもしかして《災いの御子》が突如に消えたのは」
だがジェイは首を振った。
「残念ながら僕たちが倒したわけではありません。あの者が消えた原因は僕にも分かりません。確かに言えるのは当時の人間連合軍にはあの男を倒す力などなかった。ですから僕はあの男が消えたのはもしかして自らの意思によるものではないかと考えています」
「つまり、自分で身を隠したと? だが《災いの御子》はあの大戦であと一歩で人類を滅ぼせたのだろう、何故そんなことを?」
「さあ。そもそもゲヘナが何故大戦を起したのも理解できません。ですがもしゲヘナが自分で姿を消したとすれば、再び出てくる事もあり得るはずです。ですからアンデッドの軍勢が現れたと聞いて、もしやと思いましたが、どうやらあの男はいないようですね」
少し落胆したようにジェイは肩を竦めた。
「つまりお前はゲヘナ――《災いの御子》を捜すためにここに来た、ということか」
「ああ。ですが、まあ、人間の偵察によれば向こうには《ラストリゾート》の一人――アテルイが居るんでしょう? まずはアテルイを倒して《災いの御子》の力を削るとしよう。それまでに一緒に戦いましょう」
「ヴァンパイアの眷属と共闘、か」
「僕から見れば、高位のアンデッドとネクロマンサーが人間と共闘しているほうがどうかと思いますがね」
「余計なお世話だ」
ジェイはそれ以上何も言わずに、背を向けて戻って行った。
§
俺たちが陣地に戻った時、ヴァレリア閣下が馬上で騎士達を激励している。
彼女の声は《大声》の魔術によってこの平野に居る全員に届いている。
「我々は違う場所から来ている。ラッケン州の者達も、中部地域以外の者達も、更に王国の外から来た者もこの場に集まってきた。それは何故だ! 人間の敵を、アンデッドを打ち滅ぼすためだ!
「今、人間は未曾有の危機に瀕している! 御伽噺でしか出てこない化け物共が現実になって我らが愛する者達を喰らおうと、女子供を腹の足しにしようとしている! 奴らは人間を餌としか見ていない、肥溜めのようなゴミだ! そんなゴミどもをぶちのめすために我々はここにいる!
「お伽噺では化け物に立ち向かうのは何時でも英雄だ。だから諸君らこそ真の英雄であると私は思っている! 見よ我々の後ろにあるラカーンよ! そこにいる百万、更に後ろにいる千万の民を奴らの餌にしていいのか! 我々の家族友人が腐ったゾンビになってもいいのか! 守るのだ誉れ高き騎士達よ、汚らわしいアンデッドを一匹残らず駆逐せよ!」
オオオオオオオ――――!
騎士達は叫びながら兜や盾を打ち立て、戦意を漲らせている。
一方、探索者側ではレグルスがなんか叫んでいる。
「野郎どもおおおおお! 奴らをぶっ潰せえええええええ!」
ガオオオオオオオオオオ――――!
レグルスの声に呼応して探索者も雄叫びを上げる。
ここにいる全員がそれぞれの戦う理由を抱いているが、戦場の空気は勇猛な咆哮とともに一人残らず伝染している。勿論俺も例外ではない。体が熱くなって血液と力が昇ってくる。
それから暫くしたら、アンデッドの軍勢が地平線の向こうから姿を現した。
騎士達はざわつく、探索者たちも動揺している。
一万の超大型アンデッドと事前に聞いたとしても、やはり大多数の人はそんなのあり得ない、どうせ見間違いか誇張表現だろうと思っていた、いや思いたかったのだろう。
だがそんな都合のいい幻想は目の前の現実に砕かれた。
北側へ緩やかな傾斜となっているこの平野では、徐々に迫ってくるアンデッドの軍勢を一望に収めることができる。通常ならこちらに有利に働く高低差だが、それが却って敵のおぞましい姿を全員に見せつけることになった。
先頭に歩くのは、銀髪のハーフジャイアント。
深い皺が刻まれた顔と首を覆う髭。その下にあるのは筋骨隆々とまるで盤石のような偉躯。一目で体術の達人だと分かるほど堂に入った歩く姿。
威圧感も不気味さもなく、ただ自然に溶け込むような静謐さがあった。
例え敵の頭目だと分かっていても、あまりにも洗練された老戦士の姿に幾人の探索者が息をのむ。
だがその背後に林立する無数の影は、まさしく悪夢だった。
まず目に入るのは、15メートル超えの《死骸蒐集者》。スロウリ峡谷で俺と姉さんが倒した奴は精々10メートルくらいだったから、それよりもだいぶデカい。
数としては最も多く、全体の一割ほどを占めている巨人は外側からぐるっと穢土軍を囲い、まるで城壁のようになっている。体中に満遍なく生えている棘には幾つかの死体が刺さっている。あれらは全部街を襲いまわした戦果だろう。
そして《死骸蒐集者》で作られた壁の内側にあるのは、地獄と形容しようと生ぬるい化け物の坩堝だった。
首なし騎士や埋葬凶獣を始め、
蠅と蛆を吐き散らすゴリラ――疫病狒々、
複数の魔眼を持つ大蛇――赤眼王蛇、
不定形な黒い煙――屠殺者、
布に包まれる巨人――木乃伊王、
その他にも様々な名状しがたい異形達がひしめき合う光景は見る者の正気を奪う。
ガラガラと、全身鎧を着込んでいる騎士達が慄く音がした。
だが後ずさる者は一人もいない。何故なら最前列に立つ騎士団長、それと不敵に仁王立ちしているレグルスがいるからだ。
「へ、腕が鳴るぜ」
「なるほど、頑丈さを誇る死骸蒐集者で部隊の盾を作っておるじゃな。アンデッドにしてはなかなか頭が回る、うちのアホよりも」
レグルスはバシッと拳を打ち合わせ、マルグリットさんは冷静にそう評した。
「となれば内側にいるのは比較的に軟な奴らかもしれん。お主はどう見る?」
「そりゃ盾の後ろに籠ってるやつは軟弱に決まってんだろう?」
レグルスがそう言うとすぐにマルグリットさんに叩かれた。
「お主に聞いてないのじゃドアホ! フィレン殿、お主はどう思うのじゃ?」
「そうだな……確かに死骸蒐集者はタフなんだけど、超大型アンデッドの中ではそんなに突出する力を持っているわけじゃないから、むしろ数が多いから外側に配置されているじゃない?」
「ふむ、一理ある。となれば」
「中に居るのは数が少ないが厄介なアンデッド、ということだ」
「嫌な想像よの」
「俺も、できれば当たって欲しくないが――」
GURAAAAAAAAAAAAAA――――!!!!
その時、穢土軍の中から一際大きなアンデッドが咆哮を上げたのだ。
「その声は……まさか!?」
音の方角に目を凝らしたら、禍々しい紫の霧を纏う骨だけの蛇龍がそこに居た。
骨しか残っていないが、あの巨大さと頭蓋骨の傷は間違いなくラカーンの中心部を蹂躙し、莫大な被害を齎した餓龍のものである。
「まさか餓龍をアンデッドにしたのか!?」
「なんじゃと、あの餓龍を?」
「そういえば餓龍の死体はミステラに運ばれたな、そのままあいつらに回収されたか。くそ」
「それにしても信じられない大きさじゃの、あれを倒したお主達も当然じゃが、そのままアンデッドにするなんて敵のネクロマンサーもなかなかやりおるじゃな」
まさかあの大きさの死体をそのままアンデッドにできるなんて、一体どれだけ膨大な魔力を持っているんだ。
不幸中の幸いというべきか、魔力の源である心臓はもうニグレドに喰われたからビャクヤのような強力なデスガーディアンではなく、スカルドラゴンに近い存在となったのだろう。
「骨だけのスカルドラゴンじゃ流石にブレスは吐けないだろうが、それでも手強そうだな」
「いくらスカルドラゴンと言えど、あの大きさとなれば厄介じゃな」
「ああ、しかもあれはどう見ても普通のスカルドラゴンじゃない」
「うむ、できれば早めに滅ぼすのが良かろう。じゃが、そこまで簡単に行かせてはくれぬのじゃろう。……ぬ、奴ら、止まったぞ」
アテルイが率いる穢土軍が、俺たちがから約一キロ離れてた場所で歩を止めた。
無数の化け物が何かを待っているように佇んで、不気味なくらい静かであった。
「奴らが待っているのは……日没か?」
「じゃろうな」
やや曇っているが、今はまだ午後を少し過ぎている頃だから日差しが強い。
アンデッドは夜になれば強くなる、というのはもはや常識と言っていい。それに一部のアンデッド、例えばヴァンパイアや埋葬凶獣は陽光に頗る弱いからそれも当然か。
だが勿論、あちらの都合に付き合う義理なんてない。
後方からけたたましい鐘が鳴る。
開戦の合図だ。
「おっしゃ!」
檻から解き放たれた獣のように走り出すレグルス。
「ぶっ潰してくれるぜ! 野郎ども俺に続けぇぇぇぇぇえ!」
大声が戦場に響き渡る。
彼に続いて探索者達も駆け出し、そして騎士達も陣形を保ちながら前進を始めた。
「あのバカ……!」
罵りながらもマルグリットさんは《ライオンハート》の面々と共にレグルスに追いつく。相変わらず不思議な体術でジェイも先頭を駆けていった。
「俺たちも行こう」
「皆、はぐれないでね!」
少し遅れて、俺たちも走り出した。
同時に、穢土軍も動き出した。
アテルイはただ泰然自若とそこに佇んでいるままだが、彼の背後にいるアンデッドはもはや我慢出来なくなった猛獣のように迫ってくる。
地面が揺らぎ、咆哮が響き渡る。
それに負けず怯えず戦士達は我先に突撃し、雄叫びが猛り立つ。
洪水のように蔓延する両軍、その間に存在していた僅かな空白が瞬く間に埋まれて消えてなくなり、化け物との戦いの火蓋がついに切られる。




