185 帰還
「リース、今だ!」
「はい、ただいま完成しました。――――満遍なく生の喜びを与えてくれる大いなる力の源よ、我が手にその力の断片を、我々の道に輝く光があらんことを、《烈陽天墜》!」
小さな太陽が、《冥河渡守》の真上から墜落した。
最上位神術の一つ、《烈陽天墜》はアンデッドに対して極めて有効な神術である。
普通の生物なら多少の火傷、それと視界を奪われる程度だが、アンデッドだとまともに喰らったら即消滅、ヴァンパイアのような陽光に弱いアンデッドだと掠っただけでも大ダメージを免れない。
《鳳凰乱舞》の大爆発と《烈陽天墜》をまんまと喰らった《冥河渡守》は形すら残らない、灰となって散っていった。
良かった。リースに準備させておいたのが無駄にならなかったな。
《冥河渡守》が消えた後、マルグリットさんは真っ先にレグルスに駆け寄って治癒の神術を施した。
至近距離から毒を受けて流石のレグルスもやや弱まっているようで、マルグリットさんは彼を支えて、俺たちに礼を言いに来た。
「《フィレンツィア》、改めて礼を言うぞ。お主達がいなければこの阿呆は死んだのじゃ。それにしても、まさか最上位神術《烈陽天墜》を扱える神官がいるとは」
マルグリットさんはリースに視線を向ける。
「ふむ、その姿はもしや代理――いや、州長様じゃったか?」
今のリースは《変装帽子》で変装している。
だがそれはあくまでミイラ化した右半身を隠すためであり、彼女の容貌を隠していなかった。
そしてたとえ特徴の眼鏡とオッドアイがなくても、リースの容姿は十分すぎるほど目立つ。
「マルグリットさん、レグルスさん、私がここに居たことをどうかご内密にお願いできないでしょうか?」
小声で言って、リースはマルグリットさんに頭を下げた。
「……?」
俺は疑問を覚えた。
リースがここにいることがは別に隠す必要はないはずだが……?
そんな俺にリースは目を配った。
どうやらここで訊くようなことじゃなさそうだ。
「ふむ、何か事情があるようじゃな。まあ州長様がそう言うなら別に構わぬが、くれぐれも気をつけてくれ」
「ええ、心配してくださってありがとうございます」
「ところでお主達の仲間――あのレンツィアというお嬢さんにも毒が入っているのではないか? いらぬ世話かもしれないが儂に治癒させてくれぬか?」
「それは大丈夫、姉さんは高性能な毒除けの魔道具を身につけているから」
実はアンデッドだからそもそも中毒にならないが。
しかしマルグリットさんは感心したように頷く。
「ほう、そのようなものが……あの蛇龍の使い魔といい、お主達は底が深いよの」
「いやそれほどでも」
「それに、以前会った時からまだ数日しか経っておらぬというのに、お主もあのレンツィアというお嬢さんも人が変わったように強くなっておる。全く若者はこれだから恐ろしいのじゃ」
「そうなのか?」
「うむ、この歳にもなれば様々な人見てきたからの。レグルスのアホと手合わせした時、あの嬢さんは実力を隠しておったが、それでも今のほうが数段動きが良くなっておるのが一目で分かる」
確かに姉さんはレグルスと戦った時に実力を隠してたが、まさか見破られたとは。
それにしても、リリウスの洗礼を受けた俺はともかく、姉さんも強くなったのか。まあ、時間が歪められた《輝光龍の封印領域》で3ヶ月以上も戦っていたから別段おかしくないか。
「ところでレグルスはまだ本調子じゃなさそうだし、少し休んだ方がいいじゃないか?」
「ほっほっほっ、この虚け者なら心配は不要じゃ。休むほうが疲れるくらいの馬鹿じゃからなぁ」
「おう、じっとしているのは性に合わないぜ」
レグルスは腕にこぶを作って見せる。
本当に見上げたタフさ……あるいは単純さか。
「それじゃ俺たちはラカーンに戻るが、マルグリットさん達も気を付けて」
「うむ、儂等もそろそろ行く。お主も気をつけるのじゃ」
《ライオンハート》の人たちが去った後、俺はモモに話しかけた。
「モモもラカーンに戻るの?」
「そうですね……ワタクシは一旦町に戻りますわ。先程の爆発で町の人たちが怯えているかもしれません」
「そうだな、まずは町人を安心させないと。……そういえば、モモはお父さんに会えたのか?」
「……ええ、会いましたわ」
モモの顔に影が差した。
「言いづらいなら別にいいが、どうだった?」
「それは、つい先ほどのことなんですが――」
モモの話をまとめると、彼女が父親――トメイト町長ガンダ・クマモトの邸宅に訪れた時、彼は丁度家を離れようとした。
己が犯した罪も、国に監視されていることも察知した彼は使用人に暇を出して、関係のない身内が処刑されないように王都に向かうつもりだった。
そこでモモは父親が犯した罪を知ることになった。
俺たちはガンダ氏が《黒雲膏》の原材料をプロイセンに輸送しているのをリースの口から聞いたんだけど、モモにとってはまったくの初耳であったため、大きなショックを受けた。
聞けばメデューサとガンダ氏は行商時期の知り合いで、モモの母親とも親交があった。それをきっかけに商会を構えたばかりのガンダ氏と接触し、彼に原材料の輸送を手伝わせた。最初はメデューサの後ろにゲゼル教国が存在しているなんて知らなかったが、知った時点でもはや引き返せなかった。
教国との抗争が激化した今、罰から逃げられないと覚悟したガンダ氏はせめて処罰が自分一人に留まろうと、モモを家から追い出した。
モモの弟はまだ幼いから、自分がもし処刑されたら託せる者がいないと酷く心配しているとも吐露した。
「お父様も元々話したつもりなかったのようですが、ワタクシがしつこく食い下がっていましたからようやく話してくれましたわ」
「そうなのか……」
きっと、誰かに話したかったのだろう。
「お父様がしたことは、間違ったと思いますわ。最初は知らないとはいえ、悪人の手助けだと分かれば直ぐにでもやめるべきでした。でも、それもワタクシ達に危険を及ぶのを恐れていると思いますから、責めることはできません……」
「それでいいんだよ、お父さんは教国に騙されたんだ」
悪いのは教国のほう。
しかしそれでも国にとって処罰は必要だ、これ以上教国の協力者を増やさないために。
「ありがとうございます。フィレンさんのお蔭でお父様の真意を聞けることができました」
もし俺が背中を押さなかったら、モモはお父様の罪を知らないままに済むかもしれない。
これで本当に良かったのか?
俺が眉を寄せると、モモは俺の手を両手で包み込む。
「もしフィレンさんの言葉がなければ、ワタクシはきっと何も知らないままお父様を失うことになります。そんなのは嫌ですわ。アンデッド捜索の時と同じように、ワタクシは自分で見て、自分の気持ちにケリをつけたいのですから。ですから気になさらないでくださいまし、ワタクシは本当にフィレンさんを感謝していますもの」
「そうか……じゃこれからモモはどうする?」
「このまま探索者を続くことにしますわ。力をつけて、もしお父様に何かがありましたら、せめて弟を育てるような一人前になりたいと思います」
「モモならきっとすぐになれるさ……と思うが、これからは大変になるかもしれないから、今はまず弟さんを安全な場所に連れてってあげるほうがいい」
俺はモモに《穢土》の出現を伝えると、彼女は驚きの色を見せた。
どうやらミステラ辺りに異変が起きたとは知っているが、そこまでのものだとは知らなかったようだ。
「まさかそのような恐ろしい事が……」
「避難の通告とかが来るかもしれないから、準備だけしていてくれ」
「分かりましたわ、本当にありがとうございました」
「じゃ俺たちはそろそろ」
「ええ、ワタクシも町に行かないと。何といっても町長の娘ですから」
モモは落ち着いた雰囲気で笑った。
それは無理にして笑ったわけじゃなく、いっぱい泣いた後自分なりに気持ちを落ち着かせたからできる、心の余裕というものだと感じた。
§
モモと別れて、俺たちはラカーンへ急いだ。
普通は二日ほどかかる道だが、ニグレドに乗って僅か一夜で踏破した。
だが懐かしいラカーンの城壁が地平線から出てきた頃、リースはとんでもない事を言った。
「フィレンさん、ラカーンに戻って調査の結果を報告する時、私を死んだことにしてください」
俺は目を見張った。
「な、何? それは何故だ?」
「《白き聖女》がアンデッド化しました、というのは現状ではかなりまずい事なんですから。ならばいっそ私を死んだことにしたほうが都合が良いです。幸い、今はヴァレリア閣下が指揮を執っていますから、事情を話せば協力してくれると思います」
「いや、でも今は《変装帽子》で隠しているだろう? わざわざそんなウソつかなくても……」
「達人相手に幻術では誤魔化せません。勿論それはあくまで幻術が使われているという事が知られるだけで、本当の姿が見破られるとは思えませんが、私の立場では幻術で姿を誤魔化しただけでまずいことになります」
そうか、リースは州長でミーロ教会の重要人物でもあるから、これから対アンデッドの戦争できっと大きな部隊を動かすこともあるだろう。
そんな者が自分の姿を隠しているとバレてしまったら国の威信に関わる。
「しかしそれでも、例えば病に伏せていると言えば。そうだ、《穢土》で大怪我を受けたことにして――」
しかしリースは首を振った。
「いいえ、怪我や病気を理由にしてしまったら、ミーロ教会の治療を拒めなくなります」
「それは……治癒神術はミーロ教会の十八番だもんな」
「ええ、そしてもしミーロ教会に知られてしまいましたら……」
ルナと同じような目に遭う、か。
しかし、聖女にそこまでのことをするのか?
「だからこそ、ですよ」
俺の考えを読んだのか、リースは小さく呟いた。
「これからはきっと厳しい戦いになります、そんな時に身内に裏切り者になる可能性がある人いれば、教会自体が信用を失います」
「でも、君が死んだことにしたら」
もう二度と表社会に戻れなくなる。
リースはまだ十七歳ながらも頑張って父の失態から家を立ち直らせて、聖女という教会のマスコットとの兼業で多忙な生活を送っていた。
それは責任感が成せた業も勿論あるが、何よりも社会的な地位を持つことで、いつかルナと暮らすための下地だと俺は知っている。
それを手放すというのか。
俺の考えを読んだのか、リースは苦笑いをこぼした。
「仕方ありません。私のせいでルナに被害を及ぼすのだけは防げなければいけませんから」
「そうか……」
「お姉ちゃん……」
リースの側で静かに話を聞いていたルナは急にリースの服を掴み、その胸に顔を埋める。
涙を流していると思いきや、ルナは突如に顔を上げた。
「ッ! こ、これからは……ルナがお姉ちゃんを守るの! だから、ルナと一緒に来て!」
「ルナと……一緒に?」
「うん、お姉ちゃんも探索者になるの! 探索者なら別に姿を隠してても大丈夫でしょう?」
「確かにそうだな」
もともと探索者は根無し草、脛に傷を持つ者だけは事欠かない。
それに前もアイナを拾ってたし、今更一人増やしても問題はない。
「だからお姉ちゃん、ルナと一緒に来て、今度こそ一緒に暮らすの!」
「フィレンさん、迷惑ではありませんか?」
「リースなら、俺は歓迎するよ」
「ソラリスさんなら私達の事情を知っているし、信頼できるわ」
「レンツィアさん……」
「私達もフィレンさんに拾って貰った身ですしね」
『ですねー』
アイナとルナ、それとスーチンは顔を見合わせて笑った。
「フィレンさん、ルナ、《フィレンツィア》の皆さん……ありがとうございます。ふふ、これから大変になるかもしれないのに、何だか心強いですね」
「そりゃ頼もしい妹が守ってくれるからだろう?」
「うん、ルナがお姉ちゃんを守るの!」
目元に涙を流した痕が残っていながらも、小さな拳を握り締めるルナ。
それを見て、リースもまた思いつめた表情を緩めた。
「さて、そろそろラカーンに着くぞ。まずはヴァレリア閣下に面会を取って《穢土》から得た情報を伝えなきゃいけないよな?」
「ええ、敵の軍勢は想像以上ではありますが、それを知るだけでも意味があります。それにヴァレリア閣下は以前からかつての大戦に関しての情報を集めています、何か対策があるかもしれません」
「よし、これからだな!」
「ええ、これからです」
《穢土》から湧き出る無数のアンデッド、空飛ぶ城や勝手に広がる影など理解不能な事象、そして未だ強さを測りかねる《ラストリゾート》の面々。
どれ一つ取っても悪い未来しか見えないが、まったく希望がないわけじゃない。
ニグレドが走る、力ある蛇龍の四肢が大地を抉る。
ラカーンが誇る雄大な城壁はすぐ目前に来ている。
十一章はこれにて終わります。
封印された穢れはついに世に解き放たれた。
穢土で数々の敵と遭遇したけど、無事に脱出したフィレン達。
彼らが持ち帰った情報、そしてリンシャン、リリウス、イラストリアスとの出会い。
それらはこれからの戦いにどう絡めるのでしょうか?
次章、カウンターアタック。




