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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第十二章 カウンターアタック
195/229

186 王国に訪れる災厄

※三人称視点です。

 この大陸には二つの大国がある。

 西のフォルミド王国と東のポーラン公国は、間にルイボンド邦連を挟んでいるお蔭で直接的な争いこそないものの、あらゆる場で影響力を競っている。


 ポーラン公国は遥か昔に存在していたとある超大国を宗主国とした公国であり、今も国政の指導者が大公と名乗っているが、実質はもう独立国家と何ら変わりはない。

 広大な領土と豊かな土地を誇るポーラン公国は大陸で最も多く、億にも及ぶ人口を有しているが、最近はプロイセン邦との戦争で万単位の兵士を失い、国内の至る所で暴れまわすアンデッドの対処に追われており、影響力が落ちているのを否めない。

 その隙に躍起になろうとしているフォルミド王国だが、今まさに人間との戦争以上の災厄に見舞われている。



《穢土》から溢れ出す無尽蔵と思われるほどのアンデッドは、一見無秩序にも見えるが、実は三つの部隊に分けてそれぞれ異なる方角へ進軍する。


 一つは西へ、王国の中心――王都を目指す。

 一つは東へ、地上を無視して東の国境を目指す。

 一つは南へ、道中の町を襲いながらラカーンを目指す。


 もしこの時点で穢土軍の動向を把握できる人がいれば、きっとその計画されたような進軍に驚くのだろう。

 アンデッドが組織立つ行動を取っている、というのはそれだけ現代に生きる人々の常識を覆すほどの出来事であるからだ。


 最もありふれたアンデッド、即ちゾンビやスケルトンなどの下位アンデッドに知恵などなく、出来ることと言えばただ手当たり次第に生者を襲うのみ。

 グールやファントムとなれば獣並の知恵を持っているが、群れは作らないし集団行動などもってのほか。

 ヴァンパイアやリッチなどの高位アンデッドは人間以上の頭脳を有しているが、彼らは自分以外全ての存在を見下し、配下を従えていることがあれどそれも少数、複数のヴァンパイアもしくはリッチが手を組むのはまずあり得ない。


 故に、その光景は王国の人々にとってはまさに悪夢である。



§



《穢土》出現後二日目。

 穢土の西にある、王領の東縁を守るイーストン要塞にて――


「第二報来ました、アンデッドです!」

「アンデッド、だと?」


 副官の報告に、王国第三騎士団団長、フュリアス・シンガーマンは顔を顰めた。


 約一時間前に、イーストン要塞に駐屯している第三騎士団に謎の軍勢が迫っているとの報告があった。

 足音や巻き上がった砂から判断すると万は下らないと、偵察兵からの報告を聞いたフュリアスは耳を疑った。

 万を超える軍勢がいきなり王領に近づいてくる、と?


 フォルミド王国は東西南北と中部の五つの地域に分かれて、各地域の下には幾つかの州がある。

 そして中部地域、その更に真ん中にあるのが王直轄の土地、すなわち王領である。

 王領の四方を守護するのが王国第二から第五騎士団の務めであるが、実際彼らの仕事といえば諸侯に対して睨みを利かせることだ。


「この方角はラッケン州……ラッケン子爵か」


 最近就任した年若い女性子爵の姿がフュリアスの頭に浮かぶ。


 王とミーロ教会に信頼され、プロイセンとの戦争でも活躍していた《白き聖女》の名を、彼も耳にしたことがある。

 彼女なら反乱の可能性は低いと、フュリアスはとりあえず警備態勢だけ整え、更なる報告を待つことにした。


 そして第二報によれば、敵はアンデッドのようだ。


「ラッケン子爵からの連絡がない以上、これは突如の大量発生か?」


 昨年致死率が高い伝染病――ブラックデスが北部地域で多くの死者を出していた。

 幾つかの村や小さな町が滅んだせいで数百から千のゾンビが彷徨う状況になった事はまだ記憶に新しい。

 これもその類なのでは、とフュリアスは考えた。

 数が違いすぎるが、実は人知れずに数千の病死者が出ていたという事態もあり得ないと言えない。


「それで、ゾンビ以外の種類と数は? 大型アンデッドはいるか?」

「それが……大型アンデッドはおりませんが、すべてがグールのようです」

「は?」


 素っ頓狂な声をあげて、フュリアスは俯瞰に視線を向ける。

 よく見れば彼もまた信じられないような表情をしているのだった。


 自然発生であれば、ゾンビとそれ以外の比はおよそ5~6対1である。

 万以上のアンデッドの大群、その全てがグールなのは不可能なはずなのだ。


「万以上のグールだと? ゾンビの間違いじゃないのか?」

「進軍速度がかなり速いのようですから、間違いはないかと」

「どれくらい?」

「馬の速歩(時速12キロ程度)と同じかと思われます」

「なるほど、ゾンビが出せるスピードじゃないな。……敵の現在位置は?」

「ここです」


 副官はテーブルに地図を広げ、第三騎士団の駐屯地から東にある場所で敵軍のトークンを置いた。


「あと半日で《ガンマ砦》に着くか……」

「はい」


 第三騎士団の駐屯地であるイーストン要塞は陸路と水路両方の要所を抑えている。

 地形を利用して、岩山をまるごと要塞化しているイーストン要塞は大川を俯瞰し、25メートルもある城壁が岩山の高低差も足せば最大40メートルにもなる。

 しかしそれでも不十分だと考えたフュリアスは、騎士団長に就任した十年前から要塞から一定の距離を置いて複数の砦を作らせ、防衛線を外へと押し広げ、そこから更に偵察兵を出すことで索敵範囲を大幅に拡大した。


 諸侯に対しての挑発だと抗議する者も居たが、王は大いに賞賛し、他の騎士団にもこの索敵方法を取り込ませた。長らく王権派が優勢であるフォルミド王国では、それでとやかく言う人がいなくなったのだ。


「早めに発見できたのは僥倖だな」

「そうですね、ミーロ教会に連絡しますか?」

「……いやまだだ、誤報かもしれないし、何より数が知りたい。偵察兵に伝えろ、敵の数と構成、それと指揮する者がいるか、とにかく詳細を調べてこい」

「はっ、直ちに」


 軍用の特殊な通信(メッセージ)で指示を飛ばした後、副官はいぶかしげにフュリアスに聞いた。


「アンデッドを指揮する者が居ると思ってらっしゃるのですか?」

「もし本当にグールだけとしたら、それはかなり不自然だ。奴らを率いるネクロマンサーがいるかもしれないだろう?」

「……まるでお伽噺ですね」


 世界征服を図るネクロマンサーがアンデッドを率いて人類に仇なす、しかし勇者と聖女によってその野望が破られ、世界は平和を取り戻したのだった――そんなありふれたお伽噺。

 実際フュリアスはそんな伝説級なネクロマンサーを聞いたこともないし、現在王国の研究では一人の死霊魔術師が操れるアンデッドは百が精々である。

 そんなネクロマンサーが、お伽噺にしか存在しないのだ。


 しかし。


「お伽噺だといいが……数か月前、数千の新種アンデッドがラッケン州の州都を襲ったことがあってな、偶然だと思えん」


 その襲撃のことを副官も知っていた。


「ゲゼル教国、ですか?」

「流石に奴らでも万単位のグールを作り出すのは無理だと思うが……何かしらの神々の遺品(アーティファクト)を持ち出したらあるいは、な」

「流石にそれは……、な、なにっ!?」


 偵察兵からの報告に副官は顔色を変え、抱えていた書類を地に落とした。


「なんだ?」

「だ、第三報、グールの数は……五万以上っ!」

「なんだと!?」

「それと、同数と思われるファントムも居る、と……ッ!」

「ファントムだと……ちっ、最悪じゃねぇか」

「そ、それと」

「まだあるのかよ」

「は、はい……」

「いいから話せ」

「……敵軍を率いているのは一騎の騎士、アンデッドかと思われるが種類は不明、その後ろには、な、七体のリッチが確認されました」

「……馬鹿な」


 一体でも軍隊もしくは凄腕の探索者でないと太刀打ちできないリッチが、七体も。


 ガタガタ、と。

 懸命に拳を握っているフュリアスだが、その震えは腕からテーブルに伝え、無様な音を出している。

 やがてフュリアスは掠れた声で喋り出した。


「全ての砦に伝令、直ちに撤収しろ、と」

「砦を放棄するのですか!?」

「当たり前だ。一つの砦には三百人もいないんだぞ。あんな数のアンデッド相手に例え砦があっても一分も持たん、奴らの仲間にされるだけだ」

「ではここで迎撃を?」


 フュリアスは素早く思索を巡らせる。

 第三騎士団の戦闘員は約一万五千。

 農民を兵士として徴用するポーラン公国と違って、王国の騎士はその殆どの時間を戦闘訓練に費やしている。ましてや高い練度を誇る王国騎士団、ゾンビなら数体一斉に、グールでも一対一ならまず遅れを取らない。堅牢を誇るこのイーストン要塞であれば、五倍の敵でも数ヶ月は持ちこたえると自負できる。


 だが相手は十万、その上リッチも居やがる。

 魔道を極めたリッチは最低でも一つの最上位魔術を操り、並の魔術師の数十倍の魔力を有している。

 勿論騎士団にも魔術師が多く存在しているが、リッチ相手では分が悪い。


「王と教会に連絡を、至急援軍を求むと」

「はっ、直ちに!」

「援軍が来るまでに、ここを死守するぞ」

「……勝てるのでしょうか?」

「まともにぶつかり合えばまず無理だろうな、一瞬で終わる。だが勝てる必要はない、俺達は王領を守る騎士団だ、援軍が来るまでここを落とさせなければそれでいい」

「……分かりました。では対アンデッド結界の用意も?」

「ああ、任せる。これで少し時間を稼げればいいんだが……」


 フュリアスは視線を地図に――要塞の後ろにある王都に落とし、祈るように手のひらを合わせた。



§



 同日。穢土の東にあるサンザウルス州にて――


 その日、サンザウルス州長、カハルス・ザウルス子爵は久しぶりに庭に出て、趣味のバラ栽培に励んでいる。

 この一年間、サンザウルス州を含め東部地域の数州は大きく変わった。

 もともとルイボント邦連と繋がる道として大いに収益を上げているサンザウルス州だが、スロウリ峡谷のダンジョン化によって通商が不可能になった。

 逆に言えばルイボント邦連との小競り合いもしなくて済むから軍の維持に頭を悩ませる必要もなくなったのだが、どう考えても割に合わない。

 あまつさえ南方が反乱を起こした際も他の諸侯に遅れて、大して手柄を稼げられなかった。


 だが、ダンジョン化したスロウリ峡谷――今は《常闇龍の峡谷》と呼ばれているが、そこから珍しい素材が次々と発見された。

 防火性が強い隠密蛸(バラノース)の皮など多数のモンスター素材が発見され、新しいタイプの龍晶石も研究者達の目を引いた。この数か月間沢山の探索者、商人、学者がサンザウルス州に来て、町を大いに賑やかせた。


 これならかつての盛況を取り戻せるかもしれないと、カハルスは喜んだ。

 だが、激務の合間を見つけて庭に出ていた彼が不意に見上げると、そこには信じられない光景が広げられていた。


「城、だと?」


 雲の隙間から現れたのは紅の城だった。


 聳え立つ深緋の城壁、真ん中の尖塔を囲う五つの防衛塔、装飾こそないが素朴で古めかしい雰囲気を漂わせている赤い城はザウルス家の居城を上回る荘厳さがあった。

 にも拘らず、それはまるで重さなどないのように空を浮遊する。


「ば、馬鹿な、何かの攻城兵器か? しかしラッケン子爵からは何も」


 赤い城はラッケン州の方角から来たのだ。

 もしあれが何かの新型の兵器だとしても、自分の領地を横切る――たとえ空からでも――以上、何らかの連絡も来ないと可笑しい。


「ん? あれの周りにいるのは、鳥か?」


 距離が近づくにつれて、空飛ぶ城の周りに大勢の影が見えるようになった。

 しかし黒い鳥に見えるそれらは、鳥などより遥かに強力な四肢を有している。


「まさか、飛龍(ワイバーン)!? アリーザ、アリーザぁぁぁ!」


 慌ててハサミを放り出したカハルスは城の守備隊長、探索者上がりのアリーザを呼んだ。

 それから事情を告げ、とにかく戦力を搔き集めたカハルスはアリーザが率いる百人あまりの兵士と一緒に空飛ぶ城を待ち構えた、が――


「この距離じゃ矢がぎりぎり届けるかどうかだな。隊長は?」

「もう少し近づけば、飛龍(ワイバーン)の一頭や二頭くらい落とせるかも」

「ひゅー、流石アリーザ隊長」


 赤い城の威容を前にして、不安を隠すためにアリーザと守備隊は軽口を叩きあうが、声が震えている。

 女性でありながら戦斧を自在に振り回す怪力に恵まれた彼女は、探索者として数年もしないうちに名を上げ、《吼獅斧》の二つ名で呼ばれてそのまま軍にスカウトされた。

 それなりの修羅場を潜ってきた彼女でも、この理解不能、しかも手出しできない光景の前では無力だった。


「アリーザ、なんとかできないのか!?」


 カハルスは荒々しい声を上げる。


「そうは言ってもなぁ、あっしが投げた斧でも届けなかったんだぜ? バリスタなら届けるかもしれないが……城門からここまで引っ張り出すのは時間が掛かりすぎるぜ」

「ならどうするのだ!」

「とりあえず各地に兵士を配置して、あの飛龍(ワイバーン)が降りてきたら即ぶっ倒すしかないな――っ、おい来るぞ!」


 一匹の飛龍(ワイバーン)がアリーザ達目かけて急降下してきた!


 すぐさま戦闘態勢に入るアリーザだが、敵の姿を目視すると思わず瞠目した。


「なんだありゃ!?」


 飛龍(ワイバーン)に見えるあれは、昆虫の翅を持つ人の死体。

 胸が解剖されたように開かれ、臓器が丸見えの人間にトンボのような透明な四枚翅が生えており、下からじゃまるで飛龍(ワイバーン)に見えたのだ。


「う、うわあああああ!」

「バケモンだああああ!」


 守備隊員が悲鳴を上げた。

 トンボ人間が彼らの頭上まで急降下し、丸見えの内臓から嘔吐物らしき物をばらまいた。


「なんだこりゃああ!」

「くそ! 取れねぇ!」

「くたばれちきしょが!」


 嘔吐物まみれの隊員が次々と悲鳴を上げる傍らに、アリーザを斧をぶん投げた。

 しかしトンボ人間は機敏な動きでそれを躱し、上空へと飛んでいった。


「アリーザ、ななな、なんなんだあれは!」

「あっしも見たことねぇが、たぶんアンデッドだなありゃ」

「アンデッド!?」

「しかし数が多いな、これじゃ手に負えねぇ、早く神官どもを呼んでくれカハルス様!」

「そ、そうだな!」


 見たこともない化け物に動揺を隠せないカハルスは全力で城に戻って、教会と連絡を取った。

 その間にアリーザは各地に兵士を配置して上空をずっと睨みつけている。

 しかし彼女達の警戒もむなしく、赤い城とトンボ人間はそれっきりザウルスの人々に興味を失せたように空の向こうへ飛んで行った。


「一体何なんだあれは……」


 アリーザの問いに答えるものはいなかった。



§



 同日。穢土の南にある小さな町にて――


「よし、これで全員町を離れたのかな」


 ミステラ学院死霊学部正教授グレイ・レキシントンは町を見渡した。


《穢土》が空から落ちた時、黒い波が多くの住人を飲み込み、大量な死をもたらした。

 だが運よく逃げ果せた人もそれなりに居た。

 彼らは近くの村や町まで逃げ込んでミステラの惨劇を伝え、それを聞いた人々はその凄惨さに慄いた。


 だが彼らは惨劇は「もう終わった」と思った。

 しかしレキシントン先生だけが、これは「始まり」だと知っている。


 だからこの二日間、彼女は近くの町や村を回り、避難を勧めた。

 もうすぐ恐ろしいアンデッドが襲ってくる、と。

 外見こそ小さな女の子だが、正教授として信頼されているレキシントン先生の話を聞いて、もともと不安だった住民たちは素早く大きな都市に避難し始めた。


「フィレンさん達、まだ穢土から戻ってないようだね、早く《穢土》の様子を聞きたいな」


 がらんとした街並みを見て、レキシントン先生は呟いた。

 本当なら彼女も早く避難したかったが、周りの住民への避難勧告以外に《穢土》の情報が気になるからここに留まった。

 おぞましいアンデッドが迫りくる危機でもハーフリングの彼女にとっては探求心のほうが重要なのだ。

 しかし――


「もう少しフィレンさん達を待ちたかったけど、どうやら限界のようだね」


 地平線の向こうから現れた数々の巨体。

 その一つ一つが、超大型アンデッドに分類される化け物だと彼女は知っている。


 アンデッド達は《穢土》から出た後、すぐに侵攻に転ずることなく一旦体制を整えた。

 その行動が非常にレキシントン先生の興味を引いた。


「まさかあれら全部一人の魔術師が召喚したものじゃあるまいし、一体どうやってそこまでの指揮を可能にしたのか、指揮者が居るのか……うーん、知りたいなぁ知りたいなぁ」


 地鳴りのような足音が響く。


「はぁ、仕方ないか。万物に偏在する理に誓う、果てぬ道を歩む者に告げる、羽根と踊れ、虚空に迷え、舞い上がれ、飛行(フライ)!」


 呪文を唱え、レキシントン先生の小さな体は空中に舞い上がった。


「さて、フィレンさん達が無事に帰ってくるといいな、まだまだ沢山、聞きたいことがあるのよね」


 町に接近しつつある超大型アンデッドを背にして、レキシントン先生は全速でその場から離れた。

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