191 戦場へ
この光景を、ヴァレリア閣下は計算通りとでも言わんばかりに満足げに見ている。
「感謝する、《フィレンツィア》、そして探索者諸君。志願者は後にギルドの役人に志望する配属先を伝えたまえ。諸君の活躍を期待している」
結局、あの場では約千人の探索者がギルドの緊急招集に応じた。
そしてこの情報を聞きつけて、遠方からわざわざ参加しに来た人達も含めて、探索者の総数は千五百に登った。
それなりの腕を持つ千五百人の探索者は普通に考えれば非常に心強いが、ヴァレリア閣下の日に日に皺が寄る眉間を見れば、それがまったく足りないと分かる。
何故ならこの十日間、穢土軍に関しての情報が次々と流れてきた。
ミステラより南下している穢土軍、その数は一万。
指揮官を除き、すべてが超大型アンデッドで構成されている軍勢はただ移動するだけですべてを蹂躙し、地形を変える力があった。その代わりに機動力が欠けているが、疲れを知らぬアンデッドの進軍速度はそれでも通常の歩兵部隊を上回っている。
その穢土軍がラカーン市に辿り着くまで十日も掛かった理由はただ一つ。
奴らは真っすぐ南下していたわけじゃなく、道中近くの人里を襲いまわっていたのだ。
生者を憎むアンデッドだから、最初誰も特に変だと思わなかったが、偵察兵による詳しい報告を聞いて誰もが息をのんだ。
穢土軍は動きの速い《冥河渡守》で町を包囲し、首なし騎士の負ノ爆裂で町人を大量殺戮していた。その後、死体を死骸蒐集者に回収させ、魂を埋葬凶獣に喰わせているのだ。
死骸蒐集者は死体を体中の棘で串刺し、鎧代わりにするアンデッド。対して埋葬凶獣は死霊を操り、呪いを放つアンデッド。
つまり、単なる「備品」を集める軍事行動だったのだ。
残虐でありながら、アンデッドの特性を極めて合理的、効率的に利用する穢土軍の行動は名状し難い不気味さをもたらし、全員の心に巣食い始めた。
だが幸か不幸か、ヴァレリア閣下も探索者たちもそれに気にする余裕があまりなかった。
この十日間、数十万の人口を有するラカーン市から大勢の避難民が出ていった。
塞がる道路、止まる商業活動、火事場泥棒や空き巣が乱発、住民の争いや山賊も増えているから探索者も兵士も忙殺されていた。
俺たちも戦の用意と訓練をし続けながら、アイナとレキシントン先生から嘗ての大戦で投入されたアンデッドの情報を聞き出して、ヴァレリア閣下とギルドに提出した。
埋葬凶獣を始め、大戦で猛威を振るったアンデッドについて俺たちはあまりにも無知だった。このままでは戦いにすらならないから、ヴァレリア閣下もギルドも穢土軍の情報をできるだけ集めて、それを探索者達に周知させることに腐心した。
一方、俺はレキシントン先生に相談して、死霊魔術に関する授業を受けることにした。
滅尽滅相や不死義肢の時のように、これまでもちょくちょくレキシントン先生の知識に頼ってきたが、そろそろ一度ちゃんと勉強する必要があると思った。
何故なら死霊秘法は言わば負のエネルギーの大本だが、それが即ち死霊魔術ではなく、それを導く手段こそが死霊魔術なのだ。つまり理解を深めれば深めるほど、俺は自在に死霊秘法を扱えるということになる。
死霊魔術自体が忌避されてきた学問であるため、俺は今まであまり多くは知らなかった。
しかしせっかくの力を使いこなせないままにしておくのは勿体ないし、今後の戦いをそれで乗り越えるほど甘くないと思って、俺はレキシントン先生に教えを乞うた。
勿論、先生の研究に付き合うのを交換条件にして、だ。
ミステラ学園の最古参として、レキシントン先生は死霊魔術に関する書物を多く抱えていた。
例えば遥か昔に死霊魔術が盛んに研究されていた大国、《始国》の言葉で書かれた資料。それと大戦の際に《災いの御子》が使った魔術に関する考察など。
それらの多くは学園と一緒に《穢土》に潰されたが、驚いたことに先生はほとんどの内容を覚えていたという。
そして俺との実験やアイナが提供した情報で、先生は今まで理解できなかった書物を紐解くことができたのだ。
お蔭で俺も死霊魔術について理解を深めたが、血走った目でほぼ不眠不休で研究をぶっ続ける先生がか少し、いやかなり怖かった。
そんな感じで慌ただしい十日間が過ぎていった。
決戦の時が近づき、俺たちはラカーン市北の平野に向かった。
§
平野につくと、そこにはすでに騎士団と兵士達が展開しており、探索者もそれぞれ場所を取り、戦闘準備を行っている。
北側へ緩やかな傾斜となっているこの草原は川と広大な森に挟まれており、ラッケン州の輸送経路として重宝されている。
平時なら行き交う人々で溢れ返るが、今や物々しい鎧を纏う騎士が配置され、バリスタやカタパルトなどの攻城兵器、丸太で作られた柵が至る所にある。
さらに、肉眼では見えないが地中では大きな魔術陣が描かれており、対アンデッドの防壁や攻撃魔術がこれでもかと言うほど用意されている。
兵士たちの隙を縫って、俺たちも指定された場所に辿り着いた。
「フィレンさん」
「ん? どうしたルナ?」
「その、籠城より迎撃のほうが良いというのは理解したけど、どうしてこんな広い場所を選んだの? 確かダンジョンでは大きな敵と戦う時、開けた場所は避けるべきだよね?」
「よく覚えているな」
俺はルナの頭をなでた。
「確かにデカイ敵は攻撃力が高いので距離を保ちつつ仕留めるのが一番だから、相手が自由に動けない場所で戦うのがセオリーなんだが、それはこっちが機動力を確保できる場合だけだ」
「どういうことなの?」
「例えば昔、スロウリ峡谷で死骸蒐集者に遭遇した事があったんだろう? 確かに峡谷の地形じゃ向こうは自由に動けないけど、こっちの後ろには隊商の人達が居たから機動力は皆無、距離を保つなんて無理もいいところだ」
「じゃ今回は軍隊の人達が居るから?」
「ああ、軍隊は人と違って素早く移動できないからね、特に今回の軍隊は開けた場所じゃないとそもそも展開できないからな、ほら」
俺は後ろを指差した。
そこには様々な攻城兵器が展開している。
「あれは第二陣地っていうんだ。今回の敵は普通のデカブツじゃない、超大型アンデッドだ。一般兵じゃ攻城兵器でも使わないと傷つけるのすら無理だからそこで援助攻撃してくれるそうだ」
「そうなの。でも敵が近づいたら危ないじゃないの?」
「その前に敵を足止めするのが、第一陣地――つまり俺たちの仕事だ」
今、穢土迎撃軍は第一、第二陣地に分けている。
後方の第二陣地にいるのは一般兵士と沢山の攻城兵器。ファタリテ君の大型弩ほどじゃないが、遠距離でもある程度の破壊力を期待できる。
しかし攻城兵器の足は遅く、もし敵が近づいたら簡単に蹴散らされるから、装備と練度ともに優れている騎士団と探索者が前方の第一陣地に配置されている。
第一陣地の西側は騎士団によって構成されており、彼らは整然と陣を整え、前衛の重装歩兵と後衛の術者部隊に分けている。ラッケン州だけじゃなく近くの領地から借りた騎士団やミーロ騎士団も含まれており、総数は万にも及ぶ。
そして東側は騎士団と違って、俺たち探索者がそれぞれ好きな場所を陣取って戦闘準備を行っている。一見無秩序に見えるかもしれないが、俺たちは少数での戦いに慣れているから下手に軍隊に組み込むよりはいつもの戦い方のほうが何倍もやりやすい。
「じゃ私達はここでアンデッドの足止めをすればいいの?」
「いや、勿論足止めもするが俺たちには別の任務もあるんだ」
「別の任務?」
「ああ、それは――」
「よぉ、お前らも来たか」
ルナと話をしていると、後ろから逆立ち金髪の大男が近寄った。
「レグルス」
「おう、今回は一緒に戦うことになっている、よろしくな」
俺たちは握手を交わした。
レグルスを始め、《ライオンハート》の面々は俺たちと同じ、敵の頭目――《銀星獅王》アテルイを抑える部隊に属しているのだ。
未だ実力は不明だが、船を担ぎ上げる怪力、それとかつてアンデッドを率いて連合軍と最後まで抗戦した事を考えて、ヴァンパイアやリッチに類する、いやそれ以上の化け物だと思っていいだろう。
どれだけ超大型アンデッドの数を減らしても、そんな化け物一体で戦況が覆されかねない。だからアテルイが動き出すまでにここから戦況を俯瞰し、奴がもし動き出したら、何としても奴を引き付けるのが俺たちの役目だ。
そして相手がハーフジャイアントと言えどただ一人、数が多すぎると逆に戦いづらいからこの部隊のメンバーは俺たちと《ライオンハート》、それとソロの探索者が一人、計11人になっている。
《ライオンハート》は少人数で数々のネームドモンスターを討伐しただけあって、個々の力量は勿論、あらゆる状況への対応力も優れている。
戦士のレグルスと神官のマルグリットさん以外は魔術師二人と斥候一人。やや後衛寄りのパーティだけどそれもレグルスという出鱈目なタフさを持つ前衛によってバランスよく成り立っている。
ちなみにシュライバーを含め《レクエイム》の人達は迎撃軍に参加していない。緊急招集の場にもいなかったから、恐らくもうラカーンを離れたのだろう。
そしてアテルイを抑える部隊のもう一人はというと。
「そういえばあいつは?」
「ジェイなら、あそこにいるぞ」
俺は離れた場所で一人佇む青年に視線を向ける。
細身でありながら大きな戦鎚を背負っている青年――ジェイはソロで行動している探索者である。緊急招集の場でヴァレリア閣下に質問を投げた彼はどういうわけかその後、いの一番にこの部隊に志願した。
元々この地域で活動していた人ではないので、彼に関する情報は少ない。しかし噂では相当の凄腕で、下位だがヴァンパイアを仕留めたこともあるらしい。
パっと見れば女性と間違われるほど中性な容姿をしているのに、大したものだ。
ジェイはさっきからずっと一言も喋らず地平線の向こうを眺めている。
どうやらかなり寡黙な人のようだ……と、思いきや。ジェイは俺たちに近寄ってきた。
「……」
猫のように音一つ出さず、気が付いたらすでに間合いに入ってきた。
魔術でもなく、《瞬歩》のように死角から接近するわけでもない。ただ目の前で歩いてきたのにもかかわらずどうやって近づいたのがまるで分からない。
俺はひそかに警戒レベルを引き上げた。
「《アンデッドスレイヤー》の方々ですね?」
俺と同じくらいの青年。中性的な容姿と似合う透き通るような声。
柔らかな物腰をしているが、鋭い視線を感じる。
敵意ではないが、自分の一挙手一投足が把握されているような気持ち悪さがあった。
恐らく今の距離では、たとえ俺が先に手を出そうとも簡単に潰されるだろう。流石にこの場で事を構えるとは思わなかったが、間合いに入らせたのは迂闊だったな、と俺は心の中で舌打ちをした。
「そう呼ぶ人もいる、それがどうした?」
「話したい事があります、宜しければついて来てくれませんか?」
§
ジェイの後をついて人込みからある程度離れたら、彼は足を止めた。
「これくらいでいいでしょう」
「何か用? 人に聞かれたらまずいことか?」
敵意を感じないが、用心として俺はアイナとリースの前に立った。
「ふふ、どちらかというと、聞かれたら貴方達のほうがまずいかもしれません」
「俺たち?」
「そう、ネクロマンサーの貴方が、ね」
アイナとルナが体を強張ったのを感じた。
俺はつとめて通常通りの口調で問い返した。
「何を言っているんだ?」
「惚けないでください。種類は分かりませんが、そこの彼女と彼女はアンデッドでしょう?」
ジェイは姉さんとアイナを指差した。
「しかもどちらもかなりの力を持っている高位のアンデッドです。となればリーダーの貴方がネクロマンサーだと思うのは自然でしょう?」
「それを俺たちに言って何がしたい?」
「どうもしませんよ。ただ戦う前にはっきりさせたいのです。貴方達は今回においてこちら側ですか? それとも向こう側ですか?」
「……どうしてわざわざそれを聞く? 人間側に立つアンデッドがいるとでも?」
「居ますよ。ここに一人ね」
ジェイは自分の口を指で広げ、そこから長い犬歯をギラリと覗かせた。
「僕は全てのヴァンパイアの祖、エンシェントヴァンパイア・リリウスの眷属ですから」




